第11話「人喰い鬼(オーク)」


 山の麓にある設置テントでの出来事……


「ニーナ先生。先生のクラスは今年、どうですか……?」


 厳つい顔をした坊主頭こと、戦術科B組担任のジルはティーカップに、手慣れた様子で紅茶を注ぐ。

 ティーカップは白を基調とし、金色の螺旋模様が入った高級品。

 注がれる紅茶からは、芳醇な香りと時々、花の香りがする。


 どう見ても容姿とマッチしない程の、手際のよさで、最後に角砂糖とミルクを軽くかき混ぜた。


 横長の机に肘を突きながら、手を頬に当て、退屈そうな様子のニーナ。

ジルはそんなニーナの側に、ティーカップをそっと置く。


「さぁどうぞ。結構いい所の茶葉を使ってるんですよ」

「あ、ありがとうございます」


 ニーナはお礼を言って、紅茶を一口、すする。


「美味しい……」


 普段は安物の紅茶しか飲まないニーナからしたら、紅茶の違いなど、あまりよく分からなかったが、ジルの注いでくれた紅茶は、どこかホッとする味だった。


 __それより、このティーカップもきっと先生の自前なんだろうな~

 と思いながらニーナはカップを静かに、ソーサーに戻した。


「それは良かった。

で、どうなんですか、今年のクラス」

「あぁ、そうでしたね。

 今年はなんて言うか馬鹿も多いですけど、その分、見込みのある奴も多いですね。

 ジル先生の所は?」


「そうですか……

 私の所も同じく、見込みのある生徒は何人かはいましたね。

 と言っても、戦術科は毎年おとなしめの生徒が多いので、毎年あまり変わりませんが……

 まぁまだ、入学してから三日しか経ってないので何とも言えませんが。

 それより、今年の先生のクラスにはあの子達がいるんですよね?

 確かの……」

「はい。もう全員の属性検査も終えました。今年は色々と面白いものが見れましたよ」


 ジルはさっきよりも少し、鋭い目つきになる。


「でも、そうなると今年は特に、デッドローム奴らには気を付けなければいけませんね……」

「はい。十分、分かってますよ。リリアの魔気も校内で使う限りは、大丈夫だと思うんですが……

 それに連中は、リリアの顔をよく知りませんから。

 卒業まで、何とかなって欲しいんですけどね……」


 ニーナは思い詰めた表情で、山の頂上を見つめる。


「むしろ心配なのは、リリアだけではないんですよね……

 あの娘はしっかりしてる方なんで、問題は……」


 そこで、タケルを思い出したのか、ニーナの顔はイラついた表情になる。


「まぁまぁ。とにかく今は、あいつらがこの山を登りきってくれる事が、まず大事ですね。

 人間はしんどくなればなるほど、エゴイスティックになりますからね。

 特に生徒達はまだ入学して日も浅い。

 それに一緒に登っている仲間達の事すら、ほんの数日前までは他人だったのですから」


「ですね。私達はこの山の地理も大体は把握してるので、休憩無しで登れば、二時間程で頂上に登れます。

ですが、あいつらの体力・知識・経験では、この山は確実に八時間以上かかると思います。

 山では助け合いが非常に大事になってきますから。

 もう少し経てば、その内狼煙も見えてきますよ」


 二人が談笑をしていた頃、十人いる内の半分の先生は、大急ぎで頂上に向かっていったらしい。


「えぇ。生徒達がしんどくなるのは、これからですよ……」


 ジルは山を見つめるように、紅茶を啜った。

 絶対に生徒達が見たら、ビビッてしまう程、不気味な薄ら笑いをして。

 そしてニーナも同じように口角を上げ、紅茶を一口、啜っていた。


 ーーー



 夕日は完全に沈み、月の明かりと懐中蠟燭を頼りに、夜の山を歩き続ける。

 カレン率いるタケル、ナーシャ、アルンの四人は現在、偶然にも大きめの洞窟前に辿り着いていた。


「何ですか、この洞窟は?」


 カレンは不思議そうに呟く。


「スッげぇ~!!こんな所に洞窟があるなんてな、冒険みたいで面白そうだし行ってみっか!」


 タケルは目を輝かせながら、すぐさま洞窟に入ろうとする。


「で、でも危なくない?暗そうだし……」


 ナーシャは怯える様子で洞窟を見つめる。


「お前は本当に、能なしか?」


 追い討ちをかけるアルンの発言に、タケルはニヤッしと表情を浮かべる。


「あれ~?アルン君、暗い所とか怖いんでちゅか~?」

「馬鹿者か貴様は!こ、怖い訳ないだろう……

 それに、こういう事はリーダーが決める事だ!」


 アルンの返答に、より一層と顔がニヤつくタケル。


「うーん、そうですね~。確かにこんな場所に洞窟なんて、あるのが珍しいです。どこかに、繋がってるのは間違いないとは思うんですけど……」


 カレンは悩むように顎に手を置く。


「カレン! ここは行くしかないだろ?なっ!なっ!」

「う~ん。タケル殿は少し落ち着いて下さいっ……!」


 その後、タケルのしつこい催促を無視して、カレンは決断する。


「分かりました、行きましょう。

 その代わり、絶対に四人が離れない事。

 あと、なんか少しでもおかしな事があったら、すぐに来た道を戻る事。これでいいですね?」


 ナーシャとアルンは以外そうな反応だったが、タケルは大喜びだった。


「さっすが!カレンは分かってるな!

 よし、そうと決まったら出発進行~!!」

「別に、タケル殿の為に決めた訳ではありませんから!

 って自分がリーダーなんですけど-!!」


 そうして四人は懐中蠟燭の明かりを便りに、洞窟内へと進んで行った。



 ポツンポツン、と雫が水溜まりに落ちる音が洞窟内に反響する。


「少し寒いですね。皆さんは大丈夫で……キャアアアアア!!」

「カレン!?」

「カレンちゃん!?」


 __すいません、背中に水が落ちてきただけでした……

 とカレンは謝りながら肩をすぼめた。


「それにしても本当に真っ暗だなここは……

 懐中蠟燭がなかったら何も見えねぇぞ、ま、俺は自分の魔気があるから、明かりは大丈夫だけどな」

「タケル殿は火属性なのですか?」

「あ、そっか。俺、皆と検査受けてねぇから知らねぇのか」

「はい、ちなみに自分は水属性でした」


「わ、私は、タケル君が火属性だって知ってたよ!!」


 タケルとカレンの会話に、割り込むように急に入ってきたナーシャの顔は、暗くてあまり見えなかったが、声は興奮気味に裏返っていた。


「ど、どうしたナーシャ!?」

「ナーシャ殿は、タケル殿の属性をどうやって、知っていたのですか?」

「うん……見てたの、持続稽古の時……タケル君、凄い頑張ってたから……」


 カレンは一瞬、考えるような間を作ってナーシャの耳元に囁く。


「ふむふむ……つまり、それは恋路という……」

「ち、違うからっつ!!」


 珍しく声を大きくさせたナーシャは、カレンの背中を両手で押した。


「ナ、ナーシャ殿……!?」


 押されたカレンは前に転びかけたが、すぐに態勢を整える。

 気づけば、タケルとアルンは二人より、少し先に進んでいた。


「何してんだ、置いてくぞ~」


 タケルの声が洞窟内を反響して聞こえてくる。


「私達も行きましょう」

「う、うん……」


 そして、しばらく洞窟内を進んで行った頃。


「ちょっと待て!」


 先頭を歩くアルンが、その場で皆を静止するよう、促した。


「なんだよアルン。怖くて小便でも行きたくなったのか?」

「馬鹿か貴様は。足元があまり見えないから、気づくのが遅くなったが、この洞窟、どんどん傾斜が上がっていってるぞ」


 アルンの発見に3人は足元に懐中蠟燭を当てみる。


「確かに。アルン殿の言う通り、少し傾斜が上がってますね。やはり、頂上付近に繋がっているのでしょうか?」

「ラッキーじゃねーかよ! じゃあ、このまま突き進むだけだな!」


 アルンは、先に進もうとする、タケルの腕を掴む。


「やはり、ってどういう事だ、田舎娘?」

「い、田舎娘って辞めて下さいアルン殿。

 結構、恥ずかしいので……

 これは、ただの勘なのですが、洞窟を見つけた時から、頂上に近づくんじゃないかと思いまして。

 でもホントに、ただの勘なので……」

「そうか……分かった、田舎娘」

「アルン殿!?」


 カレンは驚くように声を荒げた。


「カレンは田舎の勘が、冴えてるんだよなー?」

「辞めて下さい、タケル殿まで……」


 大きな声で笑うタケルに、カレンは恥ずかしそうに、頭を掻いた。


 そして、洞窟内を進む事、数分。


 突然、四人の目の前に、三つの行き先に分かれた穴が現れた。


「なんだこれ?おい、カレン!

 ここから、行き先が三つに分かれてるぞ!」

「あ、ほんとですね、何故、こんな所で三つに、枝分かれしてるのでしょうか……」


 カレンは再び考えるように、手を顎に置く姿勢になった。


「皆さん、ここで少し、小休憩を取りましょう。その間に、どっちに行くか、考えてみます」

「え~進もうぜカレン!」

「貴様は、黙って田舎娘の指示に従え!」

「だから、アルン殿、その田舎娘って……」


 カレンの指示にタケルは不満そうな様子だったが、四人はその場で座り込み休憩を始めた。


 そして、数分後。


「キャアアアアアア!!」


 突然、洞窟の奥から女の悲鳴が聞こえてきた。


「なんだ!!今、悲鳴が聞こえてきたぞ!」

「はい!! 多分真ん中の方からです!」


 タケルはすぐさま、懐中蠟燭を持って、真ん中の穴へと走って行った。


「待って下さいタケル殿!!

 もう……ナーシャ殿、アルン殿は離れないように。タケル殿を追いましょう!」


 タケルは走りながら、腰にある剣のグリップを触り、そこに剣がある事を確認する。

 そうしてすぐに、悲鳴が聞こえてきた現場は姿を現した。


 自分達が歩いてきた道よりも更に大きく、天井は半円形になっており、まるで住処のようだった。

 そして妙に明るいのは、焚火と壁側にあるいくつもの松明のお陰だろう。

 辺りには、白い骨があちこちに転がっており、鮮血の飛沫が壁にこびりついている。


 何より、タケルが最も驚いたのは地面に転がっている人間が、最近知り合ったローグとレフトに似ていたからだ。

 二人は、頭から大量に血を流して倒れていた。

 そして、悲鳴の正体が、タケルの良く知る金髪少女であった事にも驚愕した。


「おい、リリア!なんだよこれは!!」


「来ちゃダメ……タケル……早く逃げて……」

「何言ってん……だ……!?」


 またしてもタケルは驚いた。

 リリアとライトの前にいるのは、人間じゃない……


「ガッハッハッハッ! なんだよ、また人間のガキが増えやがったぜ」

「だな。これくらい育ったガキなら食べても、に怒られねぇよな?」

「あぁ大丈夫だ!!」


 タケルは今まで、噂でしか聞いた事が無かったが、あれがどういう奴なのか、すぐに理解した。


「お前たちが……デットローム……オークか?」

「なんだクソガキィ! お前から喰われたいのか?」


 その直後、タケルを追いかけるように走ってきた、カレン達が姿を現した。


「タケル殿ー!!」


 そして、三人もこの光景を目の当たりにして、言葉を失う。


「カレンッ! すぐに来た道を戻れっ!!」

「だ、駄目ですよ!そんな事しらタケル殿が……」

「いいから洞窟を出ろ! そんで、狼煙玉を使って先生達を呼んでくれ!」

「でも……」


 カレンが尻込みしているちょうどその時、更に後方から新たな声が聞こえてきた。


「おーい、お前たち! 何か、明かりが見えてきたぞーー!」


 呑気な声と共に姿を現したのは、おかっぱ頭の少年だった。

 その後ろに、同じチームと思われる三人の生徒も付いてきていた。


「ついたー!!」


 両手を前に突き出しながら住処に入って来た、おかっぱ頭の少年とタケルの目線がバッチリあった。


「あ……!?」

「コフィン!?」

「タケル!?」


 コフィンの目線はすぐに、タケル以外に移る。

 視界に映ってくるのは、嘘のような地獄。


「なんなんだよ……これは……」


 コフィンは足元から力が抜けていき、無意識に震えている自分に気が付かない。


「コフィンッ!!!」


 タケルの叫びに、コフィンはハッ、と飛びかけた意識が戻ってくる。


「いい所に来た!!

今から来た道を全力で戻って洞窟を抜けろ!そんで、洞窟を抜けたら……」

「狼煙玉だね!」


 コフィンは持ち前の、状況判断能力を取り戻し、それをすぐさま行動に移した。


「タケル、僕達が先生を呼んでくるまでの間、持ちこたえてくれよ!」

「あぁ、任せろ! もし先に倒しちまったら、後で先生に謝るよ」


 タケルの強がりを聞いたコフィンは、安心した表情ではにかんだ。


「お前たち行くよ!!」


 そう言って、コフィンは他のメンバーを引き連れて、入り口の方に引き返して行った。



「なぁんだよ。せっかくガキがまた増えたと思ったらすぐさま逃げやがったぜ、腰抜けが!」

「お前達、見捨てられたな、ガッハッハッハッ!!」


 二匹のオークは図太い声で、嘲笑った。


「お前達は怪我人を連れて、逃げろ!

このオークは、俺がなんとかする!!」


タケルは後ろにいるカレン達に強く、叫んだ。


「嫌です、タケル殿!私も戦います!」


 そう言って、カレンは腰にある剣を抜き、タケルの左側に立つ。


「誰が逃げるか、馬鹿者が……」


 同時にアルンも剣を抜き、タケルの右側に立った。

しかしナーシャは両腕をギュッと抱きしめながら、肩が震えているのを抑える事しか出来なかった。

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