第2話

 山道で木の枝を拾った子どものように、私はむき出しのネギを一本だけ持って商店街を抜け、しばらく歩いて薫の家を目指した。

「袋とかもらっちゃダメだった? 恥ずかしいんだけど」

「ネギ一本のためにそれはもったいないよ。エコしなきゃ」

 間違ってもネギでブロック塀をこすらないように気をつけていると、じきに薫の家が見えてきた。小さな門をくぐると庭が見え、そこにはリードにつながれた柴犬がいた。その子があまりにも尻尾を振っていたので、ネギを薫に託して近づき、頭を撫でてやった。

「久しぶり。元気してた?」

 犬が気持ちよさそうに頭をもたげ、喉を撫でるようにせがんできたのでその通りにしてやると、首輪にリード以外のものがついているのが目についた。それは鍵の形であり、首輪の中心からリングを通してぶら下がっていた。

「アクセ? おしゃれだね」

「家の鍵だよ」

 薫がそう言って犬から鍵をもぎ取り、玄関の鍵穴に差し込むと、カチッと開錠の音が聞こえた。

「危なくない? 盗られるかもしれないのに」

「ポストとか、植木鉢に隠すよりは安全だと思うよ。うちの子、警戒心強いし」

 玄関に入ると、各家庭にある特有の臭いがした。薫の家は置き型の虫除けの香りだった。

「ちょっと冷蔵庫にしまってくるから、先に部屋行ってて」

 出されたスリッパを履き、二階に続く階段を上った。踊り場には幼少期の薫が学校で描いたであろう絵が額縁に入れて飾られていた。右上のほうに市長賞と書かれたリボンがついており、彼女の両親がこの受賞をよほど喜んだだろうことがありありと想像できた。

 おそらく、この絵が美術部たる薫の原点になるのだろう。私はそのころの彼女のことを知らないので、勉強会の合間にでも聞いてみるのも面白いかもしれない。

「コーヒーでいいー?」

「ホットのブラックで!」

 薫の大きな声が階下から聞こえてきたので、相応の声で答えた。今現在この家には二人きりなので、遠慮や気を使う必要はなかった。

 プレートがかかった扉を開け、ものが少ない薫の部屋に入った。以前来た時と大きな変化はないか、と見渡すと、二ヶ月前にはなかったものが飾られていた。写真立てだった。

 中には少し前に行った修学旅行で撮った集合写真が入っていた。しかし、その集団の中に薫の姿はなかった。いじめられていたわけではない。単純に病気のせいで休んだ、と言っていたが、自分が写っていない写真をわざわざ買ってまで飾っているのはどういうことだろう。

「お待たせ。お菓子、マドレーヌっぽいものしかなかったけど、大丈夫?」

「ねえ、これ」

 私が写真を指差すと、薫はコーヒーとマドレーヌっぽいものが乗ったトレーをテーブルに置き、私の隣に来た。

「ああ、これ。ホントは行きたかったからさ、気分だけでもって思って。集合写真だけなら写ってなくても買いやすいかなって」

 薫は少し恥ずかしそうに笑っていた。

「でも、最初から不参加に決めてたんだよね」

「行くと迷惑かかるからねえ。まあ、いいじゃん。それは。勉強はじめようか」

 あまり触れるべきことではなかったのか、薫は無理やり話を切り上げた。しかし、その表情に不愉快を表すものはなかったので、怒ったり気分を害したりはしなかったようだ。あまり無神経に発言しないように気をつけねば。

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