第21話「悪夢」


 全身が深い海の底に沈んでいく。

 沈んでいく時の全身にかかる重力が程よく気持ちい。

 しかし、沈んでも沈んでも底は見えてこない。

 でも海底はゆっくりとゆっくりと俺を誘う。


 夢を見た。

 どこか懐かしい、でも何故か色々とモヤがかかっているようなそんな感じ。


「あっ……兄ちゃん達だ」


 俺と同じ赤髪の少年二人が何やら誰かと話をしている。

 話し相手には全身に黒いモヤがかかっており、誰か分からない。

 でもモヤのかかった人らしき人物は兄ちゃん達より遥かに大きい。


 そこにもう一人赤髪の少年がポツポツと歩み寄って来た。


「昔の……俺?」


 俺と思われる少年は5歳くらいだろうか。

 兄の二人より少し幼い。


 手には熊の人形を持っている。

 兄達は歩み寄る俺に気が付く。


「何してるの……」


 俺は皆に話しかける。


「お前には関係ねぇからあっちにすっこんでろ!!」


 一番上の兄ちゃんがそう言って俺を突っぱねる。


 俺はされるがままドテっと後ろに転げる。

 兄ちゃん達の笑い声が聞こえてくる。

 俺が持っていた熊の人形は、床に転がっていた。

 それを俺はなきべそをかき、両腕でハイハイしながら取りに行く。


 また先よりも一回り大きい笑い声が聞こえてくる。

 俺はやっとの思いで熊の人形を掴んだその時。

 手に鈍い痛みが走る。

 再び熊の人形が飛んでいく。


 どうやら二番目の兄ちゃんが、俺の手ごと人形を蹴り飛ばしたみたいだ。

 俺は手の痛みに嘆いている。


「タケルの癖にそんなゴミいつまで大事にしてんだよ、だからお前はいつまで経っても弱いんだよこの落ちこぼれ!!」


 二番目の兄ちゃんが俺にマウントを取って、顔面を三度殴りつける。


 俺は両頬を腫らし、鼻水と涙で顔面がぐしゃぐしゃになっている。

 そこで一番上の兄ちゃんが憎たらしそうな視線を向けて近づいてくる。


「タケルぅ~お前に良い物見せてやるよ」

「え……な、に?」


 そう言って一番上の兄ちゃんは、右ポケットの中をモゾモゾする。


「へへっ……」


 何が嬉しいのか不気味な笑みが零れだす。

 そうして出てきたのは、小さな小型ナイフだった。

 いくらナイフといえど先端は鋭利で光を反射させている。


 そうして兄ちゃんは地面に転がっていた熊の人形に向かって歩き出す。

 そのまま熊の人形の腹にグサっとナイフで突き刺した。

 ナイフは熊の腹を貫通して、床にまで突きささっていた。


「あっ……」


 俺は二番目の兄ちゃんにマウントを取られ、無力ながら動く事も出来ない。

 瞳に溜まった涙が溢れ、床に流れ落ちる。


 一番上の兄ちゃんはそんな俺の表情を見るや嬉しそうに二度、三度熊の人形を串刺しにしていく。


「あ……あぁぁあああ!!」

「あーあーうるせぇんだよ!」


 二番目の兄ちゃんがそう言って、また俺の頬を殴る。


 それを見た一番上の兄ちゃんがついに熊の人形の胴体をナイフで引き裂いた。

 中身の綿が漏れ出しヒラヒラと宙を舞う。

 そんな光景を滲んだ視界でただ見続けるだげの無力な俺。


 数秒後兄ちゃんの持つナイフの刀身にボワっと赤い火が灯る。

 それをさも楽しそうに俺に近づけてくる。


「ひっっつ!?」


 俺は変な声を上げている。


「へへっ……怖いか?怖いだろ?もう俺たちはこんなモノまで使えるようになったんだよ。なぁ、これの意味が分かるか?」

「えっ……?」

「そんな事も分かんねぇのか?そっか……分かんねぇからお前はザコなんだよなっ」


 そう言ってナイフを俺に向かって刺そうとした。

 俺は声を出す暇も無くただただギュッと目を瞑る事しか出来ない。

 殺されると思ったがナイフはまだ俺を痛めつけない。

 ゆっくりと瞼を開ける。


 もう何度目か分からない、また拳が俺の頬を殴りつけた。


「……痛いよ……兄ちゃん」

「お前ビビりすぎ。このゴミみたいにバラバラになってみるかぁ? なって見たいよなっ!!」


 そう言って再度俺に向かってナイフを刺してきた。

 俺もまた目を強く瞑る事しか出来なかった。


「……………!!」


 一秒後、男か女かすら分からない声が聞こえてきた。

 何を喋ったのかも分からない。

 その声は多分モヤがかかった人のものだろう。

 俺はゆっくりと瞼を開けると、ナイフの鋭利な先端が一ミリ手前でカチカチと振動を立てて止まっていた。

 何かの間違いで俺が一ミリでも動いていたら、それはとても想像したくない事だった。


「……………」


 また意味の分からない声が聞こえてくる。


「チッ……」


 兄ちゃん達は、その声のする方に舌打ちしながら悔しそうに戻っていく。

 助かった俺は天井一点を見続けている。


「……」


 また何を喋っているかも分からない声が聞こえてくる。


「……」

「……」

「……!」


 俺はあまりにしつこい雑音とも言える声にふと横を向く。


「っ……!?」


 振り向いた横には黒いモヤがかかった人物がそこにいた。

 いるだけで寒気がする、とてつもない恐怖心に侵される。


 その人物は何も言わずに片手で、俺の顔面を掴もうしている。

 近づいてくる黒い大きな手。

 ゆっくりとゆっくりと・・・

 俺の視界を片手が覆って視界が真っ暗になる。

 そして手が顔面に触れる瞬間。


「ア、ア、ア、アアアアアアアアアアアアアア!!」



 ーーー


「ハァッツ!!」


 目が覚める。

 上半身を起こし、何故か息切れを起こしている。

 全身は汗だくで身に纏ったパジャマはびしょびしょだった。


「はぁはぁはぁ……なんなんだあれは……夢?」


 タケルは額の汗を拭う。

 少し落ち着いてきてた頃、ようやく周りの環境に目が入って来る。


「ここは……医務室か」


 タケルにとってここは、ちょうど一ヶ月程前にお世話になったばかりの場所だった。


「あら……ようやく目が覚めたのね」


 四面に囲られていたカーテンがシャーと開けられると同時に聞き覚えのある優しくも大人びた声が聞こえてきた。


「医務室の先生……」

「おはようタケル君。それより汗びっしょりだけど、大丈夫?」

「あ、大丈夫……」


 医務室の先生は私服と思われる黄緑色のカーディガンの上に真っ白で綺麗な白衣を羽織っている。

 その白衣の襟にオレンジ色でフワフワの毛先が当たっており、絶妙に優し気なバランスを醸し出す。


「ちょっと待ってね。今タオルと制服持ってくるから」


 そう言って医務室の先生は物を取りに向かっていった。


「……っ」


 タケルはぼーっと開いたカーテンの先を見つめていた。

 特にこれといって目新しい物も無く、シップや薬などが綺麗に整理整頓されているガラス棚を見つめる。


「……ハッ、俺ニーナ先生と!?」


 急に思い出したかのように慌ててベットを飛び降りる。

 足を地面に着地する瞬間、足元に上手く力が伝わらず盛大に足元から崩れ落ちた。

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