第7話 鍵穴は人の数だけ存在している3
「そもそもだけど。そんな簡単に話せる内容ではないと思うけどなぁ」タチバナはまずそう切り出した。
「信頼性の話?」サエキがそれに応える。
「いや、そこはクリアしてるよ。セキュリティ面は勿論。ユーヒやサクヤとは付き合いも長いし」
「ありがとう。具体性を持たないのが、イメージスフィアの要だから。それは分かってる。でもスフィア接続時の、印象というのかな。断片でも記憶に引っ掛かるものはない?」
目に見えそうな濃厚な沈黙を挟んで、最初にサエキが口を開いた。
「何というのか、同じベクトルではある気がするのよね。安心安堵、納得自然。懐かしいという感情や、安らぐという気持ち、、」
尻すぼみな言葉をタチバナが拾い上げる。
「どんな突飛なイメージでも自然に受け止めてるよな。寝てる時に見る夢とは、似ている様でやっぱり違う。これはスフィアの一場面だ、とかは思わないもんな」
「なるほどね。不安を感じたり驚愕したり、心の急な動きも感じた事ないんじゃないかな。怒りや悲しみを感じても、それはとても静かなものだよね」
「そうかもな」
追加オプションによる夕暮れの日が、広々とした部屋の中に三人の長い影を作っている。
「私がぼんやりと引っ掛かるのはね、そんなに何種類も見ている訳じゃないと思うの。大体が同じストーリーをなぞっているだけだと思う。懐かしさが大きい気がするわ」
「映像は音付き?」僕は聞いてみた。
「音は、あると思う。けど、具体的な意味を認識出来る様な物ではないわね」
「オレの場合、サクヤの感じ方とは大分違う気がする。そこにいるっていうよりは、色んな画を眺めてる、っていう感覚に近い」
うーん、と唸ってからタチバナは続ける。
「昔のエンターテイメントに映像をながめるジャンルがあるだろ?映画とかドラマ、アニメっていうのか、あれを同時に幾つも見てる気分。内容はほとんど記憶に残らないし、納得出来る様な繋がりはないと思うんだけど。何故か一つ一つにちゃんと意味を見出だして、取捨選択してる気がするな」
「聞いてばかりでなく、ユーヒも何か話してくれない。何か思い出せるかもしれないわ」
「僕個人が見るイメージは物語のワンシーンの連続みたいな感じだと思う。余りに断片過ぎて、意味は見出だせないけど」
「引っ掛かる言い方をするのね」
「うん。僕が専攻してる研究内容どこまで知ってるかな?」
「クゼ教官に聞いた時には、確かイメージスフィアの安全性向上に関する事って聞いたけどな」
「そう。ここから先は部内機密、というか先生と僕以外数人しか知らない内容だけど。僕は今、イメージスフィアの客観的把握の為の研究を進めている」
二人の顔を見つめ深呼吸を一つ。
「良いのか話してしまっても」
カンパの声が頭に響く。
「構わない、セキュリティは強固だ。君と僕のウォールの力を信じよう」
「部分部分ではあるけど、僕の様にイメージを記憶に残せる人。最近少しづつ増えているという調査結果があるんだ。特に若い年代に多い。僕はその整合性を確かめる為に、他人と五感再現機能をシンクロさせる実験をしている」
「他人の深層心理を盗み見ているのか」
タチバナが慌てて立ち上がった。椅子は勢いに耐えきれず背中から地面に向かう、倒れた瞬間と音のタイミングにラグが見られた。
ぼんやりと現実ではない空間なんだと、実感を取り戻す自分が居る。
「待って。そんな事になれば、他人のスフィアにアクセス出来てしまうわ」
サエキの制する手で、タチバナは少し落ち着きを取り戻す。倒れた椅子を戻し座り直すが、それでも動揺は隠せない様だ。
「そう、話はそんなに簡単じゃない。さすがに統合政府が数百年を保障するセキュリティだからね。まず、相手に明確な意識があると上手くいかない事が分かってる。イメージスフィアの原型は他者からのインプットに対する、無意識の精神防壁なんだ。それにただ漠然と見えただけじゃ、そこにあるべき価値を見出だせない」
「見られているという認識が、無意識に変化をもたらすのね。量子力学の分野かしら、同じ様な現象って聞いたことあるわね」
「猫の話か?色々誤解されやすいエピソードだけどな。でも真実っていうか真理は、色々な事象に置き換えられるものが多いよ。女心と秋の空とか、な」
サエキがタチバナを睨み付ける。
バディ同士で雑談の試みをさせたのは、AIである彼等のフォロー無しで会話を進める狙いもあった。
言葉の選び方には人の個性がでる。アクセントやイントネーションで、与える印象も意味も変わる。
「具体的な実験方法は聞かせてくれるの?」
「うん。基本的には覚醒時の僕の意識と、非覚醒時の被験者の意識とをシンクロさせる。ここの技術は五感再現機能と拡張現実のシステムの応用でいけるんだ。睡眠状態もしくは、薬物による意識の混濁状態。その被験者の深層意識に入り込む」
サエキは顔色を崩す。顔を左右に振り、思考を制御しようとしている。
「理解は出来るけれど、あまり穏やかな内容ではないわね。ネットの世界に、人の意識と五感を再現した肉体を遷す様に、同じそれを人の深層意識に遷すなんて」
「手法もそうだし現象もその通りなんだけど。印象は全然違う。世界に入り込める訳じゃないんだ。どちらかというと、世界の壁を眺めてる感触だね。もしくは水中から見上げる空の様な感じ」
「そもそも何でお前はそんな専攻分野を選んだんだ?お前の学習深度なら選べる場所は幾らでもあるだろ。曖昧さは曖昧さのまま、それがセキュリティの強固な理由だろ?それを確定させようなんて言ってみれば、この社会を壊す反政府活動と紙一重だよな」
「表向きはイメージスフィアのセキュリティレベルアップだけどね」苦笑いで否定する。
「何か知りたい事があるんでしょう?ユーヒのとって大事な何かが」不思議だ、どうして分かるのだろう。
「他人の大事な物を、盗み見るような真似をして。面白がる人じゃないわ、貴方は」
「ずっと探しているものがあるんだ。それはある物語の続き、というか」
「ひょっとしてアレか?」タチバナは思い当たる様だ。
「タチバナは分かるかな?君がレトロ趣味って言い出したのはそれぐらいの時からだからね。ある匿名のプライベートスペース、昔の図書館を模した小さな部屋。その中に一冊の本があったんだ。僕は小さい頃そこに入り浸ってそれを読んでいた」
「それは詩集に近いけど、短編の小説のような時もあったんだ。一話一話が全然別の話だったりしてね──」僕は昔の、幼い頃の記憶を呼び覚まそうとした。
その時急に、頭に緊迫した声が響いた。
「データの蓄積量と出入りに異変がある。正体不明のアカウントからアクセス経路を構築されつつある可能性がある」
「ちょっと待って」
僕は人差し指を口元に当てる。
「kampa,serch.根拠と原因。予測出来うる限りの可能性をリストアップ」
いつもより小さめのカンパの姿が表れる。リストの膨大な情報の為だ。
拡張現実内の僕の視界の上に重なる様に、電子の光が拡がり走っていく。現在の各種情報を中心に、予測された因果の流れが見える。
「君と僕のウォールを越えて、綺麗に通れる道が作れる訳がない。見落とした隙間に捩じ込んでるのか」
「いや、その可能性は低い。流れるデータ量をバディ同士が常時計測していた。私達がこの部屋に入ってから、一定のノイズを検知していたが、それが先ほど跳ね上がった。稼働しているプログラムに企業関連の未知の物もあるが、ウォールを突破出来る程のサイズではあり得ない」
視界全面に拡がる幾つものプログラムから、該当部分が点滅して知らせる。
「そのプログラムを認識した、けれど流れが追えない。袋小路じゃないかな」
「一番高い可能性は、、」行き着く結論はそう多くない。
「ログの入手。発信と受信を捨てて蓄積のみするタイプ?スペースに予めあったトラップ系かな」
「、、ヘングレンから提供されたデータによると、それはない」最初に居たタチバナのバディが計測していたなら、間違いがないか。
「ノイズの発生は我々がこのスペースに入ってからの様だ。君のオリジナルのウォールによるものだと予測していたらしい」
「この情報は二人のバディとも共有して、でもそうすると僕自身に付いてきた事になる」
「私が気付かないパラサイト系、あり得ない事ではないが。信じたくはない」
たった数十分で随分とまぁ、人間らしい発言をするようになった。ひょっとして雑談の効果か、タチバナは一体どんな話題を提供したのだろうか。
「ユーヒのウォールが破られる?」
疑い深い眼差しをしてサエキが呟いた。
「いや、それは考えにくいだろ。オレの方でも探ってるけど、スペース外へ情報を送ってる様子はない。何かが作動したとするなら、ノイズが大きくなった瞬間からだ」
「機密情報が漏れた可能性は低そうね、どうする?場所を変えた方が良くないかしら?」
「大丈夫だと思う。聞かれたくない事は既に話し終えてるわけだし、気付いた事を悟られない方が有利だ」
「サエキ氏の提案を支持したい。部屋の移動でプログラムを絞れる可能性が高い」
「探りを入れるのは一人になってからでも遅くない。計測だけは怠らないで、今は油断させておこう」
「了解した」一言だけを残し、僕の視界から消えていった。
「それに、あとはただの思い出話だからさ」
僕は窓の外の太陽へ顔を向けた。この部屋で太陽は、気付けばいつもそこにある。
まるであの頃の記憶の様だな、と思った。
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