第13話 まるで無意味な召喚者





「一体俺が何をしたと言うんだ……」

「こ、ここでそれを言われても困るんですが……」


本日は俺の休日である。

いつもは部屋でゴロゴロするなり、酒場で昼から酒を飲む成り堕落の限りを尽くすのだが、今日は少し違う過ごし方をしていた。

目の前にはルーン。

そして今いるのは普段俺が働いている相談窓口だ。

いつもと違って俺の代わりにルーンが事務側に座り俺が冒険者側に座っている。

相談窓口は基本冒険者専用の窓口で、そこらの農民や承認が来てもお断りさせていただく場所だ。

しかし一応俺もブロンズのランクを持つ冒険者なので、ここを訪れる資格はある。

もちろんあまりいい顔はされない。

普段なら本業冒険者が相談する場所で、誠に遺憾ながら例のポンコツなどがよく利用するために、俺のような事務員が場所を埋めてしまってはいけないのである。

そう……なら

現在この街のギルドは、史上最大の危機に瀕している。


「いいじゃないか、どうせんだから」


見渡す限り、ギルドの中に冒険者は居なかった。普段ワイワイと騒がしい場所だが、今は事務員がカリカリとペンを走らせる音が響くだけだ。

なぜこんなにも人がいないか、その理由は一人の冒険者にあった。

皆ご存じキサラギ・コースケ。

本当にろくなことをしないあの野郎は、ここ2週間ほどをこの街に長期滞在していた

奴が滞在すると言うことは、それすなわちその街のギルドへの大打撃他ならない。『歩くマッチポンプ』と言う二つ名は伊達ではなく、巻き起こす事件は小規模なクエストをことごとく駆逐して、低ランクの冒険者の生活を脅かすのだ。

先日起きたカルト教団の一斉蜂起の際にも相当な打撃を受けたのに、それから少しの間もなく2週間の滞在だ。

低ランククエストはすでにただの一つも存在せず、あるのはミスリルやオリハルコンの任務だけ。

ゴルフリートのオッサンと中央から来た凄腕冒険者がそれらを独占している状態である。

もちろんそんな状態に低ランク冒険者が耐えられるはずもなく、コースケ滞在1週間を皮切りに続々とこの街を離れて行ってしまったのだ。

冒険者が離れるとどうなるか、先ほど言った通りギルドへの大打撃だ。

中央から来ている凄腕冒険者がクエストをこなしてくれるとは言うものの、それでは中央から金が出て、中央の人間にその金が渡るだけ。

この街に金が全く落とされない。

金が入ってこないとなると、俺たちの給料はどうなるか。

もちろん払えなくなる。

払えなくなるとどうなるか。

――つまり、随分と遠回りな説明となったかもしれないが、一番最初の俺のセリフに戻るのだ。


「なんで俺が左遷なんだよー……人員整理で辺境地域担当にするか普通?」

「だからそれをここで言われても困ります……」

「冒険者の友達がみんなよそに行ったから、愚痴る相手がいないんだよ」


俺は左遷された。

この街に来てまだ半年ばかり。

にもかかわらず、もうほかの地域への転属辞令が下されたのだ。

これが研修時代に働いていた中央や、ほかの地方都市ならば人員整理と言う名目も受け入れられただろう。

だが、名前すら知らない辺境への転属辞令となると話は別だ。交通の便も少なく、そもそも道中危険なモンスターがうろうろしているような、未開拓の辺境地域だ。

辞令が書かれた書類に何と書いてあろうとも、これは左遷と言って差し支えないだろう。

この街に来たことですら左遷と言っていたこの俺に、この人事はとてもじゃないが受け入れられなかった。


「で、でもすごいじゃないですか! 辺境地域だとしても、昇進してになったんでしょう? 普通その歳で支部長になんてなれませんよ!」

「正確には臨時支部長代理だ。しかも給料だって今とほぼ変わらないんだぞ? 役職だけいい感じにされても、左遷の言い訳にしか聞こえない……」


支部長と言う輝かしい役職に、”臨時”と”代理”と言う格を下げる文句を二つも付けられているのだ。どうしても無理やり感が否めない。


「……いや、俺もわかってるさ。この人事は仕方のないことってことはさ。ここの支部長も辞令の書類を渡すときにすっごい憐れんだ目で見てきたし。他にも異動する人はいるしな。確か、ルーンもだっけ?」

「はい。私も……ちょっと聞いたことの無い辺境地域に派遣される予定です」


遠い目をするルーン。俺よりも若いのに大変だな。

目の前にいるルーンも含め、この街のギルドの事務員はかなりの人数が異動対象となっている。受付の人たちを始め、一応居る護衛職の冒険者。

果ては酒場を担当しているウェイターに至るまで。

支部長、副支部長を除くと片手で数えられる人数までギルドの規模が縮小するらしい。

一応、コースケがこの街から離れさえすれば縮小された規模も元に戻るらしい。

俺やルーンが呼び戻されるわけではなく、ほかの地域から新たな事務員が派遣されてくるのだ。

……ホント、いつまでコースケは滞在予定なのだろうか。俺が派遣されるまで滞在していたら、この街そのものが滅んでしまうのではなかろうか。





*    *




冒険者が続々と街を去る中、日課のごとく相談窓口に訪れるジュリアスの姿が目の前にあった。

こんな状況下で毎度のご苦労なことである。


「サトー、実は話したいことが……」

「あなたは剣聖ソードマスターにはなれません」

「え、あ、いや……今日はそのことではなく……」

「なれません」

「…………ちょっとくらい夢見てもいいだろう!! そんなにべもなく切り捨てられたらさすがに傷つくんだが!! と言うか、今日はその話じゃない!」


俺の胸倉をつかみあげて抗議するジュリアスの表情は、例の魔剣騒動の時同様に真剣なものだった。

いや、ジョブについての相談する時もいつだって真剣ではあるものの、いつもなら切り捨てた時点で泣き出すのだ。このように抗議してくるジュリアスは珍しい。

…………まさかまた厄介な魔剣でも拾ったんじゃないだろうな。


「実は――――この街を離れようと思う」

「そうですか。それでは離れた先でもお元気で」

「……………………えっ、それだけ!?」


えっ、それ以上に何か言うことがあるのか?

いかん、全く思いつかない。

ちゃんとお客様に対して配慮したセリフを選んだつもりだったんだが。

くそっ、俺の客商売スキルもまだまだと言うことなのか!


「そ、そんな淡白な反応はさすがに予想外だ! え? わ、私たち一応友人だよな? もっと涙ぐましいやり取りを予想していたんだが!?」

「友人? ――――――――――――あ。も、もちろんですよ! 当然私はあなたの友人ですとも!」

「今の長い間と吃音は何だ!? え、違うのか? 私がそう思い込んでいただけとかじゃないよな!? ――よせ! 私の目を見てくれサトー! 顔をそむけないでくれ!!」


友人……いや、うん、まあ…………友人……だよ? 多分。

それにしてもこのポンコツの焦りっぷりは見ていて不安になってくる。

日頃から一人で過ごす姿が多いと思っていたが、まさか本当に友達いないのか?

中央から出てきて半年足らずの俺でも、同僚や冒険者に友人が何人かいるくらいなんだぞ?


「あの……私はあなたのことをちゃんと、友人だと認識していますから、その――――くじけないでください!」

「やめろ! 唐突に励ますな! 馬鹿にするなよサトー! 私にだって友人の2、3人くらいいるぞ!」

「――2、3人しかいないんですか?」

「えっ、2、3人って少な――――ち、違う! 言葉のあやだ! ちゃんとそれ以上いるさ!!」


反応を見るに、2、3人と言う数字も怪しく感じてしまうのは気のせいだろうか……いや、これ以上深く追及はすまい


「ところで、街を離れると言うことですが、やはり皆さんと同じ理由で?」

「あ、ああ。この街は私のような低ランク冒険者には手に負えない魔境になってしまったからな。ランクも上がったことだし、少し危険な地域に出向こうと思ってるんだ」


ブロンズランクの犬の散歩ですら失敗する人間が、それ以上の難度のクエストをこなせる様子が思い浮かばない。

無理せずこの機会を持って冒険者家業をやめればいいのに。

それかとっとと諦めて、盗賊にジョブチェンジして勇者とともに魔王に突撃するべきだ。金なんて心配なくなる位ガッポガッポと稼げるようになるだろう。


「半年か……長いようで短い付き合いだったな」


そりゃ、仕事のある日はほぼ間違いなく顔を合わせにやってきていたのだから、半年という短い期間でも相当密度は高かっただろう。

あれ? そう考えると、この街の友人たちと過ごした時間とそう変わらない時間をジュリアスと付き合っていたと言うことになるのか……つかどんだけ暇なんだよこの女。


「数年ここで冒険者をやっていたが、もしかしたらサトーが来た半年が一番充実していたのかもしれないな。ほかに移っても、この思い出は胸に刻み込んで忘れないだろう」

「――私も、ここ半年のことは忘れたくても忘れられません。本当にすごい半年間でした」


もちろん悪い意味でだが。


「その……なんだ。そう思うと今更だが寂しくなってきたな――――いや、湿っぽいのはよそう。冒険者とギルド職員だしな。どこかで会うこともあるだろう」


そう言い残してジュリアスはこの街を後にした。

どこかで会うこともあるだろう? いいえ、あなたとはどこに行っても会いたくないです。

行く先々でジュリアスのような極めて面倒くさい客を相手にできるほど、俺の胃腸は強くない。

出来れば彼女には、彼方の街で俺以外の事務職員の胃を締め付けていただきたい。俺じゃなきゃ誰に相談しに行ってもいいんだよ。

俺じゃなきゃな。






*    *



「実はわたしもこの街を去ることになりました」


飲み仲間のパプカはスルメをかじりながらそう切り出した。


「……そらまた急だな。お前とオッサンならこの街でもやってけるだろ? と言うかコースケの馬鹿に付き合える数少ない馬鹿じゃないか」

「わたしやお父さんはお金に困っていないので、必ずしも高難易度のクエストをやる必要はないのです。まああの変態は好んでやっているようですが、わたし自身にそんな目的はありません――あれ? 最後馬鹿って言いませんでした?」

「そういえば聞いたことないけど、パプカの目的って何なんだ? 金があるなら冒険者なんてする必要はないだろ」


俺の言葉にパプカはぐいっとジョッキを傾けて特製ドリンクを呷った。

もちろんノンアルコールなので一気飲みをしようと倒れることはない。

しかし、ジョッキを空にしたところでパプカは急に机に突っ伏してしまった。


「…………彼氏がほじい~」


――――は?

伏したパプカにひと声かけようとした時に謎の言葉が耳に入った。涙声で。


「えっと……なんだって?」

「彼氏ですよ彼氏! わたし、もうすぐ十代が終わるというのに彼氏の一人もできたことがないんです! 処女なんですよ、わかりますか!?」

「ちょ、待て。その単語はあまり大声で言うものじゃない」


さすがに酒場にいるほかの人たちの視線が痛い。

が、そんなものを気にすることもなくパプカは話を続ける。


「わたしは美少女だと思うのですよ」


スルメをかじりながら言うことか?


「見た目がロリっ子なのは認めますが、わたしは美少女です。昨今は需要があるらしいじゃないですか。なのになんで言い寄ってくる人間がいないのですか。街行くおばあちゃんに「かわいいね~」とか言われてもあまりうれしくありません」

「知らんがな。つーか彼氏が欲しいって話と冒険者やってる理由がどう繋がるんだ?」

「いいですか、サトー? ロリは基本的に愛でる対象です。恋愛の対象にはなり難いのです。しかしですよ? それが一流の冒険者だったらどうです? ロリに付加価値が付くのですよ。そうなればもうただのロリではありません。カッコいいロリです! これならロリに寄ってくる男の一人や二人いるでしょう?」

「そんなにロリロリ言うな。とりあえず意味は全く理解できないが、熱意は伝わったよ」


こいつそんな不純な動機で冒険者やってたのかよ。しかもそれで上級職のプラチナランク。

世の冒険者たちが聞いたら青筋を立てるだけで、誰も言い寄っては来ないだろう


「ちなみに誰でも良いってわけではありません。収入は安定してて、それなりの地位にある職に就いてて、尚且つハンサムな人が良いです。間違ってもサトーのような死んだ魚のような眼をしていてはいけません。そして優しい人が良いですね。サトーのように傍若無人なのはいただけません」

「おい、理想を語るうえで俺を比較対象に設定するな。あと理想が高すぎるんだよ。ロリだどうだのいう前にそれも原因の一つなんじゃねぇの?」


そこまで言うと、パプカは遠い目をしてため息をついた。


「他に原因があるとすれば、それはあの年中片一方の乳首を世の中に見せつけている変態でしょう」


つまりゴルフリートのことである。


「クエストは大体お父さんがついてきますし、一緒に冒険してくれる仲間が少ないんです」

「ああ、やっぱり高難易度についてこれる奴がいないんだな」

「それもありますが……ほら、いつかサトーが冒険についてきたことがあったじゃないですか。あの時、強いモンスターを引き寄せたりしてたでしょう? あれは敵の強さの感覚がマヒしてただけじゃなくて、サトーへの嫌がらせも含まれてたのだと思いますよ」


普段プラチナランクまでのモンスターしか出ない地域に、ドラゴンだのリッチーだの高ランクモンスターが出たのはコースケのせいだ。

しかし、それをわざわざ俺たちの元へ引き寄せたのはオッサンである。頭のねじが飛んでるとは思っていたが、嫌がらせ目的であれほどのことをやっていたとは、さすがに思っていなかった。


「つまり何か? 娘に彼氏ができてほしくないから、モンスターけしかけてぶっ殺しておこうと?」

「たぶん殺すとまではいかないと思います。寸前で救出して、一生もののトラウマは植え付ける目的でしょうが」


性質悪いわ。


「そういったわけで、せっかく高ランク冒険者になったのに、一緒に冒険してくれる男性がいないのです。はあ……せめて十代のうちに男の人と手をつなぐくらいはしたいです――――――――ん? 何の話をしてたんでしたっけ?」

「お前が街から離れるって話」

「ああそうでした。というわけでわたしは街を離れます。この街にはまともな冒険者は寄り付かなくなりましたからね。新天地でいい男をひっ捕まえてきますよ」


動機は不純だが、パプカの意志は固いようだった。

聞くと、出発するのは俺が街を出る日と同じ。それもどうやら、俺が乗る御者の護衛を担当するということらしい。

もちろんあのオッサンも一緒である。前みたいにモンスターをけしかけなければいいのだが。


「サトーが派遣されるという街までは危険なモンスターもいるそうですし、バッチリ護衛をしてあげますよ。よかったですねぇ、こんな美少女が道中一緒に旅をしてくれるのですよ?」

「一緒にモンスターペアレントがついてくると思うと胃が痛いよ」


俺は片手をパプカに向かって差し出した。


「ん? なんですか?」

「いや、ほら。なんだかんだで世話になったというか――お前と飲むの、結構楽しかったしな」

「おやおやなんですか? センチメンタルですか? まだ数日一緒に旅をするというのに気が早いですね――――でも、そうですね。わたしも楽しかったですよ? またいつか一緒に飲みたいですね」


そう言って俺の手を握り返した。

出発は明日。いよいよ俺の旅立ちの日が迫っている。

ルーンやほかの同僚たちはすでにこの街を去った。

俺が出て行った後の街はどうなるのだろうか。

――――いかんな、やっぱりパプカのいう通り、センチメンタルになってしまっているのかもしれない。


「あ」

「ん? どうした」

「これって男の人と手をつないだってことになるんですかね」


…………ならないと思う。







*    *



「荷物はすべて積み終わりましたか、サトー?」

「ああ。手伝ってもらって悪いなパプカ」


出発の日、荷物をすべて馬車に積み込んで、あとは出発時間を待つだけだ。

門をくぐって少しの場所で、俺は最後となる街の姿をその目に焼き付けていた。


「しかしサトー、荷物少なすぎではありませんか? 馬車の中ほとんど空っぽじゃないですか。本当に持っていくものはこれで全部なんですか?」

「そうだよ。何せ、この街に来た初日に荷物は全部炎上しちまったからな」

「ぷっ! あはははっ! そうでしたね。あの話には何度も笑わせてもらいました。飲んでるときは必ずあのエピソードを話してましたね」


俺にとっちゃ笑い話じゃなくて愚痴の類だったんだが、たぶん聞くだけなら楽しいのだろう。

家が全焼して、私物が全部燃え尽きる。初日に――やっぱ全然笑えないじゃないか!

よって今の俺の私物はいくらかの私服と生活用具。

加えて憐みの目を向けてくる支部長からもらった仕事道具一式。

使い慣れているものだからということで、これは結構助かる贈り物だ。


「ところで、オッサンはどこだ? 一緒に来るんだったよな?」

「あー、実は急にオリハルコンのクエストが発生しまして、その対処に行っています。ですので一足早く出発しました。サトーが降りる場所で合流する手はずとなっています」

「そうなのか? まあ道中の胃薬の消費量が抑えられてうれしいが、パプカ一人で大丈夫なのか?」

「失礼な。これでもプラチナランクの冒険者ですよ? 大船に乗った気でふんぞり返っていてください…………あ、そうだ。来れなくなったお父さんから手紙を預かってるんでした」


パプカは腰に下げたバックから紙切れを一枚取り出すと、それに書かれた内容を読み上げた。


『サトーへ。急に護衛の仕事をすっぽかしてすまん。だがパプカなら問題なく護衛を務めてくれるだろうから心配するな。あと娘に手を出したら殺す。道中半径10メートル以内に近づいたら殺す。話しかけたら殺す。姿を見ても殺すからよろしく』


殺すって単語多すぎじゃね? つーか誰も手は出さねぇよこんなロリっ子。


「あ、まだ追伸が書いてありますね」

『追伸。今「パプカに手なんて出さねぇよ」とか思っただろ。ふざけんな、男なら手ぇだして見せろチキン野郎。俺の娘が可愛くないってのか』


どっちなんだよ。


「ふふん。お父さんもたまには良いことを言いますね。サトー、あまりにわたしが可愛いからと言って、手は出さないでくださいね? 寝食を共にするといっても、わたしはあくまで護衛として同行するのですから」

「自意識過剰って言葉をお前に送ろう」

「ほう? その喧嘩買いましょう。なーに、ブロンズ相手に本気ではいきません。腕相撲でどうですか? さあ手を出してください、フルプレートガントレット!」

「思いっきり本気じゃねぇか! やめろ! 俺の細腕は枯れ枝と同じ程度に折れやすいんだ!」


でも……こうやって戯れる時間もあと少しなんだと思うと、やはりちょっと寂しく感じるな。

街に着て半年、たった半年だけどいろいろな思い出ができたように思う。

もちろん良いことだけではないし、ぶっちゃけその大半はストレスが溜まるものばかりだった。

だけど、思い出は思い出だ。

中央にいたころとは違う、新鮮な出来事が多くあった。

ジュリアスやパプカ、ルーンやほかの友人たち。

離れ離れになってしまうけど、人生は長い。いつかどこかで必ず会えるだろうさ。

その時に楽しんで酒を飲むために、これから新しい思い出話をたくさん作っていこう。

新しい場所でもしっかりと仕事を頑張っていこう。

――――ああ、なんだ。

いろいろ愚痴を言ってたし、嫌ってるような言葉も吐いてきたけど――俺は結構この街の人間たちが好きだったんだな。


「そう考えると、この街を離れるのも名残惜しく……」


「ぎゃぁー!! 誰かが悪魔を召喚しやがった! プリースト呼んで来い! プリースト!!」

「馬小屋が壊れて馬が逃げ出したぞー!! 轢かれないように気を付けろ!!」

「また火事だー!! たーすーけーてー!!」


名残惜しく――――名残…………


「いや、そんなことはないな! 御者さん、早く馬車出して! 巻き添えはごめんだ!!」










馬車に揺られて数日。俺はとうとう新天地である村へとやってきた。

一面に広がる小麦畑に、牧畜もやっているのか牛や羊が至る所に徘徊している。

村にはまばらに家が建っているだけで、前の街のような大きな建物はあまりなかった。

しかし意外と言っては失礼かもしれないが、この村には活気があった。

最後に見ていた街はコースケの影響で閑散としていたので、なおさらそう思うのだろうが、家の数に対して人間の数がやたら多いように感じた。


「この村は未開拓地域に続く中継地点になっているのですよ」


俺が首をかしげている様子を見てか、パプカが口を開いた。


「魔物の数が多くなってきたということで、冒険者たちがこぞって集まってくるようになったそうです」

「その需要でギルドが新設されるわけか。まいったな、本当に一からやらないとだめなのかよ」


ギルドの新設。

研修を終えて間もなくの人間にとってはこの上ない大出世。

だが、この村の様子を見るとやはり左遷という言葉が頭をよぎる。

需要があるといっても、それはすなわち仕事の量が尋常ではないということだ。

辞令の書類には俺を含め、事務の人間は2人しかいないと書いてあった。

もちろん、その後順次増員していくとあったが、初期人数が少なすぎる。

過労死させる気かと疑いたくなるな。


「でもよかったじゃないですか。おかげで支部長になれたんでしょう? 旅で疲れましたし、昇格祝いに酒でも奢ってください」


俺が奢られる方じゃないのかよ。というか、お前はあの街のスペシャルドリンクしか飲めないだろ。


「とりあえずギルドに向かいませんか? お父さんともそこで会う約束ですし、荷物もそこで下すのでしょう?」

「そうだな。ひとまず仕事場に向かった方がいいか」



そしてギルド? に着いた。なぜ疑問符がついているのかというと、その建物は明らかにギルドではない。――というかまともな建物にすら見えないのだ

外見はそれなりに立派。街で働いていたギルドとそん色ない程度には大きな建物。

しかし、屋根には穴が開き、壁は崩れ、青々と生い茂る雑草であたりは埋め尽くされていた。


「……ギルド?」


パプカが当然の疑問を呈した。

聞くな、俺も知らん。


「一応場所的にはここで間違っていないようだが――――これはひどい!」

「心中お察ししますよ、サトー」


よせ、俺の肩をたたいて励まそうとするな。余計にみじめになってしまう。



「おお、パプカ! やっと着いたか――あとついでにサトー」



うなだれていると、ゴルフリートのオッサンが声をかけてきた。

オリハルコンランクのクエストをこなした後にしては元気な様子だ。


「オッサン、ちょっと空気を読んでくれないか?」

「空気は読むものではなく吸い込むものだぞ、サトー。加えてなんで俺がお前に配慮しなきゃならんのだ」

「あきらめてください、サトー。お父さんはこういう男です」


ため息をつく俺をよそに、大声で話を続けるゴルフリート。


「じゃあ早速だが、荷下ろしを始めるぞパプカ」

「はい? わざわざ手伝いをするほど、サトーの荷物は多くありませんよ? 私たちは馬車に戻って護衛の続きを……」

「ん? あの馬車はここが終点だぞ? 帰りはほかの冒険者が護衛をするから、俺たちはここまでだ」


俺とパプカは首をかしげる


「あの……何の話かよくわからないのですが」

「しばらくこの村を拠点に依頼を受けるって話…………あれ? 言ってなかったか?」

「初耳です!?」


加えて俺も初耳です。

豪快に笑うオッサンは、スマンスマンと謝りつつ事の経緯を説明した。

前の街での高ランククエストが一通り終わり、本来ならもっと別の地域に移る予定だったのだが、今オッサンたちがいる東部の強力な冒険者が抜けてもらっては困ると、中央から要請が来たそうだ。

他に移るというところまではパプカに話していたが、そのあとに来た要請の内容については話し忘れていたとのこと。

つまり、目の前の二人は前の街と変わらず、俺が管理する地域で冒険を続けるということらしい。


「その…………昨晩、結構感動的な別れを済ませたので気まずいですね」

「言うな――――結局あんまり環境は変わらないってことか……はあ」

「あ! 今ため息をつきましたね!? それにはどういう意味合いが含まれてるのか、詳しく聞かせていただきましょうか!?」

「いや、お前とまた飲めるのかと思うと嬉しくってさ」

「なんですかその心のこもっていないセリフは! その死んだ魚のような眼を止めて、ちゃんと心を込めて言ってくださいよ!」


俺の目が死んでいるのはほっとけ、生まれつきなんだからしょうがない。



「あーーーーー!!」



パプカがギャアギャアと叫んでいると、再び俺たちに声をかける人が来た。

かのポンコツ冒険者、ジュリアスである


「あれ? ジュリアス? なんでこんなところに……」

「それはこっちのセリフだぞサトー。なんでここに……いや、確かほかの地域に派遣されるとは言っていたが、まさかこの村が担当なのか?」

「あ、ああ。お前もよそに移るって……この村だったのか……」


胃腸が締まってゆくのがわかる。なぜジュリアスがこの村を選んだのか?

そんなことはどうでもいい。

街を離れてよかったことは、ジュリアスからの相談が無くなることだったのに、それさえも失われてしまえば――――俺はなんでこんな辺境の地へやってきたのだ?


「あ、ポンコツ冒険者じゃないですか」

「本当だ、ポンコツ冒険者がいるな」

「まて! パプカはともかくゴルフリート殿までその呼び方なのか! サトー! お前本当にどこまで広めたんだ!」


ええいうるさい。叫びたいのは俺の方だ。


「あ、そうだサトー、ルーンにはもう挨拶したのか? 彼女も私と一緒にこの村に来たんだが、そっちは話聞いてるのか?」

「ルーンは彼女じゃなくて彼……って、あいつもいるのか!? 待て待て、これじゃ本当に前と環境が変わらないじゃないか!」


俺がそう叫ぶと、なぜか廃墟寸前の廃墟から大量の埃が吐き出され、その場にいた全員の体を包み込んだ。


「「「「ぶわっ!?」」」」


「ああ! すみませんサトーさん! そこに誰か居たとは思わなくて――――――って、サトーさん!? なんでこの村に!?」


早速ルーンが登場した。廃墟寸前のギルドの掃除をしていたのか、エプロン姿に三角巾を頭にかぶったかわいらしい姿だった。


おかしい、何かがおかしい。

なんでこんなにも同じ奴らが集まってしまうのだ。

なんでよりにもよって、俺の担当する地域に来てしまうのだ。

俺が何かしたというのか?

いいや、俺は至極まっとうな仕事をしていたにすぎない。

ではなぜだ? なんでこうなる。

何か特別な能力を授かったわけでもなく、女神様に会ったこともない。

にもかかわらず、この世界で必死に頑張ってきたんだ。

特別でない俺がこれほどの目にあっていいはずがない。

どうせトラブルに巻き込んでくれるのなら、コースケみたいに特別な力をくれよ。せめてこの厄介な冒険者達を退ける力が欲しい。

そうでないなら、俺はいつまで経っても。



まるで無意味な召喚者だ


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