第20話「目撃者」


「ヒィッ!!」


 ニーナ先生に突如、声をかけられた若者はあまりにびっくりした様子でいつもより更に高い声が漏れ出る。

 しまった、と口元を両手で塞いで入り口の壁に張り付く。


「そこにいるのは最初から気づいてんだよ。それよりちょっと肩かしてくれないか?」


 ニーナ先生の凛々しくも良く通る声に怒りは一切なく、入り口の若者に助けを請う。


⦅えっ!?⦆


「いつまでもそこで隠れてないで出て来いよ?」


⦅いや、いやいやこれは罠だ。間違いない。優しい声で僕をおびき出して抹殺するに違いない。だってあんなタケルを見たら虐待もいい所だ。美人なのにな~もったいない⦆


 ドガンッ!!


「ヒィェェエエ!!」


 突如、入り口のドア付近に電撃が放たれる。

 あまりの衝撃に再び漏れ出す高い悲鳴。


「さっさと出てこい! おかっぱ!」


 ニーナ先生の声は、先程よりもかなりイライラが混じり凄みを増していた。


⦅おかっぱ!? ばれてるぅうううう!?⦆


 再び強い衝撃音。


「ヒィェェエエエ!!すいませんでしたぁぁああ!!」


 先よりも強い三度目の衝撃。

 修練所入り口付近からスライディングしながら土下座をするおかっぱ頭の少年ことコフィンの姿が垣間見えた。

 目には涙が、今にも零れだしそうである。


「すいませんでした、すいませんでした、すいませんでしたぁぁぁああ!!ど、どうか命だけは、命だけはぁぁあああ!!」


 おかっぱ頭は何度も上下運動が行われる。


「えっ!?い、いや別にそこまではしないよ。何んで命?ままぁそれより頭を上げて。で、こっちまで近くに来て」

「は、はいっぃい!!」


 目元に溜まった涙を袖で拭き取り、おかっぱ頭を乱れながらこちらに走ってくる。


「タ、タケルは大丈夫なんですか先生?」

「あぁ。でも少々大人げない事しちゃった♡」


 てへ、とニーナ先生は頭を掻く。


⦅カワエェェエエ!!駄目だ駄目だ。騙されるな僕。この人は美人だけど鬼のような先生なんだ。でも近くで見るとより綺麗だなぁ~⦆


 コフィンの頬は少し赤らみぼーっと先生の表情に見惚れてしまう。


「それより、林間合宿この前は助かったよ」

「は、はいっ!!ニーナ様!」

「様!?」

「先生!質問いいですか?」


 コフィンの表情は更に赤みを増す。

 そしてコフィンは、ある疑問をニーナ先生に問う。


「それより先生は、僕が覗いているのをいつから気付いていたんですか?」

「あぁ。そんな事か。そんなの私とタケルが魔気を使い始める辺りから既に気付いていたよ」

「そんなに前から!? 結構上手く隠れて見てたつもりだったんですけどね。ハハッ」


 コフィンは、はにかみながら後ろ髪を掻きむしる。


「それと他にもいくつか質問いいですか?」

「質問は後だコフィン。

 それよりタケルを医務室に運びたいだがそれを手伝ってくれないか?

 普段なら私1人で十分なんだが、久しぶりに全身に雷回したらしびれて上手く体に力が入らないんだ」

「そ、そうだった。タケルを早く医務室に連れて行かないと!」


『せーのっ!』


 ニーナ先生とコフィンでタケルの肩を支える。


「お、重いっ」


 コフィンは、予想以上に重いタケルにびっくりする。


「気を失ってるから足は引きずって行くぞ」


 __まぁ僕は元から力作業とか大の苦手だから仕方ないか。


 そうして三人は修練所内を出て医務室に向かっていった。



 ーーー



 三人は、長い廊下を重い足取りで抜ける。

 放課後時にあった夕日は沈みかけており哀愁を強く感じさせる。

 月が自分の出番をせかすようまだかまだかと顔を出す。


 今宵は三日月。

 三日月は、まるで自分が主役だと主張するように発光を少しづつ強めていく、そんな風に感じながら廊下の窓を見つめるニーナ。


「先生!質問の続きいいですか?」


 タケルをまたいで聞こえてくるコフィンの高めの声はどこか高揚したような様子だった。


「あ、そうだったな。なんだ?」

「まずなんでタケルとあそこまでの戦いをしていたんですか?」


 コフィンの質問は至ってシンプルだった。

 確かにあの場面に出くわした人が居れば誰でも同じ質問をするかもしれない。

 ましてや学園内で生きるか死ぬかの戦いをするなど言語道断である。


「あ、あぁ。まぁ、そのあれだ。放課後の特別授業居残りみたいな? ハハハ」


 ニーナ先生は、焦ったように空いていた右手で頭を掻く。


「ええっ!?居残りであそこまでするなんてタケル、そんなにヤバい事でもしたんですか?」

「ま、まぁ。こいつの事をインターンシップまでにもっと知っておかなくてはいけない気がしてな。ハハハ」


 またもや誤魔化す様に照れ笑いをする。


「じゃあ最後の質問いいですか?」


 コフィンは、先までとは違い真剣な眼差しになっていた。


「な、なんだ……?」

「タケルの最後の魔気。あれは何ですか?」


 やっぱりそうなるか、とニーナは心の中で腹をくくる。


「ま、そうなるよな。いいかコフィン、今から言う事はまだ誰にも口外することを禁じる。戦術科やもちろんB組担任のにもだ。

 それを約束するなら教えてあげる。というより元から目撃者は消すか黙らせるかの方法しかないんだがな」


 諦めた表情からサラッと怖い事を言いうニーナ先生は、コフィンの目をじっと見つめる。


「分かりました。約束します」

「よし、ではちょっと長くなるぞ」


 ニーナ先生は、タケルの肩をもう一度抱えを直す微調整を行った後、一息吸ってから喋り出した。


「こいつの魔気はちょっと特殊というか希なんだ。

 戦争に出れば、見たこと無い様な魔気に出会う事は割と日常茶飯事なんだ。

 ただ学園ではそれを分かりやすく大まかに分ける為に火、氷、風などの種類分けされている。

 そこからは自分の培った経験や体験、元から持っている能力の素質など様々な理由で能力は枝分かれしていくんだよ。でも……」

「でも……?」


 一度話を止めニーナ先生は、躊躇いの表情で続きを語り出す。


「こいつの魔気は熔岩マグマ。私も見た事はないが、噂程度でそんな者がいるとか聞いた事もある。

 だから熔岩それ自体が特段珍しい事では無いと思っている。

 タケルは火属性の使いなので成り様によってはあり得る。だけど問題なのは……」

「問題とは?」

「何故、熔岩それ使のかだ!」

「はっ!?」


⦅確かに……タケルはまだ学園に入学したばかりで戦闘経験も軍の人間と比べるまでもない。なのに……何故?⦆


 コフィンは今使える脳の思考を最大限フルに回転させるもその答えはどこにも見当たらなかった。


「私もその理由だけは、未だに分からない。

 今日こうやって戦ってみて何かその理由ワケが分かると思ったのだが、そうはいかなかった。でも分かった事もあったんだよ」

「えっ!?何が分かったんですか?」

「これ以上は内緒だ♡」

「えぇぇえ!?」


 誤魔化すように人差し指を唇に添えて、可愛い子振り始めたニーナ先生。


⦅いや可愛いけどね。でもそれよりその先が気になる……⦆


「そんな事より、先から私の破けたシャツの胸元チラチラ見てるのどうにかならないのか?」

「む、むむむ胸元!?」


 急なボディーブローが腹に決まったように噴き出すコフィン。


「色々と欲情してしまう年頃なのは、一応理解しているつもりだが……その、あんまり堂々と見すぎてるとこの先、他の女子にも変態の目で嫌われるぞコフィン」

「み、みみみみてませんからっ!?」


 頬が温度が急上昇していくのを感じたコフィンはおかっぱ頭をブンブンと振り回す仕草を何度も続ける。


 言われてからやけに気になったのか確かにニーナ先生の肌色が多めな事に意識が集中する。

 しっかりとした豊満で綺麗な形をした谷間が頭から離れない。


「ほら、今チラ見した」

「だから見てませんってば!!!」

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