第6話 鍵穴は人の数だけ存在している2
「なんだぁ、その格好は」
顔をしかめて呟いた後、タチバナは僕に同意を求めるように手を広げた。
「僕を見るなよ。いいんじゃない?何を着ようとさ」僕は軽く返した。
「貴方達はいつも同じような格好ね、というより二人して同じような格好ね。どうしたの?そうゆう集まりだったかしら」
同じクラスのサエキサクヤ。セキュリティ部門のネットスペース若年警備員。不法なアクセス、使途不明の構築データを主に取り締まっている部署だ。
統合政府直轄の組織との関連も強い。
僕の隣の席に椅子を引いて腰掛けた。パッと見では気付かなかったけど、よく見るといつもの焦げ茶色の髪ではなく、純粋な黒い髪のようだ。もしかしたら浴衣という服装に合わせているのかもしれない。
クゼクラス同期進入の僕、タチバナユヅル、サエキサクヤの三人の中で、一番年齢が高いのがサエキ女史だ。僕の一つ前の最年少学習深度到達者。
クラス配属の前でも同じ位の学習深度の子供達が集められ教育・管理される為、三人はその頃から何かと一緒にいる。もうすぐ10年近い計算になる。
「私は貴方達みたいに、クラスの部屋で出来る仕事じゃないのよ。リアルスペースの担当と共同で動く事も多いの。私生活のファッションなんて3日に一度は制服なのよ」
「選らばなくてよさそうだけど、、」
「ネットの中ぐらい好きな物を身に纏いたいのよ。それに私だって、最近の子供達程じゃないわ」
「アバター化?」研究内容に思い当たる点があったので聞いてみた。
「そうそう。昔から少数はいたと思うんだけど、最近増えているでしょう?」
サエキ女史は話す時の身振りや表情が大袈裟だ、昔から見ているけど変わらない癖だ。
首を傾げたり頷いたりする度に、ポニーテールがヒョコヒョコと跳ね回る。
「オレらの年代にも、結構の割合でいるけどな。スペースの参加条件が、アバター化してるプレイヤー限定のイベントとか。結構見掛けるぜ」言いながらタチバナは視線を素早く動かしている、過去の履歴でも参照したのだろう 。
スペースによっては、デフォルメされたキャラクターで拡張現実内を移動する人を良く見掛ける。主に僕らと同年代、もしくは低年齢のプレイヤーに多い傾向だ。
「人によっては本来の自分の姿で、ネットを歩けないって言う子もいるのよ。精神的な問題を抱えてたり、身体的なコンプレックスを抱えてたりする子も私の周りに居たけど。それだけが原因じゃないみたいだし、どうも不思議な感覚よね。使い分けるならともかく、その姿でしか居られないっていうのは」
そこまで言うとサエキは急に立ち上がった。
「なんだか、落ち着かない。私だけこの格好じゃ、私が可笑しいみたいじゃない」
「好きにしなよ、リアルじゃあるまい。着替えなんて2秒も掛からないだろ」
タチバナは呆れている。相変わらずのやりとりに、僕は柄にもなく安心した気分になる。
「call,chiruchiru.チルチル!この前貰ったグレーのミニスカート分かる?それとシャツでお願い。小物と髪型は任せるわ」サエキは上目遣いにバディに声を掛け、何度か視線を左右に動かした。満足したような微笑みを浮かべ、お願いっと小さく呟いた。
淡い乳白色の光に包まれたと思った瞬間、サエキの浴衣は別の物に変わっていた。
「どう、綺麗に見えてる?友達が趣味で構築してるデータの貰い物なの」
「サクヤのファッション話はもう置いとこうぜ、だが三人がここでこうしてると、青春みたいだな。オレらって幼馴染ってやつだろ」
「前時代的な表現ね。それより、聞きたい事って何なの?」やっと、今日の本題に入れそうだ。このままでは日が暮れてしまう所だった。といっても、ここじゃ現在進行形で常に暮れ続けているのだけど 。
「あぁ、本題は自分のイメージスフィアについて、どれくらい知識があるかが聞きたかったんだ。プライベートな事だし、メッセージじゃアレかと思って」
理由はそれだけじゃない。記号化不可の曖昧さが、イメージスフィアの要。それを聞くとなると、メッセージよりは出来るだけ生の声が良かったという点が大きい。
「出来れば直接会った方が良かったんだけど、前とは違って皆忙しそうだから」
僕は二人の顔を交互に見た。
「今もまだクゼ教官のセキュリティクラスだけど、専攻が決まってからは多少離れてるからな」タチバナが続けた。
「しかし、ここ安物のレンタルスペースだぜ。重要な話なら誰かのプライベートスペースの方が良かったんじゃないか?」
「大丈夫でしょ?ユーヒが居るんだもの」
「うん、ちょっとだけ時間頂戴」
僕の専攻分野はネットスペースでのパーソナルなセキュリティ、対スペース戦は畑違いではあるけど。
両手を軽く上げる。
力は出来るだけ抜いた状態を保つ。
「call,kampa.security mode,access...
僕のウォールの適用範囲、対象を再計算する。カンパ、フォローを頼む」
僕にしか聞こえない声で、実行プログラムを確認する声が響く。
フィルターのレベルを上げて、集中を妨げる余分な光すら遮断する。
拡張現実内で視界に重なる、パーソナルな記号達の群れ。第三者には意味を持たない言葉の羅列、声にならない音を聞く作業。
僕の思考は一直線に、ネットの深海へ潜る。
「yes,my buddy.現在適応中のウォール2枚にプラス、0.5をゴーストモードで追加。範囲をスペース全体まで拡大。入室制限のセキュリティをイメージスフィアと連動。スペース管理者との上位互換性を一時cut.対緊急時の音声・文字記録管理システムはどうする?」
指先の僅かな動きと、視線・焦点の組み合わせで一つ一つに対応していく。まるで本番前のピアニストみたいだと、遠くから自分を見る自分がいる。
「デコイで対応して、二人のバディと連携」
「デコイ、というと。、、AIであるバディ3つで雑談をしていろと?」僕の口角が思わず少し上がる。
「冴えてるじゃん。さすが僕のバディ」
「その案を提案したのは私ではない」
タチバナのレンタルスペース全体に、鈍いノイズが一瞬だけ走る。セキュリティが行き渡ったサインだ。
「ユーヒの発想には参るわね。私達の会話のログ偽装にバディを雑談させるなんて」
「ヘングレン経由で聞いた、お前って変な事考えるよな。さすがウチのクラスのエース、ビショップ級プレイヤー。バディ同士への話題提供はオレに任せろ」
タチバナが得意げな顔で僕に向かって話す。
「貴方達って、見た目と中身が逆よね。ユーヒは見た目に似合わず、一直線な所多いし。タチバナは空間認識にずば抜けてる上、持久力も凄い。さっきまでフィルター全然掛けてなかったでしょ?」
僕、タチバナの順に人差し指を向ける。
「自慢のクラスメイトだわ」
僕らは顔を見合わせた。
「不器用なだけだよ」
「噂話が好きなんだ」
五感再現機能が心拍の上昇を感知したのか、顔の表面のデータに変化が見られる。
この機能、次はOFFにしようと僕は思った。
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