第8話 妖怪大戦争
ドラゴン。
誰でも名を聞いたことがあるであろう、ファンタジーモンスターの代表格のような存在。
この異世界においてもその名は轟いており、モンスターの中でもかなり上位に入る最強クラスのモンスターだ。
うろこはあらゆる攻撃を弾き飛ばし、その牙と爪はミスリルの鎧すら貫き通す。
ブレスは一息で村を焼き尽くすなど、その強さを例える逸話に事欠かない生命体である。
そんな馬鹿みたいに強い生物が俺たちの前に現れた。
三匹も。
「そうだ、これは夢だ。俺は今頃ベットの中でストレスフリーな睡眠をとっているに違いない。ふふふ……」
「しっかりしてくださいサトー! こんな時に呆けてる場合ですか! ほんとに死んじゃいますよ!!」
俺のマントの裾をつかみ、引きずっていこうとするパプカ。
しかしあれだ、これが現実だとしても逃げてどうなるというのだ。
あっちは飛行生物。こっちは二本の足があるだけで、速度にあまりにも差がありすぎる。
――ああ、短い人生だったなぁ。
こっちの世界に来てから良い思い出なんて一つもなかったなぁ。せめて有給全部使って旅行にでも行っておくんだった。
心残りと言えばその程度であることがすでに物悲しい。
「パプカ、俺を置いて先に行け。こんなラノベの主人公みたいなカッコいいセリフを吐けただけでも俺は満足だ」
「やめてください縁起でもないことを! あなたが死んだら誰がわたしの評価を中央に報告するんですか! 許しませんよ、死ぬならきっちり仕事をしてからくたばってください!!」
「うおぃ! お前の中での俺の立ち位置はいったいどうなってんだ! と言うか無理じゃん! あんなのお前でだって相手できないだろ! ドラゴンのランクはミスリルだぞ!? 上から二番目! それが3匹って話にもなんねぇよ!」
おそらくプラチナのパプカでさえ何の抵抗もなくやられてしまうような圧倒的な脅威。
大掛かりな冒険者パーティーを編成したり、国の軍隊が直接出向くような事件である。
それを単身引っ張ってくるって何考えてるんだあのオッサン。
いや、むしろ何も考えていないのだろう。
オリハルコンなどと言う人外レベルの強さを誇る連中は、脳みそも同じくタガが外れた人外レベルのようだ。
「お父さん! それはいくらなんでもわたしじゃ無理です!! 任務とは関係のないランクのモンスターなので、お父さんが責任もってやっつけてください!!」
両手をメガホン代わりにパプカがゴルフリートへと叫んだ。
「えっ!? これじゃ物足りないって!? ならスキル発ど……」
「天丼は良いですから! 早くやってください!! いい加減にしないとお母さんに言いつけますよ!!」
「そ、それは勘弁!! わかった! すぐにトカゲの丸焼きにするからそれだけは本当にやめて!!」
どんだけ恐妻家なのかは知らないが、マグダウェル家におけるゴルフリートの立ち位置は低いようだ。
「とう!」との掛け声とともに地面を蹴り上げたゴルフリートは、はるか上空にいるドラゴンの位置まで飛び上がった。
驚異的と言うか、本当に人間じゃないほどの跳躍力だ。
その反動からか、蹴り上げた地面はクレーターのようにへこんでしまった。
肩にかけていた戦斧を取り外し、宙を1回転した勢いのままドラゴンの首めがけて振り下ろす。
城に備え付けられた巨大バリスタさえも弾き飛ばすとさえ言われるドラゴンのうろこは両断され、3匹のうちの1匹の首が飛んだ。
首の落ちたドラゴンの体を足場に、2匹目、3匹目とドラゴンを瞬殺するゴルフリート。
まるで線香をたいた直後の蚊のようにボトボトと落ちるドラゴンの様を見て、俺のモンスターと冒険者に対する感覚はマヒしっぱなしである。
「いやだ、もう帰りたい……一生平公務員でも良いからギルドの中に引きこもっていたい」
「逃がしませんよ。いつもあれの相手をしていて疲れてるんです。今日くらいは地獄に付き合ってもらいます」
* *
あの後何が起こったのか簡潔に説明しよう。
なぜかあの土地にいるはずのない高ランクのモンスターが次々と現れては、運悪くその場に居合わせた俺たちに襲い掛かった。
それはそれは名だたる高ランクモンスター。
スカルキングやダークワイバーン。挙句の果てにリッチーまで出現した。
どれもこれもが単体で街を蹂躙できるほどの強さを誇る。
ドラゴンを倒した後はゴルフリートを自重させていたにもかかわらずあの状況。本当にあの日は運が悪いだけだったようだ。
あまりにも運が悪いものだから、パプカは俺を「疫病神」と蔑んだ。
俺のせいなのかと反論したかったが、普段冒険になんて出ない俺は、一般的な遭遇率なんて知らないわけで、雨男ならぬ魔物男のような性質を持っているのではと落ち込んだ。
命からがら依頼に必要な魔物を討伐したのち、街に帰還した俺たちは、ギルドで達成報告をしてからすぐさま家に帰った。
体力の限界を感じて一歩が重い俺とパプカをよそに、おそらく一番激しく動いていたであろうゴルフリートは疲れなど見せる様子もなくそのままギルドの酒場で飲み始める。
――いろんな意味で化け物だなこのオッサン。
自分の部屋に帰り、布製の鎧を脱ぎ捨ててベットに腰掛ける。
正直このまま眠ってしまいたいが、その前にもう一つ仕事があるためそうもいかない。
俺は机の引き出しにしまっていた念話機を取り出すと、ベット上に置いて魔力を込める。
”プルルルル”と言う完全に聞き覚えのある電子音が水晶から流れた。
話を聞くに、この念話機を作ったのは召喚者であり、ファンタジー世界にもかかわらずどうにも電話の固定観念が取れずにそのままインプットされてしまったらしい。
『……はい、こちらサディスティック女王な上司です』
「お前どこで話聞いてやがった」
どんな地獄耳なんだこの女。
『あら? その口調って事は今日の仕事はもう終わったのかしら? まだ勤務時間内なのにいけないんだ―。これは減棒対象になっちゃうわね。かーつれわー、部下の給料をカットせざるを得ない立場なのがつれーわー』
「ふざけんな。今日の仕事は全部終わらせてきたし、午後の分を有給で消化してるだけだ」
『自分の仕事が終わったからって帰っちゃうの? 同僚が一生懸命仕事してるのを横目に帰っちゃうの? はんっ、これだからゆとりは』
「なんと批判されようが知ったことか。俺はサービス残業なんて悪しき習慣を受け入れるつもりは一切ない。同僚が俺のことを影で何と言おうが鼻で笑って帰宅してくれるわ」
そんな日本でしか通じないようなアホな空気の読み合いなどご免被る。
それをやりたいなら日本でやれ、俺はこっちの世界でそんなことをするつもりはない。
『まあいいわ。で、こんな時間に自宅から連絡なんて何の用? まさか私をデートに誘おうってんじゃないわよね? 残念だけど、私受付長なんて眼中にないの。せめて支部長くらいになってから出直しなさい』
「そんな申し出、ドラゴンが逆立ちしてかけっこでもしない限りやらねーよ。そうじゃなくてパプカの調査が終わったからその報告だ。本当は明日の朝にでもと思ったんだけど、早い方が良いんだろ?」
『あらま、アンタにしては珍しく気が効くじゃない。これは近いうちに矢の雨が降るわね。アンタも気を付けた方が良いわよ?』
「ご忠告どうも。とにかく簡易的だけど報告書は提出するから、そっちでお偉いさん向けに添削しておいてくれ。つーわけで俺はもう寝る。疲れた」
『あ、ちょっと待ちなさい! 報告書に不備がないか目を通すから、寝るならそれからにして頂戴』
仮にも受付長を任されている俺が報告書の提出をミスるなんてことはないだろうが、街に帰還する際に大急ぎでまとめたものだ。
さすがに断言はできないので、ここは眠気を押しとどめて言われた通りに待つとしよう。
『ぷっ……あはははははっ! なにこれ面白い! ドラゴンにダークワイバーンにリッチー? そんな田舎に魔王軍でも攻めてきたって言うの? ちょっとアンタ! これ映像資料はないの? アンタの情けなく逃げ惑う姿見てみた――』
俺は念話機への魔力供給を断った。
さて、汚れた体を洗いに風呂に行きたいところだが、さすがに体力の限界だ。ひと眠りしてから行くことにしよう。
グッナイ!
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