第11話 旅人は目的地を探す旅を続けている3



「call,kampa.security mode access....」


無機質な部屋の中、送受信される電子的な記号の波が、砂浜の様に押しては返す。

現実の風景は白い壁と天井、そして銀色に輝く機械類のみ。静止したかの様に見える世界の中、重なる拡張現実の視界は慌ただしい。

まだ3月だというのに、部屋の中の気温は機械類の発する温度で上昇傾向にある。


「予測していた領域では見付からない。範囲を拡げる許可を求める」

「オーケー。中心に2歩進んで。外部と常時通信中のプログラムとアプリは任せる。ノイズは検知出来る?」

「僅かだが、それらしきものはある」

研究室仕様だろう白衣を身に纏って、僕のバディは報告を続ける。

「だが現状、あのレンタルスペース内で検知した程ではない。完全に休止状態か、役割を終えている可能性がある」

「となると、炙り出すには、、」

僕は右手の人差し指で左の眉を掻いた。

「環境の再現が妥当?」

「そうなる。あのときの条件に限りなく近付く事は必要だ。予測される危険値も、そう大きくはないものと思う」

「ちなみに時間は?」

カンパがポップさせたくれた時刻カウンターを見る。2054,3/21,jst13:35

「残り17分でエリア退出だ。予定を上回る滞在は明確な申請理由が必要だ」

「分かってるよ。ボーッとしてた、じゃ済ませてくれはしない」

「何かのジョークか?」首を傾げるアクション。僕はそれを無視して続ける。


「リストを要請。ログイン率が最低のレンタルスペースを検索。オプションに体感時間延長を付加。エントランスで候補を挙げて」

「了解した。倍率は三倍から五倍で大丈夫か?」


「大丈夫。contact.Real extension」


目を閉じて接続コマンドを実行。


確認画面がポップする。


「PN-GeminiF1───.gggloabやっと会えるのね個人識別を確認、イメージスフィアの連動を、、、。

貴方のバディのスリープを強制します。緊急時は△△□の指示に従って、接続を解除して下さい。


ザザ、、、aicezxxzは体調にあった五感、ずっと探して再現を推奨しています。悪質プレイヤーjjoip@@@による、アカウント盗難にいたのよお気をつけ下さ──。


、、現実を拡張します?」



はい/-yes


はい-yes


閉じた瞳の奥。

薄い赤に染まった視界に、幾つかのイメージがフラッシュバックしする。

いつもの接続時の浮遊感ではなかった。

感じるのは、酔いに似た軽い目眩。


「──ノイズが酷い。何かのバグかな。誰かの声が聞こえる。call kampa.通信環境のチェックを頼む」

拡張現実内のデフォルトの僕のエントランス、前後を見回して違和感を覚えた。

「扉の形が、全部一緒?」

先程と同じ目眩がもう一度僕を襲った。

「五感再現プログラムのエラーか、ひょっとして体感時間の延長がもう機能してるのか」

僕の呼び出しを受けても、カンパが応じた様子がなかった。常時接続が義務づけられている、人とバディのラインが途切れている。

こんな珍しい事はない。

「call kampa.どうした?」

二度目のコールにも応答がない。

突然の事にその場を動けなかった。

何かの異変を感じて、通信環境とバグのチェックを自ら進める。外部と内部の両方から、僕のアカウントに干渉してこようとしているアプローチを見付けた。


「ノイズが跳ね上がってる、もしかしてこれがパラサイトの目的か、、」

現在構築しているウォールをチェック。

オリジナルのものが1枚に、ゴーストモードが0.5枚。僕にしては比較的薄い状態だ。

接続した場所が、エリア4の研究室だったのが裏目に出ている。

「誰だか知らないが上手い事やるもんだな」

ガードが薄い状態の、拡張現実接続を待ってていた様だ。前回上がったのはセキュリティ強化の少し後、多分閾値の再演算でプログラムが稼働していたのだろう。


納得を裏付けるデータを漁っている内に、左隅に許可制ポップが表れる。辺りを見回したが、まだカンパの気配は戻ってなかった。

「誘いに乗るべきか否か」

一人でそう言いつつも、右手でファイルを操作してポップを開く。

バディのリアクションが無いのが新鮮だ。

出てきたのは短いリスト。

どうやらエントランスから移動可能なスペースが、一ヶ所に限定されているようだ。


「差し詰め、招待状ってとこか」


僕の閲覧を察知したのか、赤いランプが全てのドアに灯った。ゆっくりと明滅するそれは、プラネタリウムの人口の星の輝きに似ていた。僕はその赤いランプの導きに従い、手近なドアに手を掛ける。


「クゼクラス所属、ヒビノユーヒ」

認証を受けているその一瞬。藪をつついて出るのは鬼か蛇、という古い言い回しが頭を過った。

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