第2話
あやかし祓いの「組織」には名前がない。
人知れず戦い続ける集団であること。それが組織の創設者である司令官・八雲烈志が大前提にしたことだ。
元々あやかし祓いに体系化された組織はなく、その能力のある家系や人物が個人的にあやかしと戦うという程度のものだった。
あやかしは霊力を持たない人間には見る事も出来ない。だが、確かに存在している。心霊現象と呼ばれるものはほとんどがあやかしによるものだ。中には放置しておいてもさほど問題のないあやかしもいるものの、災害クラスの被害を巻き起こすものまで放置しておくわけにはいかない。だからといってあやかしという存在が一般に知れ渡れば、いらぬ混乱を引き起こすかもしれない。
だからこそのあやかし祓いだが、個人で立ち向かうには強力すぎるあやかしも存在する。実際に八雲もそういったあやかしに出会い――共に戦っていた友人を、失った。
二度とそのような悲劇を起こしてはならない。そのためには、個人ではなく組織で立ち向かう必要がある。知識も経験も蓄積し、後継を育てていかなければならない。
名のない「組織」が生まれたのは、それが理由だった。
「ただいま戻りました~!」
組織の司令室に元気な声が響く。東條アキラと氷堂真冬。二人が任務から戻ったのだ。
「八雲司令官、ほのかさん、任務完了いたしました。こちら、あやかしから回収した結晶です」
討伐任務の直後とはとうてい思えない気楽さで入ってきたアキラに対し、真冬の方はあくまでも事務的な対応を忘れない。ここにいるのは上司である。真冬はその意識を崩さなかった。
完全に真反対だ。二人を引き合わせた時点から既にそれは感じていたが、ここに来て如実に表れたなと思いながら、八雲は隣にいる永原ほのかに視線を向ける。彼女は心得たもので、コクリと頷くと真冬の方へ歩み出た。
「はいは~い、私が受け取るね」
「よろしくお願いします」
「……うん、バッチリあやかしの結晶ね。確かに受け取りました~」
白銀の結晶は、あやかしが消滅した際に残される。言わばあやかしの魂で、これをそのまま放置すれば再びあやかしに逆戻りする。だからこそ、回収し届けてもらわねばならないのだ。
「ほのか、浄化を」
「はーい!」
こちらも心得たもので、明るく頷いたほのかは結晶を両手で包み、呪文を口にする。
「穢れし御霊の闇を祓い、混沌から救い出さん……」
微かな音が響き、淡い光が漏れる。わずかに混濁していた結晶は透明に澄み渡り、美しい輝きを放つ。
様相の変わった結晶を覗き込み、真冬は感心したように目を見開いた。
「これが、浄化……初めて見ました」
同じように様子を見ていたアキラも、驚いて息を吐く。
「これって、すごい大量の霊力が必要って聞いたんスけど、ほのかさんピンピンしてますね」
「まーね。私、天才ですからぁ~」
「へー、すごいな……」
ほのかはおどけたようにさらりと言うが、実際にはそう簡単なことではない。浄化の術は術式そのものの難しさもさるあるが、最もネックになるのはその霊力量だ。一般的なあやかし祓いの数倍の霊力を持っていなければ、術に耐えきれない。こればかりは生まれ持った資質に頼るよりほかなく、現在では浄化の力を使いこなせるのはほのかのみだった。
下手に能力を使えば、結晶に霊力を吸い尽くされる。だからこそ、ほのか以外の人間が浄化の術を使うことは禁じていた。
その理由は説明していたが、やはり実際に見ると感動するものなのだろう。新人あやかし祓いの二人を順に見て、八雲は口角を上げる。
新人の割にふてぶてしいアキラは、既に頭を切り替えているようだった。大きく伸びをした後で、しみじみと呟く。
「にしても、ようやく終わった。腹減った」
そんなアキラに、真面目な真冬は呆れた表情を見せる。
「お前、さっきまでガーガー騒いでたくせに、スイッチがオフになるのが早すぎだろう……」
「んなこと言っても、俺、戦闘以外は省エネって決めてるから」
早々に緊張を解いた相棒に呆れた顔をしつつ、真冬はしっかりと八雲を見据え口を開く。
「ったく……東條アキラ、氷堂真冬組、任務完了いたしました。報告書は後日改めて提出いたします」
まったく、足して二で割ってほしいものだ。八雲は苦笑しつつ頷いた。
「ああ、ご苦労。ところで……初任務はどうだった?」
「あやかし祓いになって初めてだもんねぇ。大変だったでしょ?」
八雲とほのかを見ながら、アキラは肩をすくめる。
「そりゃ大変でしたよ。真冬のやつ、僕に任せろとか言ってたくせに、いざ始まってみるとテンパって――」
「計算外の展開があったんだ! 即座に次の作戦を引き出せなかったとしても……」
仕方がない、と言いたいのだろう。だが八雲は真冬を遮り首を振る。
「そのために、最初からひとつの作戦に絞らず、複数の情報を集めておく。不測の事態が起こる可能性は高い。そこまで念頭に置いておくべきだったな」
「う……そうですね。僕の力不足です」
「そこまで落ち込むことはないわよ~。まー、そういうとこ、千夏くんがきっちり教えなきゃいけないんだけど……」
「千夏は元々情報分析能力だけはずば抜けている。苦労しない分伝えるべき情報と思わなかったのかもしれないな」
「あー、なるほど……」
千夏――加々尾千夏(かかおちなつ)は真冬の教育係だ。あやかし祓いは特殊な任務を担うことになる。特にその技術は実践でなければわからない部分も多い。だからこそ、既に任務に当たっている現役のあやかし祓いに、現場で見た知識や知恵を後輩に伝えてもらうことを目的として教育係を着けていた。それはおおむね成功している。
ただ、ひとつだけ問題があるとすれば、教えることを専門としているわけではない故に教え方に個人差が出てしまうということだ。これは今後の課題だろう。しかし、素直な真冬は現実をきちんと受け止めている。
「それでも、出来なかったのは僕です。これくらい想定しておくべきだった……」
「まあ、それはこれから勉強すればいいわよ。アキラくんの教育係はハルくんよね? あっちこそ心配だけど。そもそも会話出来てる?」
ほのかは心配そうにアキラを見る。だが、当の本人は不思議そうに首をかしげた。
「え? そりゃ出来ますよ。あの人、わかりやすい人じゃないですか、顔に出るから」
「……顔に出る?」
八雲も思わず首をかしげた。
アキラの教育係である水月ハルは、天才肌の変わり者だ。感情自体が薄く、何を考えているのかよくわからない。あやかし祓いも数が増え、色々な人材に出会ったものの、彼のことは八雲も未だに判断しあぐねる部分がある。
バディを組んでいるのは千夏だが、それも千夏の情報処理能力の高さによるところが大きい。ハルの行動から彼の目的を割り出し、最も有効な戦法を導き出す。それを任務中に驚くべき正確さで行っている。要するに、加々尾・水月組は天才と天才が奇跡的に噛み合ったバディなのだ。
そういう人間だからこそ、ハルに教育係を任せることに関しては八雲も懸念を抱いていた。しかし、アキラはハルが連れてきた人材だ。そして、特殊な条件の中、実践に耐えうるところまで育った。万一上手くいかないならば、こちらでフォローしよう。そう決意してハルをアキラに着けたのだが。
「千夏くんもちょっとぶっ飛んでる子だからバディ組めてるけど……そのハルくんをわかりやすいって言ったのはアキラくんが初めてよ!」
八雲だけでなく、ほのかも驚いた表情をしている。だが、アキラはと言えば、驚かれたことに驚いている様子だった。
「え……マジで? 俺はあの人、すげーわかりやすいと思ってたけど……」
「……特殊能力だな」
真冬も呆れたように目を細める。
「予想ではハルくんが指導係に向いてなくて、千夏くんが向いてるって感じだったのに……逆でしたね」
「相性もあるんだろうが……今後の参考にさせてもらおう。ともかくお前たち、よくやった。アキラも真冬も、今日はゆっくり休め」
「はーい」
元気よく返事をして帰ろうとするアキラを、ちょっと待て、と真冬が引き留めた。
「その前に反省会をするぞ。今日のお前の突っ走り方は問題があった」
「いや、俺じゃなくて真冬だろ? ちょっと予想外のことがあったからって凍り付きやがって」
「あと十秒待ってくれれば計算出来た!」
「計算だけでどうにかしようとすんじゃなくて、現場の状況見て判断しろってことだって」
口喧嘩を始める二人の間に、ほのかが割って入る。
「あーもーうるさいよ! 二人とも、今日はもう休む! 反省会は明日にしなさい! 元気なのはいいけど喧嘩はしないの!」
「はーい」
再びの元気のいい返事。そこまではよかったが――
「なんか、ほのかさんって母さんって感じしますよね」
その発言の瞬間、ほのかの笑みに凄みが走った。
「なあに、老けてるって言いたいの?」
「いいえ全く!」
ブンブンと首を振るアキラの袖を、真冬が引っ張った。ひそひそと、声を低くする。
「ほのかさんに年齢を匂わせる話は地雷だ」
「マジかよ、意外といってんのか?」
「なんの話かしら?」
「いえ、何も!」
「言ってません!」
この組織でよく見られる光景だ。八雲は苦笑しつつ、改めて新人あやかし祓いに向き直る。
「お前たちの技術的には、相性がいいのは間違いない。まあ、焦らずにゆっくり関係を築いていけ」
「はいはーい、頑張りまーす」
「……努力はします」
若干嫌そうな真冬のことは、今は見なかったことにした。
「それじゃ、また任務があったら呼ぶからね。今日はお疲れ様~!」
ほのかに見送られ、アキラと真冬は司令室を出る。若干気になるところはあるが、あの二人ならば問題ないだろう。
「期待の新人現る、って感じですね?」
「そうだな……このまま順調に育つことを祈ろう」
あやかし祓いが極力命を落とさずに戦い続けられる組織を作る。それが、親友の命を救えなかった八雲の義務だと思っている。
だからこそ、彼らの安全のために努力を続ける。亡き親友を思いながら、八雲はひとつ息を吐いた。
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