第9話「作戦会議です!!」


 山を登り始めて二時間が経っていた。

 時刻は午後四時を回っており、タケル、ナーシャ、カレン、茶髪の少年を含めた四人は、ほとんど誰も口を開かず、ひたすら歩き続ける終始無言の状態が続いていた。


 登り始めて最初の一時間くらいは、他のチームも何組か見かけたが、

 二時間経った今では、どのチームも全く見かけ無くなった。

 それくらいこの山は壮大なのかも知れないという思考が、四人の中でも浸透し始めていた。


 森の中の道は広く、比較的に綺麗でまだ歩きやすい。

 終始無言の気まずさが幸いしたのか、タケル達の歩くペースは決して遅くは無く、順調だった。

 しかし、同時に不安な事も一つあった。

 それは、自分達が進んでいるこの道が果たして、本当に正しいのかだ。

 あまりにもコミュニケーションが無さ過ぎて、四人とも心の中の不安を誰も口に出さない。


 そんな状態でもう一時間、登り続けた。

 そして時刻は午後五時。


 タケル達の歩く道が徐々に獣道になっていく。

 そんな時、近くで心地よい川のせせらぎの音が聞こえてきた。

 タケルは小さな川が流れている事に気付き、三人に呼び掛ける。


「おい……あそこに川があるぞ!ちょっとこの辺で休憩でもするか」


 ナーシャとカレンはコクリと頷き、茶髪の少年は無言で付いてくる。


「こんな所に川があるとはな~。……ズズゥ……うわ、冷てぇけどうめ~」


 タケルは乾いていた喉を、潤して子供ようにはしゃぐ。

 そこにナーシャとカレンも興味を示し川に寄って来た。

 茶髪の少年は馴れ合うつもり無いらしく、近くにあった人が一人座れるサイズの石に腰を下ろしていた。


「あ、ほんとだぁ~冷たいね~」

「ほんとですなぁ~」


 ナーシャとカレンも川の手前でしゃがみ込んで、手を川に触れさせる。


「まるで実家を思い出しますな~ あっ……!?」


 カレンはしまった、と口元を手で覆う。


「昔を思い出す?カレンは山に馴染みでもあんのか?」


 タケルの問いかけに、カレンは恥ずかしそうにして舌をペロっと出した。


「あ、の、その~自分は生粋の田舎育ちでして~」


 頭を掻きながら、恥ずかしそうに頬を紅潮させるカレン。


「なんか喋り方からして思ってたけど、そうだったんだね~」

「じ、実はまだクラスの誰にも自分が田舎育ちであった事を、気恥ずかしく、中々言えなくて……」

「そうだったのか。別に田舎暮らしとか恥ずかしがる事でもないだろ」


 二人の反応に、カレンの表情も少し安堵した様子だった。


「むしろなんで、もっと先に言ってくれなかったんだよ」

「えっ!?」


 カレンはタケルの言っている意味が分からなかった。


「田舎育ちの経歴をさらけ出しても、何も良い事なんてありませんよ。

 お前、田舎育ちだから虫が友達なんだろ?とか、田舎育ちだから父親は熊?母親は猪?とか、言われるだけですしね」

「え……なんか凄い偏見だなそいつら。いや、別にそういう事言いたいんじゃなかったんだけど……」


 カレンの過去には触れる気は全く無かったタケルは、予想外な言われように少し顔を引きつらせた。


「え……じゃあ他に何が田舎育ちと暴露して良い事なんてあり……」

「ある!!今だ!」

「なんで?」

「だって山に詳しいだろ?」


 タケルはどうだ!、と余裕の笑みを浮かべた。


「成る程……!! でも自分、山の事なんか全然詳しくないですけど……」

「えっ……」


 その場が一瞬凍り付いた。


「なんで、田舎育ちじゃないのか?」

「自分、田舎に住んでた時はずっと家に引きこもって、絵を描いていましたから」


 何故か照れた様子で頭を掻きながら苦笑いするカレン。


「そうだっのか……悪かった、勝手に山が詳しいとか決めつけて」

「そ、そんな事はありません。むしろ大変なのはここからですよ!」

『えっ!?』


 カレンはしゃがんでいた姿勢から急に立ち上がる。

 タケルとナーシャは、急にテンションが上がったカレンの顔を見上げる。


「えぇ。夜の山はとても危険!そう、危険なんです!!

 小さい頃、夜の山だけは絶対に入っちゃダメ、ときつく言われてましたから……両親に」

「そんな事言ってカレン、どうせ一回や二回くらい両親の言いつけを破って山に入った事とかあるんだろ?

 ほら、正直に言ってみろよ!な?

 で、その経験を今の俺達に聞かせてくれ?今後の参考になるからさ」

「えっ……それは……」


 カレンは自分の思っていた方向に、話が進んでいない事に焦って冷や汗をかいている。


「ほらほら?誰にも言わねぇからさ、今日は夜の山登るから特別に、な?」


 カレンの額から尋常じゃない汗が流れだす。


「……ま……ん。…い…す」

「なんて?あ、分かるぞ、カレン。悪い事した時は声が小さくなってる事あるよな?うん。ほら、もう一度俺達に聞こえるように言ってくれ」


 カレンの目はあちこちに泳ぎまくっている、そして目尻に涙が溜まり始めた。


「……すいません。ホントに無いです。そんな奴が田舎育ちですいません……」


 再びその場の空気が凍り付いた。

 そして、カレンは泣いた。泣きじゃくった。


「うわぁぁぁぁぁん!!

 自分……ぐずっ、役立たずの、ぐずっ、田舎育ちで……ホントすいません……友達も虫じゃなくて、両親も熊と猪じゃないです。すいません。うわぁぁぁぁん!!」


 タケルとナーシャは、どうリアクションしていいのか全く分からず唖然としていた。


「大丈夫だよ……カレンちゃん?元気出して?

 別に私達、そんな事でカレンちゃんを役立たずだなんて思わないから、ね?」

「ナーシャ殿……」


 カレンは優しく寄り添ってくれる、ナーシャに泣きしがみついた。

 ナーシャの豊満な胸に、顔を埋めて。


「あ、あぁ。そうだぞ、カレン。夜の山を知らないからって、決して役立たずなんて……」

「思ってるぅううう!タケル殿、絶対思ってるぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」

「えぇぇえ!?」

「タケル君……そう……だったの?」

「ナーシャまで!?」


 タケルはもう自分がどうしたらいいか分からなかった。


「ぁぁあ。もうどうしたらいいんだよ!

 あ、そうだ、カレン!

 お前がこのチームのリーダーになったらいいんだよ!!」

「えっ……」


 カレンは涙と鼻水を垂れ流しながら、これでどうだ!と自信満々のタケルを見つめた。


 ーーー


 三人は川を離れ、茶髪の少年がいる元に戻った。


「え~こっほん!

 それではこれから、登山登頂の為の作戦会議を行いたいと思います!!

 司会進行を務めるのは、え~このわたくし、カレンが務めさせて頂きます」

「わあ~」


 ナーシャはパチパチと手を叩く。

 カレンは隠していた秘密を打ち明けた事により、どこか吹っ切れた様子だった。これが本来のカレンの姿なのかもしれないと思わせた。


「ではまず、四人も揃った事ですし、正式に誰がリーダーを務めるかを決めたいと思います!」

「もうカレンでいいんじゃねぇのか?」


 タケルの発言にカレンはチッチッチッと人差し指を立てた。


「甘いですよ。タケル殿。激甘です!!」

「げ、激甘?」

「そうですとも。山はいついかなる時も危険を伴います。

 メンバーの体調管理や万が一、迷った時にどのルートに進むかなど常に慎重な判断が求められるものなのですよ」

「そ、そうなのか……リーダーって大変なんだな……」


 カレンの圧にタケルは顔を引きつらせる。


「そこでちゃんとこの四人で、多数決を取って決めたいと思います!!

 それで選ばれた人こそ、真のリーダーとも言えるでしょう!!」


 そして、一斉に指を指して決める事になった。


「それでは行きますよ~ いっせーのーで、ハイッ!!」


 まず初めに、カレンの人差し指はタケルの方を指している。

 しかし、それ以外の三人はカレンの方を指していた。

 茶髪の少年もそっぽを向きながら、人差し指だけはカレンの方を向いていた。


「じ、自分ですか!?無理です。無理ですよぉ~」


 カレンは大変嬉しそうに、身体をクネクネさせている。

 なんだこの茶番わ、とタケルは苦笑いをしていた。


「カレンちゃんがこの中で、一番の適任者だと思うよ」

「そうだぜカレン。今だって立派に仕切ってるしな」

「仕切るなんてとんでもない!

 し……しかし、そこまで言って下さるなら……やぶさかではありません。

 では、僭越せんえつながらこのわたくしが、チームリーダーを務めさせていただきます。宜しくお願いいたしますっ!!」

「わぁ~」


 ナーシャはまた手をパチパチさせた。


「では一つ、うかがっても宜しいでしょうか?」

「どうしたカレン?」

「あ、あの自分はタケル殿とナーシャ殿の名はご存知なのですが……まだそちらにおられる殿方の名を知っておらず、失礼ながら聞かせて頂いても宜しいでしょうか?」


 そう言ってカレンは、茶髪の少年に問いかけた。


「…………」


 カレンの急な質問に三人は、茶髪の少年に視線を向ける。

 茶髪の少年は一度、後ろを向いてから首だけ振り返り、いかにも憎らしい表情でこう答えた。


「別に名前なんてどうでもいいだろう?お前たちとは馴れ合う気は無い……」

「ガーン……!!嫌われてる~」


 カレンは頭に手を当て、唸った。


「お前いいかんげにしろよ!

 さっきから、なんかあるたびに嫌な顔しやがって。ほら名前ぐらいさっさと言え!」


 タケルは今までは気にしないように我慢していたが、ついに苛立ちが限界を超えそうだった。


「なんで貴様達と、たかが山を登るだけで馴れ合わなきゃいけないんだ?」


 更に空気はピリッと張り詰めていく。

 茶髪の少年は、むしろその張りつめた空気感を喜ぶように顔を歪める。


「別に馴れ合えって、言ってんじゃねぇよ!

 ただ、これから四人で一緒になって登りきらないと行けないんだから、名前ぐらいほら、さっさと言え!!」


 我慢しろ我慢だ、とタケルは必死に感情を抑える。


「ハァ~??

 そんなに名前が知りたいなら、俺の事を王子様とでも呼べよ。

 それでもあれか、どうしても教えて欲しければ、で力尽くってのもありだな?」

「てんめぇ」


 あからさまに憎たらしい言動に、タケルは茶髪の少年の襟元に手を伸ばした。


「お二人ともやめてください!!」


 カレンは振り絞った声を出し、目には涙を溜めている。

 今にも泣くのを必死に堪えているのだろう。


「お二人とも落ち着いて下さい!

 わ、悪いのは自分ですから……自分が頼りないリーダーなので……お答えしたくない気持ちは仕方ありません……ぅっ……うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 カレンは泣いた、さっきよりも泣きじゃくった。


「カレンちゃん大丈夫だよ……そんな事ないよ……」


 今度はナーシャも少し、泣きそうになりながら慰めていた。


「チッ!これだから女というのは面倒くさい……冗談の一つも分からないというのか」

「うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 憎らしい表情は相変わらずだったが頭を掻く仕草を見せる。


「あぁもう五月蝿うるさい!

 アルンだ……ほら、いつまでここにいるんだ田舎娘!

 さっさと指示を出せリーダーなんだろ!」


 __これだから女と子供は嫌いなんだよ。

 とアルンは小言を言った。


「なんだよ、可愛い名前してんじゃねぇか!!

 最初から素直に言えってんだよ。カレンを泣かしたのは完全にお前のせいだからな。しっかりサポートしてやれよ、アルン王・子・様!」


 アルンの顔はみるみるうちに、真っ赤になっていく。


「き、貴様殺すぞ!

 別にお前たちと慣れ合うつもりなんて、微塵もないからな!覚えておけ」


 タケルはさっきまでの怒りなど、とうに無くなり、嬉しそうにアルンの肩に腕を載せていた。


「ニッシッシッ!アルンちゃん、実は可愛いとこあるんだな!」

「だ、誰に触れているか分かっているのか。早くその腕を放せっ!」

「良かったね、カレンちゃん。タケル君とアルン君が仲直りしてくれて……」

「は、はい。ぐずっ、アルン殿が実は、ぐずっ、優しい殿方で安心しました……」


 ズルズルと鼻水をかむカレン。


「よがっだ~、よがっだです~ナーシャ殿~」

「よしよし、良かったね~」


 カレンは安堵し、ナーシャに撫でられながら再び、その豊満な谷間にお世話になった。


「お、お前たち勘違いするな!!

 俺は決して優しくもないし、この馬鹿とも仲良くないからなっ!

 早く涙を拭け田舎娘!ダラダラしてると、置いてくぞ」


 一方的に打ち解けたタケルとアルンは先に進み出していた。

 タケルが無理やり肩を組んで。


「はいっ!アルン殿!行きましょうナーシャ殿!!」

「う、うん。でも、それよりも……」

「どうかしましたか、ナーシャ殿?」

「作戦会議はどうなったの?」

「あ…………」


 ナーシャの的確な質問に、四人はしばらくお互いの顔を見つめ合っていた……

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