1-6 潜入! 封印の地下牢
【SIDE:ユウガ・フェリテ・リヒター】
ユウガはバックパックから必要な魔石やプロッセータで買いこんだクスリを肩掛けの鞄に詰め込んで立ち上がった。
「行くか……!」
再びアルカシエル城に訪れたユウガは言われた通りに兵士に地下牢へ案内させた。
「もしや、貴方様が勇者?」
見張りの兵士が言った。
「はい。えっと、この許可証を見せれば通れるんでしたよね」
許可証を見せると兵士は一通り目を通す。
「分かりました。お通ししましょう。只今、扉の封印を解くので、少々お待ちを!」
「ええ」
見張りの兵士は大慌てで走り去り、しばらくすると魔術士らしき人を連れて戻ってくる。
「ゆ、勇者様、もう少々お待ちを」
「いえいえ、急いでいる訳ではないのでゆっくりどうぞ」
そんなつもりはないのに妙に急かされている様な表情をしているので、なんとなく申し訳ない気分になった。
魔術士が何やら呪文を唱え出し、魔術の知識のないユウガにはさっぱり分からないが何やらしている内に扉の紋章がスッと消え、扉にはめられた結晶のようなものが光を失っていった。
どうやら封印が解けたようだ。わざわざ封印をかけるあたりに周到さを感じられる。
「お待たせいたしました勇者様。どうぞお入り下さい。事が終わり次第、すぐに再び封印を施さねばなりませんので、なるべく……その、早めにお願い致します」
「え、ええ。善処……します」
心配そうな、懇願するような兵士達の視線を背中に受けながらユウガは苦笑いで階段を降りた。光が通っていないようで一段降りるたびに急に急にと闇が深くなっていく。ユウガは光の魔石を取り出し、周囲を明るく照らした。濃度の高い物なのでかなりの範囲を照らすことができる。
壁に掛かったロウソクの蝋はほとんどなくなっていて火を灯すための紐は湿気っていた。その上、ずっと閉めっきりだったからか妙にジメジメしていてカビ臭い。ユウガは息苦しさを覚えた。
通路を挟む牢の中を見てユウガは少し気分が悪くなった。乾ききっていないミイラのような死体が転がっていて強い腐敗臭を出している。この地下牢の息苦しさの原因の大半は恐らくこれに依るものだろう。
少々入り組んだ形をしている様でしばらく通路を歩くと広めの空間に出た。
「…………」
何かに見られている?
ユウガは何かの視線に気付き、あたりを見回した。すると、照らしきれない暗闇から影が現れる。
それは狼のような容姿だが二本足で歩みよってくる。
獣愚だ。奴は確か、ベアウルフ!
ユウガは剣を取り出した。
「……っく!」
ユウガは鋭い爪による攻撃をいなし、その隙にベアウルフに攻撃を与える。すると、弱く吠えて黒い粒子を散らしながら消えた。
「なんだ。大したことないな」
ホッと一息をついたその時、後ろに気配を感じた。ユウガが振り向くと同時に再び爪による攻撃がとんで来る。ユウガは咄嗟に受け身をとった。
「まだ居たのか!」
そのまま剣でベアウルフを押し返し、体制を崩した所をそのまま斬りかかる。
……。
ユウガは周囲を確認した。この辺りにはもういないようだ。だが、油断はできない。獣愚の中には群れを作るものもあるという。
ユウガは歩みを進めた。それぞれの牢屋の中も逐一確認する。勇者の籠手がどんな形や色をしているのか、現状分からない。もしかすると案外どこにも売っているような普通の物と代わり映えしない見た目かもしれない。
妙に入り組んだ通路を歩き周り、そろそろ疲れてきたと感じ始めた頃、再び大きな部屋に出た。正面が壁なので行き止まりのようだ。
「参ったなぁ。そろそろ迷いそうだ。光の魔石もそろそろ切れかかってるし……換えがあるからいいケド」
ここを一旦引き返して別の道……あまりの果てしなさに気が滅入っていまう。早くここから出たい。
「……ん? うわぁ!」
突然、指にはめた勇者の証が強く発光しだした。指輪が勝手に動き出したようで、強い力で壁の方向にグイと腕を引っ張られた。
「なんだ……一体。って、これは!?」
証から発せられる光が壁を照らし出す。そこには、先程までは無かったはずの赤い不思議な模様が壁に浮かび上がっていた。
その模様は鎖のような形やユウガにはさっぱり分からないような文字で構成されていた。
ユウガは、一度指輪の光を壁から遠ざけて光の魔石の光で壁を照らしてみる。しかし、そこにはあの模様は無かった。
「証が……反応しているのか?」
ユウガは指輪を見つめた。ユウガの顔が地下牢の暗闇の中に不思議に浮かび上がる。
再び証の光を壁に当ててみるとやはりそこに模様が上がった。
「これ……封印術か?」
この地下牢に入るときのあの扉に施された封印と雰囲気がどことなく似ている。ただし、こちらの方が遥かに複雑で難解そうだが。
証の光を頼りに壁の模様を更に調べる。模様の中心の方を調べた時、少し指輪をはめた手が磁石のように引き寄せられるような感覚を覚えた。
ユウガはその感覚のままに手を動かしていく。手は模様の中心に向かっていく。それにつれて指輪の光も増していき、その引力も強くなっていった。
模様の中心に小さな窪みがあった。窪みをこの光が作っているのだろうか。一体どんな仕組みになっているのかユウガには想像もつかなかった。
指輪は、この窪みに引き寄せられている……?
そう考えて見ると、指輪についた宝石のサイズが窪みにピッタリだ。ユウガは自分自身をも引き寄せられているかのように指輪の宝石と壁の窪みを合わせる。
ゴゴゴゴゴゴゴ………!
突然模様が青白く輝き出したかと思うと壁から凄まじい轟音が響き、辺りの床や壁が小さく揺れる。
壁がゆっくりと動き出してその先に通路が現れた。壁の動きが収まるとその役目を終えたからか壁の模様は消え、それに伴い指輪の光も鎮まった。
遠くから吠えるような音が聞こえた。どうやら音と揺れ、光が周囲のベアウルフの気を立たせてしまったようだ。
ユウガが身構えているとすぐ近くの暗闇の中から唸り声が聞こえてくる。しかも、数匹分の。どうやらもう集まったようだ。光の魔石に照らされて何体ものベアウルフの顔が浮かび上がる。どうやら現れた通路を背に、囲まれてしまったようだ。
どうする……! この通路に逃げ込むか?
いや、とユウガは心の中で頭を振った。ここに逃げ込んだ所で逃げ切れるとは限らない。それどころか寧ろ行き止まりで余計に追い詰められる事になりかねない。であればまだこの広めの部屋にいた方がいい。
やるしかない……!
俺は目の前の敵をできるだけ一斉に斬る。そして背後からの攻撃をさっと避け、反撃。受け身をとって反撃を繰り返す。一体一体の力はそれ程でもないのだがパッと見たよりも敵の数が多いらしく目に見えてユウガが劣勢に追い込まれて行く。一斉に跳びつかれたらひとたまりもないだろう。
……では、一斉に跳びつかれる前に一斉に倒せばいい。
ユウガはポケットを弄るとヒヤリと冷たい水色に淡く輝く石を取り出した。氷の魔石だ。
獣愚はこちらの準備を待ってはくれない。ユウガは素早く氷の魔石の冷気を剣に纏わせた。確か村の外ではこれを「魔術剣」と呼ぶ。
その冷気は敵の体力を奪う事ができる。そして目には見えないものの、集団を相手するには心許ない剣の刀身を冷気の刃として補うのだ。
ベアウルフ達は剣から漏れた冷気を浴びて一歩下がったが、大音量で吠えて自分らを鼓舞すると一斉に勢いよく跳躍する。
集中したユウガにはそれがスローのようにゆっくりと動いて見える。
「……今だ!」
ベアウルフ達の爪がユウガに当たろうかというタイミングで体を素早く、かつ思い切り撚って一回転させて周囲のベアウルフ達を一斉に薙ぎ払った。氷の魔石によって補われた刀身が多少離れた位置にいるものも捉えて確実にダメージを与える。回転斬りだ。
攻撃を受けたものの殆どが倒されて消えていった。それを見て、奥に控えていた数体のベアウルフは情けない声を出しながら逃げ帰っていった。
そんな彼らを見送るとユウガはホッと息をついた。これでこの地下牢の獣愚とも決着が付いただろう。
ユウガはゆっくりと振り返った。ユウガの目の前には先程、行き止まりの壁から現れた隠し通路が延びていた。力の尽きた光の魔石を投げ捨て、新たな魔石に取り替える。そしてユウガはそっと歩き出す。
コツ、コツ、コツとユウガの足音だけが静かに響いている。
「……箱、だ」
奥は行き止まりになっていた。しかし、そこにポツンと箱が一つ置かれている。
「宝箱……ってやつかな?」
恐らくこの中身は勇者の籠手だろう。鍵の類はないようだ。ユウガは箱に手をかけた。
……なんだか緊張してきたな。
そしてついに満を持してその箱が開かれた。中に包帯のような布でぐるぐる巻になったものが現れる。それを解くと中には果たして籠手が一セット。それは籠手……と言うよりはグローブに近いかもしれない。簡単な装飾が施されているが存外に質素な見た目をしていた。
早速ユウガはそのグローブを着けてみようとした。しかし、どうにも上手く行かない。サイズが合わないとか、そういう事ではない。
気付くと勇者の証がまた光を出していた。その光に照らされた籠手に模様が映っているのに気が付いた。その模様も赤い色をしていて籠手の甲の部分で鎖の模様が交差している。
「……まさか、この籠手も封印されてるのか?」
勇者の証の宝石を模様の色々な所に当てて試して見るが壁の仕掛の時とは違ってうんともすんとも言わなかった。
まさか武具自体にも封印が施されていると思わなかったのでユウガはがっくりと肩を落とした。
一度城に戻って誰かにこの封印を見てもらおうと思い、ユウガは踵を返した。またあの迷路のような地下牢をうろついて帰らなければならないと思うとうんざりとした気分になった。だが、あの見張りの兵士も待ちわびているだろうので早く帰ってあげよう。
ドドド……。
その時、壁の奥から微かな音が響いた。今度は何だろうか。
見たところ壁などにはおかしな様子は見られない。壁に耳を当ててみる。
ドドドドド……!
音が、段々と近づいてきている。
「この音は……? 水?」
その間にも音がどんどん近づき、大きくなっていく。音はもう壁の裏付近まで迫ってきている。
ユウガは後ずさった。やがて大きくぶつかるような音がしたのをきっかけに壁がぴしぴしと怪しい音を立て始めた。
「ま、まずいぞ」
ユウガは急いで走り出した。それを合図に壁が大きな音と共に砕け散り、大量の水が轟音をこの狭い地下牢に響かせながら迫ってくる。
「うわぁぁあ!!」
ちらりと後ろを見ると水は凄まじい勢いを保ちながら迫り来る。それどころか益々勢いを増していっている。
――飲み込まれる!!
そう思った時には遅かった。ユウガは大量の水にとうとう捕まり、取り込まれてしまった。しばらくその激流から抜け出そうと抗っていたが、その内そんな余裕もなくなり波波の隙間から空気を貪る事に専念した。
しかしその余裕すらもなくなりついにユウガの意識は朦朧としてきた。そのまま流れに身体を任せ、眠りについた。ユウガを乗せた激流は気まぐれに流れて行った。
………………。
「……うぅ、くっ」
ユウガは目を覚ました。全身がびしょびしょに濡れて身体が重い。荷物も濡れてしまった。
階段の上に寝ていたのでどうやら流されて出入り口の階段に辿り着いたようだ。階段に打ち上げられて助かった。
その証拠に階段の下側、地下牢のフロア全体が水没している。水は止まったようだが相当な量だったらしい。
「籠手も手に入ったし、なんとか生きてるし。良かった」
ユウガは服の水を絞り階段を上がった。しばらく登り、出入り口の石扉を開く。これで嫌な空気漂う地下牢ともおさらばだ。
外の光景を見た見たユウガは言葉を失い思わず扉を閉めた。汗が噴き出してくる。動機も荒くなる。激流が迫ってきた時なんかよりも大きな絶望感に襲われる。
「違う、きっと見間違いだ。そうに決まってる」
ユウガは言い聞かせるように呟くと淡い期待を胸にもう一度扉を開いた。
そして見間違いなどでは無かった。ユウガの瞳に橙色の光が映り込み揺れる。
ユウガが見たのは、真っ赤な炎に包まれ、真っ黒の煙に巻かれた城内の姿だった。
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