第35話「休戦協定」
メルは息を切らしながら走っていた。
でも今はそんな事気にしていられない、その強い気持ちがメルの足を動かせる。
今でもたまに暗闇の中でフラッシュ閃光が起きる。
その光がどんどん近づいてくる。
そして小麦畑と小麦畑の間に出来た、円形の拓けた場所が見えてきた。
そこに見た事のある少年二人が、笑いながら剣を振り回していた。
__はぁ~いつもは
頑張れーローグさん!!
メルは物陰からじっと、その戦いに見惚れていた。
そしてふと、ある事が気になる。
持っているのは多分リリアが持っていた木剣と同じなのに、タケルの剣は激しく燃えて、ローグの剣は青白く凍っている。
「何なのあの剣……。リリアさんも同じような剣だったけど……別に普通だった」
そしてメルは遠くから見えていた、何度も光るフラッシュ閃光の正体がやっと分かった。
「なるほど、二人の剣がぶつかった衝撃でこの暗闇に光が……」
しばらくして、メルの手にぽつりと一粒の雫が当たった。
「あ、雨だ……って私こんな事してる場合じゃなかった!!」
メルは急いで二人に近づき、大声で叫ぶ。
「ローグさん!!タケルさん!!もう、戦いは、止めてください!!!」
メルの声は高く、よく通った。
しかし、白熱した二人には届かなかった。
もう、とメルは少し苛立った。
「二人共、聞いて下さい!! リリアさんが大変な事に~!!」
メルの叫びは虚しく届かない。
そして小雨が本格的になってきた。
ちっ、と舌打ちしたメルは本気で苛立った。
そこでメルはすうーっと息を大きく吸い込み。
「おいっ!! いい加減にしろ!! そこの赤髪と銀髪!!」
ドスの聞いた怒鳴り散らすメルの声に、二人の剣はぴたっと止まった。
二人は声の聞こえた方を見つめる。
「メ、メル……あれ、どうしてここに……。さっきの怒鳴り声って……」
タケルは焦る様にメルを見つめる。
ローグも意外そうにメルを見つめていた。
「やだな~タケルさん。私がそんな怒鳴り声なんか出せる訳ないじゃないですか~」
メルは恥ずかしそうに身体を揺らして、三つ編みお下げを詰る。
「と、とにかく大変なんです!! 落ち着いて聞いてください。
リリアさんが何者かに
『え!?』
タケルとローグは同時に驚く。
「メル、それって本当なのか……?」
「はい、本当です。タケルさんとローグさん達がここで喧嘩してるのを知って、止めに行こうとしたリリアさんが夜道の道中で多分何者かに……道端に剣が転がってました」
メルの眼差しに嘘は感じられなかった二人は、互いの顔を見合わせる。
自分達のせいでリリアが攫われてしまった、と。同じ事を考えていた。
「おい、委員長。今回は俺の勝ち越しで一時休戦協定にしといてやるよ」
「ふざけろ、馬鹿。俺の勝ち越しで一時休戦協定だ。間違えるな」
二人は木剣をぎゅと握りしめた。
「メル、そんで場所は分かるのか?」
「はい、今はじぃじがリリアさんが攫われたと思われる場所に向かってます」
「じぃさんが!?」
大丈夫なのかとタケルは驚いたが、ローグは至って冷静だった。
「メル、とにかくそこに案内してくれ。攫った連中はリリアを最初から狙っていたのかもしれん。もし、そうだったら……」
「い、行きましょう!!」
ローグの話途中だったのにも関わらず、メルは顔を真っ赤にして目的地に走って行った。
「委員長、行くぞ!」
「俺に指図するな!」
二人もメルの後に付いて行った。
ーーー
リリアは重い瞼を開ける。
「ここは……私っ!?」
慌ててその場を動こうとしたが、両腕両足が動かない。
「なによ、これ!?」
腕と足が縄でイスに拘束されている事に気が付いたリリアは、とりあえず周囲を観察してみる。
知らない家のリビング。
四角いテーブルにくつろげるソファーがあり、使われていない暖炉もある。
壁際にある数本の蠟燭がリビングの明かりを照らしていた。
リビングにはリリア以外誰もいない。
「ここはどこ……痛っ!」
身体中のあちこちが痛む。
着ていた半袖のシャツとスカートはボロボロだった。
サラサラだった金髪の髪は乱れている。
顔もチクチクと痛む。
「そうだ私……」
リリアは記憶の整理する。
まず、タケルとローグの馬鹿を止めに行こうとして、突然、知らない声が聞こえたと思ったら小麦畑に引っ張られてそのまま引きずられ続けて、気を失ったんだ。
「もしかして……
窓から見える景色は、真っ暗でリリアが攫われてから、まだあまり時間は経っていないだろうと推測した。
「なんで、こんな事に……」
リリアは下に俯き、薄っすらと涙が頬を流れていった。
その時、ギィイイと軋む音を立てながら扉が開いた。
「おや? 目を覚ましたのかいリリア」
弾むような声でリリアに声をかけてきた男の見た目は、二十代後半くらいだった。
手には革製の黒手袋をはめ、右手に持つステッキを床に打ち付けるようにコンコンと鳴らしながら、ゆっくりリリアに近づいてくる。
男はシルクハットを浅めに被り、横からはみ出る髪はサラサラな金色で背中にかけて伸ばして、一本に束ねるように結んでいる。
身長は百八十センチ以上はありそうで、スラットした体形は身に纏う真っ赤コートを強調させている。
「貴方は……誰?」
リリアは自分の名前を知っている事に驚き、恐る恐る男に尋ねる。
「おや、リリア。 まず目を覚ましたら、おはようございますの挨拶からだろう?」
男の綺麗な顔立ちは、不気味に歪む。
そして手袋をはめた手で、リリアの毛先からそっと触れる。
「誰なの貴方、や、やめて……」
リリアは嫌がるように顔を遠くへ向けたが、それ以上動くことが出来ないのであまり意味が無かった。
「こんなにも汚れいるのに美しい……綺麗な色だ」
男は自然と笑みが零れ出す。
そして男はリリアの髪に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「うーん、多少泥の匂いが混じってはいるが、微かに残る石鹼のほのかな香りもまた良い……」
リリアは両手両足が拘束されていなかったら確実に男の顔面をグーで殴っていたが、今は虚しくも抵抗する事が出来ない。
「気持ち悪いからやめて!」
リリアの精一杯の強気な反抗に、男の表情は凍る様に固まった。
そして、次の瞬間男は無表情でリリアの頬を叩いた。
「キャ!」
「誰にそんな口を聞いているんだ。私がせっかく褒めてやっているというのに……」
男はそのままリリアの顎をクイッと持ち上げた。
リリアの目は男を睨み付けている。
「でも、その強気の目も良い……最高に良いよリリア……。
そうしていつか私に逆らえなくなるように調教するのもまた、良い……」
男は自分の唇をそのまま、リリアの口元に近づけようとする。
「や、やめて……それだけは……お願いだから……」
リリアはぎゅと目を瞑った目尻に涙が溜まっていくのを見た男は、持ち上げていた顎を手放した。
「まぁ、こんな事をしなくてもいずれ私の妻になるのだから……」
男は独り言の様にボヤキながら、リリアの向かいにあったイスに深く腰を落とした。
すぐさま足を組んでステッキを右手に持つ様は、普段の彼の姿を現していた。
「それではまず、自己紹介からゆっくりと話をしようじゃないかリリア」
男の目は大きく開き、頬はゆっくりと釣りあがった。
リリアは先程のされかけた行為に怒り、男には見向きもせずそっぽを向いていた。
男はそんなリリアに気にする事なく、空いている片手を軽く上げ、目を瞑り、語るように喋り出した。
「私の名はルエット。デットロームの幹部の一人だ。ずっと君を探していた者だ……リリア」
そっぽを向いていたリリアは、思いもよらぬ発言に目を見開いて、ルエットと名乗る男を見つめた。
「デットロームの幹部……!?」
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