第20話 中二病と聖剣の組み合わせ




アグニスが無事に風邪から回復して数日。俺の生活リズムも戻り、仕事も順調。

実に平穏な日々が続いていた。


「大変だサトー!!」


ギルドに駆け込んできたポンコツ冒険者の叫び声で、平穏な日々は終わりを告げた。

ジュリアスはギルド内に駆け込んだかと思えば、乱れた息を整える間もなく、俺がいるスペースへと寄ってきた。


「こんにちはジュリアスさん。今日は少し遅かったですね? ご相談ですか?」

「いや、今日は違う。実は村の中央広場からやってきたんだが、そっちが大変な事になってるんだ」

「大変なこと……ですか? 村人間のトラブルなら、基本的に村の方が対処されるはずですが……」

「そうなんだが、村の人間では手に負えない有様なんだ。それに、トラブルというのも、冒険者同士の喧嘩で……」


冒険者間の喧嘩やトラブルというのは度々起こる。

そもそもあまりガラの良い人間がなる職業ではないのだ。ある意味、半分チンピラといっても差し支えない奴らなのである。

通常、こういった場合の喧嘩は護衛職と呼ばれるギルド専属冒険者が仲裁に入る。しかし、こんな片田舎で護衛職を雇う余裕はないし、かと言って中央から派遣してもらうほど人手が余っているわけでもない。

村の治安管理をしている人間たちの手におえないのなら、俺にはどうすることもできないだろう。

しかし、一応この村のギルド組織の長として、ほうっておくこともできないのが苦しいところだ。


「事情はわかりました。わざわざ伝えに来てくれてありがとうございます」

「日頃お世話になっている身の上だからな。気にすることはない」


俺はギルドの飲食スペースで暇そうにしていたマグダウェル親子に声をかけた。

今この村で腕の立つ冒険者といえば、この二人を置いて他にいないだろう。


「おう、喧嘩? いやぁ若い若い。俺も昔はよくやったよ」

「お父さんは今だって酔うと色んな人に喧嘩売ってるじゃないですか。それはともかくサトー、わたしたちで良ければ協力しましょう。サトーの実力じゃ返り討ちになっちゃいますからね」

「ご協力感謝します。トラブルの程度によっては、報酬等も出るかと思いますので」


親子の協力を取り付け、俺達は広場へと向かった。





村の中央広場。


日によってはたくさんの行商人が店を構えて賑わう場所だが、普段は特に何もない閑散とした広場である。

ジュリアスの案内で、マグダウェル親子とともにやってきた俺は、その広場に横たわる大勢の冒険者たちの姿を見た。

どいつもこいつもそれなりの腕を持つ冒険者たちで、中にはゴールドランクの一流冒険者までいる始末。

大怪我を負っている様子はないが、大半は頭に大きなたんこぶを作って気絶しているようだ。

こんな奴らがこうもあっさりとやられるはずはない。

冒険者同士の喧嘩と聞いたが、このあたりでゴールド以上の冒険者はここにいる親子くらいなものだ。

流れの冒険者でもやってきたのだろうか? 

まったく、よそ者がトラブルなんて起こさないでほしい。

報告書の手続きは時間がかかる上に、リンシュに怒られるから嫌なんだよ。


「あ、いた! サトー、あいつだ!」


ジュリアスが指差した方向を見た。

そこには散らばった冒険者たちを見下ろす、頭に犬耳を乗せた青年。

――――リュカンの姿があった。


「ふっ……またつまらぬものを斬ってしまった」

「えぇ? リュカンさん?」


リュカン・ヴォルフ・パーパルディア――もとい、リュカン・ヴォルフ・スズキ。

彼は最近この地域で冒険者登録をした獣人だ。

よそ者ではないが、この村の冒険者はほとんどが前の街からの引き継ぎである以上、ジュリアスみたいな古残の冒険者にとっては、よそ者のように写ったのかもしれない。

しかし、そうするとこの状況はおかしい。

リュカンの冒険者ランクはブロンズだ。つまり冒険者の中では最も弱い。

加えて彼のジョブは工作員サッパーである。

これは完全に後衛の支援系ジョブだ。

もちろん戦えないわけではないが、その戦闘能力は非常に低い。

間違っても、ゴールドランクの冒険者を倒すことなど出来はしないだろう。


「む、ただならぬ気配を感じます……彼、相当強いですね」

「ああ。若いのに大したもんだ。ありゃ中央の凄腕連中に引けを取らんだろうな」

「えっ? でもリュカンさんはブロンズランクですよ? これほどの実力があるとはとても……この有様は別の人がやったことなんじゃ」


混乱する俺の肩をジュリアスが叩いた。


「違うサトー。よく見てくれ……何か見覚えはないか?」

「見覚え? リュカンさん以外何が…………ん?」


俺の目はあるものに止まった

リュカンではなく、その周辺の冒険者ではない。

リュカンが持つ、非常に趣味の悪い――――だ。



『わーっはっはっは!! もはやこの周辺に拙者とリュカン氏に敵う者などいないようでござるな!』

「我らがコンビ、そうそう破れるものではない」

「…………マジか」



リュカンが持っていたのは、かつて俺とジュリアスを羞恥のどん底へと突き落とした最悪の装備品。


名をエクスカリバー。


ゴッテゴテの趣味の悪い装飾に彩られたである。

かの一件の後、手元においておくのも嫌だったので、簀巻にして街の近くの滝へと捨てたのだが、何故か奴がここにいる。

それも、彼と非常に相性の良さそうなリュカンの装備品となった状態でだ。


『む、そこにおわすは我が麗しの姫! やはり拙者が恋しくて舞い戻って来てくれたのでござるな!?』

「やめろ気持ち悪い! 貴様など二度と装備するか!!」

『ふふん、ツンデレというやつですな? 拙者はそれでも全然イケるでござる……やや!? サトー氏までいるではござらんか! 二人してなぜこのような辺境地へ?』


それはほっとけ。


「カリバー氏、この者らとは知り合いだったのか?」

「うむリュカン氏。ジュリアス氏は我が愛しの姫。サトー氏は我がソウル・ブラザーでござる」

「誰が姫だ!」

「ソウル・ブラザーでもありません」


勝手に魂の兄弟扱いされても困る。


「リュカンさん! そもそもなんで貴方がエクスカリバーを持ってるんですか!」

「我は選ばれし者。聖剣エクスカリバーが近くの森の岩に突き刺さっていたのを我が引き抜いたのだ!」

「それ、多分リュカンさんじゃなくても抜けましたよ」

「なんと!?」


別に選ばれし人間にしか引き抜けないとか、そういった代物ではないのだこの剣は。


『サトー氏それは違う。リュカン氏と出会ったとき、拙者の感覚にビビッときたのでござる。彼こそ我が選べし勇者なのでござる!』

「それはただオタク趣味が合ったと言うだけなのでは?」


呆れて軽い頭痛に頭を抑えていると、俺の服の裾をパプカが引っ張った。


「とりあえず、彼にこの現状を説明してもらうべきでは?」

「あ、ああ……そうでしたね。リュカンさん、なぜ冒険者の皆さんをこんな目に? 立場上、取締りざるをえないのですが」

「それは……なあカリバー氏」

『うむ、リュカン氏』


リュカンとエクスカリバーは互いを見合って(?)、息を揃えて同時に言った。


「『オッパイの趣味が合わない!!』」


……

…………はい?


「この者たちは、やれ貧乳が至高だの、巨乳が完璧だの……なんと愚かしい!」

『その通り! オッパイはそれがオッパイであると言うだけで良いのでござる! 大小を比較するなど不必要極まりない!!』


「アホか」

「アホですね」

「アホじゃないのか」

「いやいや、分かるぞぉ! 若いっていいなぁ!」


ゴルフリートのオッサンを除き、この場の人間の意見が一致した。


『なんと! 姫やサトー氏なら理解出来るのではござらんか!?』

「できませんよそんなの」

「と言うか、ここにいる男ども全員、女の敵だな。男同士で話すことは女の体のことだけか」


おっと、ジュリアスの冒険者たちを見る目がすごく冷たくなっている。

そしてその冷たい視線は俺にも向けられているのだから堪ったものではない。

……いや、まあ。アグニスと二人で飲んでるときとか、たしかにそう言った話が中心だから、余り大声で否定はできないんだけど。


「ふぅ……所詮女には通じない話。ポンコツなる女よ、理解できぬのなら無理に話に入って来なくてもよいのだぞ」

「ポンコ……っ!? サトー、どういうことだ! 面識のないやつにまでポンコツ呼ばわりされたぞ! 一体どこまで広まってるんだ!?」

「さ、流石にこれは私も見に覚えがありません。む、胸ぐらを掴まないでください」

「おのれ許さん! 女を軽んじる言動に加え、ポンコツ呼ばわり……リュカンといったな? その発言をかけて私と決闘しろ!!」


別にポンコツという発言を撤回する必要はないと思うが、流石に初対面の相手にポンコツなどと呼ばれてしまい、傷ついてしまったのだろうか。

と言うか決闘って、ジュリアスが? いやいや……剣もまともに振れない人間がやっちゃ駄目だろうそんなもの。


「我は別に構わんぞポンコツなる女よ。実力差というものを見せてやろう」

『お労しや姫……拙者がついていればそのような不名誉な二つ名をつけられることもないでござろうに……あい分かった! この勝負、姫が勝ったら拙者は姫のものになろう! リュカン氏と別れるのは辛いが……勝負の結果なら致し方無いでござる!』

「やめろぉ!! お前なんていらないといっただろう!! 発言を撤回してくれるだけでいい!!」


契約を破棄してなお、勘違いストーカーのごとき発言を受けるなど、俺だったらストレスで胃に穴が空いてしまいそうだ。


結局決闘はすることとなり、ジュリアスは剣を鞘から抜いて構えた。

構え”だけ”は様になっている。よほど練習したのだろうなぁ。まったく無駄な努力である。

一方のリュカンは、余裕の表情でエクスカリバーを抜こうともしていなかった。


「どうしたリュカン。早く剣を抜いて構えろ!」

「我は、女子供相手に本気になるほど落ちぶれてはいない。ポンコツなる女よ、先手は譲る。好きにかかってくるが良い」


リュカンの発言に怒ったのか、髪を逆立てて顔を真っ赤に染めるジュリアス。


「おのれ侮辱するか! 良いだろう、そうまで言うなら先手は取らせてもらう。行くぞ! たぁ!!」


剣を振りかぶり、リュカンへと向かっていった。

素人目に見ても、メッチャクチャな剣の使い方だった。

リュカンへ剣が届く距離に近づき、ジュリアスは剣を振り下ろした。

――――のだが、剣は案の定彼女の両手からすっぽ抜けてしまった。


「ん? ジュリアスさんの剣、どこ行きました?」


剣がすっぽ抜けたところまでは見えたのだが、その直後に剣の行方を見失ってしまった。

キョロキョロとあたりを見渡すと、剣の行方はわからなかったが、何故かパプカとオッサンが俺から離れていく姿が見えた。


「サトー、そこ危ないですよ?」

「はい? 危ないってどういう……」


ドスン!


ジュリアスの剣が俺の頬をかすめ、地面へと突き刺さる音である。


「あ、あれ? 私の剣はどこに……おのれリュカン! どんな小癪な技を……一体何をした!?」

「お、おお、お前が何してくれとんじゃぁ!! すっぽ抜けてこっちに飛んできてるんだよ! お前は二度と剣を持つなこのポンコツ!!」

「ポンコツっていうなぁ! あ、いや……剣に関してはすまないと思うが、こっちだって一生懸命やってるんだ!」


隙きだらけのジュリアスに手を出すこともなく、リュカンは律儀にも待ってくれていた。

剣を拾い、再度構えるジュリアスに向かって大きなため息をついた。


「はぁ……このまま先手を譲り続けていては日が暮れる。前言を撤回して悪いが、こちらから行かせてもらおう」


多分それが正解なのだろうなぁ。このまま行くと、本当に日が暮れてしまいかねない。


「『聖なる刃の豪剣セイクリッドセイバー!!』」

「うわぁ!?」


リュカンとエクスカリバーが技名らしきものを叫んだと思えば、直後ジュリアスが宙を舞っていた。

どんな技か? どんな攻撃か? 一切わからない。

旗から見ると、技名を叫んでジュリアスが吹き飛んだと言う、色々と端折った光景が見えただけだったのだ。


「ぎゃふん!!」


吹き飛んだジュリアスは、近くの木の枝へと落下した。

怪我はないようだが、完全に目を回してしまっているため、もう戦えないだろう。


「何だ今の?」

「ふっふっふ、やりますね。ですが残念。彼女はこの地域の冒険者では最弱! 次はわたしが相手をしてあげましょう!」


リュカンとエクスカリバーのノリが伝染ったのか、やたらと仰々しい口調でパプカが前に出た。

ジュリアスはまあ負けて当然として、パプカほどの実力者が、女神チートを授かった召喚者相手にどこまで対抗できるのか――ちょっと興味深い一戦である。



「『血・突ブラットコリジオン!!』」

「あうちっ!?」



パプカはジュリアスと同じ軌道を描いて木に落下した。

弱っ!? と言うか、リュカン強っ!!

いくらエクスカリバーが女神チートを大量に受け取った、反則まがいの武器とは言え、ブロンズランクのリュカンがプラチナランクのパプカを前に、こうも一方的に勝利するとは思わなかった。

そして、鼻を鳴らして調子に乗るリュカンとエクスカリバーを前に、ついにあの男が動き出した。

地上最強の冒険者の一角。

オリハルコンランクのゴルフリート・マグダウェルである。


「さて、なかなか好感の持てる青年と剣だが……娘がやられてしまったというのでは仕方ない。かたきを討つのは親の勤めらしいしな」

「まだ死んでないですよ、お父さん!」


木の上から抗議の声を上げるパプカであった。



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