第19話 うっかりさんと八つ当たり


パプカとの魔法の特訓は壮絶を極めた。


特訓と言っても、一方的に魔法の実験体にされているだけで、俺はただの被害者なのだが――――とにかく酷い有様である!


腹痛の魔法によって、腹に溜めていたものをすべて垂れ流したのは序の口。

頭が割れるかと思うほどの頭痛魔法を食らわされ、錯乱魔法で全裸になって暴れまわった。

誘惑魔法で危うくパプカに惚れかけて、睡眠魔法で永眠一歩手前に陥った。

思えば、朝食を抜けだとか、替えの服をもってこいだとか言っていたのは、人体実験の結果を踏まえてのことだったのだろう。

実際、腹痛魔法は下着を汚し、頭痛魔法で吐瀉物を辺り一面ばらまいたので、朝食を取っていたらもっと悲惨な結果になっていたに違いない。


「いやぁ、先程のサトーには驚きました。まさかあんな獣のような表情で襲い掛かってくるなんて――こんな美少女を襲うなんて、もっと紳士的に口説くところから始めるべきですよ。やっぱり男は狼ですね」

「自分の行為を棚に上げてよくそんなこと言えるな」

「ですが残念ですねサトー。わたしはもっとたくましい体を持つ男性が好みなのです。貴方は…………も、もう少したくましくあるべきですね。色々と」

「頬を赤らめて視線を下げるな! 俺のは平均的なはず――え、平均的だよな?」


ごほんと咳払いをしたパプカは、まだやや赤らめた頬を冷ますように手で仰いで杖を取った。


「しかし、あまりうまく行きませんねぇ。もう少しスムーズに行くかと思っていたのですが」

「と言うかお前、なんでこんなに状態異常系の魔法使えるんだ? これだけ使えるのに、回復系の魔法が使えないってのもおかしな話だと思うんだが」

「ああそれはですね? 一時期、黒魔術系統の魔法に傾倒していたことがありまして。オリジナルの詠唱とか考えるのが楽しかったのですよ」

「人はそれを中二病と言う」


こんなところにも元中二病患者がいたとはな。

聞くと、黒魔術の攻撃的な魔法習得にかまけすぎて、回復や解毒と言った聖魔法はほとんど練習してこなかったそうだ。

状態異常をかけたらそのまま放置って頭おかしい――――いや、これに関しては俺の認識のほうがおかしいんだな。

そもそも状態異常の黒魔術なんて、人間にかけるような魔法ではないのである。


「さて次はどうしましょうか。黒魔術のレパートリーならまだまだありますし、ご要望はありますか?」

「もう家に帰りたい」

「駄目です」


即答である。


「だっていつまでたっても成功しないじゃねぇか! こっちは文字通り身を削って協力してんのに、浮かばれる気配が全然しないんだよ!!」

「状態異常系の魔法では駄目なんですかねぇ。方向性を変えて、外傷が伴う魔法を試して……」

「やめろ!! それをやると悲惨な未来しか見えない!!」

「もー! ぎゃあぎゃあうるさいですよサトー! わがままばっかり言ってないで何か生産的な意見でも言ったらどうですか!?」

「逆ギレ!?」


成功の兆しが見えない現状に、相当イライラしているようだ。

叫びたいのはこっちだよ。

パプカの才能に疑いの余地はない。冒険者カードを見ても、魔法使いの系統ならば、黒魔術だろうが白魔術だろうが、全てのスキルや魔法を習得できると言っても過言ではない。

オリハルコン夫婦の一人娘というのは、伊達ではない称号なのだろう。

ではなぜ治癒キュアの魔法を習得できないのだろう。

俺は他に何らかの原因があるのではないかと考えた。

これ以上、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるをやられては困る。

下手な鉄砲の流れ弾が全部俺に当たってるのだから、堪ったものではないのだ。


「魔力が足りないってことはないだろうし……詠唱してる呪文が間違ってるんじゃないか?」

「それはありませんよ。だって詠唱なんて気分ですから。その場その場で変わります」

「気分なのか!? じゃあ、詠唱する意味って何なんだよ!」

「そりゃあかっこいいからでしょうね。別に詠唱無しでも魔法は使えますよ? サトーだって、魔法を使うときに詠唱なんてしないでしょう?」

「い、いや……俺が使ってるのは低級の魔法だから、それが原因かと……」


衝撃の事実。魔法使いは全員中二病だった。


「魔法を使用するには、特定の系列に沿った呪文が掘られた魔道具が必要なんです。わたしだと杖やネックレスなんかですね」

「ああ、そのサイズが合って無くて肩にかけてるやつか――――あれ? でも俺は魔道具なんて持ってないけど魔法は使えるぞ?」

「ふっ、サトー程度が使える低級魔法なら魔道具は必要ありません」


鼻で笑われてしまった。


「強力な魔法になるにつれて、必要になる魔道具の希少度が変わります。逆に初歩的な魔法だと魔道具は必要ないのです。ちなみに治癒キュアに必要なのは例えば――――あ」

「――ん? 何だ今の「あ」っていうのは。お前、まさか……」

「――――そういえばそろそろお昼ですね。出すもの出したでしょうし、お腹減ったでしょう? ご飯食べに行きましょうか。今日は奢っちゃいますよ?」

「おいパプカ、なんで急に優しくなるんだ。なんで俺の目を見て話さない」

「何を言ってるんですかサトー。わたしはいつだって優しいじゃないですか。サトーの頑張りを労うのだって当然のことですよ」

「お前魔道具忘れたろ」


パプカは首の可動域を限界まで使用して、俺から目をそらした。


「やっぱそうか! 忘れたんだな!? 聞くところによるとすっごい重要な要素を、まるまる忘れてたんだな!?」

「だ、だってここ数年魔法の習得なんてしてなかったんです! 魔道具が必要なんてこと、ど忘れしちゃってもしょうがないじゃないですか!」

「しょうがなくねぇよ! 今までの俺の苦労は何だったんだ! 返せ! 俺の休日となけなしの体力を返せ!」

「過ぎてしまったことは仕方ないじゃないですか! むしろあれです、自らの失敗を自力で気がついたんですから、むしろ褒めてもらっても良いんじゃないでしょうか!! わたしは褒めて伸びるタイプです!! さあ褒めて!!」


こいつ全然反省してねぇ!


「てめぇ! ロリっ子だからって何やっても許されると思うなよ!! いや違う! お前は低身長で童顔でペチャパイなだけの20歳だ! ロリを舐めてんじゃねぇぞこの年増!!」

「はぁ? はぁん!? それを言ったら戦争でしょうが!! と言うか20歳は年増じゃないでしょう! ふざけないでください!! 訂正してください!! あとわたしはまだ19歳ですから!!」

「年増ですぅ! ロリが許されるのは10歳までですぅ! 19歳は法的にも大人ですぅ!!」

「こんの――分かりました。分かりましたよ! 魔道具を作れば良いんでしょう! 作れますよそのくらい!!」


激高したパプカは、腰に下げていたポーチを地面へと叩きつけ、それに向かって杖をかざした。


「我が魔力を吸い、その姿を変質せよ! 錬金アルケミー!!」


言う必要のない呪文を唱え終わると、ポーチを包み込むように魔力の光があたりを照らした。

ポーチは中に浮かび上がり、グニャグニャとその形を変え始める。

すでにポーチとしての原型をとどめていないそれは、段々と輪っかのような形に収束されて、最終的には元の体積を完全に無視した形の腕輪が出来上がった。

できたてホヤホヤの腕輪を装備したパプカは、その視線を俺へと移し、

――――ニヤリと笑った。


「お、お前……何をする気だ?」

「これで治癒キュアは使えるようになったでしょう。なら――――もう遠慮する必要もありませんよね」


「ニヤリと笑った」と表現したが、パプカの目は全然笑っていなかった


「”腹痛アドミナルペイン”!!」

「おまっ……ふぐぅ!?」

「ふっふっふ……苦しいですか、サトー? すぐに楽にしてあげますよ」


その台詞は、どちらかと言うとトドメをさす時に使うものなのでは……


「”治癒キュア”!!」


俺の体が魔力の光に包み込まれた。

先程までとは違い、暖かみのあるその光は、腹痛に悶える俺の様子を一変させた。

みるみる腹痛が収まり、数々の状態異常魔法によって崩れた体調が一変して回復した。


「ふっ、成功のようですね。さすがわたし」

「――お前いつか殴ってやるから覚悟しとけよ」


とは言え、長かった人体実験……もとい魔法の特訓はようやく終わりを告げた。

アホらしいパプカの凡ミスを許す気はないが、魔法が成功したという達成感はなかなか心地の良いものだ。

俺はパプカに手を差し出した。その意図をくんだのか、なんの言葉を伴うこともなくパプカは俺の手を握り返す。


「ありがとうございました、サトー。また機会があれば、特訓に付き合ってもらえますか?」

「絶対に嫌だ」





*    *




パプカとともに、本来の目的であるアグニスの自宅へとやってきた。


蹴れば壊れそうな薄い扉の向こう側では、病気に苦しむアグニスがベットに横たわっていることだろう。

その原因の一端が俺にあるというのは紛れもない事実であるため、やや心苦しいところである。

だがしかし、もうそんな心配をする必要はない。なにせパプカがいるからな。

地獄の魔法特訓に付き合わされたことに関しては、俺の胸は殴ってやりたい気持ちでいっぱいだが、その苦労の結果は先程の通り。

強力な解毒魔法を覚えたパプカの前に、風邪菌などもはや敵ではない。

さあ、早速アグニスを病魔から救ってやろうではないか。


そんな謎テンションで扉をノックすると――すぐに中からアグニスが顔を出した。


「ああ、サトー。何か用事か?」


――――それはそれは清々しい顔をしていた。


そこには病魔の影など一切なく、健康そのものな男の姿があった。


「――あれ? 病気は?」

「もしかして、お見舞いに来てくれたのか? いやぁ、悪かったな。休んでた間仕事代わっててくれたんだって?」

「――いや、だから……病気は?」

「ただの風邪だったし、随分長引いたけど今日の昼頃には治ったよ」


――――ということは、俺の今日一日の苦労は?

まるで無駄な一日だったと?

俺は健康的なアグニスを前に、魔法を食らったわけでもないのにめまいを感じた。

そしてそれはパプカも同じだったようだ。

ふつふつと湧き上がる謎の感情。


「――――パプカ」

「――――わかってますサトー。”腹痛アドミナルペイン”」

「え、ちょ……何その魔法…………ふぐぁ!? は、腹がぁ!?」


すまんアグニス――――八つ当たりだ!


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