第31話「初日の夜」


 ローグは急いでリビングを出る。

 玄関の方に誰がいるであろう物音が聞こえてきた。

 きっとそこにローズヴェルトがいるのだろうとローグは向かって行く。

 玄関に到着すると扉を開ける途中のローズヴェルトがいた。


「外に行く。付いて来い」


 ローグは言われるがまま、ローズヴェルトを追って外に出ていった。

 昼間とは打って変わってひんやりとした夜風が吹いている。

 虫の無く声がより夜の静けさを強調させる。

 外は暗闇で最早、月明かりだけだけが唯一の頼りになると言ってもいいくらい外灯の数が少ない。


 夜空には満天の星が輝きあっている。

 ローグはラタリア城から見える夜空もざそかし綺麗なものだと思っていたが、こっちで見る夜空は余計な明かりが無いせいか、それ以上に美しく思えた。


 暗闇の中ローズヴェルトの後を追って行く。そうして歩く事五分。

 小さな小屋にローズヴェルトは入って行いった。

 ローグも黙って小屋に入ると、暗闇で何も見えなかった。


「ちょっと待ってろ」


 無愛想な声が近くから聞こえてくる事数十秒後、すぐさまオレンジ色の明かりが小屋の内部を露わにした。

 まず初めに随分と散らかっているな、とローグは思った。


 あちこちに工具や刀身の無い鍔だけの剣が転がっている。

 そして次に見てきたのが、石造りに形状が半丸型の窯だった。

 窯の内部はあまりよく見えないが、入り口付近から黒焦げた跡がある。

 壁にも工具やら、とても使えそうに無い剣があちこちに吊り下げられている。


「ほら、そこに座れ」


 あちこちをぼおーっと見渡すローグは、ローズヴェルトに指示された木製で作られた簡易イスに腰を下ろす。


「で、話というのは何ですか」

「うむ」


 ローグの問いかけにローズヴェルトは少し深刻な面持ちになる。


「ジーグ様は元気にしておられるか?」

「えっ?」


 ローズヴェルトの口から咄嗟に出てきた自分の父親の名前に驚く。


「は、はい。まぁなんとか。といより何故……父の存在を?」


 氏姓しせい制度がほとんど存在しないこの世界にとって、自分の両親や身内がそう簡単に相手に知られる事はまず無い。

 希に上流階級の者が自分の父親か母親の名を持って来る事があるが、それは貴族間の利権問題などに使うていどなので、あまり重要性を持たないのだ。

 ましてや一般市民にとっては無縁のものである。


「それは、お前さんには関係のない事だ」

「はぁ……」


 ローズヴェルトはローグの動揺を少し楽しそうにしている。


「まぁ簡単に言うとじゃな、ジーグ様とお前はよく似てる。お前を初目見た時にすぐに分かった」


 ローズヴェルトは無愛想な表情とは一変して朗らかな顔を浮かべている。


「似てますか……?それより父の知り合いなのですか?」

「いや、直接関わりがあった訳じゃないがアルバ様の側近くらいの顔はしっかり覚えておる」


 ローズヴェルトは昔を思い出すように上を見つめている。

 そこでローグはもう一つ気になった事を質問する。


「あのローズヴェルトさん。一つ気になる事があるのですが、ここは何なのですか?」

「あぁ。ここはワシが昔使っていた仕事場なんじゃ。まぁ今は唯一心を休める場所になってるがな」


 ローグはあちこちに散らかっている鍔だけの剣を見つめ。


「もしかして鍛冶師だったんですか?」

「昔のことじゃよ。もうとっくに廃業しておる」

「そうなんですか」


 そして二人共特にこれと言って話すことが無いのか、一瞬の沈黙が起きる。

 ローズヴェルトはポンッと手を弾き、何かを思い出した様子で。


「あの金髪の少女がアルバ様の娘なのは本当なのか?」


 再びローズヴェルトの口から出た言葉に驚くも、ローグは自分の父もその息子も知っているならあり得るか、と勝手に納得した。


「はい、元剣聖様の娘と聞いております。しかし本人は俺が今の剣聖の息子だという事は知りません。もちろんクラスの皆も」

「ハッハッハッハッハッハッ」


 ローズヴェルトは突然大声で高らかに笑い出したのを見てローグは不安そうに頬を引きつらせた。


「すまんすまん。いやそう来たか。なる程なニーナめ、そういう事じゃったか」


 突然ニーナ先生の名前が出てきた事にローグは首を傾げた。

 数秒後、ハッとローグも納得した。

 自分の父もリリアの父の事も何故知っているのか。

 確かに似てるからという理由はあるのかも知れないけど、確証がなかった。

 ましてやリリアの事など最初から気付くはずも無い。

 ローグは入学する前から、この事情を学園で知っているのは教師陣だけと聞いている事を単純に忘れていたのだ。


「はて、そうなるとあの赤髪の少年は何故ここに来たのか……」


 ローズヴェルトは何やら一人事をブツブツと言っている。


「全くニーナの奴め。とんでもない押し付けじゃないか」

「押し付け?とはどういう」

「ローグ。お前さんはジーグ様と一緒で賢明そうだから軽く教えといてやる。それはな……」


 ーーー


「くっしゅん!!」


 インターンシップ研修が始まった初日の夜、ニーナは遅くまで職員室に籠っていた。

 職員室の明かりはほとんど消されおり、蠟燭に数本火が灯っている程度だ。


「おや、風邪ですか?」


 そう言って声を掛けてきたのは、坊主頭でいかつい顔をした戦術科B組の担任ジル先生だった。

 ジルはさり気なく、ニーナの席に薄っすらとレモンの香りが漂う紅茶を置いてくれた。

 カップは濃いめの青を基調とし、金の文様が刻まれている。

 きっとジル自前の高級なものだろうと、ニーナは紅茶を一口啜る。


「ジル先生……ありがとうございます」

「あまり無理はしない方がいいですよ。健康が一番ですから」

「そうですね、でも明後日までに生徒達のインターン先を訪問するスケジュールを決めておかなくては、校長先生に怒られるので」


 ジルはそうですか、と絶対に生徒達には見せないであろう愛想笑いをした。


「それより、のインターン先を決めるのは大変だったのでないですか?」

「はぁ。それが一番の悩みでした。

 相手のインターン先にリリアやローグの事情を簡単に話す訳にはいきませんしね。それに最近はデッドローム達の活動も活発になっていると聞きます。

 もちろん林間合宿の事もありましたから、インターン先がデッドロームと繋がっている可能性も捨てきれません」


 まったく軍は何してるんだ、とニーナは嫌事をぼやいた。

 ジルはそんなニーナに、同情するようになだめる。


「有力者の子を受け持つのも大変なものですね」

「他人事じゃありませんよ。それに剣聖の子をさらって人質にしようなんて輩はこの世に五万といますから」

「確かに。剣聖という立場は自国から称賛され、他国からは恨まれる存在でもありますからね」


 ニーナは心底疲れた様子でメガネを外し、眉間をつまんだ。


「でも、二人を一緒に組んだのは結構大胆ですね」

「そうですか?私的には、もしなんかあった時の為に二人一緒にいてくれた方が楽かなと思ったのですが。

 それにインターン先も知り合いに預けたので、この二週間の間だけは何事も無く無事に終わってくれたらいいのですが……」

「なる程、そういう考えもあるのですね」


 気付けばニーナは机にうつ伏せになっていた。

 やれやれとジルはニーナの肩を揺する。


「先生、ニーナ先生……

 こんな所で寝ると身体に悪いですよ。今日はもう帰って休んで下さい。職員室は自分が閉めておきますから」


 そう言われてニーナはサッとうつ伏せ状態から起き上がり、メガネをかけ直した。


「そうですね。疲れた日に何やっても捗りませんから明日頑張ります。今日はジル先生のお言葉に甘えさせて貰います」

「そうしてください」


 ジルは朗らかに答えた。


「それじゃあお先に。あ、いつも美味しい紅茶ありがとうございます。ごちそうさまでした」

「いえいえ、それでは。また明日」


 挨拶を終えたニーナは職員室を出ていった。

 残されたジルは散らかったニーナの机を整理するついでに、インターン先の資料を手に取った。

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