第5話「おかっぱ頭の少年」


 1人グラウンドの端を走らされるタケル。


「なんで俺だけこんな目に合わなきゃいけないんだよぉ。クソッ」


 先生の話を聞いて誰よりも楽しみにしていたであろう魔気の属性検査は、結局の所、一番最後になるのは確定してしまったようなものだが。

 しかし何気にタケルは皆がどんな属性を持つのかを楽しみにもしていた。

 遅刻と馬車で騒いだ罰とはいえ、このグラウンドの1周の距離はかなり大きい。

 そもそも1周走らされるのに800mはあろうこのグラウンドを、20周するなどタケルには正当な罰である事は間違いなかった。


 そんな18週目を迎え、終わりが近づいてきた頃。

 もう太陽は落ちかけて夕焼けが見えている。

 皆の魔気検査が気になってないと言えば嘘になるが半分諦めもつき始めていた。


「まぁ別にいっか。早かれ遅かれ皆の魔気はいずれ分かる事だし。何よりやっとここまで来たんだ。絶対にこの学校を卒業して軍に入って活躍して剣聖になればあのクソ兄貴たちがぶっ倒せる!」


 タケルは自分の幼少期の頃を一瞬だけ思い出していた。


「あぁもう、あいつらの事考えてたらむしゃくしゃしてきたクソッ」


 走りながらちょうど地面にあった不自然な形をしたゴルフボールほどの大きさの石ころを林の方に蹴とばした。

 蹴とばされた石は綺麗に宙を描き、林にある木と木の間にゴールインする。


 ゴツッ


「イデッ!!」


 ゴールインと共に林の方から何か鈍い音と動物のような声がしたように聞こえたタケルは少し林の方に近づき声をかける。


「誰かいるのかー?」

「イッたぁ~、誰だよこんな所に石なんか投げたの!!」


 少し可愛げのある高い声は、聞こえてくるのだが姿が全く見えない。


「おい、隠れてないで出て来いよ!」

「あぁ、もううるさいな、僕ならここにいるじゃないかぁ!」


 ガサガサと物音がする方から人影がチラッと見えたので近づいて見ると、そこに居たのは運動着姿のおかっぱ頭の少年がうずくまりながら頭をさすっていた……


「おまえ、そこで何してんの?」

「何してんのじゃないよ。誰かがこの林に石を投げて、たまたまその石がこの木の日向で休んでいた僕に直撃したんだよ」


 タケルには悪意があってやった訳ではない。

 心辺りはあったが正確には投げたのではなく、蹴ったので俺のせいではないなと必死に思いこむ。


「ハハハ、そんな不幸な事もあるんだなぁ。ハハハ、ハハハ」

「ていうか君さぁ、現れるタイミング良すぎない?まるでボール遊びで相手が間違えて暴投した球をとりにくるかのように!」


 おかっぱ頭の少年の例えは独独なものであったが、あながち間違ってはいなかった。


「君は感がいいのかねぇ、だがむやみに人を疑ってはいけないだろう?」


 タケルは高らかに笑いを交えながらいつもとは全く違う口調になる。

 しかしおかっぱ頭のから先に赤紫色のコブが見え、タケルの罪悪感は徐々に増していく。


「そ、それよりも君は、こんな所でなんで休んでいるんだい?しかも運動着って、たしか」


 やはり人は嘘や隠し事をすると喋り方が変になるのか、それとも単純にタケルが馬鹿なのかは、多分後者なのだろう。

 しかしタケルが最後に疑問が思った事は意外と的を得ていた。

 このおかっぱ頭の少年が来ている運動着は間違いなく、青銀せいぎん学園の生徒のものだった。

 けどタケルたちや他のクラスの剣聖科の生徒は、急遽運動着からサーコートに変更になったはず。


「まぁまぁ、僕が休んでいる理由は……き、気にしないでいいから。

 そういえばそうだったね、頭のコブが痛すぎてあんまりちゃんと見えてなかったけど君が来ている服はうちの学校のサーコートだよね?

 もしかして剣聖科の生徒?」

「やっぱりお前も青銀学園の生徒なのか!俺はA組剣聖科のタケル。お前は?」

「やっぱりかぁ~僕は戦術科B組のコフィン。宜しく」


 タケルはすぐさま握手する代わりに地面に座っているコフィンの手を取り、立てるように持ち上げた。


「戦術科っていったらやっぱり戦争の模擬戦なんかやるのか?」

「よいしょっと、ありがとう。それだったらいいんだけどね~

 初日の集会場の最後に登場したハゲのいかついおっさん覚えてる?」

「あぁ、覚えてるぜ。あのいかつい顔面はどう見ても先生じゃなくデットロームだよな!」


 ゲラゲラとタケルは笑いながら答える。


「そんな事、先生の前では絶対に言ったらダメだよ!間違いなく殺されるから!

 そ、そんな話じゃなくて、そのいかつい先生が僕たちB組戦術科の担任の先生なんだよ……」


 タケルはコフィンの言った言葉に一瞬表情が凍り付く。


「おい、嘘だろ?あのいかつい顔が戦術科の先生?あれはどう考えても剣を力のままに振り回すタイプだろ?」

「それは僕たち皆が思ったよ。やっぱりクラスの先生は、美人で女の先生がいいなぁ~とか思いながら教室で待ってていざ、ガシャーーンって扉が勢いよく開いた瞬間に僕たちの青春は終わったよ……」

「そ、そうなのか……。でもなぁ、美人だからっていいもんじゃねぇぞ」


 タケルは何かを思い出したかのような口ぶりだった。


「そ、そうなの?君の先生は女の先生なのか、いいなぁ~」


 タケルは先生とは一言も発していなかったが、やはりコフィンは感がいいのかそれとも言葉から先の展開を読むのが得意なのか、勝手に理解した。


「と、とにかくさっきは誤魔化したけど僕たち戦術科は、あのいかついおっさんのせいで吐きそうになりながらひたすら走らされてる。

 僕は大の体育会系が苦手だし、そもそも僕の家計は代々続く戦術一家なんで昔から運動なんてほとんどしてこなかったし」

「まぁ要するに黙ってろって事だろ?よし分かった。俺もお前には借りがあるしな。黙っといてやるよ!」

「ほ、本当にかい?助かるよ……あれ、僕君に借りなんて貸したっけ?」


 少し違ったが双方の意見は合致したようだった。


「と、ともかく、林間合宿が終わったら一緒に昼飯でも食べようぜ。それじゃあなぁ~」

「うん。分かったよ。それじゃあねタケル。ありがとう」


 タケルは嬉しそう様子で林を抜け、グラウンドに戻って行った。


「コフィンには少し悪い事したけどいい奴だったな~

 この学校の男子はローグみたいな奴ばかっりだったら、俺はこの先どうしたらいいのかとか思ってたけど、やっぱりあいつが頭おかしいだけだったみたいだな」


 タケルは遅刻としてグラウンドを走らされるていた事を忘れていたかのように陽気にスキップしていた。


「ルンルンルン♪ランランラン♪ルンルンルン♪ランランラン♪」

「おい!!!」


 女性の声なのは間違いないが、何かとてつもなく怒りに満ちた声なのは十分に伝わった。


「どこにいっていた?」


 その怒りの声に恐る恐る振りるタケル。

 振り返った先には、これまで見たことのない表情をした黒髪にポニーテールの女の姿がそこにあった。


「えっ…どこにって……そ、それはグラウンド20周中の最中でして………」

「言い残す事はそれだけか?」

「えっ?い、いやだなぁ先生。そんな顔に眉間のシワ寄せてると美人な顔が台無しですよ、アハハ、アハハ」


 タケルは必死に頭を掻きながら苦笑いをする。


「殺す!!シネ!!」


 とても先生とは程遠い言葉の直後、女性の左拳と思えないような重圧がタケルの内蔵あたりを粉砕したように感じた。

 意識は朦朧とし、瞼が急に重くなりゆっくりと視界が暗くなっていき、赤髪の少年はその場に倒れ込んだ。


「ご、ごっ、ゔぉ、めん、な、さ、い」

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