第8話「合同登山訓練」
昼休憩が終わり午後一時三十分。
A組の生徒達は指定された、山の麓へと向かって行く……
麓から見える巨大な山は、横一面に広がっていて壮大さを感じさせる。
麓周辺には、既に四百人程の生徒達で溢れかえっていた。
「よし、お前たち各クラス事に整列しろ!!」
入学初日に集会場に現れた、厳つい顔した坊主頭の先生がボリュームを大にして図太い声を響かせる。
そうして数分後には各クラス事に綺麗に隊が整列していた。
「あれがコフィンが言ってた戦術科の先生なんだぜ。どう見ても戦術科って顔じゃねーよな」
タケルは後ろに並んでいたリリアに振り向き、コソコソと笑うように囁く。
「え、嘘?あの先生戦術科の先生なの!?
私もてっきり剣聖科の先生だと思ってたけど、戦術科の先生だったのは以外ね。ていうかコフィンって誰よ」
タケルはだろう?、と面白そうにクスクス笑っていた。
しかし、前方の方からとてつもなく怒りに満ちた視線を感じて、すぐさま前を振り向く。
顔に“殺す”と書いていそうなニーナ先生が見えているからだ。
「え~、ここに集まって貰ったのは剣聖科と戦術科の2つの科だ。
医療科は別の授業でここにはいない。で、何故お前たちがここに集まったかと言うと……」
図太い声が一瞬の沈黙の間を作る。
生徒達はその一瞬の沈黙が、とてつもなく嫌な事が起こるんじゃないかと危惧した。
「剣聖科と戦術科の合同登山訓練だを行うからだ!!」
『合同登山訓練!?』
その場にいた、ほとんどの生徒達が一斉に突っ込んだ。
「黙れぇええ!!
お前たちには今から、この山を四人一組のチームになって登ってもらう。見ての通りこの山は大きくて広い。よって普通に頂上まで登ってくるのにまず8時間はかかる!」
『8時間!?』
再び生徒達の息がぴったりな突っ込みが入る。
“合同登山”と聞いて少しでも楽しい青春ラブコメを想像した、生徒は啞然としていた。
「黙れぇぇええ!!」
そして再びやかましいほどの怒声。
「普通に登っても8時間かかる山だが、それはガイドさんなどが居た場合にのみに限る。
ここに居る先生は各クラスの担任、つまり先生は10人程しかいない」
このハゲは何を言ってんだ、とほとんど生徒は心の中で突っ込んだ。
「よって、一つのチーム事に先生をつける事など不可能。
四人で協力し合ってどのタイミングで休憩を取り、どの道から登ると早く頂上に登れるかとかは、チーム内でしっかり話し合いながら決めろ。
タイムリミットは朝の五時までだ!
だが、それよりも先に頂上に登ったチームは何組かで纏まって寮まで下山し、明日まで休息を取っていい。
あと、言い忘れていたが頂上に登りきったチームは、5月末にある中間試験を無条件に合格とする!」
生徒たちは次々に入ってくる情報の多さに混乱し、色々な不安が押し寄せた。
そもそも、普段から山登りなどする奴なんてこの歳の生徒達には、ほとんどいないだろう
もしいたとしても、昔から山の近くに住んでいる者くらいだろうし、目の前にある山は簡単に登れる規模ではない。
だが、“無条件に中間試験合格”の言葉は、生徒達にとって、かなり美味しい話でもあった。
「そこで、この山を登るにあたっていくつかのルールがある。
まず、四人全員が揃って頂上に登って来ること。
もう一つは、登っている間に、同じチームメンバーの体調がどうしても悪くなったらこの、狼煙玉を使って知らせる事」
そう言って先生は、自分のポケットに突っ込み、丸みを帯びた球体を取り出した。
球体の周りには包帯のような物でグルグル巻きにされている。
「この狼煙玉を使えば、先生達がお前たちを迎えに行き、全員一緒に下山する事になる。
その時点でチームは失格となる。もちろん中間試験合格は無しだ。
そして剣聖科には剣を、戦術科にはナイフを護身用として持ってもらう。
一応、護身用だが、何かに襲われるという事は、過去に行われた経験からして一度も無いと言ってもいい。動物を抜いてな。
まぁ要は、常に懐に武器を持って移動する訓練と思って貰っていい」
熊でも出たらナイフじゃ何も出来ないじゃないか、と戦術科の生徒達は不満をぼやいていた。
「最後に、各チームのリーダーを決めておけ!
何かあった時はリーダーの指示を一番に優先する事。
あとは、各チームにつき最低限の装備品をリュックに詰め込んである。
誰が持っても構わない。
以上、担任の先生の合図があり次第、登頂開始!!」
そう言って先生は、嵐のように自分の持ち場に戻って行った……
いきなりの状況に動揺を隠せない生徒達。
そして、A組の生徒達はニーナ先生を囲むように集合する。
「ほとんどは、ジル先生から聞いた通りの内容だ。
お前たちには四人一組のチームになって、お互い協力しながらこの山を登り切ってもらう。
そこで私の方から偏見と独断で決めたチームを発表する。
集まったチームからここにある、リュックと剣を持って登頂開始。
ルートはどこから進んでも構わん、チームで話し合って決めろ。
最終的に頂上にさえ辿り着ければ、それでいい」
ニーナ先生は淡々と説明するが、まず、あの先生ジルって言う名前なんだ、と生徒の大半の興味がっそっちにいった。
次々とニーナ先生の口からチームが発表されていく。
タケルはまだかまだか、と待ちわびていたが先に知っている名前が聞こえてきた。
「次のチーム発表するぞ。まずは、リリア、ローグ、で、レフトとライト、以上」
タケルは発表されたメンバーの中で全員の名前を知っていたし、ちょっと仲間外れな気分にもならない訳でもない。
「よ、よかった~ローグのクソ野郎と一緒じゃなくて~」
タケルは口先を尖らして、わざとらしく心底安心した様子を見せる。
そんなタケルに構う人は一人もおらず、四人はすぐさま集まって話し合いを始めた。
そうしてニーナ先生は他のチームを発表していき残り四人になった頃。
タケルはまだ残されていた。
「よし、これで最後のチームを発表……ってもう残っているお前らだ」
先生に呼ばれる事も無かった四人は、初めてお互いに顔を見合わせる。
「ちぇ、残りものかよ。どうせなら発表して欲しかったぜ!
これじゃあ何の楽しみもねぇよな」
つまらなそうな顔でタケルは、ぼやいた。
「今から登る訓練が楽しい訳なんかないだろ、馬鹿者が!!」
ニーナ先生はつまらなそうにするタケルを注意した。
そうしてタケルは隣にいた、赤渕メガネがよく似合う気弱な少女が、モジモジしている事に気が付いた。
「お前は確か……リリアの隣にいた……ナーシャだったよな?」
「よっ、宜しくお願いしますっ!!」
「お、おう……宜しくな!」
ナーシャは九十度お辞儀を何度も繰り返した。
「で……残りの2人は……」
まずタケルの目に入ったのは、髪色は茶髪で少しパーマが掛かっていて、真ん中分けがトレードマークのいかにもお坊ちゃまみたいな少年だった。
少年はいかにも、このチーム分けに納得のいってない様子だった。
__チッ、なんでこの俺がこんな奴らと一緒のチームなんだよ……。
と少年は誰にも聞こえないように舌打ちした。
そしてタケルは視線をもう一人に移す。
さっきから落ち着きが無く、山をあちこちと見渡しながらキョロキョロしている少女だった。
水色の髪色をしており、何本か束ねた髪を後ろで結び、残りの髪は自然に逆らう事なく、髪肩くらいまで伸ばしている。
落ち着きのない少女は、自分が三人から見られている視線に気付き焦った。
「あ、そ、その、すいません。じ、自分はカレンと言います。宜しくお願いします!!」
カレンは、ガチガチに緊張しながら自己紹介を済ませ、真っ赤な顔で頭を下げる。
「俺はタケル。宜しくなカレン!」
「わ、私、ナーシャっていいます!」
「タケル殿にナーシャ殿……不束者ではございますが、どうか宜しくお願いします!」
名を呼ばれた際の語尾に、二人は少し違和感を感じたが根は真面目なのが、なんとなく伝わってきた。
もう一人の少年は自己紹介に混ざる事なく、いかにも嫌そうな顔をしていた。
タケルはローグの時を思い出し、無理やり聞かなかった。
そうして四人は気まずい空間の中、無言で腰に剣帯を付けて剣を収めた。
「リュックは誰が持つんだ?」
タケルは後ろにいた三人に問いかける。
「わ、私が……」
「じ、自分が……」
『あ……』
そして沈黙。
ナーシャとカレンはお互い、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「あぁ、もういいや。俺が持つから」
そう言ってタケルはリュックを肩に背負う。
「……よいっ、しょっと!結構入ってんな。女子にはちょっとキツイな!
ま、準備も出来た事だし、それじゃ行くか~」
そうしてまだ、ぎこちなさが残る四人は巨大な山の頂上目指し歩き始めた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます