ヒイラギ.2

宇宙の果てを目指し、藻屑と消える。「いま」「ここ」にないどこかを目指し、闇に飲まれる。現存する最後の女神はどちらも選ばなかった。しかし、現状維持のままでは限界をとうに超えてしまった地球で生活することはできない。進むことも引くこともできない状況下で、彼女は一つの決断を下した。

「今日も今日とて電脳空間でお仕事してもらわないといけないから、義体に異常がないかどうかは念入りに調べておいてね。私だけじゃどれだけ頑張っても性能スペック上見逃しが出ちゃうから」

フィリップが朝の準備をしながら彼女の境遇を振り返っていたせいか、分かり切ったことを言って集中を乱そうとする。義体の回路に異常がないか確認しているだけなのだから、いくら無駄話をしようと集中は乱れないにも関わらず、だ。フィリップはそれに生返事を返しながら、彼女の『決断』を振り返り続ける。

彼女の決断。それは、地球上の生物全ての『個性』と呼ばれる物をデータ化した上で女神彼女の本体ごと亜空間のネットワーク上に移動させたことだ。あくまでも亜空間上に新たな楽園を作り上げたという体で八割ほどの人類を全て転送し、抜け殻となった肉体を消滅させて、残った二割と共に地球環境の改善を図る。彼女のその決断は幸いなことに予想以上の成果を上げ、あと二百年ほどすれば西暦ごろの地球環境に戻るという予測が出たと、弾んだ声で言っていたのを覚えている。フィリップ自身がそれを見ることはないだろうが。

事実彼女の言う通りに環境改善が進んでいたとして、データ化された人間が再び動物としての肉体を手に入れて、自然環境に適応して生活できるようになるには更に多くの時間がかかる。フィリップのような全身義体の人間であれば地上に出ても生活できるかもしれないが、小さな砂粒一つで止まるような精密機械である今の全身義体では到底絵に描いた餅だ。

「神徒フィリップ。何か悩み事とかない?毎日毎日お仕事だらけでたいへ~ん!とか、恋してみたいとか。お姉さんいつでも相談に乗っちゃうよ?」

彼のような人間は、生まれた時から全身義体で、不都合が生じた部分は小部屋から供給される部品の交換で賄うのみで、一生外には出られない。フィリップのようなデータ化されていない、全身義体を持つ人間に会ったこともない。データ化されている人間も、真実人間であったのかもフィリップには分からない。

義体の調整も燃料補給も終えたフィリップは、自らの担当になっている地表を環境再生プログラムを通して確認している。その間にもしつこく希望だの恋だの幸福だのと女神は熱っぽく語っているので、フィリップはピシャリと言った。

「僕はまだ十四歳です。毎日の業務をこなすだけで手一杯ですよ」

神徒と呼ばれるようになった全身義体にんげんは全て数字の呼称に、女神自身があだ名をつけることで名付けが済む。彼の名はフィリップPHI-llip。何代目かの17360番だ。

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