第8話 鍵穴は人の数だけ存在している4

何度目かの夕日の往復、現実の時間は視界に表示されてはいるものの。改めてあまり長く居るべき場所じゃないなと思う。


「その部屋、誰かのプライベートスペースなんだろうけど。そこには過去の小説が色々なジャンルで収納されていたんだ。その中に作者不明の一冊が紛れていて、不定期に更新されるそれをずっと追っていた」

二人の目が僕を見つめている。心なしか暗い表情に見える、機械が拾う心の機敏。

「繰り返される物語。繰り返される、少年と少女の会話。僕はそれに夢中になった」


「あの頃のお前は、ずっとそればかりだったな。皆と違うものばかり見ているからさ、正直オレはちょっと心配になってたよ」

「押し付けがましい、五感再現付きのプログラムが苦手だったんだ。ただひたすら、文字を追うだけのメディア。それが珍しかったのもあるけど、残りの情報を自分で補うのが楽しかった」

「でも確か、急に閉鎖になったでしょ?」

「そうなんだ。元々アクセス数も凄い少なかった筈だしね」僕は右人差し指で、左側の眉を掻いた。考え事をする時にやる癖だ。


「小さい頃さ、夢の続きを見れた事ない?

例えば昨日見てた夢、一週間前の夢、さっきまで見てた夢」

「話が飛ぶんだな。まぁ確かに昔は結構あったかも。サクヤは?」

「クラス配属、いえもっと前かしら。その頃はあったと思うわ」

「僕は頻繁に夢の続きを見ていた。そして、その部屋が閉鎖された後は、その物語の続きを夢で追うようになった」

「夢でと言うと。自分で思い描いた続きを、夢で見ていたの?」

「どっちが先かは覚えてないんだ。続きが知りたくてそれを見たのか、物語の続きが夢に現れたのか」

「なんだか不思議な話だけど、それはでもそれだけだよな。昔のちょっと不思議な話」

サエキも同意するように頷く。


「それからさ 。その部屋に居たとき、その続きを夢で追った時、クラス配属後、そして実験の開始後。僕の見るスフィアのイメージは確実に変わっている」

「ちょっと待って。イメージスフィアは個人の深層心理そのものよ。私はそちら方面、今はそこまで詳しい訳じゃないけど。外界の影響をそこまで受けるものなの?」

「個人差がある、としか言い様がない。そもそもスフィアがスフィアたる所以は、その情報量の多さにあるんだ。イメージが多面的に展開される様子だけど、それは成長と共に丸みを帯びていくものだから」

「幼少期にはスフィア内の、イメージ自体が少ないって事ね」

「なるほどな。幼児期の拡張現実デバイス反対派の主張の一つだな」さすが情報通のタチバナだ。

「ユーヒが知りたい事と言うのは、その物語の続きの事なの?」

「うん、それが一番だった。でも今は彼女に聞きたい事、伝えたい事があるんだ」


「彼女?作者不明じゃなかったかしら」


「そう、そうなんだ。だからこれは直感。あの年代、あの頃特有の思い。しかも少年と少女の語り合い方、そうゆうのを考えるとそれしかないって思う。だって幼い時って、男の子より女の子の方が大人びてるしょ?」

僕は少し照れながら、思っている事を言った。

「私はまぁ、集められた子達の中でも、年齢が少し上だったせいもあるけど」

「お姉さん風吹かせてたな、サクヤは昔から」

「貴方達が、心配させるような事するからでしょ?今もそうよ。そんな見ず知らずの他人に、何か出来るとは思えないわ」

「オレにはそんな重大な事には思えないんだけどな、ちょっと気になる女の子に声掛けたいって位じゃないか」

「貴方ねぇ」サエキは鋭い目付きで返す。

「何もプライベートな理由だけじゃないんだ。僕の専攻分野にも関わってるんだけど」

この話はまた次回ねと、結んだ。

不覚ながら、僕の構築したセキュリティに不安要素が見られるからだ。


二人とも察してくれた様だ。

「内緒話も一苦労だよな。大体こう言うとき当時の先生、っていう職業の人に邪魔されたりするんだよな」

僕よりもレトロのコンテンツを、よく見ている気がする。まぁ情報と知識の、幅の広さはタチバナの売りの一つだけど。

「見てみろよこの部屋、机が30個以上並んでる。これで標準なんだよ。しかもそれが一つの建物、校舎っていうのか?そこに何個もあったりするんだぜ」

「都市構造と同じね。教育制度も、より良い状態を常に求めて変化している」

「30年位前だよね。今の様に少人数のクラスで、生活と教育が同時になったのって」

各々言いたい事はまだありそうだったけど、時間も時間だったのでその話題を最後に切り上げることにした。二人にはバディを通して、しばらく警戒を怠らないように注意を促すメッセージを送った。



僕はそのスペースを出てからも、接続を保ったまま付近のフリースペースを歩いていた。

同年代の人間や、完全にアバター化したプレイヤーが何人か歩いている。

そこら中で沸き上がるポップから、目ぼしい情報を探る。普段はフィルターを厳重に掛けるのだけど、今は小さな兆候も見逃したくなかった。


流行りのデザイナーの新作を流し見る。

旧国会議事堂風、立食パーティー会場。

スラム街の映画館、錆と埃の匂い~

4月の雨のエフェクト付き。

絵画風ひまわり畑とラベンダー畑のセット、選べる時間・気候のオプション。

各同時アクセス数30人まで、、。

「需要と供給は合っているのだろうか」



「それは君の大事な記憶にも言える事だ」

付近に人の気配は全くなかった、だからだろう。カンパが等身大の姿を見せて、僕の独り言に答える。

「急になんだよもう」

「今日の話は、私も初めて聞いたことだ」

「昔の話?それともイメージの変化?」

「両方だ」

同じスピードで僕の歩幅に合わせて、拡張現実内のフリースペースを歩いている。今は廃鉱山の地下通路の様だ。世の中マニアックな人間が多い。

「焼きもち?らしくない発言だね」

僕のクスクスという笑い声が、暗い通路に響いていく。

「我々AIは、嫉妬という感情を持ち合わせていない。しかし、私に伏せていた明確な理由があれば聞かせて欲しい」

やはり三人のバディの雑談で、少し変化が見られる。機会があれば次もやらせてみようと思った。

「特にないけどね。そういえば、二人のバディと何を話してたの?」

「特にこれと言った情報はない」

「あらら。それそれ、多分それと同じ様な感覚だよ、僕も」僕は機嫌が良くなってきた。

「明確な理由を提示することも出来る」


「別にいいよ。どうせ長くなりそうだから」








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