第4話 少年は夢の続きを探している3


「すいません、先生」


「君を見ていると面白い。君のバディが起こしてくれたかね。こうゆうのも実際に会わなければ得られない感情だ」

「イメージの波が溢れてきて、職業病ですね」時刻のカウンターを見ると10分ほど経過していた、よくある癖だ。

「15才の少年が職業病か、時代も変わったね。しかしそのイメージだ。それらが複数、しかも同時に、多面的に連続性を伴って個人の尊厳を守る。それは体内ナノマシンが常時計測する、生体情報との組み合わせによって無限の可能性を秘めた」先生は片手で髪を払いながら、力の籠った眼差しで僕を見据える。

「そうです。記号化しない事によって、セキュリティチェックは強固になります」

「けど君の専攻、というか研究課題はその矛盾を突くものだろう」

「ええ、確かに。僕の研究はそのイメージスフィアの客観的把握ですから」

「感覚共有している人間ならまだしも、第三者がそれを把握する事はいずれセキュリティの穴になるだろう。今はまだそれも難しい話だろうけど」

「難しいでしょうけど、今はまだとはどうゆうことですか?」話の核心はここだ、と僕の直感が告げていた。

「人は順応するということだ。人が自分の深層心理をイメージとして認識出来るようになって、まだまだ時間は経っていない。しかしそのうちそれさえも自分の中で、具体的に思い描く事になる。拡張現実がその無限性に対応する」

「今まで手の届かなかった深層心理に、自己の欲求を再現する手が伸びつつある。という事ですか?」

「君は優秀だね」と一言区切ってから先生は続きを話した。

「そう、欲求が具体的になれば、それはシステムの要である曖昧さを失う事を意味する。現に君が構築しているウォールも、後半はそれ一つが個人の深層防壁の深部に匹敵している。それは自らの欲求で具体的に構築しなければ出来ない芸当だ。しかも突破するごとに多様性を増す仕様なのかな、何人分を使っているのか私にも解らない」確かにその通りだ。

僕の職業だからこそ出来る事だけど、他人の深層心理のイメージを一部、理解を深める事なく適応させている。しかしそれも、具体的にこれを用いる。という認識を持っている事は、そのイメージに客観的具体性を見出だしている事になる。

新たな知見を得られた、これが今日のイベントの価値だ。


「ありがとうございます。それより先生、僕のウォールを突破しようとしないで下さい。親しき仲にも何とかって、教訓ありましたよね」

「それは諺だろう、私のフェムスペンが興味を持ってね。許可を求めたので自由にやらせてみた」

「まず僕に許可を取るべきでしょう、全く」僕は呆れてしまった。先生も先生なら、そのバディもバディだ。

「ごめんなさい気に障ったかしら」

姿は見えなかったけれど、女性の声が聞こえた。きっとスペンだろう。

「いや、いいよスペン。担当である先生には、ある程度僕の状況把握をする義務がある」

「お久し振りですヒビノ様。本当はちゃんとお話したいのですけど。姿を見せずに口を利く失礼をお許しください」

「いや、気にしなくていいよ。元気だった?」僕は空中でスペンが居そうな場所に視線を向けて答えた。

「お陰さまで、恙無く」

余程親しい関係を除き人と会うとき、お互いにバディを可視化させる事はない。

「聞いているか、スペンはちゃんと挨拶が出来るぞ」僕はカンパに向けて言ってみたが、あまり反応は無かった。アイコンが一度こちらを見ただけだった。

「君のバディはこういう場では発言をしないよね」

片頬に笑窪を作っている、楽しそうだ。

「一応自由にやらせているんですけど、無駄口を聞かないクールな奴なんです昔から」

僕は視界上で待機している、カンパを眺めた。我関せず、という無表情。

「守ろうという意識が、鍵を作り壁を作る。それが鍵の形を教え、乗り越えるべき道のりを作る」

「それがシステムを弱くするということですね」

「そう、悲しい話だね。個人の尊厳を守る理屈が、愛を否定するものなんだから」


その言葉で先生との会話が終わり、挨拶をして別れた。

最後に握手をする際、君の活躍を祈る、とだけ言っていた。

一応僕の教育担当なのだから、もう少し言うべき事があるのだろうと思うのだが。そこは僕自身にも言えるし、まぁだからこそ担当に選ばれたのだろうと思う。


「まぁそこも信頼に置き換えてみようか」

カフェテリアを離れ市民ホールのエントランスを抜ける。

「質問をいいか」頭の中に声が響く。

「いいよ、先生との会話の事?」

「そうだ。私は君の研究内容や成果には、ほとんど目を通している。なので途中の会話には理解が及ぶ、現在及ばない部分にもなんとか計算の道を立てられる」

「うんうん、優秀優秀」

「クゼ先生の最後の発言だ」

「あぁ、個人の尊厳を守る理屈が、愛を否定するもの。だね」

「そうだ。この発言の意味を教えて欲しい」

僕は歩きながら少し考える。思考に集中していれば雑多なポップも気にならない。

「今の個人情報を守るセキュリティ、イメージスフィアに使われているキーパス。それがそのまま個人の深層心理だからだね。それが他人に理解され得ない事が大前提なんだ。分かる?」

「分かる、君の研究分野だ」

「それはつまり、他人を本当の意味で理解する事が出来ないって事だよ」

「それが愛の否定に繋がると言うことか」

「愛ってなんだろうね」

「何かを愛するには理解が必要という事か」

そこで可笑しさが込み上げてくるのを感じた。AIであるバディと愛について語っているなんて、しかも大真面目に。

「そういう事はさ、僕じゃなくてスペンと議論してみたら」

「検討してみる」思案顔でそういうカンパを見て、堪えきれず吹き出してしまった。AI同士が相互理解を求めたら、共有可能なデータを持ち出すのだろうか。

人と人の場合、共通の価値観や感情を求めそうだけど。研究分野に関連がありそうなので、頭の片隅に置いておく事にした。


「会話が落ち着いたので知らせる。出所不明の許可制口座メッセージがポップしてきている」

「え、ウォールは二枚のままでしょ?いつ?幾ら?」

「市民ホールを出た直後だ。420vy、請求ではなく贈与。カフェテリアの使用額と同じ」

「先生ならボクの二枚位突破出来るかな。出所不明なんて隠さなくても良いのに」

「フェムスペンに確認を取ろうか?」

「いや、なんだか無粋な気がするから。許可しといて」

「了解した」


そのままリニアに乗り込み、エリア6の自分のクラスに戻る事にした。

その間溢れてくる繰り返されるイメージに、自分の深層心理のイメージを探していた。

誰かの腕の中に飛び込む感触、耳元で何かを読み上げる優しい声。

様々な風景や記号が浮かんでは消えて、音や風が五感を撫でていく。


海の中を漂う海月。キラキラと太陽光を反射する水面、そこから伸びる誰かの手。

もう少しで届きそうだ。

「眠ったのか?」

誰かの声が頭の中に響く。

勘違いかもしれない。

そのまま深みへ潜っていく。


そこら中に孤独の気配を感じて、僕はだんだん嬉しくなってくる。




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