第22話 重大発表

「このままじゃダメだ!!」

「うるさい、大声を出すな」


今は一日のうち、大変貴重なプライベートタイム。

臨時支部長代理と言う意味不明な役職を押し付けられ、仕事は増えど給料は増えず。

むしろ責任を取る案件が増えた結果、減棒されてしまうという有様だ。

加えて仕事量が多いので必然的に退社時間が遅い。

プライベートタイムがどんどん削れてしまうのである。

そして今現在。俺は珍しくジュリアスと酒を飲んでいた。

もちろん俺がこいつを誘ったわけではない。

ジュリアスから誘われたわけでもない。

俺が一人で酒を楽しんでいるところに、このポンコツ冒険者が乱入してきたのである。

なんでも、俺の意見を本音として聞きたいとのことだ。仕事中だと俺は猫をかぶっているからな。


「先日のエクスカリバーの一件――――私は弱い!」

「何をわかりきったことを」


おいおいと泣き散らす美女を前に、俺は呆れのため息を漏らす。

シルバーランクになったから強くなったと錯覚したのだろうか?

いいえ、あなたの実力はブロンズにすら届いていません。

ランクの昇格は、ただ単純に彼女の運が良かったと言うだけのこと。決して実力があるわけではない。

……そう。彼女には”運”と言うステータス。その他の平均的な数値は、欠けている部分はいくつかあれど、総じて見ればブロンズどころかシルバーランクにだって引けを取らない。

シルバーランクへの昇格が決定したのも、このステータスを客観的に見たがゆえなのだろう。

しかし彼女はポンコツである。

ステータスなどが様々な能力を決定づける世界にも関わらず、既存のステータスがあまり反映されていないのだ…………本当、なんでなんだろう。


「正直、私もこのままで良いと思ってはいない。何か手を打たないと思ってるんだ」

「だから早く盗賊にジョブチェンジをしろ」

「そ、それは……まだ考え中だ」


そもそもなんでこいつは、俺のプライベートタイムに相談事を持ち込みたがるのだろう。

毎日飽きもせず、相談窓口にやってくるだけでは足りないのだろうか。


「そういえばパプカに聞いたんだが、サトーはギルド事務職のジョブを持っているのに剣が扱えるのか?」

「ん、まあな。一度剣士ソードマンになってからジョブチェンジして事務職になったんだよ。だから低級のスキルならいくつか使えるぞ」


事務職に冒険者の資格がなんで必要なのか。

それは、安全な場所にいる俺達が、現場で危険な仕事をしている冒険者たちを、ないがしろにしないためである。

ギルド職員に冒険者ランクが必須となった現在では余り見られないが、昔は結構冒険者に対して、横暴な態度を取る事務職員がいたらしい。

「なんでこの程度の仕事ができないんですか?」

「貴方の代わりはいくらでもいるんですよ」

みたいな。

もちろん、冒険者はこんな態度を取られれば相当頭にきただろう。

命をかけて働いているのに、不当と言わざるをえない発言をされるのだ。

俺が同じ立場ならぶっ飛ばしてるところだ。

そういった訴えが、ある時ピークを迎え、上層部は冒険者資格の取得を必須とした。

まず現場の苦労を知っておくようにとの意図があったようだ。

加えて現在、冒険者の訴えがあった場合、訴えられた職員は似たクエストに同行させられる事になっている。

そして、しっかりとした調査を経て、再度冒険者への評価をつけるのである。

ある意味罰則みたいなものだな。

だから俺も冒険者の資格を持っている。

剣士ソードマンだって取りたくて取ったジョブではないが、過去の軋轢を聞けば必要なものだと割り切れる。


「サトーには必要ないじゃないかそんなスキル! 使わないなら私にその能力をくれ!!」


でもこういう冒険者を前にすると、過去の軋轢に理解を示したくなってしまうなぁ。


「スキルは人にやれるものじゃねぇよ。渡せたとしてもお前じゃ絶対扱えないだろ」

「うー、やっぱり才能が全てなのか……でも、エクスカリバーの件もあるし、強力な魔武器を手に入れれば……」

「お? なんだ、エクスカリバーが欲しくなったのか? よしわかった、明日朝一番に中央に連絡して、ジュリアス専用の武器に登録してもらうように働きかけてみるよ」

「やめろぉ! 目をキラキラさせて何言ってるんだサトー! あれはいらない!!」


『姫~、拙者一応いつも壁にいるので、余りきつい言葉を言われると傷ついちゃうでござるが……』


「す、すまない。つい口が滑って……悪口を言うつもりは無かったんだが」

『まあ、こういったプレイもなかなか乙なものでござるがな。ハァハァ』

「おいサトー、今からこいつを溶鉱炉に捨てに行こう」


その意見には賛成だが、多分こいつは溶鉱炉に突っ込んでも、何事もなかったかのようにシレッと戻ってきそうだから止めておけ。


「話を戻すけどさ、前にも言ったろ? 今スキルが使えなくても、他のジョブを経験すれば使える可能性もあるんだって。お前は剣士に執着しすぎて、選択肢を狭めているだけだ」

「た、確かに……なかなか説得力のある言葉だな」

「だろう? 真っすぐ伸びている道を進むことは、必ずしも近道じゃない。遠回りをしたほうが、結果として早く目的を達成することもあるのさ」

「なんだろうな……受付で相談を受けているときより、身のある話を聞けている気がする」


本音で話してるから、ストレートに伝わりやすいのかもしれない。

仕事中は社交辞令などを含んだ、遠回りな言い回しをするからな。


「ともかく、お前は新しい可能性から目をそむけているだけだ。一度盗賊にジョブチェンジしてみろよ。きっと剣士になる道筋も、見えてくるだろうからさ」

「おお! ――――なあサトー。面倒くさいから、耳障りの良い言葉を並べてるだけってことはないよな?」

「もちろんそうだ。お前が剣士系のジョブになれるなんてこれっぽちも思ってない」


……あ、しまった。つい本音がこぼれてしまった。


「………………」


先程まで目を輝かせていたジュリアスの表情は、途端に赤く染まって涙ぐみ、プルプルと小刻みに震えていた。


「うわーん! 本音で話してほしいと言ったが本音過ぎる! もっとオブラートに包めバカー!!」

「やめほ! ほほをふねるら! 言ってることがメチャクチャだぞお前! 俺は本音を言うといったら遠慮などしない人間だ! お前が傷つこうが自信をなくそうが知った事か!!」

「いつも思っていたが、サトーは二重人格なのか!? 仕事中と態度が違いすぎて気味が悪い!」

「ふざけんな誰が二重人格だ! 俺はちゃんと仕事中でも、モノローグでお前への不満を爆発させてんだよ! なんなら今日一日の心で思った罵詈雑言を文章に起こしてやろうか!!」

「やめろぉ! そんなことをされたら、明日からどういう顔をして相談窓口に行けば良いんだ! 泣くぞ!? 絶対泣くぞ!? 窓口の直ぐ側で延々と泣き続けてやるからな!」

「お前ここまで言われてまだ窓口に来る気なのかよ!! 俺が普段冒険者連中からなんて言ってるか知ってるか!? 『ポンコツ専用お悩み相談室』だ! なんで俺がお前とワンセットにされなきゃいけないんだよ!!」

「おのれ、言わせておけば! もう怒った! そこへなおれ! そのひん曲がった性格を矯正してやる!」

「はんっ! 俺の性格を矯正する? 無駄無駄ァ! 俺は信念を持ってこの性格で生きている! この先もこの言動を変えるつもりはない!! 矯正するならまずそのポンコツ脳みそからにしたらどうだ!」

「ムキーッ!!」

「やるかぁ!?」


そして取っ組み合いの喧嘩が始まった。

髪を引っ張り、頬をつねり、張り手をかましてグーで殴る。

男が女に対して手を上げるのか……とか言う批判が飛んできそうだが、相手は仮にも冒険者。ステータスにおいて俺が勝っているのは力位のものだろう。

そうなると、『男と女』と言う比較に意味はない。ステータスの平均値が上回っていれば、結果もそれに準拠する。

互角……と言うより、明らかに俺は終始劣勢だったのだ。

周りからは「もっとやれ!」と野次が飛ぶ。

今夜の冒険者共の酒の肴は、どうやら俺達二人の喧嘩のようだった。




次の日




「おはようございますジュリアスさん。今日もまたお悩みごとですか?」

「ああ、サトー。今日もよろしく頼む」


俺の顔面は青あざで染まり、ジュリアスはひっかき跡とたんこぶが残っていた。

でも俺は爽やか笑顔。ジュリアスだって気にしている素振りはない。実際気にはしていないだろう。

彼女と飲むときはいつもあんな感じだが、翌日に態度が変わっていたことなど一度もないのである。


「それでな、サトー? 実は今日は重大な報告があってきたんだ」

「そうですか、ジュリアスさんがいなくなるのは寂しいですが、他所に移ってもがんばってください」

「――――ん? 何の話だ?」

「え? ジュリアスさんが冒険者を辞めるという話なのでは?」

「そんなわけあるか! なんで重大な報告と言えばそこに直結するんだ!」


なんだ違うのかよ。

ジュリアスは荒い息を整えて、俺を真正面に据えて改めて口を開いた。



「私は盗賊シーフになる」



――――は?

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