第一章 入学・林間合宿編

第1話「始まりの日」


【剣聖暦2000年・4月】


 ジリジリジリジリ……カチッ


「………っう」


 閉じかける瞼を、何度も擦りながら時計を見ようする。

 しかし長時間の間、閉じ切った瞼は重く、中々開こうとしない。


「リリア起きなさい、もう朝よ。今日から学校でしょう」


 ゆったりと優し気な声が、遠くから聞こえてくる。

 声と共に薄っすらと視界が見えてきて、まず見るのは時計の針の位置。

 短針が七の数字を少し上回り、長針の針が四の数字を越えた辺りにいる事に気付き……


「げっ、もうこんな時間!?ヤバイヤバイ!!」

「お母さん、今日は朝ごはんいらないから」


 ベッドから慌てて飛び起きる。

 今日から入学するであろう、白と青を基調とした制服に急いで袖を通す。

 そして縦に長い鏡の前に立ち、金色の髪を手慣れたようにくしで綺麗に整える。


 すぐさま自分の部屋から飛び出そうとしたその前に足に急ブレーキをかけ、机の上にある小さな写真立ての前に戻る。

 写真には父と母そして幼い金髪少女が笑顔でこちらを向いている。


「おはようございますお父様。今日からやっとあの青銀学園せいぎんがくえんに通えるようになったの。お父様のような剣聖になる為に頑張らなきゃ!!

 ちゃんと見ててね。行ってきます」


 そう笑顔で言い終えると、勢いよく自分の部屋から抜け出し一階に向かう。

 すぐさま一階の洗面所に向かい、軽く支度を整える。


「よしっ、準備オッケー」


 自分の頬を軽く叩いて気合を入れる。


「お母さん、行ってきまーす」


 リビングには向かわず、元気良く声だけかけてそのまま玄関を飛び出した。

 母は急いで玄関に向かう。


「リリアったら、朝食も食べずに……年々あの人に似てきたわね……」


 母はクスッと微笑みながら、金色の髪を揺らして走って行く娘を、微笑ましそうな表情で見つめていた。


 リリアは向かってすぐの路地を曲がり、いつものパン屋さんの前を横切る。


「あら、リリアちゃん。今日から学校? 頑張ってね」

「伯母さん、おはようございます! 行ってきまーす」


 昔なら城を出るだけで、数分以上はかかっていたであろう。

 しかし、今はただの一般庶民となったリリアは、母と二人暮らしの生活。


 現在は側近の人が剣聖になったとか。

 つまり貴族では無くなり、残されたリリアと母は城の撤退を余儀なくされた。


 そうしてリリアは十六歳になり、満を持して剣聖を育てる養成学校・青銀学園に通う事になった。



 川に流れる水色が、太陽の反射で更に輝きを放っている。

 リリアは、美しい景観など気にする暇も無く、急ぎ足で小橋を渡る。

 そして最後の路地に入り、曲がり角を勢いよく曲がった。


 ゴツン!!


 何かとてつもなく、硬いものにぶつかった。


「イッテッ!!」

「痛ったぁぁあ!!」


 両手を地面に付いて、リリアはその場に倒れこむ様に尻餅をついた。


「あっ」

「…………」


 同じく目の前で、地面に尻餅をついている赤い色の髪をした少年が、頭をさすりながらリリアを怒りの形相で睨んでいた。

 少年の目尻には薄っすらと涙が浮かんでいる。


「お前石頭かよ!!」

「だ、誰が石頭よ!!」


 リリアは年頃の女の子だけあって、知らない人からいきなり「お前石頭確定」宣言されてムキになる。


「ていうか何なのあなた?

 いきなり初対面の人に石頭かよ!って、何? ありえない! まず普通は謝るのものでしょ?」

「まぁ、まぁ。石頭って言った事は悪かったよ。こっちも急いでたし」


 少年は謝りながらも、何故かリリアの太もも辺りを凝視していた。


「パンツ」

「はい?」

「いや、パンツ見えてるぞ」

「ハッ」


 リリアは急いで、開いていた股をスカートで隠す。


「変態ッ!!」


 リリアはムッと頬を紅潮させながら、少し涙ぐんでいた。


「いやいや、俺悪くないだろ??

 それよりその制服って、俺と一緒の所だろ?」

「あれ?もしかして、あなたも青銀学園の生徒なの?」


 男子と女子の違いは多少あるが、白と青を基調とした制服はとても似ている。

 極めつけに胸の辺りにある、金のエンブレムは一緒ときた。


「あぁ、俺の名前はタケル。今日から青銀学園に入学する事になった。宜しくな!」


 さっきまで、リリアを睨みつけていたタケルの表情は一変して、ニッとした笑顔になっていた。

 タケルという少年は、きっと普段からこんな感じの人なんだろう、とリリアは思った。


「私も今日から入学する事になった青銀の生徒よ。名前はリ……って

 あなたちょっと待ちなさい!」


 タケルと名乗った少年は、自分の自己紹介を終え、リリアの話も聞かずに一人で歩き出していた。


「先行くぞ~」


 急いで後を追いかける。


「あ、あんた、自分で自己紹介して相手の自己紹介聞かないと普通ある?ホントありえない!」


 リリアの顔には怒りマークが見えそうなくらい、青筋が立っている。


「だって遅刻するから急いでたのに、ここで立ち話する時間とかないから」


 タケルの当たり前だろ?みたいな返答に、リリアの顔は歪んだ笑顔になる。


「それもそうだけど……あなた、常識っていう言葉知らない?……もういいや」


 タケルに何を話しても意味がない事に気づいたのか、大きなため息をつきながらタケルの後を歩き続ける事数分。

 視界に入ってきたのはとてつもなく大きなお城だった。


「お、見えてきたな!あれが青銀学園かぁ~ 何ため息なんてついたんだよ、どうした?」

「初日にあんたみたいな常識のない人に出くわしただけで疲れたの。あれが青銀学園?大きいのね……」


 リリアは一瞬、昔住んでいた城を思い出す。


「誰が常識なしだよ!ほら行くぞ!!」

「何がほら行くぞよ、あんたいきなり仕切りすぎじゃない?」


 と言いながらも行き先は同じなのでタケルについて行くような形で青銀学園の門に向かっていった。


 門の前に向かうと、クラス一覧の掲示板が横一面に大きく張り出されており、その周りには大量の人だかりで溢れかえっていた。


 ーーー


「あっ、あった!」


 人混みの中、苦し紛れに前へ行き、リリアはクラス掲示板を目にし、剣聖科A組の欄に自分の名前が入っていた事に安堵した。

 隣にいたタケルも、自分と同じ剣聖科であることを知った。


「あなたもなのね。しかも剣聖科だけでも五クラスはあるって言うのに同じクラスだなんて……」

「なんだよ、お前も女なのに剣聖科なんて珍しいなぁ」


 この青銀学園では、剣聖を育てる他にも、“戦術科”や“医療科”などの養成も同時に行っている。


「確かに女の子で剣聖科は、少し珍しいかもしれないけど、全くいない分けではないでしょう?

 割と女の人もいるって聞くし」

「ふーん。女が剣なんか振り回して戦場で戦えるのかねぇ~」


 紳士の欠片もないタケルの言動にリリアはムウっと腹を立てた。


「その言い方なんかムカツク、女だからって言うの」

「さっきも、パンツ見せるくらい隙だらけだったけど?」

「なっ!?」


 タケルは勝ち誇った余裕の表情を浮かべている。

 対して、リリアは真っ赤に頬を紅潮させ、スカートをギュっと下に引っ張った。


「この変態ッ!!」




 青銀学園せいぎんがくえんでは、毎年六百人ほどの生徒が入学してくる。

 各科ごとに大体二百人程に分けられて、そこから更に五クラスごとに分けられる。


 そしてリリアとタケルは剣聖科のA組に振り分けられた。

 在学は基本的に一年制となっており、そこから剣聖の軍に入るのは、全科含め、多くて四百人くらいだと言う。


 残りの生徒は途中で辞めてしまうか、実家の農家や鍛冶師、店商売などの他の道に進むことが殆どだとか。


「まぁ最初に知り合った仲だし、あと同じクラスなんだろ?とにかくよろしくなリリア」


 笑顔で手を差し出したタケルに、さっきまで腹を立てていたリリアだったが、急な不意打ちにフンッとお互い握手した。

 顔を少し紅潮させて。


「じゃ、まずA組の教室に行かなきゃな」


 二人は溢れる人混みのを搔き分け、まるでお城のような学園内部に入って行った。



「あった、あった。ここかぁ~」


 タケルは教室見つけた直後、扉に向かって勢いよく走っていった。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!!そこは…」


 タケルは聞く耳を持たずに扉の前に立つと、ガシャーン、と迷惑極まりない音を立てながら扉を開けた。


「今日から一緒のクラスのタケルだ!皆宜しく!」

「……………………」


 シーンとした教室に居た生徒のほとんどが、タケルに冷たい視線を向けた。


「おいおい、皆無視かよ、寂しい奴らだなあ」

「タケル、タケル!」

「うん? なんだリリア。そんなに焦って」


タケルはひそひそ喋りかけてくるリリアを不思議そうに見つめていた。


「ここ、D組だから!クラス違うから!」

「え!?」


 リリアは出会った時から薄々気づいていたが、たった今タケルの取った行動で確信になった。

 こいつは正真正銘のだったと。


 そうしてタケルはA組の教室を見つけても、同じ事を繰り返した。

 もちろんD組の時と、リアクションは同じだった。


 リリアはタケルの後に続いて教室に入る事になったが、あくまで自分は関わりはありませんオーラを醸し出し、自分の席を探した。


 そして自分の名前が書かれている席を見つけ、静かに座ろうとした時、隣から今一番聞きたくない声が聞こえてきた。


「おっ、隣じゃん!」


 __何がおっ、隣じゃん!じゃないわよ。

 とリリアは心の中で叫ぶ。

 そして、無視する。


「おーい、聞いてんのかー?お前だよ、リリア、リリア〜?」

「げっ!?」


 __名指しヤメろ! 知り合いだと思われるでしょ。どうしよう、私こんな変な奴と知り合いって、思われたら一生お友達出来ないかも。どうしようお母さん。


「なんだよ、げって!

 同じクラスなだけでも凄いのに、しかも隣の席とはな。運命かもな!はっはっはっは」


 __最悪だ!! 確かに学校に行くまでは、一人で不安だなぁとか思ったし、お友達とか出来たらいいなぁとか、そもそもクラスメイトの人と上手くやっていけるかなぁとか不安はあったけど、今隣にいるこいつだけは絶対に違う!


 心の中で強く断言したリリアは声を整え、冷静に答える。


「と、とにかくあんたはちょっと静かにしてなさい、もうすぐ先生が来るから」


 __あくまで他人。そう他人なんだから。


 リリアは自分に言い聞かせる。


 その直後ガラーっと教室の扉が開いた。

 入ってきたのは、白シャツにメガネ。

 黒髪にポニーテールが似合う女性の姿だった。


 クラスの男子が食いつくほど綺麗な姿なのは間違いないないが、女子から見ても凜とした雰囲気や、綺麗な顔たちに身長も高く、美しい体のラインは憧れる程であった。


「えー今日からお前たちの担任になったニーナだ、一年間宜しく。

 さっそくで悪いが、お前たちは今から集会場に向かってもらう。入学にあたって軽く説明があるから」


 ニーナ先生の挨拶があまりにも淡々としすぎていたが、とにかくA組の生徒達は、言われるがままに集会所へと足を運んで行った。


 ーーー


 集会場に着いた時には、もう既に結構な生徒の数が集まっていた。

 他の科の生徒も集められており、どうやらこれからある意味、軽い入学式みたいなものが行われようとしていた。


 青銀学園に入学式という行事はない、卒業式はあるみたいだが。


 そうして数分後、壇上に出てきたのは年老いた、よぼよぼのおじいさんだった。

 どうやら校長先生らしい。

 どこの学園でも、定番と言える長話は、さすがの養成学校でも存在した。

 周りを見渡すと、既に何人かの生徒は立ちながら眠り出す者までいた。


 そして約一時間程の校長先生の話も終わり、ようやく解放されると思ったその時。


 一人の男が、勢いよく壇上に上がってきた。

 身体はムキムキで服はピチピチに張っており、頭は丸坊主で目つきも悪くどっからどう見ても悪者にしか見えなかった。


「え~最後に自分から大事なお知らせがある」


 声も低く図太い、見た目通りだった。


「お前たちには急ではあるが、明日からの三日間、宿に行ってもらう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る