美人な君は

音水薫

第1話

 人は毎日生まれ変わる。

 商店街の掲示板に貼ってあるポスターにそう書かれていた。化粧品の広告じゃない。宗教だ。

 もし、毎日生まれ変われたとしたら、どんな生活になるのだろう。毎日人間関係もリセットされて、昨日喧嘩した友達とも何事もなかったかのように話せて、いじめが起きても一日で収束して、そんな風に過ごすことになるのだろうか。いや、ならないな。仲直りどころか、その日を共に過ごす友達作りに励む毎日になってしまいそうだ。経験も蓄積しないから、勉強しても無駄。テストも廃止で毎日遊んでいればそれでいい。

 そんな風になってくれればいいけれど、現実は非情なもので、人は毎日生まれ変わらないし、テストはなくならない。

人に話せば、そんなこと考えている暇があったら英単語の一つでも覚えろ、と言われてしまいそうだが、あいにく単語カードを持ち歩くほど勉強熱心ではないので、友人を待っている間は景色から得た情報を元に妄想を膨らませるしかないのだ。

「ごめん、待った?」

 待ち人来たる。長財布を片手に駆け寄ってきた小柄な少女、薫は息を切らせ、膝に手を置いて呼吸を整えていた。

「走らなくてもいいのに」

「だってえ、わたしから誘ったんだから、待たせちゃいけないって思って」

 私は薫が落ち着きを取り戻したことを見届け、彼女が来た道に向かって歩を進めようとした。その先にある、彼女の家が今日の目的地だったから。

「あっ、待って。ちょっと買い物してきたいんだけど、いいかな」

「ああ、だからここで待ち合わせだったんだ。いいよ。何買うの?」

「お肉。今日のお夕飯はすき焼きにしようと思って。食べてくでしょ?」

 いいのだろうか。そんなたいそうな食事によそ者の私が参加しても。いや、薫の家族と面識がないわけではないけれど、家族ぐるみの付き合い、というわけでもないし。

「いいよ。今夜はお父さん出張でいないから、お母さんと二人きりだと寂しいし」

 話しながらも足は進んでいて、商店街の中にある行きつけの精肉屋はすぐだった。

「いらっしゃい、薫ちゃん、真奈美ちゃん。今日は豚肉が安いけど、どうだい」

 聞きなれた、威勢のいい声が店内に響く。毎日おいしい肉でも食べているのか、いい具合に太った店主が相好を崩して本日のおすすめ品を提示する。

「ううん、牛肉ちょうだい。すきやき用ね」

「お、なにかお祝いかい?」

「週明けに期末テストでさ、お勉強頑張りましょう会するの」

 あたかもすき焼きがメインのような言い草だけれど、今回は勉強を教える、という名目で薫の家に行くはずだったのだけれど。

「勉強もするけど、すき焼きも食べるの」

 さては、私をだしにしてすき焼きをねだったな。

「じゃあ、頑張る子たちにはサービスしないと。ほら、このハム持ってきな。夜食のサンドイッチにでも使ってくれ」

 店主は指定した量より多く肉を入れてくれたうえに、おまけまでつけてくれた。値段はそのままだ。こういうとき、個人経営の店が行きつけだと嬉しいことが多い。私たちがテストでいい点を取ったって、店主には何も得なんて無いのに。広い意味での家族、といった感覚なのだろうか。

「まいど。勉強頑張れよ」

 商品を受け取って店から出て、次の目的地に向かう。

「肉、持とうか?」

 たいした量ではないけれど、薫一人に荷物を持たせるのは気が引けた。

「ううん、大丈夫だよ。次、ネギ買うから、そっちお願いね」

 まさか八百屋でネギしか買わないとは思えない。体良く重いものを任されたのではないだろうか。

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