第18話 魔法発展の礎



パプカに呼び出された当日。


言われたとおり、替えの下着と服を用意して集合場所にやってきた。

すっぽかしても良いのかもしれないが、その後どんな報復があるかわからないため、俺には来るという選択肢しかなかったのである。

しばらくすると、後ろ髪を掻いてあくびをしながらパプカがやってきた。

そう、――待ったのだ。


「おはようパプカ。日の出から貪った追加の3時間の惰眠は気持ちよかったかい?」

「おはようございますサトー。いやぁ春ですねぇ。寒かった冬もそろそろ終わりでしょうか。全く、いい季節になったものです」


と、清々しい笑顔で青空を見上げる幼女。

そりゃあこんな時間まで寝てれば気持ちが良かろうよ。

お陰で俺は3時間も待ちぼうけを食らってしまったのだ。

朝飯抜きに加えて連日勤務での寝不足。

俺は決して軽くない殺意を目の前の幼女に抱いていた。


「てめぇこのやろう! 俺が待ってた最中ずっと寝てやがったのか! 春先っつっても外はまだ十分寒いんだよ!!」

「いふぁいれす、ほおをひっはららいれくらはい! そ、それに今の今まで眠っていたわけではありません! 休日でもわたしはもっと早起きなんです! 見くびらないでくださいよ!」

「ほお? じゃあ今まで何をしていたと?」

「食堂で朝食をとっていました」


こいつ本当にどうしてくれよう。


「そんな大した用事じゃないなら俺は帰るぞ! 帰って二度寝と洒落込んでやるわ!」

「待ってくださいサトー。それではわたしの今日の予定が狂ってしまいます。これからサトーとをしてから、店主さんの御見舞に向かう予定なのですから」

「――?」

「そう――魔法の特訓です」


にやりと笑うパプカの表情に、このあと俺の身に起きる惨事を想定してか、体中を悪寒が走り抜けていった。





場所は変わり裏路地広場。


3方を住宅に囲まれた孤立した場所。

明らかにアウトサイダーがたむろするこの場所で、パプカは俺を相手に魔法の特訓をすると言う。

――明らかに人に見られちゃ駄目なことをする気満々ですよこの子!

逃げようとしたら、唯一の退路がゴーレムでガッチリ封鎖されてたんですけど!


「お前は一体、俺に何をする気だ?」

「別に死にはしませんし、全然問題ありませんよ――――あ、ちなみにお手洗いは通りを抜けた公衆便所を使ってください」

「便所に関する脈絡がない!! ホント何する気だ! 説明責任を果たせ!!」

「全く肝っ玉の小さな男ですねサトーは。男らしくドーンと構えるくらいの気構えはできないんですか?」

「座して死を待つのが男なら、俺は女々しくて結構だ」


やれやれと顔を振ってみせるパプカに対し、収まりかけていた殺意が再び湧いたが、どうやら説明自体はしてくれるらしい。


「何も説明なしにサトーを死地に――ごほん! 魔法の特訓に付き合わせるわけじゃありませんよ」

「今”死地に”とか言わなかったか?」

「あっはっは――――で、特訓についてですが」


こいつ笑ってごまかせると思っていやがる。


「今日特訓する魔法は、簡単に言うと――【解毒魔法】です」

「解毒魔法? ああ、そういえばアグニスの見舞いに行くとか言ってたな。その関係か?」

「その通り。高度な解毒魔法は病気を治療するにも効果的ですからね。これさえあれば店主さんもすぐに良くなるはずです。教会や使用できる冒険者がいれば、話は早かったんですけどね」


辺境地であるリール村に教会はない。

もちろん、村人がお祈りする建物はあるし、神父の資格を持つ人間もいる。

ただ、前にいた街のような大規模施設ではないし、神父さんだって本業は別で、聖職の魔法が使えるというわけでもないらしい。

小規模の村にはよくあることで、熱心な信者が大勢居る土地柄でない限りは、基本冠婚葬祭に利用される程度なのだ。


「でもあれだな、パプカほどの魔法使いが今まで解毒魔法を使えなかったのか?」

「確かにわたしは、若く可憐で可愛らしい才能溢れた大魔法使いです」

「そこまでは言ってない」

「でも残念ながら、解毒魔法は聖魔法――プリーストやヒーラーの分野です。専門が違えば覚える方向性も違ってくるのですよ。そもそもわたしは正確に言うと、錬金術師ですしね」


覚えられるスキルや魔法は職業によって変わるが、覚えられるからと言って必ずしも覚えるとは限らないらしい。

確かに時間は有限だ。

例えば、魔法使いと言うジョブが、いろいろな魔法を覚えることができたとしても、その人間が目指すのが黒魔術だった場合、そっち系等の魔法を覚えていくのが当たり前。わざわざ白魔法から遠回りに目指す必要性もないのである。


「ふーん、で? 具体的にどうやって特訓するんだ?」

「それはもちろんサトーに協力してもらいます」

「え? でも俺魔法なんてほとんど使えないぞ。協力つっても何を……」


言い終わる前に、俺の視線はパプカの背中へと移動した。

ツッコミに気を取られて見落としていたが、パプカはいつもは持っていない、大きめの風呂敷包みを背負っていたのだ。


「そういえばその背中の包みはなんだ?」

「ふっふっふ、これこそサトーの協力に必要な最終兵器です」


不気味に笑うパプカは、地面に風呂敷を広げてみせた。

そこには――――何のことはない、見覚えのある道具が大量に収まっている。

薬草、毒消し草、魔力草。傷薬や着付け薬、聖水などなど。

ギルドの受付でも購入できる、冒険者必須のアイテム一覧だった。


「…………これは?」

「いいですか? かの大魔法使いは言いました「魔法を覚えたければ1に実践、2に実践。3、4が無くて5に実践だ!」と」

「…………つまり?」

「魔法でサトーを状態異常にしてそれを治します」



俺は逃げ出した。



「ああ!? サトー、どこへ行くのですか!」

「やってられるかそんなこと!! 命がいくつあっても足りんわ!!」

「逃しませんよ! 行ってくださいサブローさん!!」

「サブローさんって誰!?」


立ちふさがったのは唯一の退路を塞いでいた巨大なゴーレム。

名をサブローさんと言うらしい。どうでもいいわ。

俺はこのゴーレムの力を知っている。かつて一緒に冒険に出た際に、群がるハイウルフを軽く蹴散らした、上位の使役ゴーレムである。

冒険者ですら無い俺など、羽虫のごとく潰されてしまうことだろう。

しかし、逆に俺は足の筋繊維を犠牲にして加速した。

このゴーレム、非常に強力ではあるものの、初動自体は非常に緩慢なのだ。

スロースターターならば、スローなうちに突破。これが正攻法。

俺に手を伸ばすゴーレムを正面に捉え、股下へとスライディング。

見事突破に成功した。


「何ぃ!? おのれ、サトーのくせに生意気な!」

「くせにとかいうな! 伊達にプラチナランクのクエストに同行したわけじゃな――へぶっ!?」


不意に硬いものにぶつかった。

パプカの方を向きながら走っていたので、前方にあるに気が付かなかったのだ。


――二体目のゴーレムである。


「捕らえなさい、ジローさん!」

「全部に名前付けてんの!?」


二体目のゴーレムなど想定していなかったため、あっさりと捕まってしまった。

――いや、そういえば、前に同行したときも一度に二体のゴーレムを作っていたな。

俺はゴーレムに抱えられ、そのままパプカの元へと連行された。


「なんで逃げるんですかサトー。無駄に魔力使っちゃいましたよ」

「「今からお前の体で人体実験をします」と言われて逃げないやつはいない。ところで、さっきからサブローだのジローだのはなんだ?」

「もちろんゴーレムの名前です。サトーから向かって右がサブローさん。左がジローさんです」


紹介と同時に腕を上げるゴーレムたち。愛嬌がある……と言えばあるのだろうか。


「イチローさんもいますけど――呼びますか?」

「いらんわ!」


これ以上俺の監視員を増やしても、俺にとって何のメリットも無いからな。


「さて、そろそろ駄弁るのも終わりにして本番と行きましょうか」

「だから嫌だっつってんだろ! 大体、俺だって半分飲まされた被害者なんだぞ!? そんな俺が、なんでこんなことしなきゃならないんだ!」

「酔った後で飲ませまくったのはサトーだと聞きましたが……ええい、暴れないでください。拘束バインド!!」


パプカが魔法を唱えると、縄のような光が俺の両腕と両足を巻き上げて拘束されてしまった。


「おまっ!? ここまでするか!? おまわりさーん! 犯罪者がいますよー! この女捕まえてくれー!!」

「あんまりうるさいと、口にもバインドかましますよ?」

「……ごめんなさい」


くそう! なんで俺の周りの女どもはこうも頭のおかしな奴らが多いんだ!

唯一の安らぎが男のルーンって世も末だぞ!


「では始めます。耐えざりし苦痛を汝に与えん! 腹痛アドミナルペイン!!」

「ま、まて! まだ心の準備――――ん?」


ゴロゴロゴロ……


俺の腹が大きな音を立て始めた。別にお腹が空いているわけではない。

極度の腹痛が俺の腹部を襲っているのだ!


「お、お前ぇ……マジで覚えてろよ……いやごめんなさい。謝るから早く何とかしてくれぇ……」

「では……ごほん! 万象等しく回復の導き手とならん。治癒キュア!!」


白い光が俺を包み込んだ。


治癒キュア


高レベルの回復魔法で、毒や錯乱、軽い風邪なども治してしまう万能の魔法。

習得にもかなり高度な知識と多量の魔力が必要で、そんじょそこらの冒険者ではなかなか習得のできない難易度を誇る。

しかし、俺を包んだ白い光は、数秒漂った後に煙のように立ち消えてしまった。


「……? お、おい。これは成功なのか? 腹の痛み全然収まらないんだが……」

「駄目みたいですねぇ」

「うおぃ!! こんな状態にしておいて軽すぎるだろ――はぅ!?」

「ふーむ、やっぱり回数をこなさないと駄目ですか……サトー、いろいろな症状に試したいので、とりあえずその腹痛を治しましょう。腹痛によく効く薬草があるのでそれを飲んでください」

「そ、それを飲めばとりあえず治るんだな?」

「効いてくるまでに30分ほどかかるそうですから――――トイレはあっちです」


俺はこの娘に殺されてしまうのかもしれない。

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