出会い

 



 死んだはずが死んでない自分、何故か落とされている竜の腕、そして、目の前に居る謎の少女。

 思考が追いつかない、一体どうなってるんだ、この少女はいつの間に?

 あまりの驚きに麻痺した思考を回すものの、意味の無い問いが出てくるばかりでなんの意味もない。

 そんな風にカーセルが暫くウンウン唸っていると、痺れを切らしたのか先程の少女が。


「あの…大丈夫、ですか?」


 と、遠慮気味にもう一度声を掛けてきた。

 その声に反応したカーセルは、取り敢えずこの少女に話を聞けば良いのでは、と今更なことを気が付き声を返した。


「あ、あぁ、大丈夫だ、うん。大丈夫大丈夫」

「・・・本当ですか?何だかまだ様子が・・・」

「ふぅー・・・。よし。落ち着いてきた。所でアンタ、色々質問があるんだが、聞いてもいいか?何があったのか分かりゃあしねぇ。このままじゃ使えねぇ脳みそが煙を上げそうだ」

「ふふっ、面白い人ですね、貴方。はい、いいですよ、質問、どうぞ?」

「悪ぃな、それじゃあまず…って、そういやアイツはまだ・・・!」

「いえ、そちらはもう大丈夫です」

「はぁ?いやいや何言ってんだアンタ、まだ片腕落としただけで・・・っ!?」


 少女の突拍子も無い言葉を理解できず、周囲を見渡したカーセルの目に写ったのは、いつの間にか絶命している竜の姿。


 もはやカーセルには何が何だか分からなかったが、先程の発言から一つだけ分かった事があった。


「あー、なるほどつまり・・・俺を助けてくれたって事で良いんだよな?」

「・・・そう、です」


 唐突に生まれる沈黙。

 急に黙りこんだカーセルに対し、少女はまるで何かに怯えているかのような、そして同時に諦めを孕んだ目を向けている。

 その目は、カーセルに向けられていながらも、どこか遠い過去に思いを馳せているようで。

 少しして、少女が悲しげな顔で何事かを口にしようと、するよりもわずかに早く、カーセルが下げていた顔を上げた。


「・・・ありがとう!!」

「ひゃっ!?」

「アンタのお陰で、俺は本来なら死んでた所を何とか生き延びることが出来た。アンタは俺の命の恩人だ。礼を言う」

「い、いえあの、そんな、大丈夫です。そんなに畏まられてもその、困ります。・・・それより」

「ん?」

「そのぉ、あ、貴方は、ですね。あの、えっとぉ・・・」

「何だ?気にしないでなんでも言ってくれ」


 少女の顔が歪む。

 それを口に出していいものかと、口に出すことで、この人の態度が変わってしまうのではないかと。

 一瞬の葛藤を挟み、少女は口を開く。


「・・・怖くは、無いんですか?|

「怖い?何が?」

「その、私の事、です」

「?。何でだ?」

「何でっ、て・・・」


 勢いよく言葉を吐き出そうとし、途中で塞き止められたように言葉を止める少女。

 反射的に何かを言おうとしたのだろうが、それを口に出す事に恐怖を覚え、寸前で押さえた様にカーセルには見えた。

 言いたくないのなら無理に言わせず、自分から話すまで待つことにしてからしばらく、少女はこれまで抱えてきた何かを切り崩すかのように、つっかえながらも口を開けた。


「・・・その、私って、よく分からない力が使えるんです。さっきの竜を倒したのもそれを使ったからで・・・。でも、その力を見た周りの人は、みんな私の事、何か変なモノを見るような目で、私の事を見てくるんです」


「とある村では、力を隠して暮らしていたこともあったんです。よそ者の私にみんなが優しくしてくれて、とてもいい村でした。でも、村が魔物に襲われて、戦える男の人が次々にやられてしまって。私がやるしかない無かったんです。力を使って、村で一番強い人が倒せなかった魔物を倒しました」


「今度こそ大丈夫だと、そう思ってたんです。この村の人たちなら、怖がらないで私を迎えてくれると・・・」


「でも、駄目でした」


「村の人たちの目に浮かんでいたのは、隠しきれないほどの恐怖で、恐ろしいモノを見るで・・・」


「今までそんなことばっかりで。だから、だから私・・・」


 嗚咽を洩らしながら、少女はついに泣き出してしまう。

 語られた話はカーセルの想像を絶するもので、下手な慰めは躊躇われた。



「・・・そうか。まぁ、これまでアンタが助けた奴らから、それ相応の仕打ちを受けたから、俺からもそういう風に見られるんじゃねぇかと、そう思ったってことだな」

「・・・はい」


 だからカーセルは、少女を慰めなどしなかった。


「見くびってもらっちゃあ困る。アンタは俺の命の恩人で、俺は助けてもらった立場の者なんだ。感謝の気持ちこそあるが、怖いだの何だの、恩人にそんな事思うわけないだろうが」

「・・・っ!」

「大体、俺がそんな薄情な奴に見えるか?だとしたら悲しいよ俺ぁ・・・。っておい、何でまた泣いてんだよ」

「すっ、すいませ、ひっぐ。うぅ、うぇ・・・」

「あぁもう、泣け泣け。一回思いっきり泣けばいいんだよこう言うときは。な?」

「うぅ、うあああああああ、ううう・・・」


 カーセルがその背に手を回し、あやすように言うと、小さな体に不相応な力を持った少女は、大声をあげて泣き出した。

 ひたすらに背をなで続けるカーセルと、その腕に抱かれ、嗚咽を洩らす少女。

 その暖かい光景は、大きな泣き声が止むまで、魔物の出る森であるというのに、まるでその場所だけ何かに守られているかのように何者にも邪魔されず続いた。



「あー・・・、もう大丈夫か?」

「は、はい・・・。ご迷惑をお掛けしてすみません。もう落ち着きました。ありかとうこざいます」

「その言葉、信じていいのか?」

「も、もう、本当ですってば!」

「はっはっ!元気そうで何よりだ。それで、落ち着けたんならさっきの質問の続き、と行きたいところだが・・・場所が場所だ、一旦町まで戻らねぇか?こんな所じゃ落ち着いて話も聞けねぇし、詳しく話すんなら座れる場所があった方がいいからな、どうだ?」

「そうですね、まだ遠いけれど魔獣の気配も感じますし・・・」


くうぅ、と可愛らしい音がその場に響いた。

バッ、と顔を赤くしながらおなかを抑える少女と、それを笑いながら指さすカーセル。

先程の気の聞いた姿がまるで嘘のようだ。

デリカシーのない男である。


「お腹も空きましたし、ってか?ぷっ、くく!」

「わっ、笑わないでください!もうっ!」

「悪い、悪い。ところでよぉ、ちょっといいか?」

「・・・何ですか?」

「そんなに拗ねんなって・・・。いやぁ、な?今更なんだが、そういや俺たちってお互いの名前すら知らねぇなって思ってよ」

「そういえば、そうですね」

「というわけで・・・って、改まって言う事でもないか。俺はカーセル、しがない冒険者だ」

「私、私は・・・ヒ、ヒルド。ヒルドと言います。」

「そうか、まぁよろしくな、ヒルド」

「・・・はい、よろしくお願いします!カーセルさん!」


謎の少女、ヒルドとの出会い。

それが、彼の平穏で何もない日常に、いったい何をもたらすのか。

今のカーセルには、分かるよしもなかった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



自分の常識では図りかねるような出来事を立て続けに受けたカーセルは、例え見慣れた帰路でも同じような事が起こらないとも限らない、と神経を尖らせていた。

一方のヒルドはと言うと、一応の警戒は見せているようだが、それも本当に最低限気を張っているだけのようで、カーセルとは真逆の姿である。


ともすれば、不意にに襲われかねない場所であるというのに何を呑気な、と一瞬不満に思ったカーセルだが、すこし前に自分では及びもつかない程の化け物を、容易く地に伏せさせたその実力を思い出し、この森に棲息する程度の魔物では警戒するに足らないのだろうと思い至る。


そして、先程は色々とゴタゴタしていて分からなかったが、カーセルは彼女、ヒルドという少女はあまりにも不自然な点が多すぎる事に気づいた。

まず一つに、彼女の格好が不自然極まる。

そこいらに売っているようなフード付きの外套はまだいいのだが、その下にあるものが問題だ。

細かい細工が所狭しとあしらわれている、まるで一つの芸術品であるかのような美しさの軽鎧。


  それに比べて腰部に吊っている剣は、粗末な皮の鞘に仕舞われていて、そこだけ見るなら今羽織っている外套と釣り合っている物なのだが、その中身が振られているところを見たカーセルは、鞘とは全く不釣り合いの、こちらもまるでおとぎ話の英雄が振るう神剣のような神々しい雰囲気を纏う剣であると知っている。


 普段ならば、それらはただの芸術品として作られたものであり、どちらもまるで実用に足らないものであるとカーセルは評価したであろう。

 それほどの美しさなのである。


 だが、カーセルはその剣が、自分を襲った龍の極厚の鱗を切りとばし、肉をすり潰し、骨を絶った所を見ている。

 つまり、その評価とは真逆の性能を持つ武具なのだろう。

 剣がそうなら、鎧もまたしかり。


そういう一般的な装備とは一線を画す性能を持つ武具の存在を、カーセルは知っている。

魔法の武具だ。

その名の通り、魔法の力が込められた武器や防具なのだが、普通に生きていてお目にかかることなど滅多にない程の超貴重品なのだ。

持っているとしたら、精々が国の王侯貴族の一部か、冒険者の最高位、一等級冒険者ぐらいのものだろう。


 そんなものを持っている、とんでもない強さの少女に偶然命の危機を救われるなど、冗談のような話だ。

が、カーセルは実際にそれを体験しているのだから、最早その事実は自分からしてみれば疑いようのないものであって。

そちらに関しては、カーセルの認識は「運よく命を拾った」と半ば理解を諦めるかのような形となった。


閑話休題。


ヒルドの不自然な点その二として、彼女の性格の凡庸さが挙げられる。

物語の英雄のような存在感を放っている癖に、人当たりはそこいらにいる村娘のようで、そこに酷く違和感を感じる。

通常なら、人は自らの存在の価値や社会的な立ち位置などを自然と理解し、それにふさわしい立ち振舞いを身に付けているものである。

それが、彼女には全くないのだ。


まるで自らの力や価値を理解していないかのような振る舞いが、彼女の特異さを表す。

性格については、先程彼女が打ち明けた壮絶な過去になにか由来しているのだろうが、それにしたって極端すぎる。

魔法の武具を身に纏い、英雄もかくやというほどの力を持ちながら、それらの価値になんの理解も示していないであろう小娘。

そんなものがフラフラしていたら、いつ何時引っ掛かるかたまったものではない。

それこそ、彼女にいい顔をして近づいて、骨の髄までしゃぶり散らかしてしまうような悪人がいないとも限らない。


いつの間にかカーセルは、ヒルドという少女の特異性についてではなく、いかに彼女を守るかどうかについて思考を巡らせていた。

だが、それも仕方がないことである。

何年もの間、病弱な妹をその身一つで守ってきたカーセルには、自分より年下の少女=庇護の対象としか見れないのである。

これは決してロリコン的なアレではなく、極々単純な庇護欲であり、そこに何の低俗な感情もない事を彼の名誉のために記しておく。


ともかく、カーセルのなかでは彼女はもう立派な保護対象であり、最早放って置けない存在となっているのだ。

それに、不自然な点だのなんだの散々言ったが、カーセルとしてはそれらはあまり関係ないのである。

彼の考えは単純で、助けてもらったのだから、こちらも助けたい。

一方的かもしれないが、それによって彼は恩返しをしたいのてある。


もちろん、それが要らないとあれば彼は素直に身を引く。

だが、もし自分がこれから焼こうとしているおせっかいに彼女が拒否を示さなければ、悲しい過去をもつこの少女をカーセルは出来る限り何者からでも守ろうとするだろう。


そんな、本人の預かり知らぬところでいつの間にか騎士の誓いのようなものを立てているカーセルが、その決意を固めきった辺りで、急にヒルドが声を上げた。


  「カーセルさん。カーセルさん。そろそろ森を出るみたいですよっ」


妙に嬉しそうなその顔は、やはり身に纏う雰囲気とはそぐわないもので。

カーセルはそのギャップが急におかしく思えて、つい笑ってしまった。


「あっ、ちょっとカーセルさん!なんで今笑ったんですか!ねぇ!きーいーてーまーすーかー。ねぇったら!・・・」








 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シスコン冒険者の遅咲き英雄譚 ぐーる @pikapika6714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ