第23話「朝帰り」
やっとの思いで城の校舎を出る。
廊下ですれ違う生徒達は、校門へと向かっていくタケルを不思議そうな視線で見つめていた。
「あぁもう! なんか調子くるうな~」
無造作に頭を掻きむしりながらいつもの帰路につく。
いつもなら夕焼けが差し込んでくる帰り道の街並みだが、今日は眩しいくらいの陽射しがいつもとは少し違う風景にさせる。
街ですれ違う人たちも青銀学園の制服を見るや、全く逆方向に向かっていくタケルをどうしたものかと見つめていた。
「あぁもう、うざってぇ!!」
チラチラと送られてくる視線にうんざりしたタケルは急いで人気のいない路地裏に駆け込んでいった。
「ふぅ。まぁちょっと遠回りになるけどここならマシか」
路地裏にはあちこちに木箱や飲み捨てられた空き瓶が転がっている。
陽射しもほとんど入ってこないので人をあまり目立たせない。
今のタケルにとってはかなり好都合であった。
そうしていつもの通学道である商店街が立ち並ぶ大通りを、迂回するハメになったタケルは昨日の出来事を
激しく斬り合ったニーナ先生との特別授業。
冷静になった今、思えばあの時の先生は俺を本気で殺しに来てたよな、アレはそういう目だった、と思い出し余計にあの女教師の理性が怖くなる。
それでもタケルなりの収穫も多少はあった。
「まず先生とあそこまで魔気を使って斬り合えたのはいい経験だったよな。普通に考えて通常授業であそこまでやり合う事はないしな」
でも一番気になる事が分からないままなので、胸の引っ掛かりが拭えない。
「途中から俺、ホントに何してたんだろ……」
ブツブツとボヤキながら左右に道が枝分かれしてある路地裏の左を曲がっていく。
「助けてェェェェェエ!!!」
「っ!?」
何処からか聞こえてくる女の悲鳴。
タケルは反射的に目を瞑って、声の聞こえてきた方を探る。
「クソッ! 分かんねぇ、何処だ!?」
急に聞こえてきた悲鳴は路地裏内を反射して聞こえてきたのか、そもそも路地裏からなのか、表通りから聞こえてきたのかすら判断がつかない。
もう一度、耳に最大限の意識を集中させる。
「キャアアアアアア!!」
「聞こえた! こっちか!!」
タケルは全速力で来た道を戻り路地裏を右に曲がっていく。
「間に合ってくれよ……」
何が起こっているかも分からないタケルであったが、甲高い悲鳴はただならぬ事だと感知していた。
長い路地裏を突き進んでいく。
「こっちにこないでッ!!」
更に細い路地から女の抵抗する声が聞こえてきた。
「そこかッ!!」
足に急ブレーキをかけ、通り過ぎた道を戻り細い路地裏には入っていく。
ようやくして見えてきたのは、行き止まりとなった壁に二人の子供をじりじりと追い詰めていく男の姿が一人あった。
追い詰めれれる二人の見た目は、十二~十四歳くらいの少女と、六歳くらいの少年だった。
二人の髪色は、全く同じような薄ピンクのような桜色をしており姉弟と思わせる。
姉と思われる少女の髪型は、ツインテールにした桜色の髪を三つ編みにし、耳下くらいから両肩に下げていた。
少女は目尻に涙を溜めながらも負けるもんか、と強気の顔を必死に作っている。
その強気な眼差しは姉としての責任感か、それとも単純にそういう性格なのかは今は分からない。
だがその強気な眼差しは、恐怖で今にも崩れ落ちそうだった。
少女の腕には丸型のバスケットが掛けられており、その中身は赤いリンゴがぎっしりと詰まっている。
弟の方は、グズグズとべそをかきながら姉の後ろにしがみついていいた。
小さな片手で姉の背中の服をギュッと強く握りしめ、もう片方の手には熊の人形を握りしめている。
対して男の風貌はいかつい顔面に髪は金髪モヒカン。
黒のTシャツに隆々とした筋肉を見せびらかすように肩までシャツを捲りあげ、シャツやズボンにはあちこちが破けている。
まさにチンピラの代表例みたいな奴だった。
チンピラ男はニヤニヤとした顔で、追い詰めた少女の腕を掴もうとする
「いやっ、放してっ!!」
少女は咄嗟にチンピラの腕を振り払った。
優しく掴もうとした手を振り払われ、短気を損なったのか、眉間に青筋が浮かび上がった。
そして容赦なく少女に怒声を浴びせる。
「おまえ誰に向かって手ぇだしたか分かってんのかこの小娘ェェェエ!!」
少女はビクッと怯えながらも姿勢をすぐに立て直し、強気に姿勢で前のめり。
「あんたが勝手に触ってきたんでしょ!! このクソチンピラ!!」
少女の肩はプルプルと震えており、それは怒りからくるものなのか、それとも恐怖からくるものなのか。
どう見ても普通は後者なはずなのだが、強気で言い返す少女は前者、あるいは両者なのかも知れない。
「小娘如きが俺に逆らうだと……許さん! お前にはお仕置きが必要だな、ついて来いッ!!」
チンピラ男は先程とは違い容赦の無い力で少女の腕を引っ張る。
「やっめ……って。放し……て!!」
さすがの少女も大人の男の力には逆らえない。
乱暴に引っ張られ、バスケットに入っていた大量のリンゴが地面にゴロゴロと落ちていく。
「おねえちゃん……」
弟は恐怖のあまり、目には大粒の涙と鼻水が同時に溢れ出す。
タケルはその光景を見つめ、頭が真っ白になる。
姉の後ろで弟が泣きじゃくり、握りしめる熊の人形を見つめながら。
脳裏に蘇ってくる嫌な記憶。
ぐっと胸が押しつぶされそうになる。
自然に奥歯を強く嚙み締める。
誰かに背中を叩かれた訳でも無いのに背中から全身にかけて熱がこみ上げてくる。
熱い。
まるで灼熱の熔岩にいるかのような熱。
「やめろ……」
憤りを抑えるように呟くタケルは、気付けばチンピラ男目掛けて全力で走り出していた。
鞄は地面に投げ捨て、ただがむしゃらに。
当然学校の外なので剣は無い。
かと言ってこれとなる武器も持っていない。
ただ一直線に走っていくだけ。
「あ?」
チンピラ男は自分に向かって走ってくる赤髪の少年に気付く。
タケルはチンピラ男に近づく寸前大きく地面を蹴る。
地上にその姿はいない。
空中で態勢を整え、左足を曲げ右足を前に、チンピラ男の顔面に目掛けて。
「死ねぇぇえ!!」
「ちょまっ……!?……ぐえっ」
チンピラ男はあまりの衝撃に少女の手を放し、大量に積まれてある木箱の山に吹っ飛ばされた。
容赦のない体重が乗った衝撃に、木箱が耐えられ訳もなく粉々に潰れる。
中から赤黒い液体が流れ出し、その場にアルコールの匂いが充満した。
「お前たち! 早くここから逃げろッ!!」
「えっ!?」
少女はあまりにも咄嗟に起きた目の前の出来事に理解が遅れる。
「ぼーっとしてんじゃねぇ! 早く逃げろ!!」
絶体絶命だったこの状況から冷静に物事を判断する思考が追いつかないのか、それとも誰かが助けに来てくれた安堵なのか、少女はまだその場で赤髪の少年を見つめ続けていた。
「おねえ……ちゃん」
弟は動かなくなった姉を心配したのか姉の服を引っ張る。
「早くッ!!」
タケルが再び叫ぶと少女は、はっ、と我に返った。
「ベル! 行くよっ!!」
「うん」
姉は弟の手を繋ぎながら路地裏へと逃げていった。
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