シスコン冒険者の遅咲き英雄譚
ぐーる
1.始まり
ーーーそれは、体現された絶望だった。
自分が普段からよく訪れる狩場、大切な家族と一緒に住んでいる辺境の町の近くにある森。
その平穏を、まるで砂上の楼閣であるかのように簡単に壊していく、絶対的な破壊者、決してこんなところに現れてはいけないモノ。
何の変哲もないクエストの筈だった。
いつもと何も変わらない筈だった。
なのに、どうしてーーー
頭の中で、あまりにも意味の無い思考が巡る。
自らの日常に入り込んできてはいけないモノに出くわしてしまった、このあまりにも不幸な男。
自らの不運をこれでもかと呪いながら、これ以上、無意味なことなど考える必要もないと言うのに、薄れゆく意識の中で彼は、どうしてこんなことになったのかなどという、今更意味もない現実逃避的な思考を巡らせたーー
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「じゃあ、行ってくる。すぐに帰ってくるから、大人しくしてるんだぞ」
「分かってるわ、子供じゃないんだから、もう…。いってらっしゃい」
言葉を交わす二人。
その二人以外の者から見たら、ありふれた日常の一つとしてすぐに記憶から消えてしまうような、そんな会話があった。
それは寝台に寝そべっており、顔色も悪く、肌は病的なまでに白い、だがそれらを内容してなお一目で美しいと分かる女と、よく日に当たっているのか肌は焼け、ガタイも良く、武装をしている屈強そうな男。この二人から聞こえてきたものである。
そんな正反対の二人だが、この二人、実は兄弟という極めて近しい関係性であった。
寝台に寝そべっている女の方は妹で、名はマリア。
家を出ていこうとしている男は兄で、名をカーセルと言う。
そんな二人が兄妹だと言っても、大半の者は半信半疑であろうが、彼等を知っている者からすれば、見ていて思わず机をぶん殴りたくなる程の溺愛カップル…いや、兄妹である。
実際、この二人が兄妹であると認識出来ない理由の半分ほどはその熱愛っぷりによるものだ。
しかも、この二人は周囲の眼をはばからずにどこでもすぐに(本人達に自覚は無いかも知らないが)イチャつく。
どれくらいイチャついているのかと言うと、その光景を見ている友人達はその度に砂糖を
話が脱線してしまったので、本筋に戻す。
そんな溺愛カップ…兄妹の兄の方、カーセルは、何を隠そう、職業は冒険者である。
冒険者。その響きから連想するものといえば、人を襲う魔物を倒し、はたまた人の手が及んでいない未知の世界の探索をしたり、世界に蔓延る闇の眷属、悪魔族を正義の名のもとに打ち倒す事、などなど、華やかで明るく、夢物語の様な印象を受ける事であろう。
だがしかし、そんな未来を夢見て冒険者ギルドの扉を叩いた夢見がちな少年少女が次に見るのは、華美な装飾など何一つない、圧倒的な現実である。
まともに自らを鍛える事すらした事がない子供達には、最下級の魔物すら倒せず、返り討ち。
その時点で自尊心を折られた者は、直ぐに故郷へ逃げ帰り、それまで夢の中で持っていた勇者の剣を捨て、鍬に鋤にと持ち替える。
そんな彼ら彼女らは、まだ幸運だ。
自分には才能がなかったのだと、最下級にすら勝てないのだから、自分には向いてないと、そう言いながら、己の中に夢を抱いたままに
可哀想なのは、そこで諦めず、抱いた幻想に突撃する一部の
最下級の魔物に勝てなくても、心折れずにそれ以外に目を向ける、冒険者になりたてのひよっこ達がそこで目をつけるのは、大体が採取系、その中でも一番簡単だと言われている「魔草採取」というクエストである。
このクエストは国、もう少し詳しく言うならばその管理下にある国土の管理を任された領主から定期的に発行されるものである。
そのため、無くなるということが無く、何時でも誰でも手軽に生きるための糧を得ることが出来る。
これならば、自分たちにもできる!
ここから一歩ずつ、地道に、地道に進んでいこう!
そう言って喜び勇んでクエストを受け、町を飛び出していく子供達に襲いかかるのは、やはり抗いがたい現実であった。
魔草や魔物、これらは、通常の植物、動物などが、世界中に満ちている不思議な力、魔力の影響を受け、様々な効能を得たものの事を言う。
魔力の影響を受けた魔物は、自分以外の魔力を含んだものを取り込み、自らを強化していく習性を持つ 。
しかし、魔力を持った生物は、通常の獣とは一線を画した凶暴性と強さを得る。
そのため、魔力を持ちながら、自分では動かず、攻撃もしてこない魔草は、それらにとって、最高の獲物なのだ。
もちろん、獲物という点では人間も例外ではない。
それを知らずにノコノコとやって来るのは、討伐クエストではないゆえに、敵と遭遇することはないだろうというビギナー丸出しで警戒心もクソもない心持ちの冒険者見習い共だ、魔力を求める魔獣にとっては、もはや据え膳である。
これらが夢見がちな冒険者見習いに最初に降りかかる現実だ。
だが、、この現実を振り払い、最初の一歩を歩みだせるものこそが、それまで溜め込み、恋い焦がれていた夢に手を伸ばすことができる。
それは生半可なことではないし、一歩踏み込めたとしてもその後必ず夢をつかめるわけではない。
そんな様々な現実と闘いながら、その手に夢をと願うのが冒険者である。
…カーセルの場合は、少し事情が異なるが。
そんな彼が愛する妹の元を離れて向かう先は、この町にある中で一番の大きさを誇る建物、冒険者ギルドだ。
そこに毎日張り出されるクエストを受け、今日も愛する妹のために金を稼ぐのだ。
社畜万歳である。
人の出入りが激しい時間帯だからだろうか、開け放たれた扉を見ながら、ギルドに足を踏み入れる。
途端に喧騒が身をたたき、通行人が実際に彼の肩をたたいた。
ちっ、と舌打ちしながら去っていく男を無視し、カーセルは自分の担当受付嬢がいる場所へ急ぐ。
受付の前に並ぶ者の多さにため息をつきながら、カーセルはおとなしく列に並んだ。
少し待ったところでようやく前にいた人間が捌け、自分の番が来たカーセルは、受付を挟んで反対側に座る女に声をかけた。
「よう、アオバ、今朝も随分と忙しそうじゃねぇか」
「あぁ、今日は特にな」
「何かあったのか?」
「どうやらライゼ火山に大物が現れたらしくてな、調査隊が編成されたらしい、お前も行くか?」
「…いや、やめておく。それより、何かいいクエストあるか?」
彼女の名前はアオバ、カーセルの担当受付嬢で、古馴染みである。
キリッとした雰囲気を纏っている仕事のできる女で、後ろにまとめられている新緑の髪が美しい。
美人なのだが、その纏っている雰囲気のせいで近寄りがたいという意見が多く、絶賛独身だ。
年齢や結婚の話は彼女の前でしてはいけない。
「欲がないな、名を上げる機会だというのに、冒険者らしもくない」 「うるせぇ、夢を見られるお年頃はとっくのとうに過ぎてんだよ。そんなことより、クエスト、早く出せ」
「…そうか、なら良い。今日のクエストは…サジウス大森林中腹での魔草採取だな、基本報酬は銀貨5枚、採ってくるものは特に指定されてないから、中腹に生えてる魔草なら何でもいいみたいだな」
「中々美味いな、どんぐらい採ってくりゃいいんだ?」
「規定量はギルド指定の籠一つ分、もっと採ってきても追加報酬はある様だが、割に合わなさそうだ。」
「よし、受けよう、受注処理は頼んだ」
「分かった、気をつけろよ」
「あぁ」
そんないつも通りのやり取りを、終え、カーセルはサジウス大森林へ向かった。
依頼を受けたカーセルが、ここ、サジウス大森林に足を踏み入れ、指定された魔草のある中腹辺りに差し掛かった頃。
毎日の様にこの森に来ているカーセルは、いつもと少し違う空気が漂っている森に、多少の違和感を感じながらもそれを気にせずに依頼の遂行を優先した。
少し危機意識が足りてないかのように思えるが、カーセルは町ではある程度腕利きとして名を知られており、この森の中腹くらいならば何か問題があったとしても対応しきれるという自身があった。
だから、少しの違和など気にせず、さっさと依頼を済ませてしまおうと思い、さらに森を進んだのだ。
その時、自らの実力を過信せず、慎重に行動し、引き返していれば、こんな事にもならなかったのだろう。
そこから少し進んだあたりで、カーセルはやっと違和感の正体を掴む。
魔獣がいないのだ、1匹たりとも。
普段、このぐらい深く森に潜れば、1度や2度の戦闘は必ずあった。
だが、ここまで来ても周囲に気配は1度たりとも感じていない。
戦闘が無くとも、遠目に見かけたり、何らかの痕跡があるはずなのだ、それらが無いこの状況がおかしい。
だが、現状、この森ではそれ等がない、つまりは、異常事態だ。
そう冷静に判断したカーセルは、今回は一旦町に戻り、少し時間をおいてまた来ようと考え、先ほどまで歩を進めていた方向とは反対に踵を返した。
直後に、轟音。
カーセルの記憶に残っているのは、ここまでだった
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「かはっ!がっ、あぁ、ぁ…?」
意識を取り戻したカーセルは、現状を把握しようと、動かない首ではなく視線を周囲に向け、自らの体が巨大な木に叩きつけられてる事に気づいた。
気絶していたのは数秒ほどだろうか。
何が起きたか分からないままに吹き飛ばされ、叩きつけられた木からずり落ちたカーセルは、痛む全身に気を取られつつ、ゆっくりと目を開ける。
そこには、正しく異形。
見上げるほどに 巨大な体躯。
一つはばたかせれば何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな威容の翼。
まるで周囲の光を吞み込んでいるかのような深淵をそのまま映し出したかのような鱗を持つ漆黒の龍が、悠然と佇んでいた。
その光の無い両目で、しっかりとこちらを
「……」
カーセルは、別段なんの反応も示さなかった。
それは、彼がこの状況を冷静に見て、未だに余裕を保っていることの
ではなく。
ただ単に、目の前の存在の発する圧倒的な威圧感に負け、声すら上げられなかったのだ。
「……」
龍が、動き出す。
その射貫くような視線は、明らかにカーセルの方へと向いている。
「あ、ああぁぁぁあ!!!」
その時になって、ようやくカーセルは自らの命の危機に気付いた。
それは、ひたすらに無様なまでの、逃走。
男として、一冒険者としての外面も何もなく、悲鳴を上げながら痛む体を無理矢理動かして、眼前の恐怖から遁走する。
(こん、な、所で、俺ぁ、死ぬわけには、いかねぇんだよ…!)
「クソッタレェェェェェ!」
悪態をつきながら、ひたすら足を動かし続ける。
死への恐怖と、生への渇望、そして、これまで冒険者として生きてきた理由。
それらを自らの原動力とし、限界を超えて走りに走る。
だが、しかし。
人間と龍という種の間にある、決定的な生物としての格差は、一人の男の死にものぐるいの努力などでは、到底覆しきれないもので。
ズシン、と
絶望的な、ともすれば死の宣告であるかの様な音を立てながら、その漆黒の龍は、走り出したカーセルの正面に回り込んだ。
その無意味な努力を、嘲笑うかのように。
「あ、ぅ、ぁあ…」
迫りくる恐怖と絶望ゆえに、カーセルはその場にへたり込む。
一体、自分が何をしたというのか、何もしていない、いや、ほんの小さな、誰もが1度はしてしまうような些細な悪事は働いたと思う、思うが、こんな、ここまでの仕打ちを受けるような事はやっていないだろう。
何故だ、何故なんだ、神よ!
半ば現実逃避をしながら、彼は、普段は祈ることすらしない神に言葉を投げかける。
そんな無意味な事をしている内にも、死の体現者であるかのような漆黒の龍は、一歩一歩、絶対的な強者の余裕を持った佇まいでカーセルの方へ近ずいていった。
その姿は、明らかにその目に映るちっぽけな存在ーーーカーセルを嘲笑っている。
恐怖を与え、自らが絶対の存在であると、確認するかのように。
「……」
カーセルは、静かに下を向いて、ピクリとも動かない。
重い足音がこちらに寄ってくるのは分かっているのに、なんの反応も見せない。
とうとう自らの命を諦め、刻一刻と迫り来る死に身を委ねようとしたカーセルだが、
不意に、先程の一瞬、何が何でも逃げ切ってやろうと決意した理由,
その中でも最も大事なものが、不意に頭をよぎった。
それは、町にある我が家で、毎日自分の帰りを待っていてくれる、ただ1人の家族、妹のマリアの存在であった。
早いうちに両親を亡くした自分とマリア。
そのうえ、マリアはとある奇病を抱えており、その症状は少しずつ重くなっているる。
そんな妹を支え、病気を治す方法を見つける為、2人で生きていく為に、自分は冒険者となった筈だ。
何を諦めてやがる。
マリアを守ると誓ったじゃないか。
今ここで俺が死んだら、マリアは、独りだ。
両親が逝ってしまった時の、あの悲しみを、繰り返させる気か?
絶対に、絶対にさせてやるものかよ。
こんなところで、死ねるわけが無いだろうが!!!
「…っ!」
カーセルの瞳に、光が宿る。
腰に刺していた愛用の剣を勢いよく引き抜き、もうすぐ近くまで迫っていた龍のアギトに対して構えた。
その姿には、先程までとは打って変わり、絶対に生き延びてみせるという想いがありありと浮かんでいる。
明らかにその龍は、自分程度の木っ端冒険者が相手にしていいモノでは無い、それは誰の目にも自明であった。
いくら抵抗したところで、死という確定された現実を打ち消し、打破することなど自分などではできないとも、彼は理解していた。
だが
だが
だが、しかし。
それでもカーセルは、気丈に剣を構え、その絶望に打ち勝とうと足掻く。
「GURUAAAAaaaaa!!!」
「う、おぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
静かに、無情に、全てを切り裂くであろう剛爪を振り下ろす龍と、全力で叫び、己を鼓舞し、剣を振りかぶるカーセル。
それは、当然といえば当然の結果ではあるが、振り下ろされた爪は、いとも容易く振りかぶられた剣を破壊し、粉砕し、そのままカーセルの体をぐちゃぐちゃにすり潰す。
勇者たるカーセルの命は儚くも散り、また一つ新たな墓標が立つ。
はずだった。
カーセルは瞬間、何が起きたのか理解出来なかった。
本来なら自分は、無謀にもあの龍に立ち向かえた自分は今頃、無慈悲に振り下ろされた剛爪に身を引きちぎられ、とっくに絶命しているはず。
それなのに、剣は虚空を切り、自分は未だに生きている。
そんな現状に困惑を覚えつつも、カーセルは顔を上げ、一体何が起きたのかと周囲を見渡した。
そこで目に入ったのは
先ほど自分に振り下ろされた腕を落とし、恐らくその痛みに悶絶し、その畏怖すら覚える巨体を地に伏し、のたうち回っている龍の姿であった。
「は…?」
何故、あの龍が腕を落としているのか。
何故、未だに自分は生きているのか。
眼前の光景を理解出来なかったカーセルだったが。
「…そこの方、怪我はありませんか?」
不意に、後ろから声を掛けられる。
振り向いたカーセルの目に入ったのは、白銀に輝く軽鎧を纏った、美しい女騎士の姿だった。
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