1-5 骨の大行進
【SIDE:咲波春馬】
「この気配は……獣愚か?」
ナスタッドが言った。そして俺達は廃工場から漂う気配を追って入り口に近づいた。
「ひ、人か……?」
「違う。ナスタッド、この獣愚は……」
そう言うとイキシアは剣を構えた。
「ああ。この獣愚は、スケルトンだな」
現れたその影は人の形をしてはいるものの皮や肉が無い骸骨だった。学校の理科室によく置いてある人体模型を思い出した。
「こんなのに構ってられるかよ。さっさと中に入ろう!」
「待て春馬殿。こいつ、一体ではないぞ」
その直後にスケルトンの後ろからまたスケルトンがもう一体現れた……かと思いきや、さらにさらに後ろから何体も際限なく現れる。
「嘘……。もうこんなに数がいるなんて」
後ろを振り返ったイキシアが声を詰まらせた。周囲を見渡すとどこから湧いてきたのかスケルトンの軍勢に四方八方を囲まれて、逃げ道は無かった。
俺は息を呑んだ。こんな時に、いや、こんな時だからこそなのか猛烈な喉の乾きが襲って来る。この二人は戦えても俺は戦力にならない。
「行くしかない。春馬殿、イキシア、行くぞ!」
その掛け声に合わせて一気に工場内へ駆け出す。
邪魔なスケルトンを二人が凄まじい勢いで斬り捨てて行く。
俺はその後ろを付いて走った。足手まといなのだろうが、もう退路は断たれている。
突入した工場の中は外でのあの量の割にはスケルトンは少なかった。
しかし、倒していないスケルトンが俺達を追って工場になだれ込んで来る。
そして、工場内のその部屋には他と比べても一際大きいスケルトンがいた。巨人と言っても差し支えない。俺の三、四倍もあろうかと言うスカスカの体を揺らしている。
「大型の獣愚か! くっ、どうする」
「ここは私が引き受けた。ナスタッド達は早く奥へ行って!」
イキシアが俺達に言った。
「で、でも、危険だ! やっぱり……」
「分かった。頼んだ、イキシア。さぁ、行くぞ春馬殿」
俺が言いかけた所でナスタッドが割って入った。
その言葉を受けて、イキシアは小さく頷いた。そしてナスタッドも小さく頷きを返した。
俺達は大型のスケルトンをイキシアに任せ、別工程を行っていたであろう別の部屋の扉を目指してスケルトンの大群をかき分け、斬り倒し、走った。
「ナスタッド、良かったのか。任せちゃって」
「ああ。このままあの数に加えた大型を相手にしていても仕方がないからな」
心なしか、スケルトンの数が減っている。これなら俺でも飛び掛かってきたものを押し返すぐらいはできそうだ。
「でもさ……!」
「それにな、ああ見えてイキシアは頼られたい時に頼られないと拗ねるんだ。そうなると中々に面倒臭いぞ」
ナスタッドにしては珍しく愉快そうに言った。俺はナスタッドの横顔を走りながら見て黙って頷いた。
その目には不安や心配は感じられない。お互いに信頼し合っているからこそのものだろうと思った。
扉にたどり着いた俺達は隣の部屋に入るとすぐに扉を閉めた。ドアノブをひねり開けてくるような気配は無かった。
「……春馬殿、ビンゴだ」
そこにはフィーユを攫った例のムキムキの男と、もう一人の女がいた。
「お、お前は!」
「ウフフ。また合ったわね。春馬クン」
そのもう一人とは、前に古株に襲われた時、フィーユの魔法を目撃された妙に色っぽい女だった。
「春馬殿の知り合いか」
ナスタッドがギラついた目を俺にも向けてくる。背筋が凍るようだ。
「い、いやいや。全く知らない人だ。睨まないでくれ。……で、あんた、何者なんだ」
「誰だっていいじゃない。そもそも、あなた達はそんなものに興味はないでしょう? 興味があるのは……フィーユちゃん、でしょ」
「よく分かっているではないか。さぁ、フィーユはどこだ」
「言われなくてもちゃんと返すわ。私の用事が済んだらだけど」
微笑みながら言った。用事とは何の事だろうか。
「それが通ると思ってんのか」
「はぁ……融通が効かない子ね。スラン、ちょっと頼めないかしら」
女は後ろに控えた大男に言った。どうやらスランというらしい。
「あぁ、分かった。俺に、任せろ」
女は後ろの扉に軽やかに入って行った。ボロボロになったプレートには「事務室」と書いてある。
「春馬殿、追うぞ!」
俺達も事務室に向かおうとしたが、大きな影が立ち塞がる。
「行かせない。お前達の相手は、俺」
「そこを退いてもらおうか」
ナスタッドはスランに斬りかかるが前回のようにひらりとかわされてしまう。
「うおぉぉぉ!!」
スランが猛々しく雄叫びを上げると空気が張り裂けるように引き締まる。
「……なんだと!」
次の一瞬にしてスランはナスタッドの後ろに回り込み、ナスタッドはさながらバトル漫画のような吹き飛び方をして壁に叩きつけられる。
「ナスタッド!!」
「次は、お前だ……」
スランが俺に近寄ってくる。ナスタッドが敵わなくて俺が敵うはずがない。まずい事になってきた。
そしてスランの拳が俺に振り下ろされる。俺は思わず顔を背けた。鈍い音が工場内に反射する。しかし痛みを感じなかった。
「くっ……春馬殿、大丈夫か」
見るとナスタッドが両手でその拳を受け止めていた。額に汗を滲ませている。
「中々、しつこいな」
「人を護る。それが私の仕事だからな。唯でさえ私は春馬殿に頼ってしまっている。ここで護れなければ私の名は折れる」
スランとナスタッドは互いに間合いをとり、狩に臨む獣のように、相手の様子を窺っている。
「春馬殿、春馬殿。ここは私が此奴の注意を引く。その隙に行くんだ……!」
ナスタッドが体勢はそのまま俺に耳打ちしてくる。
「な、何言って……」
「フッ、スランといったか。貴様の力はそんなものか? さあ、来い!」
しかし俺の返答を待たずスランとの戦いを再開した。とにかく、やれと言う事だろう。
ナスタッドの誘導のお陰でスランが背中を向けた。俺は覚悟を決めて突っ走る。
ああ、こうなったら俺が美味しいとこだけ掻っ攫ってやる。
「……! 待て!」
気づかれたようだが俺は構わずに扉へ走った。もう目と鼻の先なのだ。止まるわけにはいかない。
「待つのはどちらだろうな、貴様の相手はこの私だろう」
「くっ……! 邪魔だ!」
ナスタッドがスランを足止めし、俺は走る。時間の流れがゆっくりに感じる。
「だぁぁあああ!!!」
俺は目を閉じ、ヤケクソ気味に奇声を発しながら扉を開けて即時に勢いよく閉じた。錆びた扉が耳障りな音を立てて閉まる。
「ハァ、ハァ……ん?」
俺は閉じていた目を開けて驚愕した。
「……な、なんだ、ここは。一体、どうなってるんだ」
そこで俺が見たのは、事務室の光景なんかではなくサイケデリックに石レンガの模様が不思議に浮かんだ、どこか見覚えのある空間だった。
【SIDE:ユウガ・フェリテ・リヒター】
「はぁ、せっかく綺麗なのに、サイアクね」
リンベルがつまらなそうに言った。元々雲行きが怪しかったが、しばらくすると小雨が降り出した。
ユウガ達はアルカシエルに来ていた、あれから街道に沿って歩けば容易に辿り着く事ができる。
「ここは私の次の次の次くらいの美人が多いのよ、確かね」
「ははは」
リンベルは「次が足りなかったかな……」と呟いている。
ここは通称、花の街アルカシエル。
花の街と言う通り街の城壁の周りには大規模な花畑があり、世界中のあらゆる花々がここに集まり美しい色相を描き出す。
また、美人の国としても有名で他の国と比べ女性が多い国だそうだ。それが由来して読みは同じだが、華の国とも言われるらしい。
プロッセータの統治下にあるこの国の特産品はやはり世界中の花。観光名所は大花畑と芸術的造形の評価が高いアルカシエル城だ。
また、演劇や踊りなどが特に盛んでそうしたサービス業で栄えた国である。
…………と、村で読んだ本に書いてあった。
「ねぇユウガ。これからどこに行くの? まさか、お城に行くつもりじゃないわよね」
「いや、お城に行って王様に話を聞こうと思ってるけど。用があるしね」
「え、えーっと、それじゃあ私はちょっと観光でもして時間潰すからユウガは先に……」
「あれ、もしかしてあの勇者様では?」
「わヒィ!!」
リンベルが後ろから声をかけられたからか変な声を上げた。振り返ると若そうな男が立っていた。
「え、ええ。そうですが」
「あぁ、やはりそうでしたか。一度お会いしたいと思っておりました。
そう言って長身の男はユウガの手を握ってくる。長い銀髪の髪を後ろで束ねている。綺麗な背広に見を包み、大人で、落ち着いた紳士といった印象だ。
「おっと、興奮のあまり申し遅れました。私、アルカシエル専属の執事をしておりますシルバ・ウィグという者です」
「へー、専属の執事ですか。凄いですね」
シルバは執事と言うには二十代前後と若く見える。
「いやはや、久々に休暇をいただきましてね。そうしたらまさか勇者様に出会えるとは」
「いえいえ」
シルバは深くお辞儀をした。ユウガもお辞儀を返す。少し恥ずかしくなった。
「あの、ところで、そこのお嬢さん」
「……! わ、わわワタクシのことかしら?」
背筋をピンと伸ばし、声を裏返しながらリンベルが言った。さっきまでと口調が全然違う。
「ええ。失礼ですが以前、どこかでお会いした事はないでしょうか?」
「あ、あああありまんわ! ひ、ひと、人違いではありませんこと?」
ユウガの後ろに隠れ、帽子のつばを持って深く下げた。
「そうですか。大変失礼致しました。では、私の記憶違いのようです」
まだなんとなく納得がいかないようで小首を傾げている。
「そうだ、勇者様。もし城に向かうのでしたら私が案内致しますよ」
「え、でも休暇中に悪いですよ」
「そんなことはございません。是非とも案内させていただきたい」
「じ、じゃあお言葉に甘えて……」
ユウガがそう言うとシルバはニッコリと微笑んで「では、こちらです」と言って歩き始めた。
「お嬢さんも、是非」
「え、ええ……」
リンベル……いや、リーベル姫の命運もどうやら尽きたようだ。さっきの様子からするにシルバとも、アルカシエルの要人達とも面識があるのだろう。
「今日は雨ですねぇ」
歩きながらシルバは言った。
「私、雨は嫌いでおりますの」
リンベル、何か話し方おかしくない?
「左様でございますか。ですが、ここアルカシエルでは嵐の様な強滝落としでなければ雨自体は非常に縁起の良いものなんですよ」
「へぇ。どうしてなんですか」
「雨は恵みだからですよ。花も含め自然が育つには水が必要ですからね。そして、太陽の光も。それは人間や他の動物もまた同じ。そういった考え方がこの国にはあるんですよ。皆、雨も晴れも恵みとして感謝を忘れない。私はそんな所がこの国のとても良い所だと思いますよ」
「なるほど。それはこの街らしいですね。少しは俺達も見習った方がいいかも」
「もう城に着きましたわよね」
気付くと大きな城に到着していた。
プロッセータの城は面積が広く高さは低めなしっかりとした、どこか無骨な城だったがアルカシエルの城は面積は狭めだが高さがある。素
人のユウガにも芸術性を評価される所以が分かる優美な城だ。
「ようこそ、アルカシエル城へ。ささ、お入りください」
城に入り王様がいる最上階を目指す。
随分長く階段を上がっている気がする。見た目はいいが、実際入ってみると高さのある建物が良いとは一概には言えないのかも知れないと思った。
もうしばらく歩くとやっと階段が途切れた。リンベルがはぁーと長いため息をついた。ここが最上階のようだ。
「いやぁ。現在、昇降機が故障しておりましてね。苦労をおかけし申し訳ない限りです」
シルバも心なしか息が上がっていた。
その後、王様の部屋に近いと言う客間に案内される。
「疲れたでしょう。お茶をどうぞ」
「ど、どうも」
「では王様にお話をしてお呼びして来ますので、この部屋で少々お待ち下さい」
王様を呼びに行ったシルバは数分もすると王様を連れて戻ってきた。その間、リンベルは疲れによる汗なのか、それとも緊張の冷汗かは分からないがしきりにハンカチで額を拭っていた。
「どうも。話はシルバから聞いたよ。ようこそ、アルカシエルへ。君が噂のユウガ君か」
そう言って机を挟んで向かいの椅子に腰掛けた。すかさずシルバがお茶のおかわりを運んでくる。
「突然すみません。街で偶然シルバさんとお会いしたもので」
「いやいや。僕らも実は暇だったから気にしないでいいよ。それに、世界を救うただ一人の勇者様だ。ぞんざいな扱いはできないからね」
「いえいえ。そんな」
「僕はフラム・ブルーム。つい一年くらい前に王位についたばかりなんだ。王という立場で君を迎え入れる事ができて光栄だよ」
ニッコリと優しそうな目が黒縁のメガネから覗く。どちらかというと細身で長身な体型はプロッセータのローワ王とは対象的でまるで二国それぞれの城を見ているようだった。
人の良さそうな人でユウガは好感を覚えた。
「ところで、隣のお嬢さんは?」
「ヒッ! わ、わわワタクシはお、お花摘みに行って参りますわ! 花の街だけに!!」
あり得ないほどに寒い親父ギャグと共に大慌てで部屋を飛び出した。
開けっ放しになったドアをシルバが無言で閉じた。
フラム王だけは何故かアハハハと楽しそうに笑っていた。
「……えーと、実はですね、彼女はプロッセータのお姫様なんですよ。リーベル・プロキスタ姫様」
なんとなく居心地の悪さを感じながらいい機会なのでとユウガは話を切り出した。
「ハハハ。やっぱりか。またお城を抜け出したんだね」
「また?」
「うん。彼女は僕が王になる前からよくお城を抜け出して近隣国のここも巻き込んでちょっとした騒ぎを起こしていたんだよ。時々、アルカシエルにも勝手に遊びに来てたんだ」
「そうだったんたんですか」
だが、実際彼女がそうして周囲に心配をかけていた場面は想像に難くない。ユウガは心の中で苦笑した。
「リーベルは僕らがきちんと捕まえてプロッセータに送っておくよ。ユウガ君も災難だったね。シルバ、手配を頼む」
「お任せ下さい。では少々失礼致します」
部屋の扉付近で待機していたシルバが頷いて部屋を出ていった。これでリーベルの件も解決した。
「さて、前置きが長くなっちゃったけど本題に入ろうか。君は勇者の武具を取りに来たんだろう?」
「ええ、ローワ王から伺っていましたがやはりここにも」
「あぁ。この国には勇者の籠手があるんだ。だけど、一つ問題がある」
フラム王はお茶を一口飲むと息を吐きながらカップを置いた。
「この国には城の地下に牢屋があるんだ。地下牢さ。まぁ、今では使われなくなって厳重に封鎖されているけどね。訳あってその勇者の籠手は地下牢の奥にある……はずさ。随分前に使われなくなって放置されてたんだけど、獣愚の大量発生と同時期に地下牢にも湧き出したってんで何故かはともかく、そこにあった籠手も一緒に僕の前の王様が封鎖しちゃったんだ。申し訳ないけど、僕も実際この目で籠手を確認した訳じゃない」
「では……俺はどうすれば?」
「今回は、特例的にあそこの封鎖を解く。悪いけどうちの兵士達を連れて行かせる訳にもいかないし、あそこに
いたって真面目な口調で言った。彼も王なので、やはり勇者よりも国を優先しているのだろう。
「分かり……ました」
「うん。それじゃ、僕のサイン入りの許可証を渡しておくから地下牢前を見張ってる兵士に好きな時に見せてくれ。地下牢入り口までは適当な兵士に声をかければ案内する様に言っておく。それじゃあ、頑張って」
許可証を受け取り、街に戻る。許可証にカードが挟まっていた。カードには「城を出てすぐの宿屋にこのカードを見せるといいよ」と書いてあった。ユウガは早速宿を取り、地下牢へ行く準備をすることにした。
「リンベル、今頃どうしてるかな……」
外を見ると雨はすっかり上がって太陽が出ていた。遠くに虹が掛かっているのが見えた。
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