第17話 幼女のこだわり
アグニスが休暇に入って3日
普通、どれだけ二日酔いが長引こうとも、続けて3日以上休むと言うのはありえない。どうやらその後風邪を併発してしまったらしく今に至る。
そしてその3日間。俺は昼間に事務仕事を、夜間に酒場仕事を受け持つと言う超絶ブラックな労働環境に身を投じることを強いられていた。
おかげで睡眠時間はほとんどなし。加えて言うなら減棒を食らっているため、働いている分損してる気分だ。
おい労働基準法、ちゃんと仕事しろよ。いえ、ありませんよねそんなもの。
異世界だものね。ファンタジーだものね。そこらへんもっと頑張れよ過去の召喚者どもよ。
「聞いてるのかサトー! 私は
「ええ、わかりましたジュリアスさん。少しだけお待ちください」
連日の激務を露知らず、今日も元気いっぱいなポンコツ冒険者、ジュリアス・フロイラインが窓口にやってきていた。
相談内容はもちろん、現実を直視しない例の
俺は疲れと呆れをごちゃまぜにしてため息として吐き出して、ジュリアスに冒険者カードを差し出すように言った。
カードを机にかざすと、空中に青白い魔力でできた文字が羅列されていく。
「おお、これは?」
「冒険者カードに内蔵されている個人データです。高ランクの冒険者カードなら個々人でも閲覧はできますが、低ランクの方でも、ギルドの職員に言っていただければ見れますよ…………と言うか、最初の登録の時にご説明したと思いますが」
「む、えっと……そ、そうだったな。あっはっは」
さてはこいつ人の話全然聞いてないな。
「このデータはその人のスキルや適性などを元にして、その冒険者がこの先どのような成長をすればよいかを指し示す指標になるんです。今から表示するデータを見てください」
宙に浮かんだ文字を指ではじくと、ほかの文字が再表示された。
いわゆる【
薄く光っているのは成長可能なジョブ。暗く表示されているのは成長できないジョブ。
表示されていない物は、そもそも適性がないため成長不可能となる。
ちなみにジュリアス【
【盗賊】からはじまり、そのあとに続くすべてのジョブに加え、そこから派生する【暗殺】系、【密偵】に【諜報員」。果ては【忍者】に至るまで。
その方面のジョブならば、なんでもござれのより取り見取りである。
「わ、わかってはいましたが、改めて見てみると凄いですね。なんでもありじゃないですか」
「で、でも剣士のジョブが一つも……」
しょぼくれるジュリアスに、もったいないと言う気持ちを抑えつつ、俺はとある情報を与えた。
「一応、可能性はあるかもしれません」
「! ほ、本当か!?」
「か、顔が近い――ええ。一応支部長に昇進したので、閲覧できるギルドの情報が増えたんです。それで再勉強した結果判明したことなんですが」
「ま、まさか
「さすがにそこまで都合の良い物は……ですが、前例があるそうなんです。適性が一切なかったのにジョブチェンジできたという話が。かなり遠回りになってしまいますけどね」
「それでも! 夢に一歩でも近づけるのなら、ぜひ!!」
適正が足りないということは、そのジョブに必要な才能がいくつも欠落している状態のことを指す。逆に言えば、才能を少しずつ埋めていけば適正は後から備わる可能性はあるのだ。
例えば、剣士になるための最低限の腕力と防御力が足りないジュリアス。
一度他の職にジョブチェンジして、まずは必要な腕力と防御力を身につける。ひとまずステータスはそれでクリアだ。
次にスキル関係。これはそれほど難しくない。
それは、大抵の前衛職なら持っていて当然なスキルが多いからだ。
これもひとまず別のジョブになっておけば、その適性の範疇で習得できる。
まあもちろん、これらを使用しても必ずジョブチェンジが可能なわけではない。
下っ端事務職にこの程度の情報が降りてこないというのは、生活のかかる冒険者相手に、下手な夢を見させてはいけないという配慮なのだろうか。
「と、まあ。ひとまず現在の最低職である
「ぐ、ぐぬぬ……」
「何がぐぬぬですか。短剣が使えるようになるので、剣士のスキルはある程度とれますし、クエストをこなしていけば腕力等も自然に上昇していくんですよ?」
「その……イメージと言うか、
確かに盗賊系のジョブを持つ人間はひねくれ者というか、アウトサイダーな性格な輩が多い。
でもそれはあくまで傾向がある、というだけであり、気さくで清廉なやつもいないわけでは無いのである。――俺は見たこと無いが。
逆に剣士系のジョブを持つ奴らだって、お世辞にも清廉な人間とは言えないやつは多い。要は印象や気持ちの持ちようなのだ。
そんな気持ちの持ちようでしかない選択肢を、わざわざ俺のところに毎日やってきて愚痴るのは、そろそろ本当にやめていただきたい。
「うーむ……ちょっと考えてみる」
「それが良いでしょう。数日よく考えてか……おぅ!?」
「? どうしたサトー。私の後ろになにか……わっ!?」
俺の視線の先。
ジュリアスの背後には、恐ろしい表情と視線で俺たちを睨みつける――
パプカ・マクダウェルが立っていた。
「ジュリアス、次……この席良いですか?」
「ひゃ、ひゃいっ! さ、サトー! ではまた後日! さよなら!!」
「うぉっ!? 早いな! いつもはグダグダ居残ってるくせに!!」
さすが天賦の盗賊適正持ちと言ったところか、ジュリアスは凄まじい逃げ足でギルドを出ていった。
* *
相談窓口に残されたのは俺とパプカ。
なんの言葉の発さずに、絶えず俺を睨みつけている彼女に対し、俺は本来いるべき自分の席から降りて、なぜか相談者側の床で正座を取らされていた。
――なにそれ怖い。
「わたしがなぜ、ここに来たのかは分かりますね?」
「すいません。わかりません」
「店主さんが休み始めて今日で3日です。私は彼が作る特性のお酒を飲めずにとてもイライラしています……わかりますか?」
「あ、はい……わかり…………えっ? まさかそんなことで!?」
「ああん!? そんなこととはなんだぁ!! 良いですか? 3日ですよ!? 3日もあのお酒が飲めていないんです! ああ!? 彼が作る野苺のケーキも同じくらい食べてない! 駄目です、あれがないとわたしは駄目なんです。調子が出ないんですよ~! おーいおいおい……」
怒ったかと思えば急に泣き出した。
情緒不安定に陥っているのなら、無理せず家で寝ていてくれよ。
あれか? アグニスが作ってる特製メニューは、常習性のある食材でも使ってんのか?
酒と称しているが、アルコールの入ってない、ただのジュースのはずなんだが。
「落ち着いてくださいパプカさん。アグニスは二日酔い……じゃなくて、風邪を引いてるだけなので、長くても数日中には復帰しますよ」
俺の言葉に反応したのか、パプカはピタリと泣き止んだ。
――そしてなぜかおどろおどろしい口調で話し始めた。
「……聞きましたよサトー。店主さんが寝込んだ根本の原因は――あなただそうですね」
「えっ!? そ、それをどこで……」
「そんなことはどうでもいいんです。さてどうしてくれましょう。実はここに来るまでに色々と考えてみたのです。そのどれもこれも大の大人が泣き叫び、周囲に大爆笑されるようなことですが……聞きたいですか?」
「すみません。聞きたくないです」
一体どんな恐ろしいことを考えてやがったんだこの女。
「ですがわたしも大人。そこまでのことをやるつもりはありません。聞けばサトー自身巻き込まれたようなものらしいですし」
「そ、それはどうも……」
「ということで、私の計画よりももう少しみんなのお役に立てる方法を考えついたので、それを実行することにしましょう」
「え、やっぱり何かさせられるんですか!?」
「当たり前です! わたしだけじゃなく、冒険者のみなさんが大変迷惑してることなのですよ? 正直、サトーの酒場業務はひどすぎますからね! 一人暮らしの男のくせに、自炊の一つも出来ないのですか貴方は!!」
同じく一人暮らしの女のくせに、毎日酒場でジョッキを煽ってる幼女に言われたくない。
俺だってプライベートを犠牲にして頑張っているんだから、もっと優しくしてくれてもバチは当たらないのではあるまいか。
「明日は休みでしたね。サトー、明日一日はわたしに付き合ってもらいますので、予定は空けておいてください。夜明けから始めますのでそこの所よろしく」
「ちょっ!? ま、待ってくださいパプカさん! ここ数日まともに寝てないのに休日まで削られるのは流石にきつい! 後生ですから明日は休ませてください、お願いします!!」
「サトーの寝不足など知ったことですか! 私の3日間の断酒に比べたら、屁でもないでしょう!!」
い、いやぁ? どうかなぁ……
「とにかく! 明日の日の出の時間にギルドの前で集合です! 来なかったら――――いえ、止めておきましょう」
「私何されるんですか!?」
抗議虚しくパプカはギルドを後にした。
本当に誰も俺の話を聞いてくれない。
「あ、必ず替えの下着と私服を何着かずつ持ってくるように。後朝ごはんは抜いてきたほうが良いでしょう。でないと……死にますよ」
「本当に俺何されるの!?」
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