第15話「心の弱さ」


 林間合宿三日目の朝五時。


 残りのほとんどの生徒は、無事に登り切りギリギリで間に合ったチームも入れば余裕で夜のうちに登頂し寮でゆっくりと睡眠を取っているチームもあったとか。


 タケル、アルン以外のメンバーは比較的に軽傷で済んだみたいだったがこの2人は特別に学校の医療施設に緊急で運ばれていった。


 こうして朝まで開催されていた剣聖科と戦術科による合同登山訓練は終了した。


 剣聖科と戦術科の生徒達はお昼まで自由時間となっており、寝てないチームは睡眠にあて、十分に休息をとった生徒は自主練や、まだ出会って間もないのでコミュニケーションをとるなど登山訓練での出来事を語り合っていた。


 尚、医療科の生徒達は午前中のプログラムもあったらしい。




 私は、あれから寮のベットに入ってはみたものの身体は疲れているはずなのに全く眠れない。


 あの衝撃すぎる洞窟内での出来事がずっと繰り返し、頭の中で思い出される。


「タケル……」


 自分でもなぜその名前を呟いてしまったのかは分からないので顔をブンブンと横に振る。


 ちなみに洞窟に三つの行き先があったうちの一つは、反対の山の入り口に繋がっていてもう一つはただの行き止まりだったらしい。


 私達が進んだ真ん中の洞窟は、最近オークたちが街から人を攫ってきてはその場所で人間を喰らうという恐ろしい行為をしていた訳なのだが。


 一体私達はどんな確率で真ん中に行ってしまったのか……。


 ふとオーク達が言っていた事を思い出す。


『ちょうど街のはずれで、上手そうな女とそのガキがいたからさらって、ここで喰ったんだよ』

『まぁ、ガキはあんまり喰ったらダメなんだけどな!』

『どうせだから聞いてやるよ!

 お前たちはどうやって喰われたいんだ?生か?それとも焼いてか?

 ま、結局はその辺の骨と一緒になるんだけどな!』

『ガッハッハッハッ』



 今でも鮮明にその時の光景が浮かんでくる。


 結果的に私達が辿り着いた時には、二人の命はもうそこになかった。

 平気で人を食い物にするオーク達を前にして私は終始怯えていた。


 本当に情けない。


 なのに……なのに……タケル達は勇敢にオークに立ち向かっていた。


 本当に私は剣聖になんてなれるのかな……


「リリアちゃん……眠れないの?」


 ふと隣から聞こえてきた声はナーシャちゃんからだった。


「う、うん。ナーシャちゃんも眠れないの?」

「うん。あんな出来事があった後だから……それに私だけ何も……。

 皆が必死に戦ってるのに、私はずっと怖くてただ怯えてる事しか出来なかった」

「そんな事ないよ。ローグとレフトの手当てだって立派に」

「それは、リリアちゃんが指示を出してくれたからだよ。

 オーク達を見て足がほとんど動かなかった。

 自分が剣を持ってる事すら忘れてたかもしれない。

 こんな私なんかが剣聖科でやっていける気がしないよ……」


「………私もだよ……」


「えっ?」

「うんん。ナーシャちゃんはきっと大丈夫。

 今回はたまたまこんな事になったけどまだ入学してほとんど経ってないんだから怯えるのはきっと当たり前の事で、その………オークたちがやっている事に怯えたり非道に思えるのは剣聖になるのには大事な事だと思うから………」

「リリアちゃん……」


 ナーシャに言った半分くらいは、自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 すると突然ナーシャちゃんは私のベットに入ってきた。


「ナ、ナーシャちゃん!?」


 凄い震えてる。


「ご、ごめんなさい。わたし……わたし……」


 ナーシャちゃんの目には涙が溜まっていた。

 私はどうしていいかも分からなかったので、そっとナーシャちゃんの手を握る事しか出来なかった。


「リ、リリアちゃん……ありがとう。しばらくこのままでいさせて……」

「うん。ナーシャちゃんだったらいつでもいいよ」


 私はナーシャちゃんに対して、何か気の利くアドバイスも出来ず震えが止まるまで手を握ってあげる事しか出来なかった。


 眩しい朝日が部屋の窓から差し込んでくる。

 私はそのまま徐々に瞼が重くなっていき、意識は夢の中に落ちていった。


 __こっちこそありがとう、ナーシャちゃん。



 ーーーー


「よし、全員馬車から降りたな!」


 ニーナ先生の凛とした声が校門の前で響き渡る。

 集まった生徒とのほとんど疲れ切った顔をしていた。


「これにて三日間の林間合宿は終了だ、お疲れ様。

 ただ家に帰宅するまでが林間合宿なのは忘れないように。

 荷物を受け取ったら今日は解散だ」

「せんせーい」


 いつもより疲れた声で先生の名を呼んだのはレフトだった。


「どうした?」

「タケルとアルンはどうなったんですか?」

「………あぁ、その事なんだが……もう何人かの生徒達は聞いていると思うし、その出来事に直接関わった生徒達もいるから言っておく。

 あいつらの命には別状はない」

「良かった……」


 レフトは心の底から安心するような表情を浮かべる。


「だだし、他の生徒達にはベあまりラベラ喋るなよ。今回の登山は異例の中の異例だ。

 これから私達の何人かの教師は再び山に向かい調査をする事になっている。

 まぁ、とにかくお前たちは身体を休める事を優先しろ」


 生徒達は疲れ切った様子で返事をした。


「よし、じゃあ次は三日後に元気よく登校するように、解散!!」


『ありがとうございました!!』


 ーーー


 鮮やかな夕焼けを見つめボーっとしながら家に帰る。


 綺麗だなぁ。

 なんかいきなり凄い三日間だった。


 色々な経験が出来て初日に心配してた友達と呼べる存在も出来たのにな。


 なのに……。


 なんか腑に落ちない。

 これは悔いているのかな?


 まだほとんど何も学んでないからと思ってたけど違う。

 自分に言い訳してただけだ。


“私は弱い”


 実力がとかきっとそんな事じゃない、初めから気持ちで負けてた。


 目の前で仲間が倒されていく姿や、女性とその子供が殺されたという事実にタケルや皆は自然と剣を抜いたのに、私はすぐにはそれが出来なかった。


 タケルが殺されそうになって初めて剣を抜いたけど、それまではただ皆が戦うのを傍観しているだけだった。


 ナーシャちゃんはあんな風に言ってくれたけど。


 そんなの駄目。


“もう逃げない。自分にも。誰かを護れるように強くなりたい”


「私もまだまだな、お父様……どうやったらそんなに……」


 いや、これは私が自分で見つけなくちゃ。


 気付けば見慣れた家に帰って来ていた。

 なんだかんだ言って三日間も家に帰らなかったなんて初めてかも。


「よしっ!」


 私は口角を少しあげて勢いよく玄関を開けた。


「ただいまー!!」

「あら、おかえりなさいリリア」


 とても安心する声が私の帰りを迎えてくれた。

 お母さんは少し涙目になっている。


「お風呂にする?それともディナーの準備も出来てるわよ?」


 私の家ってこんなにいい匂いだったかな、なんか妙に落ち着く匂い。


「ううん、ねぇねぇそれより聞いてお母さん! 私ね、友達が出来たんだよ!?

 ナーシャちゃんって言ってね、それにね………」

「はいはい、分かったから。先にお風呂に入ってらっしゃい」

「はーい」


私はその後も、大好きなお母さんに三日間の出来事を細かく聞かせてあげた。


 ーーー


 第一章 入学・林間合宿編 終

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