第36話「傲慢」


 ルエットはリリアが驚くのが余程嬉しかったのか、とても愉快な表情を浮かべた。


「なに、そんなに驚く事でもないさ。 

 君の父親には我々も随分と手を焼かされたよ」


 ルエットは自慢気に話しているが、リリアの頭の中ではあらゆる疑問が駆け巡っていた。


「じゃあもうこの世に父がいない事は知ってるんでしょう? 今になって私を攫う事になんの意味があるの?」

「愛しているから」

「はあ!?」


 ルエットは至って真面目に答えたが、リリアには全く意味が分からなかった。


「訳の分からない事言わないで、ちゃんと答えて」

「言葉通りさ、何度も言わせようとするなんて、うん、全く困ったちゃんだ君は……」


 やれやれと困ったような仕草を見せたルエットだったが、リリアはそんな様子のルエットに怒りを通り越して呆れていた。


「で、私どうなるの?」

「焦ってはダメだよリリア」


 ルエットはちっちっと人差し指を左右に振り、肘を肘置きに置く。


「ではまず、私の妻になってみないかい?」

「あんたが焦りすぎなのよ!!」


 リリアは激しく突っ込んだ。


「そうか……リリアはもっとゆっくりと愛を育みつつ、距離を縮めていきたいタイプなんだね。私はだったらそんなめんどうな事はしない。一夜あれば十分だ」

「違うわよ、あんたの勘違いっぷりがぶっ飛びすぎなの!」


 ルエットはリリアの激しく否定する姿を見て、さぞ愉快な笑みをこぼしていた。


 そんなくだらない会話をしていた時。

 ガチャンと玄関の方から音が聞こえて来た。


「うん!?」


 ルエットの眉が少しピクっとした。

 足音がゆっくりと二人のいるリビングに近づいてくる。


 ギィイイと軋む音共に扉が開いた。

 そこに現れたのは、全身をビショビショに濡らした状態のローズヴェルトだった。

 全身の濡れっぷりからして、現在、外は結構な雨が降ってるだろうと推測出来た。

 しかしリリアにとって疑問に思う事もあった。何故ここにローズヴェルトがいるのかという事、そしてその右手にはリリアの木剣を握っているという事。


「やはりここじゃったか」

「ローズヴェルトさん!?」


 驚きを隠せないリリアだったが、誰かが助けに来てくれたという事実は今までの不安を少し楽にさせた。


 ローズヴェルトはじっと辺りを観察し、拘束されているリリアと対して反対側の椅子に深く腰掛けているルエットを交互に見た。


「小娘をどうするつもりだ貴様」


 ローズヴェルトの声に焦りの色は無く、いつもの頑固さが混じったような声だった。


 ルエットも最初は警戒するような面持ちだったが、今はローズヴェルトの何かを感じて、元の落ち着いた余裕のある表情に戻っていた。


「誰だ、老人。間違ってここに入って来てしまったのならさっさとここを出ろ。

 今なら何も見なかった事にしてやる」


 ルエットはそう言って、手に持っていたステッキの矛先をローズヴェルトに向けた。


「ワシはそこにいるリリアという小娘を一時的に預かってる身でな。

 知らない奴に攫われたとなったらこれはワシの責任になるんじゃよ。

 ほら、帰るぞリリア」


 ローズヴェルトはそう言って、拘束されているリリアの方に足を一歩踏み出した。


「そうか、残念だな老人」


 ルエットは言葉の後、ステッキの矛先から風の弾を二発連射させた。


 連射された風の弾は、ローズヴェルトの左肩辺りを目掛けて、弾丸のような射出速度で放たれた。


 一発目の弾をローズヴェルトは木剣で間一髪防いだが、後から追って来た二発目の弾が左肩を貫いた。


「ヴッ!?」

「ローズヴェルトさんッ!?」


 その場に血飛沫が飛び散った。

 ローズヴェルトは握っていた木剣を床に落とし、左肩を抑えながら膝をつく。


「さっさと帰ればいいと、せっかくアドバイスをやったのに、何故なのだ老人。私には理解出来ない。

 あ〜実に醜いな老人よ」


 ルエットは心底嫌そうな面持ちで、席を立つ。

 そして、ローズヴェルトの元にゆっくりと近づいて行く。


「というより、私の将来の妻の名を汚れた老人の口で気安く呼ばないでくれないかなっ!」


 ルエットはステッキに風を軽く纏わせて、ローズヴェルト顔面を叩いた。

 ついでに脇腹や背中を何度もステッキで叩きつける。


「ウブッ……」


 ローズヴェルトの全身は傷だらけになり、あちこちから血が滲み出ている。


「もう辞めて、ローズヴェルトさんが死んじゃうからッ!!」


 リリアの叫び声は、喉が切れそうな程掠れていた。

 今も拘束された縄を解こうと、必死に身体を動かしている。


 そんなリリアの叫び声を聞いたルエットは、何故と不思議そうにリリアを見つめていた。


「リリア……どうしてだ? 何故……こんな老人に構う必要がある?

 この世には美しいもの意外何も要らない、汚いものは排除していくべきではないのか?」


 ルエットの口元は小刻みに震えている。


「あなたの気持ち悪い価値観を私に押し付けないで!

 それにいきなり私を攫っておいて、そんなやり方しか出来ない人が何言ってんのよ、このクズ!!」


 リリアは怒りに感情を任せて、言いたい事を言ってやった。

 その言葉を聞いたルエットは虚ろな目でリリアを見ている。


「……違う。違う、違う違う違う!! リリア、君はそこにいる野蛮な奴と一緒ではないだろう……。もう一回冷静になりなさい」


 おろおろとルエットはリリアに近づいて行く。

 ルエットの表情は焦っている様にも見えた。


「私はいつだって冷静よ、あなたのその考え方こそ、どうにかした方が良いわよ!!」


 パチン、パチン!!

 とルエットはリリアの両頬を強くぶった。


「違う、違う、君はリリアじゃない。私が昔見たあの頃のリリアじゃない……。偽物のリリアだ。」


 ルエットは激しく動揺していた。

 リリアは口の中を切ったのか、口元から微かに血が流れ出る。


「あなたがいつの私を見たのか知らないけど、私は元剣聖アルバの娘、正真正銘リリアよ!!」


 ルエットは足元を小刻みに震えさせ、膝を地面についた。


「違う、こんなはずじゃなかったんだ、私は、私のリリアは……」


 すぐさま、ルエットは立ち上がりリリアを椅子ごと倒した。

 強い衝撃が床を打ち付ける。


「痛っ~。何する気!?」


 ルエットの目は瞳孔が開き、口元が真っ青にになりその表情は酷く歪んでいた。

 そして手袋をはめている手でゆっくりと太股をなぞるように撫でる。


「キャ!?」


 リリアは全身に寒気が押し寄せる。

 撫で上げていたその手はスカートを捲りあげた。


「リリア……私は最初から間違っていたのかもしれない。もっと先に君と身体を混じ合わせるべきだったんだよ。その方が君も……すぐに私を理解してくれたさ」

「やめて……」

「うーん、白くて透き通るような太股……実に綺麗だ」


 リリアは嫌がるような顔を見せるも、ルエットの行動は徐々にエスカレートしいていく。


 手元は太股を愛撫でした後、リリアの胸元に手を伸ばしていく。

 そしてゆっくりとシャツのボタンを一つ一つ上から外していく。

 垣間見える若々しく、瑞々しい白い肌。


 細かい花の刺繡が入った水色の下着から溢れ出る贅肉は、ルエットの興奮を高ぶらせた。


「美しい……私の妻よ……」

「……やめて……お願いだから」


 リリアはされるがままに、目を瞑る事しか出来なかった。

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