旅人は目的地を探す旅を続けている

第9話 旅人は目的地を探す旅を続けている1


現代的なテロリズムの特徴を上げるなら、そのほとんどがサイバー化した事と、構成員の少数化の二点に尽きる。

前半に至る理由は明確で、国内での生活の基盤が、ネット環境に依存し始めた為だ。

今では建造物は簡易的な組み換えパーツが主流であり、人間自体が密集する場所も量も、現実には存在しない。


構成員の少数化については諸説あるが、そもそもの人口減少によるもの、そして新しい教育制度によるものがその大部分だ。

新しい教育制度、その最終系は現在も行われている生・育一体型で、すでに五世代目に突入している。


人口減少による教育の高度化。

拡張現実による学業と経験の凝縮。

それがもたらす早期の専門分野配属。

そして、低年齢の就労義務。


統合政府の理念である国民の少数精鋭化。

それがもたらしたのは過去の歴史にない、個人がもつ力の最大限の増幅だ。

過渡期である波乱のその20年間。

俗にいう「ロストマイノリティ」

失われた、少数の比較弱性と非差別性。

個と全の均衡ロストマイノリティ

それを掲げた当時の過激派の影響は、賛否両論を持ち合わせ、今もまだ根強く人々の中に生きている。ロストマイノリティを掲げた、主要組織の名称を挙げるとするなら。

蠍の方舟、葬儀者、意志の天秤、アンリミテッドグレイ、、、



クラス内の自分の机。

いつもより入念に構築したウォールに包まれ、僕の指は軽やかに動き続けていた。

時刻カウンターは2054,3/21,jst11:25を示している。レポート内容を更新しつつ、以前クゼ先生が言っていた言葉を思い出した。


「社会というものが変わるには時間が掛かるが、変わる瞬間はいつも一瞬である。変化に抵抗するのは、概ねが常識と倫理観だよ」

僕はそれを聞いたとき、ネットで見た鹿威しを連想した。大きな変化が引き起こるとき、それ以前に水面下での動きというものがあるのだろう。先生はその話をした時に90度のお湯を、似たものとして表現していた。


集中力の途切れを感じたので、中断して一息つく事にした。右手でレポートのファイルをまとめ、そのままカンパにパスする。

受け取ったファイルをバインダーに挟む仕草を見届けて、机とは反対側にあるソファーに移動した。左手にはもう冷めてしまったカフェオレのカップを持っている。


「18度の水と81度のお湯、触れなくちゃ分からないのは二流だよね。いつも通りの条件で保存よろしく」

両手を上に上げ、大きく身体を伸ばす。

「了解した。以前のクゼ先生の言葉か?

私達の様なAIであれば、非接触温度測定が行える」

「僕には無理だよ。そうじゃなくて気泡や湯気、それの環境や経緯を考えれば分かるんじゃないかなって事」

「平地であれば、それも可能かもしれない。しかし環境条件で、その推測は大きく外れる可能性もある」

「気圧とかがあるか。僕はそっちの実学方面、全然深めてないんだよね」

もしかしたら社会は、僕の気付かない内に沸騰直前なのかもしれない。


発言を中断した僕の考えを予測したのか、カンパは人差し指を立てて喋りだす。

「同じ情報でも、人の目で見る場合とAIが見る場合では、明らかな違いがある」

「どうゆう事?」少しワクワクしてくる、姿勢を変えてじっくり聞いてみようと思った。

腰を据えるというやつだ。

「予測の仕方というのか、私達は平均的に悲観的に、常に危険側を想定する。それはそうデザインされた事によるものだが、人間は違う」僕のバディがこんなに雄弁なのも久しぶりだ。

「人間は情報を受け取る時に、楽観的な慣性を持つ。空間を比喩に使えば、人間は経験の積み重ねが、上を目指す仕様になっていると感じる。対する私達は経験をフラットに広げる。それがもたらすのは、情報取得に対する柔性と剛性だ」

「分かりにくい例えだなぁ」

付き合いの長い僕が思うのだからよっぽどだ。それでも多分、僕に対する言葉を選んでいるのだろうけど。

「思考のプロセスが、直線的か平面的かという違いなのだが、この言い方で分かるか?」

「それじゃ余計分からないよ、つまりは何が言いたいのさ?」

「世界は常に沸点直前だ」っと、短くそう言った。最初からそう言えばいいものを。

「その環境が整っているし、それに足り得るエネルギーを内包している。切っ掛けがないだけに見えるという事だ」

「あらゆる存在は流動的であり、それは常に揺らいでいる。という事だね」

「──検索に掛からない。誰の言葉だ?」

「認識、把握、計算、記憶、再構築、人工知能に追い越された能力は数知れないけど。創造と飛躍、抽象性はまだまだ人間には及ばないね」僕は右手の人差し指を上げる。

「誰だったか、僕の言葉かも」


人間の持つその抽象性の果てに、

イメージスフィアが成り立っている。

それを考えるとスフィアが守るものは、個人情報や市民権だけではなく。

僕ら人間の尊厳なのかもしれない。











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