まるで中二な異世界人

第14話 中二病と獣人の関係性




新しく来た村、名を【リール】と言う。

この村のギルドは幸先の悪いことに、操業を開始できないでいた。

理由は明白。ギルドに指定された建物は、その規模はそれなりに立派だが、もはやかつての様相が想像できないほどに荒れ果てていた。

すなわちまずは、この建物の修理を行われなければならないのである。


「で、大工が来るのが今日の昼過ぎだったか、ルーン?」

「はい。隣村から今日の昼過ぎに来られて建物の様子を調査するそうです。材料も一緒に持ってこられるそうなので、早ければ明日から着工ですね」

「で、それまでは暇なので、俺の新居に来たわけだけど……」


そう。俺はこの村における新居の前にルーンとともにやってきていた。

前回同様、中央の上司から紹介されたもの。

前回よりもずいぶん大きく、家族単位で暮らすほど大きな家だ。

家賃は安く、非常に立派な物件である――――すでにもう嫌な予感しかしない。

俺は中央にいるド畜生女上司に事の真相を聞くべく、念話機を取り出して連絡を取った


『はい、こちらド畜生女上司です』

「こんな遠距離で、尚且つ心の声まで聞くってどういうことだ。だったらなんで連絡したかもわかるよな?」

『分かるわけないでしょお馬鹿。ちゃんと説明しなさいよ。私は超能力者じゃないのよ?』


え、違うの? 超能力者でなければあれか? 全知全能なる女神様とかか。

いや、どう考えてもそういう柄ではないし、全知全能なる悪魔である、とか言われた方が納得はしやすいが。


『あら? 私に対する邪念を感知したわ。言っておくけど、この美麗なる私を捕まえて”悪魔”だとか言おうものなら考えがあるわ。あなた、未開拓地域にギルド支部は欲しくない?』

「大変申し訳ありませんでした!」


この上司なら本気でやりかねない冗談に、俺は思わず念話機越しに頭を下げた


「あの、それで本題なんだけど、俺の新しい家……」

『ああそれね。幽霊屋敷』

「即答!? そんな天丼はいらねぇよ! 前回ひどい目にあったのは報告したろうが!」

『何言ってんの、ちゃんと渡した魔よけの札が機能したって話でしょ? 効果はあるんだから次の家だってうまくいくわよ。たぶん』


最後につけた不穏な単語は聞き流すことができないぞ


『大丈夫大丈夫。前の家と違って、今回の家は呪いの類があるわけではないわ。ただちょっと霊的な力場になってるらしくて、ゴーストが集まりやすいってだけよ』

「それは前みたいに、家を私物事燃やすレベルのゴーストじゃないのか?」

『あれはコースケのせいで、アンタの運が悪いだけじゃない。安心しなさい。ちょっとした細工をして、一定以上の力を持つゴーストは近づけなくなってるから。せいぜい耳元で夜な夜なささやいてくる位のゴーストしか寄ってこないわ』


それは十分怖いのではなかろうか。


「俺、ギルドの宿屋も悪くないって思ってるんだけど……」

『ダメよ。前あそこに住ませてたのは、あくまで一時的な措置なんだから。それに、リール村のギルドは部屋数が少ないし、事務職のアンタが圧迫するのはいただけないわ。家がちゃんとあるんだからそこで我慢しなさい』


このまま話していると、『だってその方が面白いじゃない』とか言い出すのは目に見えているので、俺はそっと念話機への魔力供給を絶った。

弱いゴーストしか出ない? ゴーストが出る時点で嫌なんだよ!

しかし目下のところ、村備え付けの宿は冒険者たちで埋まり、ギルドは明日から修復作業だ。

最低でも数日間はここで我慢しなければならないのだろう。


「サトーさん。中の埃取りは終わりました」


俺が念話機で話している間に、ルーンが家の中の埃を魔法で排除してくれていたようだ。

中に入ると、外見よりもさらに広く見える立派な内装が広がっていた。

正面には暖炉があり、ソファーや椅子、机に箪笥。台所にトイレ、階段などが見える。

風呂場だけはない様だが、この世界では一家に一台とはいかない代物であるため、そこは仕方ないだろう。

ちなみにこの家は3階建て。2階より上は私室にできそうな部屋がいくつもある。


「おお……ゴーストが出る割にはいい物件じゃないか」

「そうですね…………えっ、ゴーストが出るんですか!?」

「ああ。でもちょっとした細工があるとかで、強い奴は入ってこれないらしいけど……」


そういえば、そのちょっとした細工とやらが何なのか聞くのを忘れていたな

俺は箪笥の中に白骨遺体がないかを探しつつ、家をぐるっと見渡した。不審なところはなかったが、一つ目についたものがあった。

暖炉の上に飾られていた肖像画である。

非常に可憐な美少女が描かれたその絵は、何か引き寄せられるような不思議な感覚を持っている。

俺は目を凝らして、その絵を見た……不審なところはない。

だが、絵を少し傾けて裏を見てみると、そこには『呪』と書かれた札がびっしりと張り付けられていた。

――――これかぁ。

上司が言っていた細工とやらはおそらくこれのことだろう。

見た目で既に呪われてしまいそうだが、一応前の街でのお墨付きがある札だ。

それなりの効果は見込めるのかもしれない。


「? サトーさん、絵の裏に何かあるんですか?」

「あ、いや。金庫でもあるかなぁって思ってさ。何もなかったよあはは……」

「はぁ……あ、そうだ。サトーさんの私室はどこにされますか? いっぱいあるので、より取り見取りですよ」


ここまで広いと、一人で暮らすには部屋の数が多すぎた。

客室をいくつか確保して、あとは物置にでもしてしまおう。

しまっておくほど荷物は多くないが。


「とりあえず、2階の一番手前の部屋にするよ」

「分かりました。じゃあ私は2階の一番奥の部屋をいただきますね」

「ああ分かっ――――ん? 今なんて言った?」

「あれ? ダメでしたか? じゃあ3階の部屋を……」

「いや、違う。とか言わなかったか?」

「はい……あれ? 中央から言われてませんでしたか? わたしもここで住む予定なんですが……」


つまり――――同居!!

なんてこった、こんな美人と同じ屋根の下で暮らす?

健全な青少年が同棲生活?

それを上から指示されるというのは、倫理的にどうなんだろう…………いや、ルーンは男だったな。そこは問題ない。

しかし、男だとしてもそんなに刺激の強い人間をそばに置くというのは――素晴らしいじゃないか!

俺は天に向けて、生涯でも最も華麗なるガッツポーズを掲げた。


「あの、サトーさん?」

「はっはっは! 大丈夫だルーン、2階でも3階でも俺の部屋でも、好きな部屋を選ぶといい!」


何なら同じベットで寝てもいいとさえ俺は思っているぞ。


「じゃ、じゃあ2階の奥部屋をもらいますね」


若干ルーンが引いていたように見えたが、気にすることはないだろう。






「さて、運び入れと掃除はこんなもんかな? そろそろ大工の人が来る時間か?」

「そうですね、ひとまずこの家に来ていただくようにお伝えしていますし、そろそろ……」


「…………あのぅ」


「「わっ!?」」


ルーンと話しているとふいに、玄関から声をかけてくる男の姿が見えた

全く気配を感じさせなかったその男は、モデルのような整った顔立ちに、異世界でも珍しいオッドアイ。

黒色のマントをたなびかせ、右手には包帯。左手には手錠のようなアクセサリーを付ける。そして頭の上に犬の耳が乗った風貌だった

そう。が頭の上に乗っていた


「あれ? 獣人さんですか? こちらの地域では珍しいですね」

「我はこの地域の生まれではない。はるか遠くの異邦人エトランゼ。名を偉大なるペアレンツから授かった、リュカン・ヴォルフ・パーパルディアだ」


見た目から予想できたことだが、中身も中二病全開だった


「リュカンさん? もしかして、今日来てくださる予定の大工さんですか?」


リュカンは無言でこくりとうなづいた。


「え、どう見ても大工って柄じゃないけど……」

「ふぅ……凡俗なる民には理解できないことだろう。我の強大なる力は普段封印しているからな、無理もない」

「ちょっと馬鹿にされた気がするな……ルーン、こいつ殴っていいか?」

「ちょ、ちょっと待て凡俗なる民よ。我の持つ言葉の魔力にあてられてしまっているようだ。落ち着いて事を考えた方が身のためだ」


俺は指を鳴らして肩を大きく回した。さて、人を殴るのは久しぶりだが、うまくできるだろうか


「ま、待ってくださいサトーさん! 大工さん、大工さんですからこの人!」

「おっと、確かにこのまま殴り飛ばすと仕事が始められないか……ちっ」

「ほ……凡俗なる女よ、素晴らしい徳を積んだな。誇るとよいぞ…………で、仕事の話なのだが」


ようやく本題に入るらしい。

と、その前に俺は少し待てと言い残して自分の部屋へと戻った。

仕事となると、今着ている私服のままでは具合が悪いだろう。

仕事用の服に着替えて髪をとかし、鏡の前で30秒のスマイルトレーニング。

気持ちを切り替えてリュカンの元へと戻った。


「お待たせしました、リュカンさん。ではギルドへご案内いたしますね」

「……この男はいつもなのか?」

「…………すみません」


別に謝ることじゃないっていうか、それだと俺が変な奴みたいじゃないか。失礼な奴らめ。



ギルドに到着し、早速査定に取り掛かるリュカン。

ヴィジュアル系の服装は私服かと思いきや、そのまま作業を始めたため作業着も兼ねているようだ……動きづらくないのだろうか?

それでもきちんと命綱をつけ、ヘルメットをかぶって作業しているため、全くの素人と言うわけではなさそうだ。

床の軋みを足で確認し、屋根の穴の大きさを測る。

査定はその後、30分ほどで終わった。


「結果として、この家は見た目ほどクライシスな状態ではないようだ。これなら1週間……うまくいけばもう少し早く修復が完了するだろう」

「おお……すごいですね。作業はやはり明日からですか?」

「うむ。ただ、この建物にあった寸法に木材を切り出したい。作業は今日から始めるのだが、その分の貢ぎ物はいただくことになるが、良いか?」

「貢ぎ物? …………ああ、報酬のことですか? もちろんです。今日見積もりを出していただければ、明日中には中央から報酬の書類を発行してもらいますので」

「ありがたい。では作業に移るため、村の反対側の空き地を貸してほしい。わが深淵の秘術を見せるわけにはいかぬため、誰も近寄らぬよう注意していただきたい」


……たぶん、作業中ほかの人に見られるのが恥ずかしいから、一人で作業をさせてほしいということなのだろう。






*    *



リュカンが作業に入って数日、すでに八割がたの作業が終了していた。しかもすべてを一人でやっていたというのだから驚きだ。

そもそも獣人と言うのは人間に比べて身体能力が高い。

力は強いし素早い。

これほどの作業量を一人でこなすのは種族特有の能力も関係しているのだろう。

リュカンは外装の塗料の乾かし作業中なのか、地面に座って休憩していた。


「くっくっく、今宵も我が渇きを満たすのはこれしかないな…………ぷはぁ。やはり処女の生き血は良い……」

「それトマトジュースですよ? 後、言葉の使い方と意味がところどころ間違ってます」

「わぁ!? び、びっくりした…………いきなり話しかけるのは止めよ、凡俗なる民よ…………何の用だ?」

「進展状況はどうかなと思いまして。この調子なら明日中には完成しそうですね」


俺の言葉に気をよくしたのか、ふふんと鼻を鳴らしてふんぞり返った。


「この程度、我が力をもってすればいともたやすいことだ。明日中とは言わず、今日の夜までには終わるだろう」

「ほお、素晴らしいですね。ところでお聞きしたいんですが…………外装のデザインは何とかなりませんか?」


完成度自体は確かに問題ないのだが、なぜかギルドの外装は蝙蝠の羽、黒マント、鎖などのよくわからないセンスで彩られていた。

明らかに廃墟になる前のデザインでないその姿に、リュカンはことさら自慢げに口を開いた。


「このデザインは我が故郷、ヴォルフに通じる最先端の物だ。名を『深淵を覗く高貴なる闇ドンケルハイト』と言う」


たぶん、めっちゃくちゃなルビを振る意味不明な言葉なんだろうなぁ。

だが、いわゆる公務員が働くようなまじめな施設の外見がこんなファンキーであっていいはずがない。


「えっと……すみませんリュカンさん。我々としましては、もう少し落ち着いたデザインにしていただきたいと思っておりまして」

「これでは不満と言うのか? ならば少し世代を戻って『王侯の冠キングオブクラウン』式のデザインを……」

「もっと普通で結構です。一応ほかの支部のデザインのカタログも持ってきたので、これに寄せた形でお願いします…………あと、ドイツ語か英語か統一した方がいいと思いま……わっ!?」


俺の言葉に座っていたリュカンは飛び上がり、驚きの表情を浮かべて俺を見つめていた。


「な、なんでしょう?」

「ぼ、凡俗なる民……いや、すまない。名を何と言ったか?」

「サトーと言います……あの、どうかしたんですか?」

「分かった、サトーと呼ぼう……いや、ぜひ同志と呼ばせてほしい!!」


……は?

急に眼がキラキラと輝きだしたリュカンは、俺のことを同志とか言う意味不明な名で呼びたいと言い出した。


「我が故郷に伝わる『古代の文字列エンシェントスクリプト』を理解できるとはただ者ではないな同志。もしや、伝説の古代の言語学エンシェントセージのスキルを持っているのか?」

「ちょ、待ってください。私はそんな特殊なスキルは持っていません。ドイツ語、英語と言ったのは語感から適当に言ったもので、本当に正しいかは……」

「そもそもドイツ語や英語と言う言葉を知っている時点で特別だ! セージ技能を持っていないというのなら……召喚者なのか!? すごい……初めて見た」


――――思い出した。

ヴォルフと言うミドルネームは、西にある街の出身者が持っているものだ。

大半を獣人で構成されているその街は、非常に珍しい特徴を持っている。

獣人で構成されているからという理由ではない。

端的に言うと――――住人が全員中二病なのだ。

そんな異常な街があるかと疑ったが、調べてみると初等教育から中二的な教材を授業に取り入れており、さらに言うなら親が子にそういったセンスを教えているそうだ。

そして召喚者や転生者ならある程度の知識を持つ英語や、独特な発音をするドイツ語などを好んでセリフに取り入れるヴォルフの街は、獣人に転生した転生者たちによって作られた街なのである。

そして獣人などにあこがれる人間のほとんどは、中二病患者だったらしい。


「た、確かに私は召喚者ですが……そういった言葉に詳しいわけじゃありません。同志と呼ばれても困ります」

「そうなのか……でも、我らヴォルフの民にとって召喚者は神聖な者なのだ。ぜ、ぜひサインを!」


ああなるほど。俺こいつ苦手だわ。しかもジュリアスが持ってた中二魔剣を思い出すからなおさらイライラする。


「あ、ではカタログ通りにデザイン変更お願いしますね。報酬はそのあと、ルーンに受け取ってください。さようなら」


俺はリュカンにそれだけを言い残してその場を去った。

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