第14話「ビギニング(後)」


 黒焦げオークは残った左腕で転がっていた剣を拾い、タケルが相方のオークと戦っている最中に、腹にぶっ刺した。


 勝ち誇った黒焦げオークの表情は、強烈な程に歪みきっていた。



「ちょっと魔気が使えるからって、調子に乗りやがって!ガッハッハッハッ」

「っっ……ゲッホッ……」


 タケルは再び大量の血が口から溢れ出す。


「タケルっ!!」


 遠くで見守っていたリリアが今にも泣きだしそうな顔で詰め寄ってくる。


「来るなっ!!……ゲッホッ……」


 喉が切り裂けそうな声でリリアを呼び止める。


「おいおい!人の心配していて大丈夫なのかっ!!」


 黒焦げではない方のオークはゆっくりとタケルに近づき腹に刺さっていた剣を引き抜く。


「ウァァアアアアアアア!!」


 タケルは両膝から倒れ込み、お腹から滲む血を両手で抑え込むようにして頭から地面に倒れる。


「誰が寝ていいって言ったんだよっ!!」


 オークはタケルの髪を乱暴に掴み、自分の方を向かせる。

 片目だけを開いてオークを睨みつけるタケルの表情は苦しさと悔しさの双方が混じり合っていた。


「っっう…………」

「よくも俺の肩に丸い穴をあけてくれたなっ!

 血が出てくるどころか、黒焦げになって固まってんだが、どうしてくれるんだ、よっ!!」


 タケルの顔面に強く握った拳で数度、殴りつける。


「もう我慢出来ない……ナーシャちゃん2人を見てて」


 その状況を見ていたリリアは、剣を抜きオークの方に向かって行く。


「お願い………光よ、来て!!」


 洞窟内がパッと一瞬真っ白になる。

 その直後、視界は戻りリリアの握る刀身は眩しい程に輝いていた。


「うっ……なんだぁ。女ぁ!

 てめぇ面白れぇ魔気持ってんな!!」


 オークはそう言ってタケルを地面に投げつけた。

 じわじわとリリアに近寄りながら、棍棒に魔気を纏わせ構える。


「ギェェエエエエエエエエ」


 耳をつんざくような奇声を挙げながら、リリアに棍棒を振り下ろす。


「うっ!?」


 リリアはオークの圧に気圧され、少し対応が遅くなったが、棍棒に逆らうように剣を下から掬い上げる。


 ギィイイイイン、と音が鳴り響く。

 光と闇が接触し、互いを飲み込もうとする。


 しかし、その戦いも儚く終わった。

 闇が光を呑みこみ、リリアの剣を吹き飛ばし、その勢いで尻餅をつくように転んだ。


「イヤッ!! やばい……やばい……殺される……」


 見上げたオークの顔は、今日一番の歪んだ顔で頬を釣り上げていた。


「グァハッハッハッ。いい顔してんなぁ~」


 ノロノロとオークの手がリリアに触れようしたその時、赤白い細い一閃の光の棒が、オークの足を貫いた。


「ヴァァアアアア!!

 足が、溶けっ……またお前かぁぁあああ!!」


 オークは片膝を付きながら倒れているはずのタケルを見つめる。


「近づくん……じゃ……ねぇよ……」


 タケルはうつ伏せの状態から右腕で剣だけをこっちに向けていた。

 しかしもう剣に魔気は残って無い。


 オークは悲痛をあげながらゆっくりと立ち上がる。


「この女のせいで殺す順番間違えそうになったけど、まずはお前からだったな……」


 歩くのに一苦労しながらもオークは、ゆっくりと倒れているタケルに向かって歩を進める。


「タケルっ…………」


 リリアは恐怖の余りその場から一歩も動き出せない。

 そうしてオークはタケルの前に辿り着く。


「クソッ……」

「ヴァ……ヴァ……お前らには散々な目に合わされけどこれで全部お終いだぁ……シネヤゴラァァアアア」


 目一杯の力を込めてオークの握る棍棒は倒れるタケルに振り下ろされた。

 ドガアアアアアアン、と振り下ろされた棍棒が地面を抉る。


「ヴァ……ハァハァ」


 間一髪タケルは真横に転がりこんでいた。

 しかし、今のタケルにはそれが限界だった。


「ちょこまかちょこまかと往生際が悪い……シネェェェエエ!!」


 すかさず棍棒を振りかざしもう一発、と振り下ろす。


「タケルっっ!!!!!」


 リリアの泣き叫ぶような声が聞こえた。

 その時、リリアの横を物凄い風が通り抜けた。

 と同時に後から声が聞こえてきた。


⦅よく耐えたな⦆


 聞き覚えのある凛とした声の後に、オークが振り下ろしたはずの棍棒が、タケルの頭数センチ近くで止まった。


「せん……せい……」


 リリアの瞳からは大粒の涙が溢れ出す。


 そしてオークの悲鳴。


「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」


 オークの身体には、まるでその場所だけに落雷が落とされたように雷に身を包まれていた。


「私の可愛い生徒たちによくもやってくれたな。魔物風情が……」


 オークの背後には激昂したニーナの姿があった。

 右手で握った剣を反り返し左肩に引きつけた刀身は、白紫の電撃が纏っている。

 そしてその剣をオークの頭から真下に目掛けて一気に振り下ろす。


「落ちろ。雷撃いかづち!!」

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」


 再び悲鳴が洞窟内を響き渡り反響する。

 黒焦げになったオークは後ろから地面に倒れた。


「確か二匹いるとか……あぁお前か……消えろ」


 ニーナは片腕が無く座り込んでいたオークに向かって歩き出す。


「ヒィッ、や、やめてくれ……命だけはっギャアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ニーナ先生は二匹のオークを瞬殺し、剣をサッと鞘にしまった。

 直後リリアが飛び込んできた。


「先生っ!!怖かった……本当に怖かった……ぅっ……」

「よく頑張ったな。倒れているこいつらは無事なのか?」


 抱きついてくるリリアの頭をソッと撫でる。


「ハッ、そう言えばタケルが!!タケルっ!!」


 すぐさまニーナ先生から離れタケルの方に走り寄って行く。


「タケルっ……大丈夫なの、ねぇタケルっ……」


 殴られ続け大きく腫れ上がるタケルの口元から微かに寝息が聞こえてきた。


「もう……良かった……バカ……」


 リリアの片方の瞳から大粒の雫がタケルの口元に落ちた。


「それにしても何なんだこの洞窟は……」


 ニーナ先生は次に重傷のアルンの様子を見ながら無事な事を確認し、まるで住処のような洞窟を見つめる。


「えっ!? せ、先生も知らないんですか?」


 近くにいたナーシャはカレンの容態を見ながらニーナ先生に尋ねる。


「あぁ。ここで林間合宿を行っている以上、この山の地形は大体頭に入ってるがこんな所に洞窟がある事なんて初めて知った。

 しかも3つの行き先に分かれているなんて、戦術科の子達が教えてくれなかったら間に合わ無かった」

「そうなんですか……」


 ナーシャは不安な様子でニーナ先生の表情を見つめる。


 「というか私が来た時、既にこのオークたち重傷だったけど、まさか本当に生徒達がここまで……」


 ニーナ先生は顎に手をやりながらぼそぼそと呟いた。


「先生何か言いました?」

「いや、何でもない」


 ナーシャは顔を横に傾けながら不思議そうにニーナ先生を見つめていた。


「とにかくここにいるメンバーを全員を下山させる事は、私一人では無理だからナーシャも手伝ってくれ」

「は、はい!」


 ニーナ先生のニコッとした笑顔を見てナーシャは安心した。



「ナ、ナーシャ殿……」

「カレンちゃん!?もう大丈夫だよ!先生がっ……」

「そうだったんですね……」



 その後、カレン隊とレフト隊の皆は、とても頂上を登る事など出来る状態では無く、重傷で動けないメンバーは他の科の先生と共に寮まで運ばれていった。

 動けるメンバーはニーナ先生と共に一緒に下山する事になった。


 こうして、タケル、カレン、アルン、ナーシャ、レフト、ライト、ローグ、リリア剣聖科A組の八人は合同登山訓練を辞退し、結果的に中間試験免除も無くなってしまった。


 不幸は、女性と娘の命が既に亡くなっていた事。

 幸福は、生徒達誰もが死ななかった事。


 この事実は八人の生徒達の心に深く突き付けられた。

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