少年は夢の続きを探している

第2話 少年は夢の続きを探してる1

エリア6にある僕のクラスから、最寄りのリニアの停車駅まで森林公園の中を徒歩で移動する。

居住区であるこの付近は、他のエリアより比較的緑が多い。環境面の事もあるし、点在するクラスへの教育的配慮の面もある。

歩道を歩いていても、商業ポップが少ないのも特徴だ。見掛けるのは停車駅や様々なクラスへの案内と、大まかな付近の地図のみ。


「call,kampa.時間はまだ余裕あるよね」

ポップしてきてるマップでルートを確認しつつ、スリープ状態のカンパを呼び出した。

「問題ない。17分程、余裕を持てる」

「ありがと。先生に会うまで、自由で良いよ。マップにルートが出てるから」

「了解した」

そう言うとカンパはアイコンを消してネットに潜った。多分フリーのアングラスペースを回るか、広い計算領域のあるスペースで自己学習を進めるだろう。



僕の生活スタイルには、1日に2つ以上の予定を入れない事にしている。あらゆる物体の移動はエネルギー不足の関係から、出来る限り最小限に留めるようにするのが、良き市民の営みである。

少し前まで旅行というレジャーが、一つのステータスになっていた時代があったらしいけど。今では考えられない趣味だ。

ネットの拡大と拡張現実によって、あらゆる町並み、景色、気候を瞬時に再現出来る。それをどれくらい持っているか、個性的で、雄大で、無意味で。そういったことが裕福であるステータスになりつつある。

パーソナルスペースに精緻なデータをダウンロードする場合もあるし、オリジナルの構成のスペースを作りあげる場合もある。


体内ナノマシンが作る五感再現。

拡張現実のほぼ無限大のスペース。

人はその2つを手に、自由にどこまでもいけるようになった。反面、部屋を出て自らの足で街へ行く事を控えるようになった。

体を移動させず、思考や感覚のみを移動させる。


個人的な付き合いで、物理的に誰かに会うという事も今では珍しいイベントだ。

過度の接触要求も幼児期や老人を除けば、ネットに順応出来てない人間として、忌み嫌われ避けられる傾向にある。

僕自身も直接コンタクトを取る人間は、普段数人しか居ない。先生は数人のその一人だ。

まぁ僕の場合、パーソナルスペースにも人を招く事もないし。誰かのスペースにアクセスする事も滅多にないけれど。


市民の義務や、世間の目とは関係なく。

有限の時間を、自分の為だけに使いたいというのが一番の理由。


地下へ降りていく階段を使って、停車駅を目指す。

PNを提示してリニアに乗り込み、幾つかの停車駅を通過してエリアを横断する 。

大小の停車駅をクモの巣状に繋ぐ事によって

、基本的にはどの目的地もほぼ直線で移動出来る。暗闇の中コックピットで横になってる間、簡易テキストファイルを開いた。レポートの構想を固める作業を進める為だ。



「そろそろ目的地のようだ」

視界を閉じていたので姿は見えなかったけれど、カンパの声が頭の中に響いた。

声が聞こえた五秒後に、徐々に照明が明るくなり、スピードも落ち始める。

音もなく扉が開き、僕は体を起こして地上に出る。

「何をしていたの?」

「報告すべき義務はあるが、特に報告すべき内容はない」期待通りの淡白な答えだ。

「エリア5の人口密集度は?」

「許容定員の42%程だ。中規模のデモが2つ活動中」

「一つはアレだろう」

リニアの停車駅の出口付近に少人数のグループが見える。大きなメッセージボードに加え、申請無許可ポップをばらまいてる。

僕のデバイスのデフォルトには読みたくないメッセージは入ってこない。だからパッと見じゃ、何の団体なのかは分からなかった。

「拡張現実デバイスの幼児期移植反対運動が、あの団体の名称みたいだ。代表はキミシマという名の研究者らしい」

「そう」やはり聞いてみても、あまり興味のない分野だった。僕は彼等を無視して、商業区であるエリア5の町を進む。




エリア5をデバイスのフィルターなしで進む事は、一本の白線を目を瞑って真っ直ぐ歩く事より難しい。

雑多な宣伝ポップや、入り組んだ路地のマップ。パブリックスペースは有用無用の情報で溢れている。高度情報社会の次に現れた、飽和情報社会。統合政府の調査によると送受信される情報の比率が7:3位らしい。受け手の居ないメッセージやメールが、ネットの海に波を作っている。表面上は見えなくなったとしても、いつまでも消える事もなく、海月の様にただ漂うのだろう。


このエリアでは常に、より理想的な都市構造を追及するために街が変わり続け、路地や建物が目まぐるしく変化する。パーツを組み変えるだけで済むとはいえ、実際歩く側からすればたまったものじゃない。人気のリアルスペースが人の流れを変え、人の流れが道を変え、それがまたスペースの変化に繋がる。


マップに表示されているルートと、バディであるカンパのナビを頼りに迷路の様な路地を抜ける。その間に浮かぶポップを障害物の様に避けていく。


カフェテリアの、オリジナルメニュー味覚再現アプリケーションを回避して。

医療部のオススメ、濃縮栄養サプリメントを消去。以後通知拒否。

政府推奨の最新版、PNアクセス権盗難防止ファイルは一応キープ。

現実の町並みを写す僕の視界と、その上に薄く投影されている拡張現実。リニアの1時間では酔わなかったのに、押し寄せるポップの波に酔いそうになる。

「久し振りに外に出ると、ひどい泡酔いだ」

僕の独り言を聞いたカンパが、視界を綺麗にしてくれた。

「2052,/3/18,Jst12:10.フィルターのレベルをあげた。ウォールを二枚構築しておく」

「ありがとう、さすが気の利く僕の相棒」

「有意義そうなものと関連のありそうなものだけを、過去の履歴を参照して収集・保存しておく」

「曖昧なものはその都度聞いてね」

「了解した」

「あと先生にメッセージを宜しく。時間通り到着します、とだけで良いから。」

「2052,/3/18,Jst12:16.send.」

「スペンに会うのは楽しみ?2ヶ月振りでしょ」スペンというのは先生のバディの略称だ。

「クゼ先生のバディとは定期的に情報交換を行っている。久し振りという表現は適切ではない」

「え、そうなの?」

「念のため誤解のないように予め言っておくが、逢い引きという表現も適切ではない。君の担当となっているクゼ先生のAIという点、、」

「ごめんごめん 、逢い引きって言った?」

驚いて思わず足を止めてしまった。言葉のチョイスがレトロ過ぎる。僕の構築しているAIとは思えない。

突飛さが感動的だ。しかも自分からそんな事を言い出す点が、少々怪しいと勘繰ってしまう。

「逢い引きではないと言った。クゼ先生と君との似た方向性が観察される為、言葉の意義や行動の持つ意味に対する解釈の可能性を広げる目的だ。利己的な理由ではない。」

「ふーん、利己的な理由の方が素敵だけどな。似ているかなぁ。研究がってこと?」

視界の奥に目的地である、市民コミュニティホールのアイコンがポップしてきた。マップを見ると、あと15分程の距離の様だ。

「その評価は一般的ではない。研究が同じ分野なのは担当者なのだから当然だ。性格というか性質に同じベクトルを感じる。同じ空気を吸っているという表現も候補に上がった」

「随分と詩的じゃないか、まぁ言いたい事は分からないでもないけど」

「高度な情報処理だ、意味がほぼ正確に伝わるだろうと予測していた」

「予測ね。そこは信頼という言葉に置き換えてもアリだと思うよ」

「了解した。目的地まであと五分だ。視界にも見えてきた」

「アレがそうか。目的地ってさ見えるようになってからが遠いものだよね」

「本来目標というものはそういうものだ。距離のある目標や高い理想になればなるほど、目先の結果や足元の道のり、過程に意味を見出だそうとする傾向が人間にはある」

僕が言いたかった事を、代わりにほとんど代弁してくれた。

「そういうドライなところ、結構好きだよ」



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