1-4 誘拐犯は大男
【SIDE:咲波春馬】
翌日、またベッドからずり落ちそうになっているフィーユを会心の一撃を食らう前に起こした。
時計の針は八時半を指している。
異世界転送業に始業時間は無いし終業時間も無い。異世界転送業を自宅警備員に差し替えてもあまり違和感はない。この有様でしっかりと生活できる分の金がもらえるのだから破格の待遇と言えるかも知れない。
「ホットミルクでいいだろ?」
「それくらいはぜひとも私が……」
「寝ぼけて火傷したら大変だから、いい」
「私の事、一体何だと思っているんですか……?」
若干不服顔なフィーユを尻目にホットミルクとコーヒーを入れて、トースターでパンを焼いた。フィーユは寝ぼけ眼を擦りながら黙ってあくびをしていた。
朝食を丸いテーブルに載せ、食べ始める。
「あの、私ってやっぱり頼りないですか」
「わざわざ気にする必要がある程に頼りない訳ではないぞ」
「うぅ。頼りない事には変わりないんですね……」
俺は中途半端に残ったコーヒーを飲み干した。フィーユも丁度食べ終わったらしい。
「ごちそうさま……っと」
「ごちそうさまです」
各々食器を片付ける。朝は会話が少ない。俺は朝に弱いタイプだけど、フィーユもだろうか。一言二言会話をすると各自適当に過ごしだすのだ。
「春馬さん、私は服を着替えるので入っちゃダメですよ」
そう言ってフィーユは服を抱えて洗面所の扉を閉めた。
「……誰が覗くかっつの」
俺も服を替え、ぼーっとテレビを見ていた。フィーユは寝癖でも直しているのかまだ出てこない。
確かに、あの寝癖は最早芸術の域に達している。現代アートっぽくもある。
「むむむむむ……」と鏡と格闘するフィーユの唸り声が扉から漏れてくる。
ピンポーン
突然家のドアのチャイムが鳴った。俺は立ち上がり玄関に向かった。やっと終わったのかフィーユもドアから顔を覗かせた。
「あ、ナスタッドさん」
「ああ、春馬殿。朝早くに申し訳無い」
「おう。また軽装なんだな」
「あの鎧は実は実用ではなくてな。いわば観賞用なのだが、団員達が威厳を示すために着ろとうるさくてな」
軽装と言ってもチェーン製の体全体を覆うようなものに胸の位置にプレートがついたような物で、十分に鎧っぽいし、十分に重そうだ。
「まぁ、上がれよ。また調べものに行くのか」
「そうだ。フィーユも居るようだな」
家に上がったナスタッドはフィーユを部屋の奥に連れて行くと何かを話し始める。
何を調べようとしているのか教えてくれないが俺も異世界転送業の事は秘密にしているので気にしないことにしている。
そんな「秘密の調べ物」らしい。今は相談中だがその内二人で外に行くのだろう。ここ最近はずっとこうして調べ物をしに出かけている。
ピンポーン
一息ついて座ろうとした時、またもやチャイムが鳴った。俺は小さく舌打ちをすると覗き窓も見ずに玄関の扉を開けた。
――それが間違いだった。
そこには見知らぬ男が立っていた。
「えっと、どちら様?」
「…………」
その男は冬だというのに白い半袖のシャツを着てキャップの帽子を深く被っていた。
そして何より体が大きく、俺よりも頭一つ分大きかった。さらに肩幅も広く、筋肉もある。ラガーマン体型と言うやつだ。それにしても大きいと思うが。
男は俺の問に答えずに黙っていた。
「あのー」
「………」
「わ、ちょ、ちょっと!」
黙っていたかと思うと男は何も言わず家の中に勝手に上がり込み、静かに部屋を見渡した。
「あの、誰か知らないけど靴ぐらい脱いで欲しいんですけどね」
俺の文句など耳にも入っていない様子だ。帽子から薄い目が覗いていた。鋭い眼光で部屋を見渡している。
そこで急にナスタッドが立ち上がると剣を鞘から抜いた。
「貴様只者ではないな。何が目的だ、言え」
ナスタッドが剣先を男に向けた。一気に空気が張り詰める。ナスタッドはこの男から「何かヤバい人」という俺の感想以外の何かを感じ取ったようだ。
剣を向けられているのにも関わらず動じる様子はなく、しばらく沈黙が続いた。そして、俺とナスタッドを順番に一瞥する。
やがて目を丸くして固まっているフィーユを見た。その時、男の眼の色が変わる。
次の瞬間、ナスタッドが動きを見せた。男に向けたナスタッドの剣が大きく動き男を斬りつけた……かのように見えたが、男が一瞬早く、男は剣を避けて一気にフィーユに近づくと強引に担ぎ上げた。
「わ、私になんの用ですか!? 放してください!」
「少しの間……コイツ、預かる」
男が片言のように言った。それともただ寡黙なだけだろうか。
立ち去ろうとする男にナスタッドがすかさずもう一度攻撃に入る。しかし、またもやすれすれで回避する。そして男はそのままベランダの方へ走り出した。
逃げる気だ。
「おい、待て!」
「逃がすものか!」
男は狭い部屋で巨体をすらりと動かし、ベランダへのガラス窓に手をかけた。フィーユがじたばたしているがものともしない。
「そうだ、フィーユ! 魔法を使え」
「は、はい!」
それを聞くと男は驚いたように動きを止めた。
「魔法……か」
すると即座にフィーユのうなじ辺りを手でトンと叩く。魔法を使おうとしたフィーユはあっけなくそれで気絶してしまった。
……昔読んだ漫画の主人公があんな事してたっけ。
「貴様ァ!」
ナスタッドが三度目の攻撃を仕掛ける。今度は器用にバク宙をして避け、ベランダの手すりに着地した。俺は隙間から割って入って男の足にしがみついたが、簡単に引き剥がされ、俺はベランダに尻餅をついた。
そして、そのまま隣の一軒家の屋根に飛び移り、そのまま忍者のように家々の屋根を巡りながら驚異的なスピードで真っ直ぐに逃げて行き、それもやがて見えなくなった。
部屋の中には再び沈黙が蔓延した。
「これでは、騎士失格だ……。私とした事が」
ナスタッドが悔しそうに俯きながら言った。
「ナスタッド。とにかく、あいつを追ってみよう。姿は見えなくなったけど、大体の方角はわかるだろ」
「……! 確かに、ここで止まっているようでは、尚更騎士失格だ。春馬殿」
「よし。行くぞ」
俺達は男が逃げていった方向、西に向かって手掛かりを見逃さないよう慎重に、かつ早足でひたすら行動をしていた。
「……春馬殿」
「ああ。なんとなく、ここ怪しいよな」
川沿いには中規模程の廃工場が建っている。俺も何度かこの近くを通った事がある。この辺りは人が少ないのでここに誘拐されているかもしれない。本当に何となくだが。
「あ、あれは……」
「何かあったか」
ナスタッドが突然駆け出して、道にしゃがみこんだ。ナスタッドの背中からのぞき込んでよく見ると、そこに人影が倒れているのが見えた。俺もその人影に駆け寄る。
「……! その鎧の格好はまさか」
「その通り。彼女は、私の知り合いだ」
倒れていた人影は流石に最初に会ったときのナスタッド程ではないにしても重そうな鎧を纏っていた。
その鎧のせいで最初は男だと思ったが、顔を見ると女性だと分かる。凛とした顔立ちをしており、髪を下で二つに結んでお下げを作っている。
あと、胸が結構……
ナスタッドがどうやら気絶しているようだと言った。俺は変な声を出して慌てて彼女から離れた。
「春馬殿。彼女を連れて一度家に戻ろう。彼女の能力を頼ればフィーユを見つけ出せるかもしれない」
「……わ、わかった」
去り際に廃工場の中をちらりと見たが、特に何もなかった。
鎧の男が鎧の女を背負うというのも変なので俺が背負って帰ることになった。道中、道を歩くおばさんに変な目で見られてしまった。
家につくと一旦ベッドに寝かす。声を掛けたが反応がなかったので目覚めを待つことになった。
「んで、この人は?」
「プロッセータ王国騎士団副団長、イキシア・シュバリエだ」
「副団長って事はナスタッドの……?」
「そうだ。私と同じ王国騎士団に属する……史上初の女性騎士だ。後、初の魔法使い兼騎士でもある。剣の腕は誰もが認めるもので、民からの人気もある。彼女の祖父が私の前の騎士団長殿ということもあり、天才と呼ばれていた。それに、魔法使いが騎士になるのは異例中の異例だ。だが、それが許される程の力があったのだ」
「でも、団長はナスタッドじゃないか?」
一刻を争う場面だが、イキシアが目覚めるまではどうしようもないので俺は会話を促す。
「それは……自慢のようで話しづらいな。この件が落ち着いたら本人から聞くといい。まぁ、話してくれればだがな」
それからは俺達は終始無言でそこらをうろうろしたり、何かとお茶を飲んだりととにかく落ち着きがなかった。
イキシアを置いてフィーユを捜しに行こうかと何度も考えたが、無闇に捜しても仕方がない事は分かっていた。
進展があったのはそれから丁度三十分程が経った時だった。
「………く、うん?」
イキシアが目を覚ましたようだ。
「起きたか、イキシア」
「……へ、なな、ナスタッド?!」
勢い良く起き上がる。
「まま、待って、ナスタッド。ここはどこだ。……あと、隣の人は誰?!」
相当混乱しているようで早口でまくし立ててくる。無理もない。
「今は悠長に説明している暇はない。とにかく、ここは私達のいた世界ではないとだけ言っておこうか」
「え、ええ?」
「そして、こちらは春馬殿……咲波春馬殿だ。私達がこちらで唯一頼れる人だ」
「よ、よろしく頼む」
「ま、待て。急展開過ぎてついて行けない!」
ナスタッドも相当焦っているようで早口で適当な説明をしていた。ついて行けなくて当然だ。
「詳しいことは後だ。今は時間がない。緊急事態なんだ。イキシア、混乱している所申し訳ないが魔力探知を頼む」
「え、わ、分かったわ」
「ああ。頼む」
そう言うとイキシアは一呼吸、いや、結構な数の呼吸を置きゆっくりと目を閉じて額に指を置いた。
部屋がしんと静まり返る。
「なぁナスタッド、これが魔力探知か?」
俺は小声で尋ねる。
「その通りだ。珍しい能力でな。自分を中心に魔力の反応を探り、おおよその位置を割り込んだり、相手の魔力……魔法使いとしての力を測ったりできる。イキシアのはその探知範囲が膨大で精度もいい。ただし、一つの対象の魔力の量を測ったりといった事が出来なくてな。大抵、獣愚の位置を割り出すのだけに利用されている力だ」
ナスタッドも小声で俺に説明をしてくれる。
「魔法使いのいないこの世界でなら一つ反応があればそれがフィーユのものか敵のものかだからな。これでフィーユの居場所を探れる」
「なるほどな」
視界の端には不思議そうに首を捻りながら目を閉じるイキシアの姿があった。
「ここだと大変だったけど何とか見つけた。ここから西に少し行った方に反応がある。そこまで案内するから付いてきて」
「……よし、行こう」
イキシアに案内された先でナスタッドと俺は顔を見合わせた。そこは先程行ったばかりの件の廃工場だった。
「イキシア……さん、本当にここで合っているんですか」
「え、えっと、そんな堅苦しくなくてもいい。イキシアでいい……から。うん」
ナスタッドの後ろにくっついたまま声をブルブル震わせて言うを
ナスタッドが「彼女は人見知りでな。慣れるまで時間がかかるんだ。許してくれ」と耳打ちしてきた。
「……ここで合っている。そこの建物から魔力の反応があったよ」
「それはおかしいな。先程に来た時には何の気配もしなかった」
俺もしっかりと確認した訳ではないにしても工場内を見た時には何もいなかった。あれから一時間も経っていないが、俺達が帰った後に廃工場に場所を変えたのかもしれない。
疑問を抱きながら俺達は廃工場の入り口に向かった。
禍々しい、ただならぬ気配をその場の全員が一斉に感じ取ったのはその時だった。
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