第23話 彼女はオタク

「私は盗賊シーフになる」


昨夜まで剣聖ソードマスターになりたいだの何だの言っていたポンコツ冒険者が、何かおかしなことを言っている。

盗賊にはなりたくないと言っていたはずではないのか? 

なんだっけ? 盗賊のあり方が剣士のそれと相反するとかなんとか。

そんな彼女が一夜にしてこの有り様。

一体何があったのか? 

いや興味はないが、仕事上一応聞いておかなければならないのだろう。



「えーっと、昨日までは剣聖ソードマスターになりたいと言っていたと思うのですが……どういう心境の変化で?」

「私は気づいたんだ……盗賊シーフと言うジョブの在り方は、その人間に左右されるのだと! 信念さえ持っていれば、それは義賊になりうるのだと!!」


椅子を倒す勢いで立ち上がったジュリアスは、まるで演劇役者のように立ち居振る舞った。


「す、勧めていた自分が言うのはおかしいかもしれませんが……少し安直なのでは? もう少し深く考えてからでも遅くは……」

「甘い! 甘いぞサトー! 私が賊になることで救える者がいるならば、私は今すぐにでも盗賊シーフになるべきだ!」


どうしよう、違和感しか無い。

いや、さっきも言った通り、ジュリアスが盗賊シーフになることを望んでいたのは俺だ。中央からせっつかれ、上司からは無能のレッテルを貼られる日々。

おまけに彼女が盗賊シーフになるならば、毎日やってくる不毛な時間は今後なくなることだろう。

しかし、しかしだ! 俺はこいつになんの期待もしていない!

自発的に盗賊シーフにジョブチェンジする? 

いやいや、こいつがそんな不自然な行動を取るとは思えない。

一夜で考えが変わるなど、天変地異の前触れであると言われてもまだ足りない。

――――まさか、偽物? そっちのほうがよほど説得力がある。

ここまで本人に似せているとなると――ドッペルゲンガーか!

そんな高位の悪魔が出張ってくるとなると、まさか魔王軍の襲撃!?


「おのれ悪魔め!! 正体を現せ!! あのポンコツがそんな殊勝なことを言うわけねぇだろうが!!」

「どう言う意味だァ!!」


殴られた。


ポンコツという言葉に過剰反応するあたり、こいつは本物のようだ。



「あ、ジュリアスさん。今日は珍しいですね。いつもは朝早く来られるのに、今日はもうお昼すぎですよ?」


事務室からルーンが出てきてジュリアスに挨拶をした。

すると、ジュリアスの様子が一変。満面の笑みを浮かべ、ルーンのもとへと駆け寄った。


「ルーン、聞いてくれ! 出たんだ! ついに出たんだ”アレ”が!!」

「”アレ”……ですか?」

「ああ! 早速だが聞いてくれ! と言うか見てくれ! ついに出たんだ”新刊”が!!」

「わあ! 本当ですか!?」


「……新刊?」


腰に下げたポーチを開き、ジュリアスが取り出したのは一冊の本。


「もう何年も新作は出てなかったのに……噂は本当だったんですね!」

「ああ。中央では相当話題になっているらしい。私も中央の知り合いから知らされて、早速送ってもらったんだ。中央以外ではまだ出回ってないそうだ」


珍しく浮かれているルーンを尻目に、俺は困惑の表情を浮かべた。

ジュリアスとルーンが楽しそうに談笑している場に近づき、それとなく尋ねてみる。


「あの……お二人は何をそんなに楽しそうにしているのですか?」

「サトーも読んでみるか? 興味があるなら布教用の一冊を貸してやろう」


ジュリアスから渡された本を見る。

かっこいい剣士のイラストが表紙を飾るその本のタイトルは。


『ミナス・ハルバンの大冒険~義賊編~』


――――ん? 俺はこのタイトルに違和感を覚えた。


「これ……なんですか?」

「なにって、ミナス・ハルバンの大冒険シリーズの新刊だ…………え? ま、まさかサトー、知らないのか?」

「そんな! ミナス・ハルバンの大冒険は全世界の子どもたちに愛されている、長編小説なんですよ?」

「る、ルーンまでなんだよ…………良いですかジュリアスさん。私は召喚者ですよ? 子供の頃はこの世界にいなかったのですから、知らなくても仕方がないでしょう」


俺の言葉を聞くと、ジュリアスとルーンは互いに見つめ合い、意を決したように頷いてこちらを見た。


「なら是非! 是非読んでみてくださいサトーさん!!」

「そうだぞサトー! ミナス・ハルバンの大冒険を読んでいないなんて、人生の半分を損しているようなものだ!!」


か、顔が近い!

間違いなく美女のジュリアスと、性別は男でも美少女なルーンが俺の顔面に迫ってきているのだから、流石に目のやり場に困る。


「ここ数十年新作が出ていなかったシリーズの待望の新刊なんだ。昨日の夜部屋に届けられているのに気がついて、一晩かけて読み明かしてしまったんだ」

「で? で? どうでした、新刊の感想は?」

「ふっふっふ……ルーン。それは読んでから語り合うことにしよう。ただひとつだけ言えることは…………私は人生観がガラリと変わってしまったということかな」


ふぅ……と息を漏らし、どこか遠くを見つめるジュリアス。

多分ファン同士なら通じる感性なのだろうが、いかんせん俺は部外者。

興奮しているところ悪いが、俺にはさっぱり二人が言っていることが理解できない。

ページを捲り、プロローグ部分を少し読んでみた。



『私の名はミナス・ハルバン。聖剣に選ばれし剣聖ソードマスターだ。度重なる苦難を乗り越え、仲間との出会いと別れ。そうして辿り着いた先に、私を待っていたのは――悪ではなかった。そこにあったのは、ただの現実。困窮する民たちと、それを虐げる為政者の姿だった。いくら名声を得ようとも、いくら強くあろうとも。彼らに私がしてやることは何もない。ならば私は、位を捨ててでも彼らを救おう。私が賊になることで救える者がいるならば、私は今すぐにでも盗賊シーフになるべきだ』


うん? 先程からどうにも違和感が拭えない。

このプロローグには何か既視感のようなものを覚えてしまう。なんだろう……すごく見に覚えのある情報が載っている気がするのだ。


「ちなみにサトー! 私のこの口調も、ミナス・アルバンを真似たものなんだ! どうだ、かっこいいだろう?」


違和感の正体見たり。


「ジュリアスさん。もしかして、ミナス・アルバンと言う登場人物は#剣聖__ソードマスター__#なんですか?」

「そうだ!」

「最新刊で、盗賊シーフにジョブチェンジしたとか?」

「そうだ!」

「……昨日まで剣聖ソードマスターになりたいと言っていたのに、今日になって盗賊シーフになると言い出したのは、小説の影響ですか?」

「全くもってそのとおりだ! よくわかったなサトー!」



この女駄目だ!!



これまでの俺の胃薬との日々は何だったんだろう。

こいつの信念がどうとか、夢がどうとかの話ではなかったのだ。

小説に左右されるような、薄っぺらな志望動機。

ここが会社の面接場ならば、一発でお祈りメールが発信される動機だろう。

普段エクスカリバーのことをオタクだなんだと文句をたれていたが、今の話を聞けばジュリアスだって相当なオタクじゃねぇか。


「も、もうなんでも良いです。ジョブチェンジに必要な書類は中央に申請しておきますので、後日改めて来てください」


まあ、ジュリアスの動機がどれだけポンコツであろうとも、今後盗賊シーフになりたいなどという、無理難題を相談しには来ないだろう。

俺の胃薬消費量と、仕事効率が劇的に変わるだけでも非常にありがたい。

深く考えないでとっととジョブチェンジさせてしまおう。


「まあ待てサトー。この小説を読んだことのないお前のために、私が『ミナス・アルバンの大冒険』の良さを余すこと無く説明してやろうじゃないか。今から!」

「はぁ……――――はぁ!?」

「本当はルーンとも語りたいのだが、ルーンには新刊を読んでもらってからじっくりと話そうと思う。だから今はサトーだ! さあ、じっくり説明してやるぞ。な~に、10時間もあれば全体の半分くらいは理解できるようにしてやる。そうだ! 家に全巻揃ってるから貸してやろう! 全部で342巻あるから、一日十冊も読めばすぐに追いつく!

「ば、馬鹿やめろ! せっかくお前から開放されると思ったのに、これじゃ変わらないどころか悪化してるじゃないか! 一日に十冊ってどんな狂気だよ! 睡眠時間なくなるわ!」

「大丈夫だサトー! 人は数日眠らなくても死なない!!」


怖いよ!


「ひとまずミナスのバックボーンから教えてやろう。これならネタバレにもならないから安心だな!」

「もういっそ殺せ!!」



その日からジュリアスによる小説講座が始まり、俺の勤務時間の半分を占領することになったのであった。



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