第7話

 翌日、千夏はハルと共に司令官の部屋へとやってきた。理由はただひとつ。昨日のアキラと真冬の様子を伝えるためだ。

「……というわけで、作戦会議の段階で既にアキラと真冬ちゃんの意見が根っこからバラッバラだと発覚しました」

 一部始終を伝えると、八雲もほのかも眉間に皺を刻む。

「うーん……あやかしに襲われて霊力を身につけちゃった一般人と、先祖代々強力な霊力を持っていて命を狙われ続けてきたサラブレッドかあ……」

「意見合わなそうでしょ?」

「うん、まったく」

 なにしろ、立場が真逆すぎる。ため息を零すほのかと千夏に、八雲も困ったように息を吐いた。

「あいつらが元々どういった理由でこの組織にやってきたのかは聞いていた。その事情が真逆だというのもわかってはいたが、まさかここまで合わないとはな……」

「でも僕は、アキラが間違ってるとは思わない」

 むくれたような顔をして、ハルが呟く。彼は元々アキラの意見を全面的に支持している。その理由と事情が全てわかったのは昨日のことだが、持って生まれた力を持て余していたきらいのあったハルが大人しくなったのは、アキラに出会った後のことだ。時系列を整理してそのことに気付いた千夏は、そんなハルを咎めることが出来なかった。

 とはいえ、真冬の言い分が間違っているわけでもない。それが難しいところなのだが――

 考え込むように目を閉じていた八雲がゆっくりと瞼を持ち上げ、言った。

「あやかしから一般の人を守るのが我々の使命だ、アキラの言い分も正しい。だが、だからといって後先考えずに突っ込んでいいということではない」

 言葉を選び、言い聞かせるようにハルに告げる。ほのかもまた、眉間に皺を寄せたままハルの顔を覗き込む。

「それで思いっきり怒られたことは、ハルくんだって覚えてるでしょ?」

「……だからあれからはやってない」

「だったら、アキラを止めなきゃいけないのもわかるよね?」

「……それでも、守りたい」

 まるで子どもだ。普段は分かりづらいようでいて案外筋が通っているのだが、この件に関してはどうしても頑なになってしまうらしい。

 フォローを入れようかと千夏は迷う。だが、今最優先なのはそれではないと判断したのだろう。ほのかはこれ以上追求せず、話題を変えた。

「で、その問題児二人組は今何やってんの?」

 恐らく彼女の中ではハルも『問題児』に含まれているだろうが。苦笑しつつ、千夏は口を開く。

「見回り頼む、って名目で一旦外出てもらってる。二人で行動すれば話をするきっかけにもなるかなと思って」

「えー、大丈夫なの?」

「わかんないけど、火車にたまたま出会うって可能性はなさそうなんで」

「それは確かか?」

 腑に落ちないという表情で八雲が訊ねる。当然だ。千夏自身も最初は危険かと思っていたのだから。

 だが、千夏は堂々と頷いて、解析結果を八雲に差し出す。

「これまでのデータを分析して、行動予測を建てたところ、たまたま出会う確率は数パーセントだったんです」

 結果に目を通しつつ、なるほど、と八雲が唸る。

「不規則に動いているということか?」

「ですね……行動範囲までは予測出来たけど、移動の仕方が完全にまちまち。法則性がなかったんですよ」

「珍しいタイプだな……たいていのあやかしは移動の法則があるというのに」

「そうなんですよね。強いて言えば、何かを探してるみたいにウロウロしてるって感じですかね」

 千夏の言葉に、ほのかが首をかしげる。

「捜し物?」

「わかんないけど。単に趣味っていうだけかもしれないし」

 おどけたように肩をすくめると、今度は地図を差し出す。あやかしの出現ポイントを全て書き込んである。それを見ても、法則性がないことははっきりとわかった。

 しばらく黙ってその地図を眺めていた八雲は、再び千夏に視線を戻す。

「移動範囲はどれくらいだ?」

「半径三十キロってところですね。だもんだから、適当に歩いてたらたまたまぶつかりました、みたいのも期待薄くて」

「その上、遠くで発生した場合は姿を消すまでにたどり着けない、ということか」

 どこまでも厄介なあやかしだ。何かいい手はないだろうか。司令官室が重い空気に包まれる。

 その沈黙を破ったのは、悪気のないハルのひとことだった。

「おとりがいればいいのに」

「それはダメだ! 許可出来ない」

 鋭い声が響く。八雲だ。いつになく厳しい声に、ハッと息を呑んだハルが素直に眉を下げる。

「……すみません」

 失言だった。それはハルもわかっているのだろう。それでも、この失言だけは許されない。ほのかの声が硬くなるのが、千夏にもわかる。

「仲間を犠牲にするのは絶対ダメよ。そういうのだけは認められない。うちの一番大事なルールだから……ね、司令官?」

「……そうだ。かつて、自らを盾に仲間を救い、命を落とした者がいた。そういう犠牲を決して出してはいけない。もう二度と、な」

「……はい」

 そもそもこの『組織』が出来たのは、二度と犠牲者を出さないためだった。長らくあやかし祓いは単独で行動するのが当たり前だった。あやかし祓いの血筋でもある加々尾家でも、やはり単独で戦う人が多い。だが、ノウハウを蓄積し、バディシステムを導入し、一人が無理をして命を賭ける必要のないよう、規律を作ってきた。だからこそ、この組織は一人の犠牲者も出さずにここまでやってきているのだ。そして、千夏が真冬を組織に入れようと思った理由でもあった。

 命は、何よりも大切だ。それは長らく死に怯えて生きてきた真冬の傍にいたからこそ、よくわかる。だが――

「問題は山積みなんですよね……アキラと真冬ちゃんのこともあるし、火車をどう発見するかってこともあるし」

 これはもう、明確な解決策がない。考え込んでも妙案は浮かばず、しばらくの沈黙の後、ハルが呟いた。

「片っ端から歩いて探す?」

「……しかないかなあ……」

 結局、これしかなさそうだ。八雲も眉間に皺を寄せたまま千夏を見る。

「仕方があるまい……千夏、お前は式神も飛ばすことが出来たな?」

「出来ますよ~! 加々尾家に伝わる護衛術! たった一人でも四方八方を守る術式です!」

 加々尾家は元々守護者の家系だ。お札に霊力を加え、式神を呼び出し自分の死角にも守備の範囲を広げる。攻撃を加えられた時にも一撃目だけでも防いでくれれば警護対象を確実に守ることが出来る。千夏は特にその術が得意だった。

「それを上手く活用できないか?」

 八雲の提案に、なるほどと手を打つ。自分の死角をカバーするのが最大の目的になっているのが加々尾流の式神術だ。ならば、探索にも役立つだろう。ただ――

「ある程度、って感じですね。俺からあんまり離れると無理なんで、半径三キロで限界って感じです」

「それでもないよりはマシか……必要があれば経費で出す。いくらでも請求しろ」

「え、マジっすか? よかったー! 式神呼び出すお札、結構高いんですよね」

「そうなんだ?」

「自分で作れればいいけど、俺にはそういう才能なくってさ~。でもでも、資金を提供していただけるなら、俺としては――」

 瞬間。

 鈴の音が、聞こえる。

「……ッ! この音……」

「音?」

「何のことだ? 何も聞こえないが」

 目を見開く千夏に、ハルも八雲も首をかしげる。だが――

 ――ささやかに響く、鈴。張り詰めた霊力に、空気が震える。

「やっぱり聞こえる……ああいや、俺にしか聞こえないんだけど、俺には聞こえるって意味で……」

「ちょっと、落ち着いて説明してよ!」

 動揺する千夏の肩をほのかが叩く。

「す、すみません……俺が昔、お守りっつって真冬ちゃんに渡した鈴の音が聞こえるんです!」

「真冬くんに? ということはそれ、普通の鈴じゃないわよね」

「はい。あの鈴、俺の霊力を込めてあって、真冬ちゃんに何かあったらどこに居ても俺に聞こえるようになってて……」

 ハッとして、ハルが身を固くする。

「じゃあ……」

「真冬ちゃんに何かあったんだ! すみません司令官、俺、ちょっと行ってきます!」

「僕も行く」

 二人は同時に八雲を見る。彼もまた、深く頷いた。

「真冬に何かあったなら、十中八九あやかしだろう。任務外だが能力の使用は許可する。真冬を救って来い!」

「了解!」

 ハルと顔を見合わせて、司令官室から飛び出す。場所はわかる。はっきりと感じる。だが、なぜ真冬が襲われたのか。ただあやかしに出会っただけでは鈴は鳴らない。この鈴が鳴るのは、真冬が直接狙われて、命の危険が迫った時。

 ――どいつだよ、俺の可愛い真冬ちゃんに危害を加えようとしてるのは!

 怒りが込み上げてくる。だが、感情は殺す。守護者は、常に冷静でなければならない。でなければ守るべき相手を守れなくなる。

 過酷な運命を背負って生まれた少年を、身も心も守りたい。それが千夏の願いなのだから、それを失うわけにはいかなかった。

 守る。守りきる。何があっても、絶対に。手のひらに食い込む爪が千夏の頭をクリアにしていく。何をすべきか。何を考えるべきか。耳元に響く鈴の音を感じながら、千夏は走った。


つづく


第8話は7月11日更新予定です


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