第25話「姉弟」


「お前たちはさっきの……」

「あの……先程は助けて頂き、本当にありがとうございました」

 そう言って姉と思われる少女は深々と頭を下げる。

 先程は暗くて気づかなかったが、少女の桜色の髪は太陽の陽射しが反射し、より鮮やかなピンク色に見えた。


「ありがとう……」

 姉がしている事を見習って、弟もお礼を言った。


「別に礼なんかいいのに、それより怪我はねぇか?」

「はい、お陰で私達は無傷です!」

「そっか、それは良かったな!あ、そうだ、おい坊主。これ忘れてたぞ」

 タケルはそう言って熊の人形を少年に渡した。

「あ……」


 少年は母親に何か特別な物でも買って貰ったかのような明るい表情になる。

「大事に物なんだろ? 次は無くすなよ~」

 タケルはニッとした笑顔で少年の頭を撫でた。


「うん……ありがとう!」

「何から何まで……ベル、良かったね。あ、そうだ。まだ自己紹介してませんでした。私達は姉弟で私はメル。14歳です。そしてこの子が7歳の弟のベル。」

「メルとベルか、良い姉弟だな。 俺はタケル、宜しくな!」

「こちらこそです。それよりタケルさんって青銀せいぎんの生徒なんですよね?」

「あぁ。そうだぜ、やっぱりこの制服だとこの辺じゃ目立つよな……」

「かっこいいじゃないですか! あ、それよりその傷……」

 メルはタケルの制服を見回している内に赤く染まっている部分に気がつく。


「あぁ、これはそんなに大したもんじゃねぇから気にすんな」

 笑いながらやせ我慢をするタケルを、メルは見抜いていた。


「そんな!?大した事じゃないじゃありませんっ!」

「ちょっとこっちに来て下さいっ!」

「えっ!? ちょっとまっ……俺帰りたいんだけど」

「そんな事よりひとまず応急手当てが先です、ほらベルも付いてきて」

「ええええええええええええ???」


 メルはそのままタケルを表通りの商店街側へと引っ張って行った。


 ーーー


 時刻はお昼前。

 商店街の表通りを歩く街人は、近くの食堂に入る人や露店の立ち食いをする人などが増え始めている。


 タケルは商店街の薬屋の前のベンチで座り、メルに消毒や湿布などで応急手当を施されていた。

 メルの手当てはこれと言って特別凄いものでもなく、ごく一般家庭で行われているようなやつだった。

 弟のベルは熊の人形を膝に置き、姉に貰ったビスケットをむしゃむしゃと食べている。


「はい、これでばい菌による感染症などは気にしなくていいでしょう」

 メルは手慣れたように処置を終え、満足げな表情になっていた。

「はい……ありがとうございました」

 タケルはどこか根気負けしたように、悲しそうにお礼を言う。


「タケルさんったら消毒する度に叫ばれては困りますよ、もう。ベルと同じですか」

「痛いだろ、消毒って!なぁベル!」

「うん!!」

 ベルはむしゃむしゃとビスケットを頬張り続ける。


「というかお前達はここで何してたんだ?」

 今更の質問ではあったがタケルは素直に疑問に思った。

 メルは首元にある三つ編みのお下げを捩じりながら、喋り出す。


「私達はこの商店街で、出来るだけ多くのリンゴを買いに来てたんですけど……知らない人にこっちにもっと安いリンゴがあるからって無理やり路地裏に連れて行かれて……」

「んで、ああなってたと……なるほどな。そんな一杯のリンゴなんか買ってどうするんだ?」


「それは、おばあちゃんが誕生日なのでリンゴパイが大好きなおばあちゃんに作ってあげたくて。でも私リンゴパイなんて作った事ないから失敗してもいいようにって、多くのリンゴを買いに来たのですが、ちょうどベルも付いて行くって」

「ふーん、そっか。最近この辺は物騒な奴も増えて来てるからな。これからはなるべく親と来るんだぞ」

 タケルはそれじゃあ、と商店街の出口に向かっていった。

 あ、そうだと思い出した様に振り向き。


「あ、手当てありがとなー!助かった!」

 ニッとした笑顔を見せた。


「こちらこそありがとうございました!!」

「バイバーイ」

 姉弟もそんなタケルを見送った。


「やっぱり青銀の生徒さんは強いんだなぁ……」

 メルはタケルの背中を見つめながら両手をギュッと握りしめた。


「じゃあリンゴはちょっとしか無くなっちゃたけど仕方ないし帰ろっかベル」

「うん!」


 ーーー


 鐘の音が聞こえてくる。

「はい、これにて終了。もう書くな~手ぇ止めろ~」

 後もう少しで、テスト用紙の空白を全て埋めれるはずだったが、終わりが見えた残りラスト一問の所で手が止まってしまい、そのままニーナ先生の合図が聞こえてきた。


「嘘~後もうちょっとだったのに~」

 リリアは心底悔しそうにペンを握りしめていた。


 月日は五月末。

 春の過ごしやすい涼しさなど裏腹に、そんな事など微塵も感じさせない気温が真夏並みに感じる季節。


 リリア含め、剣聖科A組の中間試験は全科目終了。

 最後の科目は“魔気基礎Ⅰ”。

 リリア達にとっては、この魔気基礎Ⅰが何故最後の科目になったのか分からない。

 歴史学や数学論など他にもあるのに、この剣聖科にとって一番得意なジャンルを最終日に持ってきたのか。


 まぁそれは私の考える事ではないか、とリリアはひとまずテストが終わった解放感から脳の張りつめた糸が切れたような気がした。

 最後まで問題を解ききれなかったが、リリアは特段心配はしていなかった。

 それもそのはず魔気基礎のほとんどは、私達にとってはどれもさほど難しいものでは無かった。


 しかし何故か最後のラスト問題は、どこか他の問題と少し違っていた。


 問.51 あなたは魔気を使って、これから何をしたいのか答えて下さい。


 これまたシンプル過ぎる問題というより、むしろ質問。

 リリアは不意を突かれたようにこの問いを見て思考が鈍った。


⦅確かに魔気って人と戦い、殺し合う為にあるのかな?でも倒した事によって人を救える、うーん……魔気ってそもそも何なのだろう……⦆


 真面目過ぎるリリアの思考は応用問題には対応出来たものの、こういうシンプルな問いにはどう回答すればいいかも分からず、全部思った事を一つ一つ丁寧に書き綴ろうとした結果、間に合わなかったというオチである。


「あ~~リリアちゃん……私全然ダメだったよ~」

 リリアの席にやって来た親友のナーシャは、机に手と顔を置きぐにゃぐにゃと疲れ切った顔を見せた。

 気弱な表情がいつもより更に落ち込んで見えた。


「ナ、ナーシャちゃん大丈夫?? そんなに酷かったの?」

「全然自信ないよ~ これで追試だったらどうしよう……私だけインターンシップに行けないよ~」

 そう言ってナーシャは赤渕メガネを外した。


 リリアも親友になってから気付いたのだが、ナーシャは時たまメガネを外す一面がある、主に落ち込んだ時に。

 その際に凄く睫毛が長い事に気付き、メガネをつけてる時とはまた違って可愛い乙女に変身したような表情を見せるのだ。


 リリアはこの仕草が観れる度に、ナーシャちゃんの乙女な表情を知っているのはクラスでも私だけかもしれない、と少し微笑ましい気持ちになっていた。


 多分クラスの男子が知ったらドキドキするに違ないだろうなぁ、でも本人は本気で落ち込んでるだけみたいだからソッとしておこうというのがリリアの方針である。


「お前たち、早く自分の席に戻れ~終礼始めるぞ~」

 テストが終わりクラスがざわついている中、ニーナ先生の声が聞こえてきた。

 しかし生徒達のざわつきはやっとの解放感からか中々静まらない。


「いい加減に……静かにしろッツ!! お前らァァ!!」

 ついにニーナ先生の喝が入る。

 もうここ二カ月で慣れたように静まる生徒達。


「はぁ~じゃあ終礼するぞ、委員長」

「はい、では終礼を始めます。礼!」

『宜しくお願いします!』

 委員長であるローグの呼びかけに生徒達は軽くお辞儀をした。


「え~まずは中間テストご苦労様。で、これからの話なんだが……もう皆も知ってる通りインターンシップが六月始めから二週間行われる。そこで今から説明をしていくから委員長!」

「はい」

 ローグはニーナ先生の合図と共に、一番前の席の人達に人数分の“インターンシップ説明資料”と真ん中に表記された分厚い資料を配り始めた。


「よし、全員に届いたな。ではまず一つ一つ説明していく前に、今回のインターンシップではの班に分かれて貰う!」








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