第4話
私がいたせいなのか、食事前に場を支配していた緊張感は鳴りをひそめ、食事中はいたって和やかだった。
食べ終わると片付けになり、私がキッチンにいたおばさんのもとに使った食器を運び、薫はテーブルを拭いていた。
「もう遅い時間ねえ。今日は泊まっていくんでしょう?」
「え?」
驚きの声をあげたのは薫だった。
「いえ、着替えとか持ってきてないんで」
「そんなの、薫のを借りればいいじゃない。ねえ?」
「いや、でも、そんな無理やり。真奈美だって用事とか」
彼女は私が泊まることを快く思っていないのか、もしくは戸惑っているのか。それでも、おばさんは薫の様子を無視してどんどん話を進めていく。
「明日休みよね。明日も勉強会すればいいじゃない」
「私は嬉しいですけど、薫が嫌がってますし」
「嫌がってないよ!」
「じゃあ決まりね。ふたりともさっさとお風呂入っちゃいなさい」
薫は決まり悪そうにうつむき、私をちらと見た。
「そうだ。真奈美ちゃん、朝ごはんって食べる? うちは朝、コーヒーだけでご飯作らないのよ」
「お構いなく。お腹減ったらコンビニとか行きますから」
「そうだ、薫。あなたが食べさせてあげなさい」
「絶対やだあ」
薫は料理下手なのか、拒絶の意思が強かった。私はわりとしっかり朝食を食べる派なのだけれど、このリアクションを見たあとで食べたがるほど卑しくはなれない。
それ以上に問題なのは、薫から借りる下着がキツかったらどうしよう、ということだった。まさか二日連続で同じものを身につけるわけにもいかないし、一度取りに帰ったほうがいいのだろうか。
先に部屋に行った薫のあとを追って二階の部屋に行くと、薫は床に座り込んでタンスの最下段を漁っていた。
「下着、ふんどしでいい?」
「え、いやだけど」
「でも、未使用だし、女性ものだし、サイズ調整自在だし」
私が履いたらゴムが伸びる、と心配しているのだろう。泣きたい。
「真奈美、先入ってきなよ」
薫はタオルとパジャマとふんどしを差し出しながらそう言った。
「一緒に入らないの?」
「絶対いやだけど」
「いいじゃん。行こうよ」
私は借りた衣類一式を抱え、空いたほうの手で薫を引っ張り、浴室まで無理やり連行した。
「わかったから、そんなに引っ張らないでよ」
「すまぬ」
二人だと脱衣場が狭く、肘がぶつかってしまったり、脇腹をつついてみたりとひと騒動起き、おばさんに怒られてからいそいそと浴室に入った。
「薫、お腹超ぽっこりしてる。すき焼き食べ過ぎじゃない?」
私がそう言ってからかうと、薫は目にも止まらぬ速さで両手を動かしてお腹を隠し、そのあとで自分の行動が過剰だったと気がついたようだった。
「ああ、うん。はは、えっと。うん、そうだね」
隠す腕の力を緩めたが、それでもお腹が見えにくいようにかばっていた。一時的なものとはいえ、お腹が出てることを指摘されて嬉しいはずがない。すこし軽率だった。優れた容姿の彼女なら、普通の人が気にしないようなことでも醜い、見せたくない、と感じる高い美意識を持っていてもおかしくはない。
「ごめん」
「な、何が? 全然いいよ?」
明らかに挙動不審で、全然よさそうではなかった。
本当はもっと薫の白い肌を見ながら楽しいバスタイムにするはずだったのに、そういう空気にはならず、なるべくお互いの体を見ないようにしていた。二人で入るには少しばかり狭い湯船に背中合わせで浸かり、終始黙ったままだった。
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