第7話「砂使いの双子」


「やっぱりあの女教師、本気で一人や二人くらい人を殺めた事あるだろ絶対……」


 タケルはニーナ先生に殺されそうになる前に、なんとかA組の元に戻って行く。


「さてと……」


 ザッと周りを見渡す。


「うーん」


 戻って来たのはいいけど、完全に出遅れた感があり誰に声を掛けようか悩んでいた。

 そして一番初めに目に付いたローグのペアを見つけた。


「いや、ないな。次」


 即答でナイナイと軽く手を振ったタケルは次のターゲットを探す。


「頑張ってナーシャちゃん、うん、いいよ、そう、そのまま……」


 リリアとナーシャのペアを見つける。

 そこで、タケルは目を瞑って腕を組み、一緒に混ぜて貰うか一度考える。


⦅あれ~タケルちゃん?友達いないの~?混ぜてあげよっか~?⦆


 普段では、決してそんな事を言わないであろうリリアが、タケルの頭の中で駆け巡る。

 そして現実に戻ってくる。


「いやいや、ないない。ていうか誰だよ!」


 自分の妄想に混乱するタケルは、一度頭を落ち着かせて次のターゲットを探し始める。


「うん?なんだ……」


 タケルが気になったのは、皆がいる場所より離れた隅っこの方で、クラスメイト同士の会話とは思えないやり取りが聞こえてきた。


「よし、ライト!昨日の通りにやってみろ!」

「む、無理だよ。レフトお兄ちゃん……」


 やってみろ!ときつい口調で喋るのは、授業などでよくニーナ先生に質問する少年だった。

 タケルも何度かそのレフトと言われる少年を見かけた事があった。

 喋った事はまだ無いが。

 というより、クラスでは元気で割と目立つ方だった。

 髪の色は灰色がかった砂色で、顔にはそばかすが残っている、身長は百六十四センチで小柄な体系。


 対してライトと呼ばれた男は、身長は百八十五センチ以上はある、まさに巨体だった。

 髪型は角刈りで顔には同じくそばかすが残っている。

 常に何かに怯えた様子でビクビクしていた。

 


「なんで出来ないんだよ!?昨日は出来ただろう?もう一回、兄ちゃんのやり方しっかり見てろよ!」


 そう言って兄は、両手で握った剣に向かって唱える。


!」


 直後、レフトの剣からはサラサラっと小粒の砂らしき物が舞い始めた。


「たったこれをやるだけだライト!お前にだって出来る、自信を持つんだ!」

「そ、そんな事言ったって……

 僕はレフト兄ちゃんと違って出来も悪いし」


 そんなやり取りがこの兄弟では当たり前になっているのか、兄であるレフトはすぐさま弟の心臓付近に拳を近づけて弟を元気づけようとする。


「大丈夫。お前はやればできる子だ。俺なんかよりもずっと素質もあるし、体格も大きい。

 きっと戦場に行ってもそうそう負ける事はない」


 “戦場”という単語にビクッとする弟のライト。

 タケルはそんな兄弟に興味が惹かれて、気づけばその場を動いていた。


「お前たちの魔気見てたけどスッげぇな!!」


 兄弟達はタケルの声が自分達に喋りかけている事に気付く。


「うぇっ、レ、レフト兄ちゃんこいつは……」


 ライトは唐突に嫌な顔を見せた。


「うえってなんだよ、うえって!

 まるで一番喋りかけられたくない奴に、喋りかけられたかのようなその反応は」


 ライトはその通りなのだろう、しかしそんな事など構わず、レフトはタケルに近づいて行った。


「君は確か……タケル……だったよね?」

「あぁ。俺の事知ってんのか?」

「君は何かと目立つからね、多分クラスで君の名前を知らない人の方が珍しいと思うけど……いい意味でか、悪い意味なのかとかは置いといて。

 僕の名前はレフト。で、こっちの大きいのが双子の弟のライトだ。宜しく!」


 レフトは手早く兄弟の自己紹介を済ませる。


「えーっと、小さいのが兄のレフトで……大きいのが弟のライトって事だな!

 なんか紛らわしいな、まぁいいや。宜しくな」

 

 タケルは笑顔で手を差し出した。

 それに応えるようにレフトも手を差し出した。

 そんな光景を見たライトは、決して自分から手を差し出そうとはしなかった、むしろ二人から遠のいていた。


「それよりも、レフトの魔気は面白れぇな!何なんだあれ?」

「あれは砂の魔気なんだ。土属性から来るものなんだけど……やっぱり見た事ないかい?」

「砂ってすげぇ珍しいんじゃないのか?」

「うん、昨日見てた限りではクラスでも、砂の魔気を使えるのは、僕とライトだけだったよ。でもこれは遺伝なんだけどね……」


 そこでレフトは喋るのを辞めて、気まずそうに苦笑いした。


「でもね、実はいまいち砂の使い方って分かんなくて……」

「そうなのか?なら両親に聞けばいいじゃないのか?遺伝なんだろ」


 先よりも更に気まずい表情を浮かべるライト。 


「それがね、砂使いっていうのは軍の中でも珍しくて、陽動や目くらましの為によく任務に駆り出されるんだって……」

「やっぱスゲーんだなお前たちの両親!」


 タケルは段々と喋る度に、暗い顔になっていくレフトの様子がよく分からないので、とにかく素直に褒めた。


「戦死したんだ……」

「えっ……」


 一瞬でその場を気まずい空間が支配した。


「悪い、嫌な事思い出させて……」

「ううん、タケルは何も悪くないよ。それまでは親戚の家でお世話になったし、今は青銀学園の寮でライトと二人で住んでる」


 無理やり笑顔を作るライトの表情は、今まで兄として苦労してきのが十分に伝わるものだった。


「そうなのか……」

「ホントに気にしないでタケル。両親がいない事はもう慣れてるし、俺たち兄弟は早く軍に入っていっぱいお給料をもらって、いい暮らしをする事が夢なんだよ、な、ライト!」


 急に振られたライトは驚きつつも小さく頷いた。


「そっか、いい兄弟なんだな……」

「あ、そうだ。タケルも一緒に魔気の持続稽古やるかい?」


 レフトに誘そわれるまで、タケルは本来の目的を忘れていた。

 もちろんその誘いを断る選択肢などタケルには無かった。


「いいのか?あ、でも三人なっちまうけど……まぁいっか!」


 タケルはまだ、何気にクラスの子達と何かをする事は無かったので、自分を誘ってくれた事が純粋に嬉しかった。


「さっき見てた感じだと、ライトは魔気を上手く出せないのか?」

「そうなんだよ。昨日の検査では一発で成功してたのに何故か今日は駄目みたいなんだ」

「そうなのか。まぁ言っちゃあなんだが、俺だってさっき魔気を初めて使ったし、全然コントロールなんか出来なかったぜ!」


 タケルは自信満々に親指を立てた。


「そうなのかい?てっきり君はバカ……こっほぉん……戦闘系向きだから、そういうのは感が良いタイプだと思ってたよ」

「俺って、戦闘向きなのか?」


 あまり褒められてはないが、今のタケルはとてつもなく嬉しそうだった。


「じゃあさタケル。忘れない内にもう一度やって見たら?」

「いいのか??あ、でもさっき剣を丸々ダメにしちゃったんだよな〜」

「剣をダメに!?一体どんな魔気を使ったら剣をダメに出来るの?」

「いやなんかこう、ボアーっと炎が燃え上がってきて、熱すぎてつい剣を投げ捨てちゃったんだよ。で、黒焦げになった」

「なる程、タケルは火属性なんだ。

 でもクラスにも火属性は結構いるけど、炎が燃え上がると言うよりは大体の人は赤色のオーラが纏う程度だったけど……」


 ライトはタケルの言っている事に嘘は無いと分かっていたが、想像するのは難しく感じた。


 __果たして、魔気を人生で初めて使ったばかりの人が、炎を燃え上がらせる事なんて可能なんだろうか。


「タケルは本当に初めて今日魔気を使ったんだよね?」

「さっきも言っただろ?お前達は昨日魔気の検査を受けれたけど、俺は昨日、グラウンド走らされただけだったしな」

「いや、そんな事を聞いてるじゃなくて、本当に今日使った魔気が初めてなの?」

「あぁ、何度も言ってるだろ?」


 タケルは一瞬、何か思い出しそうになったが、すぐに忘れた。


「そっか……まぁとにかく見せておくれよ、タケルの魔気」

「了解!よし、じゃあいくぞ!」


 タケルはさっそく剣に魔気を込める。


「タケル、魔気のコントロールに大事なのはイメージなんだ。上手く言えないんだけど、こう刀身に魔気をゆっくり覆いかぶせていく感じ。

 後はリラックス、リラックス」

「お、おう……」


 レフトのアドバイスをしっかり聞き、肩の力を抜いてリラックスしてみる。

 すると剣先からボワっと火が纏い始める。


「いいよ、タケル。その調子で気を抜いたらダメだよ。でも落ち着いて」


 タケルの額から一滴の雫が落ちる。

 刀身に弱い炎が纏わりついた。

 そして三十秒が過ぎた頃、その炎はスッと消えた。


「ハァ、もう無理!」


 その場に座り込むタケル。

 かなりの汗をかいていた自分に驚く。

 検査の時には感じなかった何倍もの疲労感。


「これがコントロールするって事なのか?しんどすぎる……」

「タケルやったじゃないか!成功だよ!剣をダメにしてないじゃないか」


 他人の成功を誰よりも嬉しそうに喜ぶレフト。

 その姿は良き兄である事を象徴していた。


 次はライトの特訓が始まった。

 あれから何度か挑戦してみたものの、ライトは結局、一度も魔気をコントロールするどころか、砂の欠片すらも出すことが出来なかった。

 そうして、午前中のプログラムが終了していった。

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