第26話「赤猿って……」
班分けという言葉にざわつく生徒達。
班を分けての行事は、林間合宿の時以来だった。
しかしあの時は誰かも分からない奴と四人一組で組まされた。
だが今回はあの時とは違う。
クラスメイトになって二カ月以上経ち、三ヶ月目の入ろうとしている思春期の男女には色々とあるみたいだ。
「ほら、いいから黙って聞け、あ、そうだ委員長。お前からこのインターンシップの主な趣旨を教えてやってくれ」
「分かりました」
ローグは席を立って皆を見渡せる教卓の前に向かって行った。
肝心のニーナ先生は「ちょっとトイレに……」なんて気の抜けた様子で教室から出ていった。
「え~では、まず自分からこのインターンシップの主な説明をさせてもらう。まず一番初めのページに書いてあるように……」
ローグはその後も淡々と説明をしていった。
ナーシャならきっと教卓の前に立つだけで緊張し、気を失っていたかもしれないがローグの態度は堂々としており、まさに委員長らしい姿だった。
「はーい、ローグ!質問いいかい?」
元気そうに手を上げるのはレフトだった。
「どうした?」
「今回のインターンシップの職業一覧は山ほどあるけど、これってラタリア軍は無いのかい?」
確かにと何人かの生徒達が同時に頷く。
「あぁ。このインターンシップには軍は含まれない。
俺たちはこの剣聖の軍に入る為にこの学園に入っているからって事で、レフトの言っている事も分からない訳ではないがな」
「もちろん外国は無しだ」
いきなり会話に混ざってきたのはトイレを済ませたニーナ先生だった。
「そうなのか……」
レフトはよほど軍に混ざれる事を楽しみにしていたらしく、がっかりした様子で返事する。
「ありがとう委員長。ではここからは私が……」
「わかりました」
ローグは先生と入れ替わり、自分の席に戻っていく。
「じゃあなんで剣聖を目指すお前たちがこんな一般職業を体験しなくてはならないのか?
そう思っている人も多いだろうから説明するけど、さっきやった魔気基礎Ⅰのテストでのラスト問題覚えてるか?」
リリアはニーナ先生に言われてあの悩みに悩まされた問題を思い出した。
問.51 あなたは魔気を使って、これから何がしたいのか教えてください。
「この問題をインターンシップが終わった後にもう一度解いてもらう」
何人かの生徒達はどういう意味なのかと頭をかしげている。
「つまりお前たちが魔気という、人すら殺せてしまう力を使って守りたいもの、いや、“守らなくてはいけないもの”を見て来て欲しいのだ。
この世界は決して平等では無く絶対に報われる、なんてそんな保証も無い。
そういった中でもがき続け、生き続ける人間とその街・国に触れあってきて欲しいのが今回の趣旨だ」
ニーナ先生の言葉にはどこか説得力を強く感じた。
「もちろん青銀学園の名前はラタリアでも誰もが知る、唯一の軍養成学校であるから、このインターンシップに協力してくれる人達は大勢いる。
というか街全体がほぼ協力してくれていると言っていいくらい凄い行事なんだぞ」
そう、インターンシップは青銀学園でも一年に一回行われるデカい恒例行事の一つになっている。
「それにお前たち剣聖科だけでは無い、戦術科や医療科の生徒達もこのインターンシップには参加する。
何人一組かはインターンの受け入れ先によって違うからそれぞれだな」
「先生! いいから早く組み分け班とその働き先を教えてくれよな」
大事な話をしているのにも係わらず空気を読まないやつは、A組でもこの男しかいない。
ニーナ先生は「またお前か……」と声の聞こえてくる方を見て頭を抱えた。
「黙ってろ赤猿!」
「あ、赤猿?? いや赤猿って……」
タケルは新しいあだ名を急に生み出され、しかもそのあだ名のネーミングセンスのかけらもないので戸惑っていた。
クラスの何人かは微笑している。
どこか緩んだ空気を引き締めるようにニーナ先生は咳払いをする。
「とりあえずこのインターンシップで、学べる事は何でもいいから学んで来い!
この先学んでも何の役に立たない、なんて考えるな!
お前達が本当に心の底から一生懸命頑張れば絶対に役に立つ日が来る、肉体的にか精神的にかは分からないがな」
ニーナ先生の檄はA組の生徒達の心に少なくとも響いた、そんな空気感になっていた。
「先生達もインターンシップの二週間の間、最低でも一回は顔出すからな。あんまりハメ外すなよ〜。
青銀の一生徒という自覚を忘れないように、特に赤猿!!」
そう言ってタケルを指差す。
「お、俺? いやそれより先から赤猿ってのは……」
「変な事してないかちゃんと聞くからな、もしなんかやらかして見ろ、飛んでぶっ殺しに行ってやる!」
クラスの五割はまたもや微小し、残りの四割は憐れみ、一割(ローグ)は舌打ちした。
「えっ……殺しちゃ駄目でしょ……殺しちゃ」
クラスの皆は知らないが、タケルは知っている。
この先生に過去、一度殺されかけた事があるから、この発言は本気だと。
「それじゃあ、今からインターン先とその住所。あと組み分け班を発表するから」
ニーナ先生の言葉の後、生徒達のゴクリと唾を飲む音があちこちで聴こえてきた。
ーーー
時は少し戻って5月中旬。
タケルはあちこちに受けていた怪我も驚異の治癒スピードで治りかけていた頃。
午前の授業が終わり、いつもなら食堂にいるか、教室で爆睡するかのどちらかになるのだが、今日は昼休みに屋上に来るようにと、ニーナ先生に呼び出されていた。
「分かってないなぁ。俺のこの昼休みの時間がどれだけ大切なのかを。後でしっかり教えてやらなくては」
小言をぼやきつつ、タケルはお城のような学園内の螺旋階段を登っていく。
「それにしても屋上に行くのはなんだかんだで初めてだなぁ。ま、七階までわざわざ毎回登ってらんねぇかならな」
五階を過ぎた辺りから螺旋階段がより一層長くなっているように感じる。
「はぁ、はぁ。なんでこんな面倒くさい所に呼び出してんだよ、あの人。
これで授業の居眠りとかの説教だったら最悪もいいとこだな」
登り続けると、ようやく七階の屋上の扉が見えてきた。
「やっと着いた!」
七階という事もあって、普段はあまり使われてない場所なのか、扉はあちこちが錆びていた。
錆びついているドアノブをガチャと回し、扉を押すと同時にキュルキュルキュルと変な音がなった。
ビュンと強い風がタケルの前髪が上に吹き上げられる。
空は快晴の青い空が一面広がっており、下にはラタリアの街が見渡せるようになっていた。
屋上自体には特に何も置いておらず、やはり普段はあまり使わないのだろう。
鉄格子も低く、とても安全とは思えない。
景色は良いが、これなら中庭の方が広くて華やかで綺麗だと、タケルは思った。
鉄格子に肘を置き、優雅に外の景色を眺め、ポニーテールの美しい髪を靡かせている女性の姿がいる。
屋上にはその女性以外は誰一人も居ない。
見慣れた女性はニーナ先生で間違いないだろう。
「お、来たか……」
ニーナ先生はタケルに気付きこっちに来いと片手で手招きした。
「悪いな、昼休み中に。そろそろ中間試験も始まるから私もあんまり時間が無くてな。
いい加減話しておかないとお前も気になって仕方ないって感じだろうしな」
「何の事だよ、こんな所まで呼び出しといて」
タケルの予想外の返事に不意を突かれる。
「いやお前何の事って……そうだなお前だもんな。もう慣れたよ、お前のその感じ」
「は?何言ってんのか全然わかんねぇんだけど」
「お前あの特別授業の時から全く聞いて来ないとは思ったけど、自分の記憶戻ったのか?」
タケルは何か途轍もなく大事な事を思い出しかのような顔になって。
「あぁぁあああ!!そうだ、あれずっと聞きたかったのに忘れてたぁぁぁあ!」
「はぁ〜やっぱりな。どうせそんな事かと思ったよ」
ニーナ先生は呆れた様子でタケルから視線をラタリアの街に戻した。
「教えてくれよ先生!
あの戦いの途中から全く記憶がねぇんだ。なんで俺が魔気切れを起こしたんだ?」
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