第22話「医務室の先生」


「だ、大丈夫!?」


医務室の先生は慌ててタケルの元に駆け寄る。

ほんのり甘い花の香りが漂ってくる。


「だ、大丈夫っ!ちょっと間違えて滑っただけだから」

「もう~あんまり無理しちゃダメだから!」


先生は少し怒ったように注意する。


「タケル君。自分が昨日何したのか分かってるの?」

「えっ!? それは昨日ニーナ先生と特別授業で……ってあれ」


タケルは途中まで記憶を辿っていく過程で、先生に脇腹を電撃で斬られた辺りからそれ以降の記憶が見つからない。


「あれ、俺。あの後からどうしたんだっけ?」

「詳しくは聞いてないんだけどね、ここに運ばれてきた時にあなた既に魔気切まきぎれを起こしてて大変だったんだから」

?」

「そう。何をどうしたのか知らないけど特別授業で魔気切れを起こす生徒なんて初めて見たわ」


少し呆れ気味に喋る医務室の先生は、タケルの頬をタオルで拭き始めた。


「い、いい。自分でやるから」


タケルは照れくさそうにタオルを奪い取り自分の汗を拭き取る。


「と、とにかく、今日はもう朝だけど家に帰りなさい」

「えっ!?でも学校……」

「でもじゃないの!今日一日くらいはお家で安静にしてなさい。担任のニーナ先生にもそう伝えてあるから」

「あっ、ニーナ先生は今どこ?」

「話を聞きなさいっ!」


医務室の先生は、先よりも声を大きくする。


「分かったよ~」


何かを諦めたような表情で答える。


「宜しい。じゃあ制服に着替えたらまた私の所に来て。あ、それと怪我はバッチリ先生が治しておきましたから。

貴方の身体は何度見ても頑丈ね~」


どこか自慢げに話す医務室の先生だったが、林間合宿の時もお世話になったのは間違いないのでタケルも頭が上がらない。


「ありがとう」


そう言って制服を貰い再びカーテンを閉め、上半身のパジャマを脱ぎ捨てシャツに袖を通す。

青と白を基調としたブレザーを羽織り慣れた手付きでボタンを閉める。

最後に下半身のパジャマを脱いでパンツも脱ぐ。


「ちょっ!?  ニ、ニーちゃん?」


何やら遠くから騒がしい声が聞こえてきたような気もしないが、どうせ朝から貧血で倒れてきた生徒だろうと気にしない。


その時、シャーッとカーテンが勢いよく開かれた。


「よっ!! 元気か少年!!」

「はぁぁあああああああ!?」


元気良くカーテンを開け声をかけてきた人物はニーナ先生だった。

タケルは下半身の大事な部分が露わになっている事に気付いて、又で挟み込みように隠す。


「な……なに勝手に入って来てんだよ!!!」


だから言ったのに……、とニーナ先生の後ろで、ボヤキながら目を両手で塞ぐ医務室の先生。

しかしその目を塞いでいるであろう人差し指がたまにチラチラ開いている。


「何ってお前を心配してだな、そんな邪気にするなよ。まだ昨日の事気にしてるのか?」

「そうじゃねえええええ!!」


タケルは下半身を隠すのを諦め、とにかくカーテンを素早く締め直す。


「と、とにかく着替えるから開けんじゃねぇよ」

「はぁ。やっぱり年頃の思春期は分かんないものだな」

「うるせぇえええ!!」


今度こそ着替えを済ましてカーテンを開ける。

ニーナ先生と医務室の先生は、窓際にある机を跨いでコーヒを啜りながら何やら話し合っている。


近づいてくるタケルに二人は気付く。

何故かタケルは少し頬を赤らめていた。


「それじゃあ」


二人にそう一言告げると、入り口付近のドアに向かっていく。


「おいおい、待て待て!タケル」


呼び止めるニーナ先生の声が聞こえるが無視を決め込むタケル。


「親御さんには連絡しといたから。今日はこのまま家に帰っていいからな。あ、あと今度に会ったら礼でも言っておけよ!」

「おかっぱ?」


タケルの中でおかっぱと言えば一人しか心当たりはいない。


「えっ……おかっぱってコフィンの事か?」

「あぁ。ボロボロのお前を医務室ここまで運んでくれたんだよ」

「コフィンがなんで……?」

「それは本人にでも聞きな」

「あっ!?」


タケルは何か思い出した顔でニーナ先生に視線を送る。


「それもそうだけど、俺昨日の最後辺りの記憶が全くないんだけど何がどうなって魔気切れとやらを起こしたんだ??」


唐突な質問にニーナ先生は驚く。


「お前……覚えてないのか?」


コクリと頷くタケル。


「マジか……。今その発言を聞いてお前の事がまた一つ分かった気がするよ」


ニーナ先生は呆れた様子で、コーヒを一口啜る。


「いいから俺が何したのか教えてくれよ先生!」


タケルが必死に聞き迫っている最中、カーン、カーン、カーンと鐘の音が鳴った。


「げっ!? もうこんな時間」


ニーナ先生は腕に付いている小さな時計を見やる。


「いいから今日はもう大人しく帰れ。朝の授業が始まるから。また今度お前がした事教えてやるから」

「え~でも気になるし今教えてくれよな!」


その時プチンと何かがはち切れる音が聞こえた。


「い・い・か・ら・黙・っ・て・カ・エ・レ!」


凜とした声はそこに無く、凄みと怒りが混ざった声に肩をブルブルと震えさせるニーナ先生だった。


「ハ、ハイッツツツツ!!」


タケルは廊下を走りながら急いで校舎を出ていった。


「ふぅ~」


ニーナは、医務室のイスに腰掛けて怒りを落ち着かせる。


「ふふっ。面白い子ね、タケル君」


医務室の先生は机に肘を置き、手を頬に当てながらニーナをウットリした面持ちで見つめる。


「バカすぎて困るけどな。あいつのせいでどれだけ疲れさせられたか」

「そうなの? でもニーちゃんが青銀学園ここに来て以来、一番生き生きしてると思うよ」


不意をつかれてニーナの口元が一瞬開く。

それも束の間、すぐにいつもの凜とした表情に戻る。


「やめてくれ。生徒は常に平等に見なくてなならない」

「でも、ニーちゃんが元気で楽しそうにしてくれるなら私はそれだけで満足だわ」

「ハウル……」


ニコニコと微笑む医務室の先生ハウルに意味もなく名を呼びかけた。


「でもまぁバカは嫌いじゃない、もそうだったしな」

「ニーちゃん……」


ハウルはどこか寂しそうな表情を浮かべる。


「あれから10年以上も経ったんだね……」


ハウルは席を立ち窓から快晴の空を見つめていた。


「あぁ」


ニーナもまた同じように空を見つめていた。


「あ、それよりニーちゃんHRは?」

「あ、やばいやばい忘れてた!

修練所の件でも校長先生に怒られたのに、HRも遅刻したらどんな嫌事言われるか、考えたくもない、それじゃあハウル」

「うん。またね」


ハウルは慌てる医務室を出ていくニーナを微笑むように見送った。


「頑張ってね……ニーちゃん」

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