第10話「チーム・レフト隊」
タケル達が作戦会議を、始めた頃と同時刻。
ローグ、リリア、ライト、レフトのチームも順調に山を登っていた。
「うん、いい感じのペースだね。
けど、段々と傾斜が急になって来てる。リリアはまだ大丈夫かい?」
レフトは少し疲れた様子のリリアに手を差し伸べる。
「う、うん。大丈夫、ありがとう」
「この傾斜を超えた先で、少し休憩をしようか。二人共いいよね?」
「あぁ」
「うん」
ローグとライトは小さく頷いた。
傾斜を超えた先に草むらが生い茂る場所があったので、四人はそこで腰を下ろした。
「よし、ひとまずはここで休憩をしよう。リュックを持ってくれてありがとうローグ。次は僕が持つよ」
「いい。別にこれくらい大した事もない、トレーニングにもなる」
ローグはレフトの気遣いをあっさり断り、その場に座り込んだ。
ローグの額には汗一つ見当たらない。
「そうかい。でもしんどくなったらいつでも言ってくれ。その時は僕もチームのリーダーとして頑張るから。
そうだ、リュックの中身って何が入っているの?」
そう言って、レフトはローグが運んできた、リュックの中身を指した。
「確かに。先生は最低限の装備品とか言ってたけど、リュックの膨らみからして結構入ってそうよね。
この先、役立ちそうな物とかあるのかな?」
リリアの問いかけにレフトは、リュックの紐を解き、一つずつ中身を取り出していく。
「えっーと……まずは水と、懐中蠟燭が人数分だね」
そもそも水があったんだねと、レフトは全員にステンレス製の筒に入っている水を配った。
そしてレフトが次に取り出した、懐中蠟燭の見た目は、細長い円柱型のガラスの中に、分厚めの蠟燭が入っている。
「他には……うわっ、なにこれ!?」
レフトはリュックの中身に手を突っ込み、クシャクシャと音を立てながら取り出したのは、黒色をした布素材の寝袋だった。
「僕たちを山で寝かせる気満々じゃないか、先生たち」
「ホントね……けどこの寝袋を使うも使わないも、チームの状況判断に任せてるんだろうね」
寝袋の中には羽毛が少し入っていて厚みのある生地になっている。
寒さは完全に防げないかもしれないが、何もないまま地面で、眠るよりかは断然良かった。
「そうだね、眠るのはこの先の状況でまた考えよう。後は……救急箱と非常食だね」
残りは怪我した時用の救急箱に、パンや缶詰めなどが人数分が入っているだけだった。
「どうせなら、この山の地図とか入れて欲しかったよ……」
レフトは困った様な表情をする。
「ホントだよね……
後はレフトが持ってる狼煙玉と、皆の剣だけって事ね」
苦笑いを見せるリリアは、隣でライトが異常なほど汗をかいて顔は真っ青になっている事に気付く。
__汗くらい私だってかいてるけど流石にちょっと……
とリリアは心配になった。
大きな体は常に小刻みに震えている。
「だ、大丈夫……?体調でも悪いのライト?」
ライトはリリアの声に、ビクッっと驚いた。
しかし、ライトは大丈夫、と首を横に振った。
「どうしたライト?体調悪いのか?」
レフトも弟の顔色の悪さが心配になる。
「だ、大丈夫……
で、でも僕……午前中も魔気が使えなかったから……もし、誰かが襲ってきたらと思うと怖くて……」
「まだ気にしてたのか。ほら、ジル先生も言ってただろ?
過去、この山で襲われる出来事なんて無かったって」
「そうだけど……」
「大丈夫だって、もし万が一、熊が出て来ても、こっちには四人もいるし、最悪狼煙玉で先生を呼べばいいんだからさ」
レフトはそう言って大柄なライトの背中をさすった。
数分後、ライトも少し落ち着き、四人は登頂を再開した。
「よし、日が沈む前に出来るだけペースを上げよう。夜になったら視界が悪くなるし、体力的にも嫌でもペースが落ちるしね」
チームリーダーのレフトは、皆を引きつれる様にして、先頭を歩いて行った。
ーーー
すっかりと日が落ち、視界は闇に染まった頃。
四つの火だけが、唯一、闇に光を与えていた。
レフト達は二回目の休憩場所を、探し歩いていた。
日中と夜の登山では、遥かに難易度が変わってくる。
登れば登る程、獣道は不安定になっていき、何より遠くが見えない不安は肉体的にも精神的にもくる。
そして、ひたすら登り続ける四人の疲労は、ゆっくりと蓄積されていた。
そんな時、四人はラッキーな事に、一休み出来そうな、大きめの洞窟に出会った。
「こんないい所に洞窟があるなんて、ついてるね、僕達!
じゃあ今から仮眠を取るのも食事を食べるのも各自お好きに。
休憩時間は一時間くらいにしようか」
そうして、四人は各自洞窟の入り口付近で休憩する事になった。
「僕はちょっと、この先の洞窟が気になるから少し見てくるよ。3人はここで待ってて」
レフトは何やら楽しそうに、懐中蠟燭を手に洞窟の奥に向かう。
「一人で大丈夫?」
リリアは心配そうな面持ちで、ちぎったパンをモグモグ食べる。
「平気平気。一応剣も装備してるから!」
「ぼ、僕も一緒に行くよ。レフト兄ちゃん一人だと危ないし……」
「まぁ、ライトもついて行ってくれるなら……
でも、あんまり深入りは駄目よ。何があるか分からないんだから」
「分かってるよ。じゃ、行ってきまーす!」
男の子が一度は探検に憧れる気持ちは、リリアには全く分からなかった。
そうして二人は、懐中蠟燭の明かりだけを頼りに、洞窟の奥へ、姿を消して行った。
「あの兄弟、ホントに仲のいい双子なんだね……」
「あぁ」
リリアはさり気無く、ローグに喋りかけたが、あまり会話が長続きしなかった。
「………………」
__気まずい、一体何を話せばいいか全く分からない。
と思ったリリアは、もう少し頑張ってみる。
「あぁそうだ!
このコーンとツナが入った缶詰食べる?
非常食の割には結構いけるの!」
「いや、いい。大丈夫だ」
「………………」
__何なのこの男!!ちょっとは気を使いなさいよ!こっちだって気をつかってるのに。
とリリアはそれを直接ローグに言える訳も無く。
手元にあるパンを小さくちぎって、何度も口に入れる。
__そう言えば私、まだクラスの男の子とまともに喋った事ないかも。あの
その後も、リリアはずっとそわそわしていた。
「お前は…………け…………」
聞き取りずらい程小さな声で。
「えっ、なんて!?」
ローグのリリアを見る目が鋭くなった。
「何度も言わせるな!お前は、元剣聖の娘なんだよな?」
「えっ!?」
ローグの質問に思考が一瞬止まる。
「なん……で?」
「そうなんだろ?」
___なんでローグが私の事知ってるの?
心当たりはほとんど無いけど、あるとしたらあれかな、属性検査の時。
父が光使いだった事は有名だけど、光使いは他にもいるはずだだし、私が光属性を使えるからって、適当に言ってるのかな……
リリアは頭の中で考えたが、はっきりとした答えは見つからなかった。
結局の所、直接本人に聞いてみないと分からない。
「なんで私が元剣聖の娘だって思うの?」
「俺の父親が少しだけあんたの父親と知り合いだっただけだ」
あまりにも意外な返答に驚くリリア。
「私の父とローグの父が知り合い?全然知らなかった」
「あぁ。俺も父親にお前の事を聞かされた時は、少し驚いた」
「そ、そうだよね……普通。
でも、今はただの一般市民だから。
まだ、皆には言いふらさないでね、それでヘンに気を使われても嫌だし」
「分かった」
再び沈黙が始まった。
しかし、リリアはローグの発言にもう一つ疑問があるのを思い出した。
「あ、そうだ。私の父と知り合いって事はローグのお父様はもしかして、軍の人なの?」
ローグは一瞬、戸惑った様子だったが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「あぁ、そんなとこだ」
「そうなんだ……」
やはり会話が続かない。
この二人は三度目の沈黙に入った。
ちょうどその頃。
洞窟の奥から二つの明かりと共に、レフトとライトの姿が戻ってきた。
「おーい、この洞窟凄いよ!!
ちょっと行った先で、三つの行き先に分かれてるみたいなんだ。
しかもこの洞窟、進めば進むほど傾斜が上がってるんだよ。
これは意外と頂上への抜け道かも知れないよ!!」
興奮気味なレフトは早口に説明した。
「本当に奥へ進んで大丈夫なの……?」
「絶対、という保障はないけれど……
けどさ、夜の山道は視界が悪いから、余計に疲れるだろ?
それに比べて、この洞窟は広さもあって、道も歩きやすいんだ。
もしこれが頂上に繋がってるなら行くべきだよ!
まぁ、これは皆の賛成が無いと諦めるしかないけど……」
テンションが上がった子供が、急におやつを取り上げられたかのように、レフトの表情は沈んでいく。
「そこまで言うなら私は行ってみてもいいけど……ローグはどう思う?」
リリアは完全に賛成した訳では無かったが、何より、あの沈んだ表情に即反対とは言いずらかった。
「別にいいんじゃないか。リーダーが言った事だしな」
ローグがあっさりと賛成した事にリリアは驚いたが、同時にローグも男の子だから仕方ないのかもしれないと、心内で割り切った。
「えっ、いいのかい!?
ありがとう……やったよライト、絶対に反対されると思ってたよ。
よし、じゃあ、もうちょっと休憩したらすぐに出発しようか!!」
先程の沈んだ表情から一変して、レフトは無邪気に喜ぶ少年の表情に戻っていた。
ーーー
四人は洞窟の奥を進んで行く。
レフトの言った通り、比較的に道は広くて歩きやすい。
それに傾斜も緩やかで、獣道より断然疲れなかった。
「見えて来たよ皆!
さっき言ってた、三つの行き先に分かれてるって穴は、ここだなんだよ!」
レフトは楽しそうに、その三つの穴の前へ走っていった。
「ホントに三つに分かれてる……凄いね、なんか絵本の冒険みたい」
リリアは小さい頃、こんな感じの絵本をお母さんに読んで貰った事があったかも、と呟いた。
「だろ? リリアも冒険とか探検とか好きなのかい!?」
「べ、別に好きとかでは無いけど……、それより、どっちに進むの?」
四人は三つの穴を見つめる。
特に特徴があるとかでも無く、三つとも同じような穴だった。
「どうしようか……皆はどっちに進みたいとかあるかい?」
レフトの質問に、残りの三人は任せる、といった感じだった。
「よし、決めた!
じゃあ真ん中を進もう、こういう時は迷っても仕方ないしね。
みんないいかい?」
三人とも特に異論は無かった。
どこに繋がってる、なんて誰にも分からない。
ここは、リーダーの指示に身を委ねるだけだった。
そうして、四人は真ん中を穴を抜けて行った。
数分後、奥の方から
「あれ、なんか奥の方に少し、明かりが見えないかい?」
「ホントね、もしかして他の生徒達が先にいたりして……」
四人はどんどん明かりの見える奥に近づいていく。
その時、異様な匂いが四人の鼻を突いた。
「何、この匂い……ちょっと、引き返した方が良くない?」
鉄と腐臭が混じりあった匂いに、リリアは全身に寒気がした。
「分からない、でも、ここまで来たんだ。取り敢えず行ってみよう……」
レフトの表情も少し固くなっていたが、先に進むことを優先した。
そうして明かりのある元に辿り着いた。
そこはちょっとした住処だった。
幾つかの松明が、半円形の洞窟を現わしている。
しかし、驚く事はそこではなかった。
クチャ、クチャと
「はっ……!?」
リリアはその光景を目の前にして、一瞬で気持ちが悪くなった。
まず、見た事ない鬼のような生き物。
その周辺の地面には、真っ赤な鮮血の海が出来ている。
そして、鬼が喰らう生肉は、リリアにとってよく見慣れ、馴染みのある、人間の太もも、そのものだった。
「うそ……信じられない。あれ……人だよね……」
振るえるリリアの問いかけに、誰も返事を返さない。
皆も動揺し、リリアと同じ事を思っているのだろう。
鬼は、四人に気づく事なく食事を続ける。
そして、生肉を食べ終えて残った骨をあちこちに放り投げる。
時々、ちゅるちゅると、臓物の
地獄だった。
ライトはあまりの光景に後ろで嗚咽をもらし、吐いた。
「ゴホッ!!ゴホッゴホッ!!」
「大丈夫ライト!?」
ようやく、鬼が食事をする手が止まる。
「あん?なんだ~?」
一人の鬼が、四人のいる方に振りかえる。
怯える表情で自分を見られている事に、ニヤッと頬が釣りあがった。
子供が食事をして口元を汚すのと同じように、鬼の口元は赤色で汚れている。
不気味な笑いから見える黄ばんだ歯は、一本一本が大きい。
それに、どうみても人間とは違う所は全身が緑色をしている事。
人間と同じ様に、両手足が二本づつある。
しかし、腕も足も太く、頭からは小さいツノが生えている。
身長は百八十七センチのライトよりも更に大きい、二メートルはありそうだ。
何より、人間と同じ言葉を喋った。
この条件を満たす生き物を四人は、見た事は無いけど、知っている。
ここ数年、その生き物の噂は街中にまで広がり、最早知らない者は居ない。
「オーク……なんで……」
リリアは無意識に口から、その生き物の名が
「何だぁガキ?そんなに怯えて、お前達も喰われに来たのか、ああん?」
全身がガタガタと震えて止まらない、リリアは瞳に涙が溜まっていく。
「黙れ、化け物。お前達、そこで何してる?」
その時、オークの前に一人の銀髪の少年、ローグが立ちはだかった。
「ああん、なんだガキ、いっちょ前に。そんなもん見たら分かんだろうが……飯喰ってたんだよ!お前達人間をなあああ!!」
オークは嬉しそうに両手を広げ、黄色い歯を剝き出しにしていた。
「そうか……」
ローグのギィリッと奥歯を嚙み締める音が聞こてくる。
「どうしたガキ、もしかしてやろうってのか?」
ローグは腰にある剣を抜く。
「ガッハッハッ!!おいおい、辞めとけって、ガキが俺達に勝てるとでも思ってんのか?」
「よく喋る化け物だな……もう黙れよ」
その瞬間、ローグの刀身がメキメキと音を立て、凍結し始める。
数秒後、ローグの剣は立派なアイスソードに変化していた。
見た限りここにいるオークは二匹だけ。
二匹の見た目もほとんど同じで、違いはあまりない。
オークの片手には太い棍棒をぶら下げている。
もう一匹のオークは興味なさそうに再び食事に戻った。
「へっ、そうかよ、そういう事かよ!
じゃあ遠慮なく死んでくれよッ!!」
オークはローグ目掛けて前進し、棍棒を大きく振り下ろした。
それをローグはサッと避ける。
ドガンッ、と地面をたたき割る音が、洞窟内に響き渡る。
すぐさまローグは、剣をオークの首元目掛けて斬り下ろす。
ギャインンン、と甲高い音と共に、ローグの手元から剣が吹き飛ばされた。
「なっ……!?」
ニヤッ、とオークの黄ばんだ歯が、垣間見える。
オークはそのまま、ローグの腕ごと、横から掬い上げるように、棍棒を振り切った。
ローグはそのまま壁に打ち付けられ、バタンと地面に倒れた。
口元からは大量の血が溢れ出し、壁に打ち付けられた衝撃で、頭から血が流れている。
「ゴホッゴホッ!!」
『ローグッ!!』
リリアとレフトが同時に叫ぶ。
ライトは怯えて声も出ない。
「僕のせいだ……」
レフトは震えながら剣を抜いた。
「僕が適当な事言ったからこんな事に……リーダー失格だ……」
砂色の髪を強く引っ張りながら、悔しそうに目を瞑って下を向く。
「おあん?お前もやるってのかよ?
見ただろぉ?
こいつが無様に俺にやられていく姿を。
ガッハッハッハッ!!
それでもやるってのかよ?」
「
五月蝿い、五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿いッツツ!!」
何度も同じ言葉を叫ぶ、レフトの刀身に、砂鉄が纏わり付いていく。
地面からも、砂鉄を吸い取っていくように……
やがて、その剣は、砂鉄の剣となった。
「お前……変な魔気使うな」
「五月蝿いって言ってんだろォオオオ!!」
レフトは地面を一気に蹴り上げ、オークに斬りかかった。
オークはその攻撃に、両手を使って棍棒で受け止めた。
カチカチ、と砂鉄の剣と棍棒が鍔迫り合う。
「軽いなッ!
どんなもんかと思ったらこんなもんかよ、へっ!
がっかりさせやがって!!」
オークは押し斬ろうするレフトの剣を、弾き返し、ローグと同じように腕ごと横殴りした。
「ブアッ!!」
レフトも壁に打ち付けられ、剣を手放した。
刀身に、纏わり付いていた砂鉄は地面に溶け、レフトはその場に倒れ、気を失った。
「次はそこのお前だなぁ、ペロッ」
オークはよだれを垂らしながら、リリアの全身を舐め回すように見つめた。
「上手そうな女だなぁあああ!!」
「やだ……やだ……来ないでっ……!」
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