鍵穴は人の数だけ存在している

第5話 鍵穴は人の数だけ存在している1


先生に会った二日後。

同じクラスメイトの二人と拡張現実内のスペースで待ち合わせをしていた。毎日少しずつ進めているレポートで、気になる点を質問したかったからだ。

自宅のデスクで椅子に腰掛け、バディであるカンパに合図を送る。

「call,kampa.contact.Real extension」

目を閉じて接続コマンドを実行。

確認画面がポップする。


「PN-GeminiF1122697.個人識別を確認、イメージスフィアの連動を確認、貴方のバディのスリープを強制解除します。緊急時はバディの指示に従って、接続を解除して下さい。


統合政府は体調にあった五感再現を推奨しています。悪質プレイヤーによる、アカウント盗難にお気をつけ下さい。


、、現実を拡張しますか?」


はい/いいえ-yes/no


はい-yes


視界がゆっくりとホワイトアウトして、思考が切り替わる。想像のその先。

現実より確かな夢、

夢より完全な現実の中へ。


次に目を開いたとき、真っ暗な道の真ん中に立っている。左右には見渡す限り、数え切れない扉が大小様々に等間隔で並んでいる。

僕のデフォルトのスタート位置だ。

手や足を軽く振って、深呼吸をする。

五感再現機能に、脳と体を慣らすため。

現実と区別するというより、今の世界の体はこれなんだと思い込む。

夢だという実感を持って見る夢に近い。


拡張現実デバイスを入れたての幼児や、痴呆が始まった老人等は現実の区別が付かない事がある。それによる事故が未だに絶えないのは、デバイスの移植時期を巡る論争や、アクセス制限の有無を問う事に結び付いている。


前後を見回して、赤い光の灯った扉を見付けた。多分僕のログインに気付き、先に来ている誰かが知らせてくれたのだろう。

扉の前まで行き、ノブに手を掛ける。

視界にメッセージがポップする。

「この先、プライベートスペース。参加権限を確認して下さい」

「エリア6、クゼクラス所属。セキュリティ関連若年研究員ヒビノユーヒ」

「個人アカウントを検索。PNを特定、照会します」僕の発したキーワードから、検索エンジンが市民登録された情報を確認する。

ドアノブに掛けた手とは逆の手で、それに対する認証をクリアする。


扉のロックが解除された。

先に来ていたのはタチバナだけだった。

「よう、久し振り」

足を踏み入れた先は5,60年ほど昔の、義務教育という制度があった頃の学校の教室の様だ。

「どうここ?」タチバナは座っている椅子を後ろに傾かせて、不安定な状態を保っている。服装はというと、僕が今着ているような白いワイシャツと足のスネ辺りで途切れている濃紺チェックのズボン。

窓からはオレンジの光が差し込んでいて、彼の顔に影を落としていた。

「どうもこうも、なにこれ?まさか作ったの?」

「いやいやまさか、レンタルスペース。オレの領域にそんな余裕はない。こうゆうレトロさはお前の好みかと思って、夕日のオプションはオレのプレゼント」

「確かに古い文献とかメディアは、よく漁ってるけど。レトロ好きって訳じゃないよ」


僕は会話を続けながら、タチバナの近くの机の前に行き腰掛けた。

光の角度が変わったお陰で、顔がよく見える様になった。細い顎と少し垂れた目、短めの髪がツンツンと上に向かっている。

この世界ではこう見られたい、という自分になることが出来る。僕達二人はあまり外見に拘らないから、現実の姿とほぼ同じだ。

多少違う点を挙るとするなら。タチバナは普段の姿より体の線が細いはず、それは趣味が拡張現実内のインファイト《格闘技》で、相手を油断させる為らしい。

僕の場合は普段より目がパッチリしているらしい。自分の顔なんてあまり注意して見ないから、人に言われてあぁそうかも、位にしか思わないのだけど。

「サエキ女史はまだ?」

待ち合わせ時間を過ぎても、まだ表れないもう一人について聞いてみた。多分僕よりも、タチバナの方が親しいと思ったからだ。

「あぁ、サクヤならメッセージが来てた。部屋のアドレスは教えてあるから。会議が終わり次第インするって」

「相変わらず忙しそうだね」

「まぁ、悪質なプレイヤーの取り締まりなんてイタチごっこだからな。合ってるこの言い方?」三人ともクゼ教官のセキュリティ関連のクラスだが、各々学習深度や適性によって様々な分野に振り分けられる。


「合ってる合ってる。タチバナの研究は?」

「オレの方はお前と同じ、いつも山場でいつも一段落。けどお前はいつも遅くまで、部屋に照明付けてるよな」

「隣の部屋だからって覗くなよ。プライバシーは守られるべきだ」

「はいはい。良き市民の心得だろ、帰りがけ見掛けるだけだよ。オレはリアルスペースのセキュリティだからな。最近、お前よりは出入りが多いわけ」

「リアルスペースといえば、この前エリア5の市民ホールに行ったよ。クゼ先生との面会で」

「あぁあれな。結構揉めてるんだ今でも」

「エネルギー系?都市構造?」

「いやオレの分野で、公共施設なのにエリア5だろ。政府の施設と民間の施設じゃ、セキュリティに違いがあんのよ」

「僕は施設やスペースの方面は疎いから、リアルもネットもだけど」僕は自己弁護するように言った。


前後していた椅子を水平に戻し、タチバナは人差し指を立てた。

「エリア自体のセキュリティシステムがそもそも違うんだ。リンクさせようって話もでたんだけど、それじゃそこにアクセス経路が出来ちまうってさ。統合政府の施設でPNの盗難なんて起きちゃ不味いからなぁ。公共担当のクラスは、Wクイーン級でも連れて来ないと駄目だって自負してる」

「Wクイーンなんて、都市伝説じゃないか」

「まぁな。次のバージョンアップで疑似イメージスフィアに挑戦してるらしいけど、土台無茶だよな」

「それは気になる情報だね」

視界の右端で待機してるカンパに、視線を送って片目を瞑ってみた。アイコンタクトってやつだ。僕とは逆に閉じていた目を片方だけチラリと開いて、またもとの待機モードに戻ってしまった。


タチバナは顔を上げて何度か頷いた。

きっとバディのメッセージを聞いているのだろう。

「サクヤから会議が終わったって、チルチル経由でメッセージが来た」

室内に満ちていたオレンジの光が、一瞬白く切り替わり戻った。

瞬きを繰り返した後、気づいたらそこには浴衣を着たポニーテールの女の子が立っていた。


「お待たせ、タチバナ。ユーヒも」



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