第10話 旅人は目的地を探す旅を続けている2
最寄りのリニアの停車駅へ移動して、エリア4にある統合政府の施設へ向かう。
まずは居住区から商業区を抜け、公共区にある検問を目指す。エリア4に入る一般的な入り口はここ一ヶ所しかなく。他とのエリア境には物理的な壁は勿論の事、可視化されたウォールが幾重にも構築されている。
エリア1~3の特別に厳重な一部を除いて、このエリアがセキュリティの強固さでは群を抜いている。統合政府直属の施設、機関、組織が集まっているからだ。
エリアの入り口にある検問がその証で、PNの提示は勿論、目的の施設や滞在時間を予め申請する必要がある。
タチバナが言っていた通りなら、目に見える部分以外にもセキュリティを支えている何かがありそうだ。
基本的に、若年就労員は生・育・公、一体型の生活サイクルを推奨されてはいるものの。僕の様に就いた業務に応じて、特例がある事が多い。商業区には人の出入りにムラがあるが、ここでは常に一定の人間が実体を持って存在している。
ここの研究所へ通い初めて、三年程が経過した。既に顔見知りになったエリア警備員に軽く挨拶をして、手続きを済ませる。
こうゆう部分は前時代の名残という他ない。
当番に当たっていたのは、主任であるノギヒロフミだった。警備員の中では年配で、クゼ教官よりも一回り以上も上だ。誰にでも丁寧な態度を取る事で知られている。
「こんにちは、ノギさん」
検問所の小さな小屋の中で、必要な手続きを済ませる。
「おやヒビノさん。今週の業務は確か、まだ先の筈じゃありませんか?」
「そうなんですけどね。レポートを進める上で、ちょっと確認したい事が幾つか出て来てしまって」
そういうと制服と揃いの青い制帽を一度外し、髪を整えてからもう一度被った。
「ひょっとして緊急の用件かなにかで?」
「いえ、そうゆう訳では」
返答が少し早すぎたかもしれない。
何か不審な点を与えてしまったかと思い、なるべく自然な笑顔で繋ぐ言葉を探す。
「クラスに閉じ籠り切り、というのも気が落ち込んでしまいますので。気分転換も兼ねてですよ」
「あぁ、そうなんですか。先程クゼ教官も、予定外でお見えになっていたので。なにかあったのかもと、余計な考えを起こしてしまいました」糸の様に目を細めた笑顔のまま、深々と頭を下げる。
「同じ場所に閉じ籠り切り、というものはどうにもいけませんね。昔はラジオというものが、こうゆう場所では唯一の気分転換だったんですけど」
「デバイスが開発される前ですか?」
「そうです。今ではこの場所にいながら、何処へでも行った気になります。なにかあればバデイが知らせてくれますしね。それでも、行った気になるだけなんですけどね」
若い知性に触れる機会は多い、昔と今の両方を経験した人の思考は貴重だ。
「行った気になれれば、それは行った事と同義ではありませんか?」
「私はよく、昔の野山を再現しているスペースに行くんです。故郷を思い出せるので」
「ノギさんの子供時代となると、居住区再編の前ですか?」
「ええ。今は大規模な生産施設と緑化計画で、一般市民は立ち入りが制限されてしまいました」
「そういった場所を、拡張現実内で再現する運動というか団体があると聞きましたけど」
「よくご存知ですね。若い人には無用でしょうけど、私達みたいな人間には有難いです」
そこで間を置き、小屋の中に一つだけある窓を見つめる。そこから見える景色は、等間隔で並ぶ植木の緑と、軽く曇った空の灰色だけだ。
「真夏の日差し、熱気を含んだ草の匂い。蝉の声。走れば、頬に触れる風も感じます。年甲斐もなくはしゃぎましてね。この間、山の斜面で足を滑らせました。けど、そこで痛みを感じても、傷は身体に残らないんです」
ノギ警備員の細められた瞳の奥に、僕は何かの感情を見付けた。でも、それになんと名付ければ良いのかは分からなかった。
「それはやっぱり、安全性の問題がありますから。ペインシステムは五感再現の中でも、非常に繊細な部分な筈です。強くても弱くても支障をきたす。転んだ痛みまで再現するエリアなんて、結構ハイレベルですよ」
「ええ。私も痛みや傷が欲しい訳じゃないんです。でも、生きているってそうゆう事だと思うんです。転べば怪我をするという当たり前の事です。現実では、ただこうして時が過ぎるのを待って。あちらでは現実の様な夢を追う日々。時々、私は何処に居るのか不安になります」
「何処に居ても良いんじゃないでしょうか?何処に居ても良いように、拡張現実へアクセスするデバイスを身体に入れたのです。貴方が居る場所は、貴方が決めればいい」
僕の発言を噛み締める様に、繰り返した 。
「私が居る場所は、私が決めればいい」
「そうです。その自由を、我々人間は手に入れた筈です」
「、、、さすがに最近の若い方は、しっかりしていますねぇ。ヒビノさんはお幾つでしたか」深いため息をした。
「今年15に成ります。けど人格と年齢は無関係ですよ」
「長々と失礼致しました。手続きは済んでいますので。後は門の前で、パーソナルナンバーの提示をお願いします。滞在時間のお知らせは、こちらからお伝えしましょうか?」
「いえ、長居するつもりはないので。こちらこそ、貴重なお話ありがとうございます」
軽く頭を下げてから部屋を通過して、門の前に移動する。金属製の分厚いドアだ。
ここを通る度にいつも、目測で厚みを測っているけれど。多分20cm以上はあるだろう。
確かめた事はまだないけど。
入り口のドア付近の端末に、カンパを通して接続。個人認証をクリアする。
「ヒビノユーヒ。クゼクラス、セキュリティ関連若年研究員。パーソナルセキュリティ・スフィア担当、第二分署所属。照会求む」
「こちらは統合政府直属エリア警備局、エリア4中央検問です。PN-GeminiF1122697.個人識別を確認、イメージスフィアの連動を確認」
スフィアが見せるイメージの中では、
もはや自己という概念すら不確かなものだ。
そこにあるのは、
誰でもない自分と何処でもない場所。
「スフィアの認証を確認。検索結果の個人と提示された情報を同一人物と同定。お疲れ様です、ヒビノ様。ゲートのロックを解除します。滞在予定時間は2054,3/21,jst13:22より30分、2054,3/21,jst13:52です」
ゲートのドアを抜けて数分、コンクリートで出来た窓のない四角い建物。
そこは僕に与えられた研究室兼実験施設だ。
建物の入り口の扉を開けて、僕はすぐにカンパを呼び出す。
「call,kampa.security mode access.
準備はいい?まずはアクティブなネットワークから、その後ローカルに切り替える」
「了解した。一部ポップを制限、保持プログラムのスキャニングとクリーニングを開始する」
僕は人差し指を上げて、カンパに伝える。
「パラサイトを探し出す」
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