第13話「ビギニング(中)」
熱い。
凄く熱い。
背中が燃えるように熱い。
心臓がバクバクする。
その心音が、脳で反響してくる。
痛い。
途轍もなく痛い。
どこが。
分からない、全部。
暗くて怖い。
ここはどこだ。
周りには何も無い、というより何も見えない。
俺はここで、何してる?
「あ、光が……」
あそこから出られるのか?
少し遠いな。
走るか。
俺は暗闇の中で、差し込まれた一筋の光の方を目指して走った。
「ハァハァハァ」
収束された光がじわじわと縮まり始める。
やばい、間に合わないかも。
これ以上は、息が持たない。
俺は懸命に光に向かって右手を伸ばす。
「頼む、届けぇぇえええ!!」
伸ばした俺の右手から、赤黒く、ドロドロした液状が放出された。
熱い、熱い。
溶けそうだ。
そして、その液状は、閉じかけようとした光を、無理やりこじ開けた。
ーーー
オークはじりじりとアルンに詰め寄る。
それに怯む事無く、むしろアルンは堂々と立ちはだかった。
「チッ。いちいち勿体ぶりやがって……」
「さっさとお前をぶっ殺して、奥にいる女をたっぷりと堪能してやるよ」
「つまりそれは、俺を殺さなきゃいけないって事だよなッ!!」
アルンは剣に風を纏わせ、勢いよくオークに斬りかかる。
対するオークも、闇のオーラを纏った棍棒で、アルンに殴りかかった。
剣と棍棒が幾度も重なり合い、火花を散らす。
オーク一振り一振りが先程とは比べ物にならないくらい重い。
それでも押し返されまいと、アルンは必死に魔気の質を強度な物にしようとする。
「お前……この闇をどうやって会得した……」
「なんだガキ……戦闘中にお喋りとは……随分と舐めたお坊ちゃまだなっ!!」
オークの魔気が膨れ上がる。
「なっ……」
「シネェェェエエ!!」
剣戟が続く中、オークの棍棒から溢れ出した闇が、風を吞み込み、アルンは一瞬にして吹き飛ばされた。
「………ぅぅっ…………何だ、この量は……」
辛そうなアルンの表情を見て、オークは嬉しそうに顔を歪めた。
「なんだこの力は?って顔してんな。カカカッ。
せっかくだからその惨めな顔に免じて、死ぬ前に教えといてやるよ。
俺たちデットロームのオークはな、全員この闇が使えるんだよ」
アルンは両親から聞いた事があった。
ここ数年でオークの数は一国を飲み込む程大きくなった、もしくはそれ以上、だと。
「なっ……」
アルンは痺れる右腕に力を込め直す、地面に突き刺した剣に、体重をかけながらゆっくりと立ち上がる。
目の前の視界がぐらつき、ぼやけている。
頭からダラダラと生温かい血が、流れていくのを感じた。
ここで倒れたら終わりだ、そう自分に言い聞かせて力を振り絞る。
「おいクソ野郎……そんな無防備に自慢話しててもいいのかよ?」
「あぁ? まだそんな口がウッ!?」
突然、オークはお腹を抑えた。
抑えた先には紫の血と、はみ出るように剣先が見えていた。
背後からグサリと一突きされた、オークの口元から、血が溢れ出す。
「クゥソォガキィィ!!」
オークは怒り狂った形相で、後ろを振り返った。
「だ、大丈夫………君」
その者の正体は、終始ずっと怯えていたライトだった。
「よくやった、大きいの!!よし、そのまま……」
とどめを刺そうとしたアルンの目の前で、巨体のライトが真横に吹っ飛び、壁に打ち付けられた。
ドガアアアン、と激しい衝撃と砂煙が巻き起こる。
「お前もやられてんじゃねぇか、ザコ!」
ライトを吹っ飛ばした者の正体は、先程までアルンの攻撃に負傷していた黒焦げのオークだった。
黒焦げのオークは、そのまま相方のオークに刺さっていた剣を、問答無用で引き抜いた。
「ウッ………ブッ………もっと優しく抜けよ、クソ」
「俺が焼かれた時、お前助けに来なかったじゃねぇか。黙ってろザコ。
とにかくこいつらぶっ殺さねぇと、気がおさまらねぇ」
お互いを罵り合いながら、アルンに近づく二匹のオーク。
「ちっ、流石にまずいな……勝てると思ったのにな……」
アルンは下を向きぽつりと呟いた。
「ガッハッハッ!! へっ、お坊ちゃまも遂に観念したかあ?」
「黙れ……黒焦げ野郎と怪我だらけの貴様達に、この俺が負ける訳、ないだろうが!!」
アルンは精一杯強がりを見せた。
「口の減らないガキだな、おい!
見ろ、お前以外もう全員戦えねぇんだ、今さら何が出来る?」
黒焦げのオークは、怒りを我慢出来ない様子でアルンに襲いかかる。
「大人しく殺されとけ、やっ!!」
黒焦げオークの大振り攻撃を、アルンは間一髪で躱したが、棍棒から溢れ出る魔気の風圧に右足が掠った。
「ちっ………掠っただけなのに」
掠った右足の太ももから、ダラダラと血が流れだす。
「オラッ、よそ見してんじゃねぇぞっ!!」
休む暇も無くオークは、棍棒をアルンに叩きつける。
カチィンカチィン
とギリギリの所で魔気を使って、何度も攻撃を受け流すアルン。
しかし、アルンの使い続けた魔気の限界は近づいていた。
風がどんどん勢いを無くしていき、鋭利さを失っていく。
やがて、魔気が尽き、刀身が何も纏わない剝き出し状態になった時。
ギャインンン!!
甲高い音と共に、アルンの剣が後方に弾き飛ばされた。
「クッ…………」
あちこちに傷を負っていたアルンの全身は、既にボロボロだった。
いつ、気を失ってもおかしくないが、最後の気力を振り絞り、
「終わりだ、死ネェェエ!!」
黒焦げのオークは、今までやられた屈辱を晴らすかの様に、闇を増量させた。
そして最後の一撃を、立ち尽くすアルンに振り下ろす。
アルンは棍棒が近づく寸前、ギュッと目を瞑った。
バチンッツツツ!!
刹那、凄まじい程の熱風が、アルンの周辺を吹き荒れた。
アルンはそのまま地面に尻をついた。
「熱っ……!?」
何が起こったのか全く分からなかったアルンは、自分が死んでいない事に、まず驚いた。
そして、目をゆっくりと見開く。
「お……まえ……」
振り切られたはずの闇の棍棒は、カチカチ、と音を立てながら激しく燃える炎の剣に遮られていた。
「俺の仲間に、手ぇ出してんじゃねぇよ………」
オークは危険を感じたのか、素早く後ろに後退する。
「まだ、クソガキがっ……」
タケルは剣を振り払い、火の粉を撒き散らす。
いつものタケルとは違った雰囲気で、尻をついたアルンに振り向いた。
そして、いつもより、落ち着きのある声で喋った。
「真っ先に倒れて悪かった……アルン、お前強いな……後は……任せろ」
タケルの瞳の奥は、怒りに満ちていた。
同時に刀身で渦巻く炎はメラメラと燃え滾っている、まるで今のタケルを表すかのように。
しかし、アルンは今のタケルの背中を見ただけで、何故かとても安心した。
「………うるさい……さっさとやっつけろ……」
アルンは薄っすらと、涙を滲ませ、意識を無くし、横に倒れた。
タケルは周りに倒れている仲間達や、荒れ果てた洞窟内を見渡す。
そうして、ぐるっと見渡したのち、ジッとオーク達に照準を合わせる。
「かかってこいよ」
タケルは左足を前に、右足を少し後ろに引いて、軽く腰を落とした。
そして剣を後方に引き、構えた。
「チッ、真っ先にやられたガキが調子に乗りやがって……」
オーク達は気づいていた。
最初に出会った時の少年とは、まるで雰囲気が違う事に。
だからといって、少年相手に引き下がる訳にも行かない。
そんなプライドがオーク達にもあった。
「シィネェェェエエエエエ!!」
狂気染みた声を挙げながら、勢いよく飛び出したのは黒焦げのオーク。
タケルの顔面目掛けて、闇の棍棒を振り下ろす。
タケルも攻撃に合わせる様に、無意識に魔気を込め直す。
「ウォオオオオオオオオオオ!!」
ドガアアアアアアン!!
と爆風が起き、洞窟内に砂煙が充満する。
その爆風は、入り口付近にいたリリアとナーシャの方まで吹き荒れた。
『キャアア!!』
少しづつ視界の砂煙が薄れていく。
砂煙から見える影は、しっかりと剣を振り切った男の、シルエットだった。
そしてもう一つの影は、尻餅をつくように座り込んでいた。
視界が完全に晴れてくる。
「ギャアアアアアアアアアアア!!!」
耳をつんざきそうな程の悲鳴。
「ない、ない、う、う、腕が……ない……?」
黒焦げオークは慌てて、周辺を見渡した。
棍棒をしっかりと握った緑色の片腕が、地面に転がっている事に気付く。
「な、なんなんだ、おまえわぁっ…………」
泣き叫ぶ黒焦げオーク。
「黙れ。腕一本無くなったくらいで、喚き散らすな……。
お前に攫われ、喰われた……女と、その子供の恐怖が、お前に……」
タケルは悔しそうに、ギリッと奥歯を嚙み締める。
「別に、お前を殺しても………誰も、生き返らない……。
でも、仲間を殺そうとしたお前達は、絶対に……許さない……」
タケルは剣は下に向けており、刀身はメラメラと燃えている。
しかし剣先は、異常だった。
赤白くドロドロとした液状が、へばり付いていた。
そこだけはまるで、
「覚悟しろよ……オークッ!!」
「ヒィッ………」
黒焦げオークはタケルにギロッと睨まれれ、完全に戦意消失しかけていた。
「調子にのんなや、ガキがァァァアア!!」
黒焦げオークの怯える姿を見た、相方のオークは狂気染みた様子でタケルを襲いかかる。
「お前も同罪だったな」
タケルは冷静にその場から一歩も動かない。
そして、襲いかかってくるオークに、剣を真っ直ぐ伸ばした。
ブスッ、という鈍い音がオークの左肩を突き刺さる。
「燃え尽きろ……」
刺さった剣から、白い光が強く発光した。
「グギャァァァアアアアアアアアアア!!アツイアツイ、アツイ!!」
左肩を抑えながら、とてつもなく苦しそうに悶えるオーク。
「なめん……なよ……ガキィ……ヴォオオラッツツツ!!」
苦し紛れに、棍棒に闇を込め、タケルに振り下ろした。
タケルは左肩から剣を抜き、サッと後ろに躱す。
空を切った棍棒は、地面を抉りきった。
「ヴァ……ヴァ……クソッ何だ、こいつの魔気わ……ハァハァ」
「オークも大したことないな……。
いや、これもアルン達のお陰か………」
左肩を抑えながら、すぐに棍棒を構え直して、懲りずに同じ動作でタケルに突撃してくる。
「調子に乗りやがって……シィェェエエエエエ!!」
「ハァッ!!」
再び激突する炎と闇。
しかし、先程とは違って、タケルの剣先に赤白くドロドロとした液状は無かった。
「あん? おいおい……さっきの力はもう出せないのか!!」
「っ………………」
タケルの剣は、じりじりと押され気味になる。
鍔迫り合いの膠着状態が続いて時、グサッと鈍い音がした。
一体どこからこんな音がしたのか分からなかったが、タケルは口から大量の血が溢れ出した。
「ゴホッ!? ………な……っ!」
数秒遅れてタケルは、自分のお腹にとてつもない熱を感じた。
ゆっくりと視線をお腹に向け、そこには一本の剣が、深く突き刺さっていた。
「ガッハッハッハッ、ガッハッハッハッ!!
油断したなクソガキがぁ!!」
大きく笑う者の正体は、先程腕を斬られ、戦意消失しかけていたはずの黒焦げオークだった。
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