第24話「路地裏」
タケルは姉弟が走っていく背中を見送る。
姉弟が角を曲がって見えなくなったのを確認し、すぐさま倒れ込むチンピラ男に視線を戻した。
周りには木箱の破片が赤色の液体に滲み、あちこちにリンゴが転がっている。
その中でも一際綺麗な色をした真っ赤なリンゴをタケルは見つけて、拾った。
そのリンゴは地面に落ちたにも係わらず、大きな凹みや傷一つ見当たらない。
多少ポケットの中身がゴワゴワするのを我慢して、タケルは綺麗なリンゴをズボンのポケットにしまった。
ガシャガシャと木箱を払いのけながらチンピラ男は立ち上がる。
チンピラ男の全身のあちこちに木屑が付いており、赤色の液体、ワインと思われる酒が服に染み付いていた。
シャツやズボンは先程よりも所々が破けている。
「あぁーーってえな。お前……何したか分かってんのか?」
怒りを露わにチンピラ男はタケルに問いただす。
「お前こそ子供相手に何やってたんだよ」
一方タケルは怒りを抑えるように冷静に問いに問いで返す。
「てめぇには関係ねぇんだよ。あん?お前よく見たら青銀の坊ちゃんかよ、カッ!」
チンピラ男は余裕の表情でタケルの全身を舐めたように見つめる。
「それがどうしたってんだ?」
「やめとけ、学生ごときが大人に逆らうんじゃねえよ。
調子に乗ってると痛い目見るぞって、まぁ
チンピラ男はニヤニヤと拳を鳴らしながら近づいてくる。
タケルはチンピラ男よりも少し小さく体格も一回り小さい。
案外大きかったんだなおっさん、と思いながらタケルは左足を少し前に出す。
そして右足を少し後ろに引いて、剣を持つときはまた違ったラフで動きやすいファイティングポーズを取る。
トントンと足場を軽く弾みながらチンピラ男を睨みつける。
「素手のガキに何が出来るッ!!」
先に動き出したのはチンピラ男。
大きく右腕を引いてから、大きな拳をタケルの顔面目掛けて大雑把に腕を振りぬく。
「遅いな」
タケルはチンピラ男の雑な右ストレートを軽快に躱し、すぐさま左拳を相手の顔面に合わせるカウンター技に出た。
拳はチンピラ男の鼻にずっしりとのめり込む。
「うぐっ……」
その場にぐらつくチンピラ男。
鼻からは、だらりと赤い血が流れる。
流れ出る血を腕で拭い、唾を地面に吐く。
「舐めやがって……このクソガキがァアアア!!」
再び右ストレートからの、これまた雑な左のフックを量産する。
タケルはその攻撃を優雅に躱し続けた。
「このっ、この! く、クソッ! なんで、あたら、ない!!」
チンピラ男は無様にも攻撃を続けたが、一向に赤髪の少年に傷一つ付けられない。
そのまま息を切らし、両手で両膝をつく姿勢になった。
汗は尋常じゃないくらいに地面に落ち、金髪のモヒカンはもう原型を留めていなかった。
「もう諦めろよチンピラ。お前じゃ俺に勝てねぇよ」
「はぁはぁはぁ。参ったよ、参った。もう子供は狙わねぇから勘弁してくれ」
チンピラ男は両手を広げ、降参の意思を示した後、息を整えるので精一杯なのか、すぐさま再び両膝に手をつく。
その態度を見てタケルもファイティングポーズを解いた。
「分かった。じゃあ教えろ。なんで子供を狙った?」
純粋に問いたださなければいけなかった疑問を問う。
「なんでって……それは……」
そう言ってチンピラ男は両膝に付いていた手をそっとポケットに回す。
地面に向かってニッと歪んだ顔を向けながら。
「高く売れるからに決まってんだろがァァアアア!!!」
突然の狂気染みた声で、ポケットから取り出したのは刃渡り十五センチくらいの鋭利な
「なっ……!?」
タケルとチンピラ男の距離間はそう遠く無く、突進すれば一瞬で間合いを詰めれる。
更にチンピラ男は降参の意思を示し、敵を油断させる事に成功していて、午前中とは言え、光が無い路地裏では余計にタケルの反応が遅れた。
そうしてチンピラ男は、かがみ姿勢から起き上がるようにナイフをタケルの腹に突きつ刺す。
完璧な不意打ち。
しかしタケルは不意を突かれながらも持ち前の反射神経を使って、即座に躱そうとしたが、お腹の左端辺りにナイフが通過して制服が破けた。
生身は無傷、とはいかなかった。
真正面からぶっ刺される事は無かったが、しっかりと鋭利な刃先はタケルの皮膚を掠めていた。
破けた制服の端が赤く滲んでいく……
白と青を基調とした制服の白い部分が、赤をより強調させた。
「っ……! しぶとい奴め……!」
チンピラ男は現状で最高のチャンスを逃した事になる。
しかし相手は丸腰。
なにせ相手はこっちが降参のフリをしたくらいで、手を止めてしまうガキに過ぎない、とまだチンピラ男にも勝算はあった。
「おまえっ……」
タケルは左手で傷口を抑える。
ジワリと血が滲みつく傷口辺りは、ほんのりと暖かい。
ギュッと目尻を締め直し、視線を傷口からチンピラ男に移す。
「それだよ、それ。そういう顔がよく似合うんだよお前は!」
「黙れ!ったく、これだから悪党は嫌いなんだよ。もう次は容赦しねぇ」
「カッ! 容赦なんているかよ、ガキがいっちょ前にかっこつけてんじゃねェェエ!」
チンピラ男すぐさまナイフを乱暴に振り回してきた、突きから大振りまで滅茶苦茶な攻撃だったが素手の相手にはそれで十分な脅威になる。
しかし本気になったタケルはそれらの攻撃を全て躱した。
今度は一度たりも掠らせはしない。
タケルの眼球は全身の動きとナイフの短い軌道を、しっかりと捉えている。
「クソッ!? なんで……当たんねぇんだよ……」
「お前のダサい攻撃は、先生に比べると遅すぎるんだよ」
「先生……だと!? まだお子ちゃまみたいな事言ってんのかよ、ガキィ!!」
再度、疲れてきたチンピラ男は何度刺しても掠りもしない事にイラツキ始め、ついにナイフをタケルの胴に投げつけようとまるで投擲のようなクイックモーションに入る。
間合いは一メートルを切っている。
しかしタケルはナイフがチンピラ男の手を放れる一瞬を見逃さなかった。
「ハッ!!」
すぐさまナイフを持つ右手を掴み
「アガッッッツツア!!」
物理的に不可能な方向に腕を曲げられた事によって起きる悲鳴。
手に持っていたナイフが地面に落ちる。
落ちたナイフはカラン、と高い音を立て、タケルはすぐさまナイフを右足で蹴飛ばした。
蹴飛ばされたナイフは、地面を滑るように走る。
しかし壁にぶつかったとは思えない鈍い音と共にナイフは動きを止めた。
ナイフの動きを止めた正体は熊の人形だった。
あの小さな子供が大事に握りしめていた熊の人形。
多分タケルが最初に飛び蹴りした衝撃か、それとも走り出した時の何らかの理由で落としてしまったのだろう。
右手の激痛に悶絶し、地面を転がるチンピラ男。
「イッデェェエエエ!!」
タケルはその様子を見るも、用が済んだかの様に熊の人形を拾いに行こうとする。
そして熊の人形を拾う。
タケルの知っている熊の人形とは少し顔が違う。
どこか楽しそうで今にも喋りだしそうな、そんな感じ。
「この熊……どうすればいいんだ? まぁ、ここに置いとくのもなんだし、取りあえず持って帰るか」
そう言って来た道を戻ろうとする時、右足が何かに引っ張られる感触がした。
「へへっ……」
よだれを垂らしながら、複雑な表情で唯一使える左手でタケルの足を掴んだのはチンピラ男だった。
その左手には先程よりもまた五センチ程小さい小型ナイフを握っている。
「うっ……!?」
「このままじゃ絶対に帰さねぇ」
そう言って左手でタケルの太股にザクリと一刺しした。
「おまえッ!!」
太股辺りのズボンがじわじわと濡れていく。
「へへっ……ざまぁみろってんだよ」
「ホントに懲りねぇ奴だなッ!!」
タケルは刺された太股など一切気にする様子も無く、チンピラ男の脳天に拳を叩きこんだ。
ゴツンと鈍い音。
「あ、れ……?」
チンピラ男の視界は一気にグルグルと回り続け白目を向けてその場に倒れた。
今度こそ、ちゃんと気を失っているのを確認し、タケルは太股に刺さっている小型ナイフを勢いよく抜いた。
特に痛みも無く、赤い血が溢れ出る事も無かった。
「ふぅ~まさかこんな所で助けられるなんてな」
タケルはポケットに手を突っ込み、そこから出てきたのは真っ赤なリンゴだった。
姉弟が落としていった、その中でも一際綺麗なリンゴである。
傷一つ無かったリンゴも今は縦に数センチの穴が空いていた。
「それよりこいつの執念深さにはびっくりだぜ。ま、帰るか」
鞄と熊の人形を片手に、リンゴをかじりながら路地裏を抜けていく。
昨日の事と、今朝の出来事で頭が一杯になりながらもチクリと左腹が痛んだ。
「チッ……忘れてた、掠ってたんだ……」
戦闘が終わり安堵した事によって、傷口により強い痛みが襲ってきた。
「早く帰って寝るか! こんぐらいそれで治んだろ」
タケルはようやく来た道を戻って、路地裏を抜ける。
「あのっ!!」
その時、後ろから最近何処かで聞いた事のある女の声が、タケルに向けて聞こえてきた。
タケルが振り向いた先には、先程チンピラ男から助けてあげた姉弟の姿がそこにあった。
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