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「花菱君は若くから一人暮らししていたの?」

「はい、息子さんと同じく、高校を卒業してすぐに」

「それからバーで修業していたんだっけ?」

「そうです」

 マリコさんは修行先のバーの常連さんで、独立の時に追いかけて来てくれた人だ。

「その時はどんな感じだったの? 荷物は多かった?」

「そうですね。私の場合はビックリするほど狭い部屋だったので、鞄一つで来た、くらいに近かったです」

「嘘っ!」

 嘘じゃないって。本当に狭い部屋だから持って来ていたのは洋服と少しの家電、それからバーテンダー入門の本。大型の家電は前の住人が置いて行ってくれたから凄く助かったのを覚えている。ちなみに俺が出る時も置いてきた。

「でもまぁ、親からはいろいろ持たされましたよ。私の荷物は鞄一つでも、引っ越しの時に送られて来た段ボールにはぎゅうぎゅうにものが詰め込まれていて」

「そうなの?」

「そうなんです。マリコさんと同じですね、ふふ」

 反対されて飛び出して来たと言うのに、段ボール一杯のカップラーメン、野菜、お菓子、米、ジュースに煮出しの麦茶のパック。医薬品も調味料も詰められていて、それらが年に数回送られて来た。たまに母親の手料理も。金は一度も無かったけど、俺が安定して「今度は俺がするから」と言うまではずっと続いていたっけ。今でもたーまに野菜とか送られてくるけど。

「子供を想う心はどの親も同じなんですね」

「それを子供は分からないんだけどね」

 全くですとも。親が頑張って支えてくれたことに気付くのは、いつだってずっと後なのだから。俺も同じく。

「きっと素敵な息子さんなんでしょうね」

「そんなことないわよ、全然」

「そんなことないでしょう? だってこんなに素敵なお母さんが育てたのですから」

 子は一人でも育つ、なんて言うけれど、結局は近くにいる大人、両親、あるいは母親の背中を見て育つものだ。大切なことはそうやって教わって来たのだから。

「心配しないで、きっとマリコさんが驚くくらいいい男になって帰って来ますよ」

「本当かなぁ」

「私を見れば分かるでしょう?」

 なんてね、ここは笑うところよ。

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